上 下
100 / 580
第5章 渡りに船と言いますが…

第98話 幽霊だなんて失礼な…、こんなに可愛いのに

しおりを挟む
 やっぱり、これはいますね。
 私は築年数からは考えられないほど手入れが行き届いた状態に、ある存在を確信しました。
 私は玄関ホールを見渡しましたが、さすがにこんな人目の付くところにはいないようです。

 建物はコの字型をした三階建で、一階が共用スペース、二階がベッドルーム、三階が使用人部屋となっていました。
 一階の共用スペースは、リビング、ダイニング、ティールーム等の普段使う部屋の他に、パーティールーム、プレイルーム、それにダンスホールまでありました。
 コの字の片方の棟の二階部分が主人の家族のベッドルーム、もう一方の棟の二階部分が客室となっています。
 なんと、ベッドルームは全部で二十室もあり、それぞれにリビングスペースとウォークインクローゼットが設けられています。
 三階はやや天井が低く、使用人部屋と物置部屋が配されています。小さな使用人部屋が左右両翼で五十室もありました。
 この規模の館をフルに使用するとそんなに使用人が必要なのですね。

 一階の玄関ホールの奥に配された幅広の階段、二階へ上がる途中にある踊り場の窓から中庭が見えました。
 そこで、ミリアム首相はこの館の不自然さに気が付いたようです。

「いくらなんでもこれはおかしいだろう。
 なんだ、あの手入れの行き届いた中庭は、まるで誰かが住んでいるようではないか。」

 ガラス窓越しに見える中庭には、きれいに刈り込まれた芝生と見事に咲いた大輪のバラ、そしてレンガ積みのレイズベッドに植えられた春の花々、とても無人の館の中庭とは思えません。

「いやあ、そうなんですよ。
 先程私が、屋敷を囲むフェンスの正門を開錠して屋敷に入ったのはご覧になりましたよね。
 この屋敷は厳重に人が立ち入らないようにしてあるのですが、何故か中庭はこのように手入れが行き届いているのです。
 これも、物件の購入を検討してご覧にこられた方が気味悪がってしまうのです。」

 中央に見える噴水がとても美しい中庭を眺めながら、業者さんが言いました。
 中々働き者みたいですね、庭の手入れまでしているとは。

 二階へ上がるとすぐにある南向きの角部屋のメインベッドルームには天蓋付きの立派な寝台が備え付けてあり、寝具を入れればすぐに使えそうです。
 ドレッサー等も備え付けてあり、何も買い足す必要がないほど至れり尽くせりの物件です。

 その部屋のウォークインクローゼットの中を覗いた時のことです。
 その存在と目が合いました。
 せっせと床をモップ掛けしていた彼女は私と目が合うと凍り付いたように動きを止めたのです。

 白いブラウスに赤いベストを着て、更に白いエプロンを身に着けた十インチほどの女の子。
 赤、緑、紺色のチェックの巻きスカートがとてもチャーミングです。

 栗色の髪の毛を三つ編みにした少女は、目を丸くして私の方を見ています。
 そして、

「もしかして、私が見えています?」

と聞いて来たのです。

 私の館でお馴染みのブラウニーです。
 私はお近づきの印にと、バッグの中にいつも持ち歩いている焼き菓子を一枚差し出しながら言いました。

「こんにちは、初めまして。
 私はシャルロッテ、これ、お近づきの印にお一つどうぞ。」

 トテトテと歩いて寄ってきた彼女は、恐る恐る私の手からが焼き菓子を受け取ると一口齧り、満面の笑みを浮かべました。

「有り難う!
 とっても美味しいわ、焼き菓子なんて何十年ぶりかしら…。
 この家の住民ったら、私が頑張って手入れしているのにお礼の一つもないのよ。
 それどころか、私が頑張ると幽霊が出たとか失礼なことを言って出て行っちゃうの。
 もう、何十年も人と口を利いてなかったの。
 シャルロッテさんが新しい住人かしら。
 私はステラ、よろしくね。」

