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第1章 アルムの森の魔女

第18話【閑話】私、本当の意味で領主になります

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 私がアルムハイムの森でロッテに出会ってから数日後、いきなりロッテが尋ねてきました。
 空を飛んで……。

 突然ブリーゼちゃんが部屋の中に現われたかと思うと、

「今、ロッテが近くに来ているの。
 リーナに話しがあるって、来ても良いかって言ってるよ。」

と言いました。

 私はテーブルの上にあった焼き菓子を一枚ブリーゼちゃんに手渡し、ロッテの訪問を歓迎すると伝えました。

「わーい! リーナ、有り難う!」

 ブリーゼちゃんは、テーブルの上に足を投げ出して座るとその場でモシャモシャと焼き菓子を食べ始めます。

 先日初めて見たときも思ったのですが、サイズが明らかにおかしいのです。
 身の丈十インチほどのブリーゼちゃんのお腹に、直径二インチはあろうかという円く焼いた焼き菓子が収まっていきます。いったい、どこに入るのでしょうか、精霊というのは謎の生き物です。

「ごちそうさま!」

 ペコリと頭を下げたブリーゼちゃんは再びふよふよと宙に浮くとパッと姿を消しました。

 そして暫くして、ロッテが現われたのです。二階にある私の私室の窓の外に……。
 何の冗談かと思いました。窓辺によるとロッテは飛んでいたのです、箒に乗って。

 それはまるで子供向けのお伽話のような光景でした、だって箒に乗った魔女ですよ。
 ロッテは私の部屋から続くバルコニーに降り立つと私の様子を窺いました。

 私はすぐさまロッテを部屋に向かい入れました。
 この時ロッテは、自分が掴んだ情報を知らせに来てくれたのです。

 それは、二つの驚くべき情報でした。
 一つは、アルム山脈のセルベチア側の麓に四万もの軍勢が集結を終えてこちらに向かって進軍を開始しようとしていること。

 もう一つは、シューネフルト内の進軍を円滑に行うため、シューネフルトに多数の工作員が入り込んでいること。こともあろうに、執政官のアルノーがセルベチアと内通して工作員をこの町の衛兵として雇っていると言うのです。

 私は呆然としました。
 四万もの軍勢、とても対処できません。そもそも、この男爵領に領軍はないのです。
 近隣の貴族に援軍を頼むにしても、四万もの軍勢に対抗できる数を揃えることもさることながら、時間もないのです。
 ロッテの話しでは、セルベチアの目的は我が国ではなく、アルム山脈の南側にあるロマリア半島。
 セルベチアの進軍を見送れば、我が国には被害は生じません。
 しかし、我が国は永世中立を謳っています。
 いままで、どこの国にも組しなかったからこそ、どこからも攻められなかったのです。
 何の抵抗もせずセルベチアの進軍を見送ったらセルベチアに組したと思われかねません。
 それでは、永世中立の宣言を破ったと周辺諸国に思われてしまいます。
 私はどうしたら良いのか分からずに困ってしまいました。

 その時、ロッテはこう言ったのです。

「まあ、まあ、慌てないで。
 セルベチアの軍にあの峠は一歩たりとも踏み越えさせないので安心してください。」 

 まるで、四万の軍勢を撃退するのはいとも簡単なことだと言わんばかりです。
 ロッテには、それよりもシューネフルトに入り込んだ工作員の対処の方が面倒なような口振りです。

 ロッテは一通り用件を話し終えると、「おイタをする悪い子にキツイお仕置きをしてきます。」 と言って私の許を立ち去りました。


     ***********


 そして更に数日後、アルノーが男を二人引き連れて私が住む館にやってきました。
 二人の男は、原形がわからないほど顔を腫らしています。

 私の護衛騎士が用件を聞き質したところ、セルベチアに内通していたことを自白しに来たと言いました。
 そして、アルノーたち三人は自分達の犯した罪を包み隠さず供述したのです。
 不自然なほど洗いざらい……。
 
 私はピンときました、これはロッテの魔法の言葉で命じられたに違いないと。
 それを裏付けるようなことがいくつかありました。
 三人の供述から、峠の向こうのセルベチア軍四万が撤退したのは分かりましたが、何故撤退したのは言わないのです。いえ、言おうとすると言葉がでなくなる感じでした。
 もっと重要な機密を供述しているのに、撤退した理由が言えないのは不自然です。
 ロッテが自分のことを他者の伝えるなと命令したのだろうと想像がつきました。
 同時に、ロッテが言葉通り、たった一人で四万の軍勢を撃退してしまったのも理解したのです。

 もう一つ、なぜセルベチアの工作員二人が顔をあんなに腫らしているのかを尋ねたときです。
 役場の前の広場でこの三人は自分達の正体や犯した罪を告白したそうです。
 その時、民衆から暴力を受けたそうです。

