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第5章 渡りに船と言いますが…

第87話 アルビオン王国に到着しました

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 秋に蒔いたカモミールが花を咲かせ、精油と生薬の原料として花の摘み取りに忙しくなった五月下旬、『海の女神号』は大洋を北上しアルビオン王国の近海まで辿り着いていました。

 めっきり日の出が早くなったので朝の早い時間に花の摘み取りを終えて、『海の女神号』に転移します。
 アルビオン王国の海軍の臨検があるかも知れないので、なるべく船にいて欲しいとゲーテ船長にお願いされているのです。

 通常、アルビオン王国の軍艦が中立国の民間船を臨検することはないそうですが、今回は違います。
 何と言っても巨大な軍艦を護衛として引き連れているのです、見つかれば十中八九臨検されるだろうとのことです。

 先日、ゲーテ船長からアルビオン王国と敵対しているセルベチア共和国の国旗を掲げていたら不味いと言われました。
 何か、旗は無いのかと尋ねられて、倉を探して見つけてきました。
 現在軍艦には、双頭の鷲を描いた帝国の旗とよく分からない絵柄の我が家の紋章旗が掲げられています。
 旗なんてよくあったものです。大祖母様が作る訳ないで、おそらく貴族に列せられた時に皇帝陛下から下賜されたのでしょう。

 そして、島国アルビオン王国の陸地がはっきり見える海域まで来た時のことです。
 その時私は、ちょうど甲板に出てアルビオン王国の島影を眺めていました。
 すると『海の女神号』よりやや小さい軍艦が一隻近づいてきて停船を求められました。
 ゆっくりと速度を落とす『海の女神号』に静かに接舷したその軍艦から軍人さんが二名こちらに乗り込んできました。

「自分たちはアルビオン王国海軍、沿岸警備隊の者です。
 大変恐縮ですがこの船を検めさせていただきます。
 船長をここへ呼んで頂けますか。」

 軍人さんは丁寧な口調で臨検に来たことを告げました。さすがに中立国の旗を掲げた船に横柄な態度は取らないようです。

「はい、私がこの船の船長をしておりますゲーテと申します。」

「戦列艦級の護衛をつけている商船など初めて目にしますが、何か特別な積荷もしくは貴人の乗船でもこざいましたか?」

 軍人さんは進み出てきたゲーテ船長に率直に尋ねました。
 いきなり船内を検めないのは貴人が乗船している可能性を考慮したためのようです。

「はい、実はこの方をアルビオン王国までご案内するところなのです。
 神聖帝国の領邦の一つアルムハイム伯国の王であられるシャルロッテ様です。」

 ゲーテ船長は傍らに立つ私を恭しく紹介してくださいました。

「お勤めご苦労様です。
 私はシャルロッテ・フォン・アルムハイム、帝国皇帝より伯爵位を賜っております。」

「これは、伯王様がご乗船とは知らずにご無礼をいたしました。
 失礼ながら、我が国にはどのようなご用件で参られたのでしょうか。」

「貴国の首相にお目にかかるために参ったのですが、用件は首相以外にお話しすることはできないのです。
 その代わりに、このようなものを預かってきましたので中をご覧になってください。」

 私はおじいさまから預かってきた一つの書簡を手渡しました。
 これは、わずか十五歳の小娘に過ぎない私がスムーズにアルビオン王国の中で行動できるようにと用意してくださった物です。
 
「これは、我が国の在帝国大使館の大使の認めた書簡ですか。
 なるほど、帝国皇帝よりの遣いゆえ、詮索無用と書かれています。
 これは、お引止めしまして申し訳ございませんでした。
 しかしながら、巨大な戦列艦を護衛につけて王都まで参られると無用な軋轢を起こす恐れがございます。
 小官の船が王都まで先導いたしますので後に続いて頂くようお願い致します。」

 アルビオン王国の沿岸警備隊の方は教育が行き届いていますね。
 大使からの書面に詮索無用と記されていたので、本当に一切の詮索はありませんでした。
 連れてきたセルベチアの軍艦と提督はアルビオン王国に引き渡すつもりですが、今の段階では軍艦や提督のことは内緒です。
 手札は一番有効に使わないといけません、こんなところでは晒したくなかったのです。
 本当に沿岸警備隊の方が物分かりの良い方で助かりました。

 五月下旬、『海の女神号』は約二ヶ月の航海を終えて無事にアルビオン王国の王都に到着しました。


     **********


 沿岸警備隊の船に先導された二隻の船は大きな川を五十マイルほど遡上し、アルビオン王国の王都の港に停泊しました。
 凄いですね、川を遡ったところにこんな大きな船を停泊できる港があるのですから。

 私はセルベチアの軍艦に乗り込んで乗員全てを甲板に集め、私の指示があるまで絶対に船から降りないことと船に人を立ち入らせないことを命じました。
 そして、ゲーテ船長に手配してもらった馬車に乗り、カーラと後ろ手に縛った提督を連れて王都にある帝国の大使館に向かったのです。

 予めゲーテ船長に先触れを依頼しておいたので、大使館につくとスムーズに大使に面会することができました。

「お初にお目にかかります、大使。
 私は、シャルロッテ・フォン・アルムハイムです、以後よろしくお願いします。」

 私の挨拶に大使は戸惑いの表情を見せました。

「あの…、そちらにいる男は誰なのでしょうか?
 後ろ手に縛って拘束しているところを見ると罪人と見受けられますが…。」

 何とも歯切れの悪い言葉ですが、それもやむを得ないでしょう。
 いきなり、大使館に罪人と思われる者を連れてきたのですから。

「セルベチア海軍の提督を捕らえました。
 今回の交渉のカードに使いたいので何処か人目につかない所に閉じ込めておいてください。」

「なんと、セルベチア海軍の提督ですか?伯爵が捕らえたので?」

「ええ、無法にも私が乗る船を襲撃してきたのです。
 返り討ちにして、アルビオン王国への手土産として連れてきたのです。
 港に拿捕した軍艦も停泊させてあるのですよ。」

 大使は信じられないという顔をしていますが、私が魔法使いであることを知らないのですから仕方がないことです。
 私のような小娘が一人で軍艦を拿捕したなどという話を鵜呑みにする人がいたら、その人の頭の方が心配です。

「これを皇帝陛下から預かってまいりました、目を通していただけますか。」

 おじいさまから大使に宛てた、早急にアルビオン王国の首相と私の会談の場を設けるように指示した書簡です。
 その他、アルビオン王国滞在中の私に最大限の便宜を図るように記されていると聞いています。

 書簡に目を通した大使は、書面を見て、私の顔を見て、再び書面に目を落として言ったのです。

「先ほどのセルベチアの軍艦をお一人で拿捕したという件、皇帝陛下からの書面を拝見して納得することにしました。
 こちらの書簡には、アルムハイム伯は時折信じられないことをするが、詮索はするなと書かれております。
 皇帝陛下が書かれているのですから、無用な詮索はせずに言いつけ通り地下にでも閉じ込めておきましょう。
 首相との会談ですが、皇帝陛下から早急にとの指示がございましたので、一両日中に会談できるように手配いたします。
 それまではこの大使館の客室に滞在して頂きたく存じます。」

 おじいさまは、私の魔法の事を余り広めないために詮索無用と書簡に記してくれたようです。
 気遣いに感謝ですね。

 
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