「あら、珍しい。
 あなた、名持ちなの?」

「この家を最初に建てたご主人が私達を見える人だったの。
 とても可愛がってくれて、この名前を付けてくれたのよ。
 もう、百年以上前の話だけど…。」

 ステラの話では、この家を建てた方が天寿を全うする際に、この家と子孫のことをよろしく頼むと言い残したそうです。
 それ以来、ステラはずっとこの家の手入れをしてきたそうです。
 それから数代はステラのことが見える人が続いたそうですが、数十年前に家を継いだ方はステラのことが見えなかったそうです。
 知らない間に片付けられている部屋や夜中にキッチンの整理をする音などを気味悪がって館を売ってしまったとのことです。

 それから、この館は人手を転々としますが、ステラを認識できた方は一人もいなかったようです。

「ねえ、もしかして、あの中庭って…。」

「あの中庭はこの館の最初の主人が愛した中庭なの。
 荒れ放題になったら可哀想なので、私が当時のままにしているのよ。
 それすら、気味悪がる人がいるの。本当に失礼な話だわ。」

 どうやら、最初のこの館の主人はステラのことを大変可愛がっていたようです。
 家というモノに憑き、人と契約する訳ではないブラウニーがこんなに人を想うなど大変珍しいことです。

「決めたわ、私がこの家を買うわ。
 これからよろしくね、ステラ。
 私のことはロッテと呼んでちょうだい。」

「あらそうなの。
 じゃあ、これからよろしくね、ロッテ。
 そうと決まったら、こうしちゃいられないわ。
 ロッテが引っ越してくるまでに、この館をピカピカにしておかないと。」

 そう言ってステラは床磨きに戻るのでした。


     **********


 ステラに約束してしまった後で気付きました。
 一つ、肝心な所を確認していないことに。

「あの、おトイレを拝見したいのですけど…。」

 大きな声で言うのが憚られたので、控えめに業者さんに尋ねると。

「ああ、ご婦人方には大切な場所ですね。
 もちろん、ご案内します。」 

 そう言って案内されたのは一階の隅の方にある小部屋でした。
 ちゃんと腰掛ける形のトイレがあります。
 トイレの下を川から引いた水路が流れていて、汚物を下流にある下水路に流してくれるそうです。
 一年中枯れることなく水が流れていることについては折り紙つきの様でした。
 また、ここがサクラソウの丘の麓であることからわかるように、王都の中心に向かって緩やかに傾斜していることから下水が詰まって逆流する心配はないそうです。

「どうですか、素晴らしい造りでしょう。
 これでしたら、臭いませんし、清潔な状態を保てます。」

 業者さんの自慢げな言葉に合わせるように私は言いました。

「ええ、大変素晴らしい館です。
 この館を購入することに決めました。
 早速手続きをしてしまいましょう。」

「そうですか。
 では、先程のことを条件に加えさせていただいてもよろしいですね。
 幽霊が出るというという件でのクレームは受け付けないこと。
 この物件の買戻し要求があっても私は応じないこと。
 その二点を売買契約書に特約として付け加えさせていただきます。
 それで、肝心の価格ですがソブリン金貨で五千枚でよろしいですね。」

「ええ、もちろんですとも。
 大変良い買い物をさせて頂きましたわ。」

 これは大変な掘り出し物です。
 働き者のブラウニーが憑いているなんてこんな優良物件、中々手に入る物ではありません。
 それを相場の四分の一以下の価格で手に入れられるなんて。

 しかし、ブラウニーを幽霊と間違えるなんて…。
 かつてはアルビオン王国にも精霊信仰があったと聞いています。
 いいえ、正確にはアルビオン王国に元から住む民は精霊信仰の中心であった民と言って良いほど多かったはずなのですが。
 聖教が布教される中で信仰が捨てられてしまったのですね。

 昔はブラウニーが憑いた家は幸運な家と言われていたと聞いているのですが、寂しいことです。

 こうして私は、働き者のブラウニー、ステラちゃんが住み着いた館を格安で手に入れることができたのです。
しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...