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第4章 アルムの冬

第58話 大雪が降れば雪崩も起きます

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     **********

 一月も下旬、もうそろそろ冬の厳しさもピークを迎える頃です。
 朝起きてリビングルームに入ると珍しくブリーゼちゃんとアクアちゃんが姿を現して何かをしています。

「おはよう、アクアちゃん、ブリーゼちゃん。
 こんな朝早くから珍しいね。」

「ごきげんよう、ロッテ。よく眠れましたか。」

 わたしが朝の挨拶をすると、アクアちゃんがおっとりといつも通りの挨拶を返してくれました。

「あっ、ロッテ、おはよ~う。
 いまね、アクアちゃんとなだれがおきそ~な場所を見てきたんだよ。
 いっぱいあったけど、安心して。この館の周りにはなだれがおきそ~な場所はなかったから。」

 相変わらずブリーゼちゃんはお気軽な口調でとんだ爆弾発言をかましてくれます。

「雪崩が起きそうな場所があるの?いっぱい?」

「そ~だよ~!こんなに雪が降り続いているんだもん、おかしくないよね。」

 言われてみればその通りです。今年は近年にない大雪となっています。
 しかも、アルム山脈の麓にあるこの地方は急斜面が多いのです。
 どこで、雪崩が発生しても不思議ではありません。

「ブリーゼちゃん、雪崩が起きそうな場所ってわかるの?」

「うん、わかるよ~、ここにかいた~。」

 ブリーゼちゃんがお気軽な返事と共に一枚の紙を差し出してきました。
 その紙には私の館を中心に簡略な地図が描いてあります。
 雪崩が起こりそうな場所がチェックされ、なにやら矢印が書き込まれていました。
 どうやら、矢印は雪崩の流れていく方向を示しているようです。
 書き込むことにより、この館に向かってくる雪崩がないことを確認していたのですね。

「ねえ、ブリーゼちゃん、この中で人里に被害を与えるような雪崩ってあるかな?」

「う~ん、どうだっけ。この館以外には興味ないからあんまりよく見ていなかった。」

 ブリーゼちゃんはこの館のことしか関心が無いようで、周囲の村には気を配っていなかった様子です。
 そんなブリーゼちゃんを諭すようにアクアちゃんが言いました。

「あら、あら、そんなことではダメよ、ブリーゼさん。ちゃんと周囲にも気を配らないと。
 ご安心ください。シューネフルトに被害をもたらすような雪崩はありませんから。」

 うん、それはわかっている。だって、シューネフルト周辺はこの辺では珍しい平野じゃない。
 シューネフルトまで到達する雪崩があったら、途中の集落は壊滅だわ。

「えーと、そうじゃなくて雪崩で被害を受ける集落があれば教えて欲しいのだけど。」

 私がお願いするとアクアちゃんがポンと手を鳴らして言いました。

「そんなことでよろしいのですか。それなら、ここと、ここと、ここにありました。」

 アクアちゃんは、地図に集落のある場所を書き込んでいきました。全部で3ヶ所ある様子です。

「雪崩の被害を防ぐ方法はあるかしら?」

「雪は水が凍ったものです。水のことなら私に出来ないことはございません。
 とは言うものの、これだけ積もってしまいますと少々問題が……。」

 アクアちゃんが言葉を濁しました。
 詳しく聞いてみると、雪崩が起きそうな雪を退かすことは簡単なのだそうです。
 ですが、雪崩が起きそうな斜面の雪を退かすと支えを失ったより高い位置の積雪が雪崩を起こすそうです。そうすると頂上付近まで雪をどかすハメになるそうです。

「それをやってしまいますと、春以降雪解け水の利用に支障が出るかと思いますが…。」

「なんか良い方法はないかな。」

 私が二人に尋ねると、……。

「一番良い方法は自然に雪崩を起こさせるのです。
 そうすれば本来雪崩で流れる雪だけが流れ落ちますので雪が安定します。
 そして、発生した雪崩の雪の流れを私が集落を避けるように変えれば良いのです。」

「ハイ、ハイ、ハイ。私、私、私が風の塊を斜面にぶつけて衝撃で雪崩を起こせるよ。」

 アクアちゃんの提案に、ブリーゼちゃんが乗ってきました。
 どうやら、そうすることで集落に被害を出すことなく斜面に過剰に降り積もった雪を除去できそうです。
 善は急げです、もたもたしていて雪崩が起きてしまっては目も当てられません。

 私は箒に乗って吹雪の中をアクアちゃんの記した集落に向かいます。
 例によってブリーゼちゃんの防風が施されているので、風も雪も当たらずに楽に進めます。
 ただ、吹雪きで殆んど視界が利かないのが困ったものです。

「あそこの斜面ですね。」

 アクアちゃんが指差しますが、私には見えていません。
 本当にすごい吹雪きでまったく視界が利かないのです。
 眼下に集落の家から漏れる光が微かに見えるので、ここが集落の上空だとかろうじて認識できる程度です。

 私が状況を把握できずに困っていることも気にせず、ブリーゼちゃんが声を上げました。

「それじゃあ、大きいのいくよ!そ~れ!」

 ブウォ~ン!

 ブリーゼちゃんの掛け声と共に突風が吹き抜ける音がします。

 そして、

 ド~ン!!

 という衝撃音が響くと同時に、

 ドドドドドドド!!

 轟音を立てながら大量の雪が斜面を駆け下り始めたのです。

 う~ん、これは拙いかも。パニックが起こりそう……。
 雪崩が起こす轟音に気付いた村人たちが次々と民家から飛び出てきました。
 狼狽してへたな方向に動いたあげくに、雪崩に巻き込まれたら大変です。

『落ち着け!』

 私は魔力を込めた強制力を持つ言葉を発しましす。
 ブリーゼちゃんが拡声の術を使って村人に声を伝えてくれました。

『その場で雪崩が過ぎるまで待機!』

 私の指示に従った村人たちは、その場で立ち止まり迫りくる雪崩を呆然と見ています。
 そして、雪崩の流れは村よりも大分手前で二股に別れ、あたかも村を避けるように村の左右を通過して行ったのです。

 村人はみな度肝を抜かれた様子で、その場でへたり込む人が続出していました。
 やがて、何の被害もなく雪崩が過ぎ去ったことを理解すると村人達からは歓喜の声が上がり始めます。やっと安心したようですね。

 私の強制力を持つ言葉の効力も切れ、三々五々と村人達は家の中に戻っていきました。

 その後、私はアクアちゃんが示した残り二ヵ所の村を回って同じことを繰り返したのです。

 この冬、例年にない豪雪のためアルム山脈周辺の各所で大きな雪崩がおき、不幸にも雪崩に飲み込まれた集落が複数あったのです。

 幸いにしてリーナが治めるシューネフルト領では雪崩の被害が一ヶ所もありませんでした。
 特に、同じ日に起こった三ヶ所の大雪崩は、三ヶ所とも集落を避けるように二股に分かれて流れ過ぎたため、シューネフルトの奇跡と呼ばれることになります。
 
 その裏側で活躍した二人の精霊のことは誰も知る由もありませんでした。
 リーナが心を痛めることがなければそれで良いのです。


     **********

 お読みいただき有り難うございます。

 *お願い
 9月1日から始まりましたアルファポリスの第13回ファンタジー小説大賞にこの作品をエントリーしています。
 応援してくださる方がいらっしゃいましたら、本作品に投票して頂けるととても嬉しいです。
 ぶしつけにこのようなお願いをして恐縮ですが、よろしくお願いします。
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