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第5章 渡りに船と言いますが…

第70話 賊には中立国は関係ないようで…

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 それはポントス海に出て四日目のことです。
 朝食をとるために転移してみるとなにやら船が騒がしいです。
 私は、他の三人を貴賓室に残して、甲板に上がってみることにしました。

「大至急、帆をいっぱいに張れ!とにかく全速で逃げるんだ。」

 船長が大声で船乗りさんに指示を出しています。
 その声に応えるように何人もの船乗りさんが急いでマストに登っています。
 多くの船乗りさんが慌ただしく動いており、事情を聞けそうもありません。

 一部の船乗りさん達が甲板で立ち止まって、何かを指差して相談していました。
 私もその指差す方向を見ると、一隻の船がほぼ並走するように航行しています。

 いえ、よく見ると並走しているのではなく徐々に近付いてきているように見えます。
 何でしょう?白い煙が並走する船から上がりました。
 少し遅れて、「ドーン!」という低い音がします、距離がかなり開いているため然して大きな音ではなかったのですが……。

「マジか!あいつら撃ってきたぞ!」

「距離をとれ!あの船から少しでも離れるんだ!」

 甲板に動揺が走り、船乗りさんの動きがいっそう慌ただしくなりました。
 そんな船乗りさんを尻目に、事情を飲み込めない私はのんきに並走する船を見ていたのです。
 
 すると……、ひゅる、ひゅるという音が聞こえ……。

バシャーン!

 目の前に大きな水柱が立ち上りました。

「えっ?」

 僅か十ヤード程前に生じた水柱によって巻き上げられた海水はやがて滝のように私の頭上に降り注ぐ……。

 …前に、

「散りなさい!」

 傍らに現われた水の精霊アクアちゃんが降り注ぐ水を周囲に散らしてくれました。

「ダメですよ、ロッテちゃん、ぼうっとしていては。」

 アクアちゃんは、呆けていた私が対処できないと見て、とっさに庇ってくれたようです。

「有り難う、アクアちゃん、助かったわ。
 ゴメンね、ぼうっとしていて。」

「いいえ、ロッテちゃんが無事ならば良いのです。」

 私がアクアちゃんにお礼を言うとアクアちゃんはそう言って再び姿を消しました。


「お嬢様、ご無事でしたか?ここは危険です、客室の方に戻られてください。」

 私が甲板にいることに気付いた船長が私に船室へ戻るように促しました。

「わかりましたが、いったい何が起こっているのですか?」

「襲撃ですよ。あれは異教徒の国の船ですね。しかも、海賊船です。
 奴らには中立国も何も関係ないですからね。」

 そう言えば、ダーヌビウス側を下って来た船の船長が行っていましたね、中立国の船を襲うのは異教徒の国の連中くらいだと。貧乏くじを引いてしまいましたか。

 船長の話では海賊は夜討ち朝駆けが得意な連中が多く、一般の船が速力を落としている時間帯を狙って襲ってくるそうです。
 船乗り達は気性の荒い人が多いようですがこちらは所詮貨客船の船員、それに対して海賊達は荒事になれている連中ばかりです。
 海賊船に遭遇したら基本は一目散に逃げるしかないようです。

「今、全力で逃げていますので、お嬢様は客室にお戻りください。
 部屋に戻られたら、内鍵を閉めて絶対に外には出ないでくださいね。
 それと、船が揺れるかもしれないので気をつけてください。」

「逃げ切れそうですか?」

「全力で逃げるとしか言えません。」

 私の問い掛けに対する船長の答えとその悲壮な顔つき、どうやら状況は芳しく無いようですね。

 私は船室に戻るとこの船が海賊に襲撃されていることを告げ、みんなを連れて一旦館へ戻りました。

 そして、全員に絶対に船には戻らないように指示をして、私は船に戻ることにします。

「ロッテ、一人で船に戻ってどうするつもりなの?」

 リーナが私の身を案じて尋ねてきました、その顔は非常に不安そうです。

「決まっているではないですか。火事場泥棒に行くのですよ。」

 私は笑ってみんなにそう告げて船に戻りました。


     **********


 さて船に戻って船室の窓から外を見ると何も見えませんでした。
 いえ、正確に言うと船の側舷らしきものが窓から見える景色を覆い尽くしています。
 どうやら海賊船に接舷されているようです。海賊との追いかけっこは負けてしまったのですね。

 お客さんは放っておいてもそのうちに来ると思い、私はソファーで寛ぐことにしました。
 案の定さしたる間をおかないで、招かれざるお客さん達が貴賓室の扉を乱暴に叩きました。

 私は扉が破壊される前に、お客さんを迎え入れることにします。

「何ですか、騒がしい。少し静かにしていただけませんか。」

 私がそう言って扉を開けると、そこではこの部屋を庇うように扉の前に立つゲーテ船長と湾曲した短い剣を手にする布を頭に巻いた男が言い争っていました。
 扉を開けた私に気付いたゲーテ船長が慌てて言いました。

「お嬢様、何で扉を開けてしまわれるのですか。」

 どうやら、ゲーテ船長は私達に累が及ばないように身を挺して守ってくれていたようです。
 素晴らしい使命感ですね。

「船長、献身に感謝します。そこまでで結構です。船長が怪我でもされたら大変です。」

 私が船長を労い前へ進み出ると、賊らしき者が私を指差して何か言いました。
 流石に異教徒の言葉までは私も学んでいません。

「船長、彼が何と言ったかわかりますか?」

 私が尋ねると船長は言い難そうな顔をして応えます。

「こいつは、お嬢様のことを異教徒の王への貢物にすると言っています。
 異教徒の王は、黒髪で色白の若い娘がことのほかお好みだそうです。
 お嬢様を献上すればたいそうな褒美をもらえそうだと喜んでいるようです。」

 それは好都合ですね。手荒な真似をされずに海賊の船に乗り込めそうです。

「船長、この者にこの部屋には私しかいないと言ってください。
 そして、私を差し出す代わりに、船の他の者には手荒な真似をしないように言って貰えますか。」

「お嬢様、なりません!」

 ゲーテ船長は私を止めようとしますが……。

「私に考えがあります。」

 私がニッコリと笑いながらそう言うと、ゲーテ船長も私に策があることを悟ったようで渋々指示に従ってくれました。

 そして、私がゲーテ船長の前を通り過ぎる時、船長は囁くような声で尋ねてきます。

「お嬢様、いったい何を?」

「ちょっと、海賊退治に行ってきます。三十分ほどここで待っていてくださいね。」

 私の言葉の言葉を聞いた船長は心の底から呆れたような顔をしていました。

 さて、海賊のお宝を頂戴しに行きますか。 
 

 
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