 なぜ、わざわざ広場で告白などしたのか、質問しても答えないのです。
 いえ、これも答えようとすると言葉がでない様子です。

 私は、ロッテが何故そんなことをさせたのか理解できませんでした。
 この二人がたとえ罪人であろうと民衆が勝手に暴行を加えて良いものではありません。
 私は二人に暴行を加えた者に罰を与えるべきではないかと騎士に言いました。

 その時、騎士は私に教えてくれたのです。十年程前のセルベチア革命とこの町の関りに付いて。
 ロッテは、セルベチア共和国軍に対する恨みを晴らす機会を住民に与えたようです。
 この二人は恐らく死罪になるでしょう。
 ロッテのことです、どうせ死罪になるなら、その前に住民の鬱憤晴らしの的にしてやろうと考えたのでしょう。
 でも、如何に犯罪者と言えど個人に当たるのはどうかと思います……。


     **********


 今回のセルベチア軍の進攻にまつわる一連の事件はすべてロッテが解決してくれました。
 非常に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 今回の件で私は深く反省したのです。
 一つは、領主でありながら私は領地のことを知らな過ぎたという事です。
 町の外を女性が一人で出歩くことが出来ないほど治安が悪いと知っていれば、あの時アルノーに騙されることは無かったのです。
 もちろん、今回はそれが切欠でロッテと知り合うことが出来て、セルベチア軍を撃退してもらえたのですが、そうそう都合の良い事が起こる訳がありません。

 この町のセルベチア共和国軍との因縁だってそうです。
 ロッテは多分知っていたのに、領主の私は知りませんでした。

 もう一つは、執政官のアルノーに領地の経営を丸投げしてしまった事です。
 この地に赴いて一月も経っていませんので、どの程度の事が出来たかは分かりません。
 ただ、丸投げするのではなく、私がチェックしていれば何か気付いたかもしれませんし、アルノーも用心して少しは悪事を慎んだかもしれません。

 反省を踏まえて、王都に報告する今回の事件の報告書に添えました。
 今後は私自らが領地経営を行うので、執政官の派遣は不要と。

 私はとある事情があって、王都からここへやってきました。
 王都で私の周囲にいた人達にとっては私が王都を離れさえすれば良いので、私に領地経営など期待していませんでした。
 ですから、私もアルノーに丸投げしてしまったのですけど、領主を名乗る以上はそれではダメなのだと気付きました。


 私は、アルノーたちが自首してきた日の晩、ある命令を護衛の騎士達に下しました。
 寝静まるのを待って衛兵の宿舎に押し入り、セルベチアの潜入工作員たちを捕縛しろと。

 取調べによると、アルノーが雇い入れたセルベチアの工作員は十人を超えており、五人しかいない私の護衛騎士では寝込みを襲わないと帰り打ち合う恐れがあったのです。
 深夜まで待った甲斐があって、一人も逃がすことなく捕らえることが出来ました。

 そして翌日、私の領主としての最初の仕事は新規の衛兵の採用です。
 この町に元から住む若者を対象として、二十人程募集しました。
 昨日捕縛した衛兵の数を差し引くと七人ほどの増員になります。

 五日程で衛兵の採用を終えた私は、二十人の新人衛兵の訓練として私の護衛騎士四人の指導の下、山賊狩りに送り出したのです。
 五人ずつ四班に分けて、私の護衛騎士をリーダーとして徹底的に山賊を狩らせたのです。

 私が領主として最初に手がけた施策は、女子供でも安心して町の外を歩ける治安の良い領地作りです。

 だって嫌じゃないですか、国や民を守るべき騎士が、

『例え姫でなくとも、町の外を年頃の女性が一人で出歩ける場所はこの国には存在しません。』

なんて言葉を堂々と吐くような領地は。

 本当はもっと先に手を付ける施策はあるかも知れませんが、とりあえずは出来る事から着手することにしたのです。

 でも、この施策、結構領民の評判が良かったみたいです。
 どうやら、山賊の被害が多く、領民から山賊討伐の請願が何度も出されていたようです。
 それを、例の女衒と結託したアルノーが揉み消していたのです。

 そして、一週間後、付近の山賊狩りも一段落しました。
 今後定期的に山賊狩りを行う計画です、そうしないとまた何処かから流れてきますから。
 でも、今日のところは、女子供が一人で出歩いても安全です。
 
 可愛い精霊ちゃん達へのお土産に甘いお菓子もたくさん持ちました。
 さあ、ロッテのところに御礼を伝えに行きましょう。 


    **********

 *お願い
 9月1日から始まりましたアルファポリスの第13回ファンタジー小説大賞にこの作品をエントリーしています。
 応援してくださる方がいらっしゃいましたら、本作品に投票して頂けるととても嬉しいです。
 ぶしつけにこのようなお願いをして恐縮ですが、よろしくお願いします。
 投票は、PCの方は表題ページの左上、「作品の情報」の上の『黄色いボタン』です。
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