上 下
99 / 580
第5章 渡りに船と言いますが…

第97話 幽霊屋敷だと言われましたが…

しおりを挟む
 サクラソウの丘にほど近い館を見せてもらうため、ミリアム首相は控え室に待たせてある不動産業者を呼んでくださいました。
 すぐに現れた業者さんは私が希望する物件の資料を見た途端に顔色が曇りました。

「申し訳ございません。こちらの手違いで不適当な物件が混ざっていたようです。
 こちらの物件は、提示させていただいた資料から外させていただきたいのですが…。」

 業者さんは、私が希望する物件を不適当だとして、今回の候補から外そうとしました。

「君、こちらは我が国にとって大切なお客様なのだ。
 場合が場合なら、国賓としてお迎えしても良い方なのだぞ。
 その方が希望されている物件を何の説明もなしに、候補から外そうというのはどういうことだ。
 せめて、何が不適当なのか説明くらいしたらどうだね。」

 ミリアム首相が業者さんに対して苦言を呈すると、業者さんは青い顔をして慌てて話し始めました。

「実は、この物件、出るのです。」

「出るって、何がだ?」

「幽霊だと思うのですが…。
 直接見た者がおらず、ハッキリしないのですよ。」

 首相と業者さんのやり取りを聞いていると、どうやらその物件は曰くつきの物件のようです。

「見た者がいないのに何故幽霊が出るという話になっているのだ?」

「それがですね、夜毎、キッチンから物音がするとか、廊下をバタバタ移動する音が聞こえるとかで。
 キッチン近くの部屋に住み込む下働きの者が気味悪がってすぐに辞めてしまうのです。
 それに、誰も立ち入っていないはずの主人の書斎が夜のうちに片付けられていたりして…。
 実害は出ていないのですが、持ち主も気味悪がってみんな二、三年もしないうちに手放してしまうのです。
 前の持ち主も幽霊なんて迷信だと言って買ったのですが、結局一年もたずに手放しました。」

「なんだそれは?メイドの幽霊でも出ると言うのか?書斎の片付けとかキッチンとか。
 しかし、何でそんな物件が混じっているのだ。
 大切なお客様に紹介るするのだから、極上の物件だけを選りすぐれと指示したはずだが。
 金貨一万枚もの予算なのだ、良い物件を紹介できるであろう。」

 おやっ…。

「それが、閣下のご指示では、治安が良く高位貴族が住まわれるのに適した立地とのことでした。
 土地建物については、高位貴族の向けの邸宅で相応の広さの土地の所有権が付いていることとの条件だったと理解しています。
 その中で、予算に収まる物件を選りすぐるように部下に指示したのですが…。
 この物件、敷地も広いですし、建物も築百年を経過しているとは思えないほど美麗なモノなのです。
 この地区で金貨一万枚というのは通常なら破格の条件ですので、事情を知らない部下が候補に入れたのだと思います。
 私がチェックした時に、この物件が曰くつきだということを失念しておりました。
 今、この物件をご所望だとうかがって思い出したのです。」

 ことと次第によると、これはとんでもない掘り出し物かも知れません。
 二人の間で結論が出る前にこちらのペースに引き込まないと…。

「すみません、お話しに割り込むようで恐縮ですが、その物件を一度拝見できませんか?」

「見て頂くのは別にかまいませんが…。
 よろしいのですか、曰く付きの物件ですよ?」

 私の言葉に、業種さんはあまり乗り気でない返事を返してきました。
 業者さんとしては成約の可能性の低い物件を見に行って余計な時間を費やすのは勘弁して欲しいといったところでしょうか。
 きっと、小娘が興味本位で幽霊が出るという館を見たいと言っていると思っているのでしょう。

「ええ、かまいませんよ。
 ところで、物は相談なのですが…。
 そのような曰く付きの物件でしたら、少しディスカウントをお願いできませんこと?」

「まあ、塩漬けになっている物件ですので、多少の勉強はさせて頂きますが…。
 その代わり、もし購入された場合に幽霊が出るというクレームは無しにしてくださいよ。
 それで、いかほどをご希望なので?」

「それは、物件を見てからですね。
 ただ、検討するとしたら最大金貨五千枚というところでしょうか。」

 私は思い切り吹っ掛けてみました、もし私の想像通りなら銅貨の一枚も値切る必要はないのですが。

「半額ですか?
 それは厳しいですよ。
 正直申し上げて私の仕入れ値が金貨五千枚なのです。
 もう二年も抱えているのですよ、その間の金利分だけでも大赤字ですよ。」

 さすがに原価で売れというのは難しいでしょうか。
 業者さんは、この物件の噂を聞いていて本当は仕入れたくなかったそうです。
 売主が懇意にしている貴族であったため、断り切れずに渋々引き受けたのだと泣き言を言っていました。
 でも、売れる見込みがない物件をいつまで抱えていても金利が嵩んで損失が膨らむだけだと思いますが…。

「君、仕入れ値分が回収できるのなら御の字ではないか。
 いつ売れるかわからん物件を後生大事に抱えていても仕方がないであろう。
 ますます金利が膨らんで損が大きくなるだけではないのか。
 もし、レディーのお気に召すようであれば、ここで損切りしてしまえばどうなのだ。」

 ナイスアシストです、ミリアム首相。
 首相にそう言われると業者さんは返す言葉がないようです。 
 業者さんは私に向かって渋々言いました。

「分かりました。
 物件を見て頂いて、お気に召していただけるようであれば、金貨五千枚まではディスカウント致します。
 ただし、その場合は先程申し上げた通り幽霊に関するクレームは受け付けません。
 あともう一つ、やはり手放したいということになられても、私はお引き受けいたしませんので予めご了承頂きたく存じます。」

 大勝利です。
 これで、後は私の想像通りであれば即買いです。
 予想が外れれば、買わなければよいだけなのですから。


     **********


 首相が用意してくださった馬車で郊外の物件を見に行くことになりました。
 何故か、私の隣にはミリアム首相が腰掛けています。

 目の前では業者さんが緊張して固くなっていました。
 仕事で官邸に呼ばれることはあっても、馬車に同乗したことは無いようです。
 何と言っても首相専用の馬車だそうですから。


「私が物件を紹介すると言ったのだから、最後まで見届けない訳にはいかない。
 何と言っても、我が国の恩人に対する感謝の印なのだからね。
 本来であれば我が国の予算でプレゼントしたいくらいなのだが、公にできる功績ではないものだから申し訳ない。」

 と言うことで、ミリアム首相は、私が業者とのやり取りで不利になることが無いように、見届けてくださるつもりのようです。

 馬車に揺られること半時ほど、美しく咲き誇るサクラソウの丘を背にした広いお屋敷に到着しました。
 敷地の後ろに広がるサクラソウの丘が借景になっていて素晴らしいです。これだけで購入を決めてしまいそうです。

「なんと、予想以上に素晴らしい屋敷で驚いた。」

 ミリアム首相が呟きました。

「ええ、そうでしょう。
 この立地に、この敷地面積、それも賃借でなく土地の所有権付きです。
 本来であれば、金貨二万枚はしても不思議ではないのです。
 どうぞ、中をご覧ください。」

 業者さんに案内された館の中は、正面から入ってすぐが吹き抜けの広いホールになっていてます。
 南向きの二階部分に明り取りのガラス窓があって、昼間はとても明るくて心地よい空間でした。

「この建物が築百年を経過しているというのか?
 とても信じられない、まだ十年、せいぜい二十年位しかたっていないようではないか。」

「そうでございましょう。
 この物件が、土地建物としては極上の物件であることがお分かりいただけましたか。
 幽霊が出るといういう噂さえなければ、金貨三万枚でも買い手が付くと思うのですけどね…。」

 ミリアム首相が称賛の言葉を漏らすと業者さんがそれに追従しました。
 しかし、同時に落胆の色も見せています。

 幽霊が出るという噂さえ無ければ儲けるチャンスだったのにと、悔しい思いをしているのでしょう。

 そんな業者さんに申し訳ないとは思いつつも、私は気づかれないようにほくそ笑むのでした。
しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

婚約破棄なんて貴方に言われる筋合いがないっ!

さこの
恋愛
何をしても大体は出来る。 努力するけど見苦しい姿は見せません。 それが可愛げがないと学園で開かれたパーティーで婚約を破棄されるレア ボンクラ婚約者に付き合うのも面倒だから、承知します!

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...