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第23話 「脱がすよ」
しおりを挟むベッドの上で仰向けになって、見えるのはほとんど青葉先輩だけだった。
まるで閉じ込められるように、青葉先輩に覆いかぶさられている。
見える視界と恰好が、熱をだしたときのことを思い出して。
思い出して恥ずかしくなる余裕もなく青葉先輩の顔が近づいてきて、距離がゼロになる。
さっきのキスで、もう濡れている唇がやさしく落ちる。やわらかい感触が、ふりはじめた雪のようにゆっくりと触れては離れる。くちびるの形を確かめるように、何度も何度も。
先輩の手が髪に触れて、だんだんと耳に下りていく。
くすぐるようにピアスを触ってから、つうっと指先で首筋をたどっていく。
首筋からさらに下って、鎖骨にたどり着く。壊れ物を扱うように、浮き上がった骨の部分をなぞられる。
先輩に触られたところから自分の輪郭ができていくように錯覚するほど、敏感にそれを感じとってしまう。普段意識することがない自分自身の体を、先輩の指が確かめることで、新しい体がつくりあげられていくみたいだ。
唇を離した先輩が、口の間から、薄く、赤い舌をちらりと見せる。
誘蛾灯にひきつけられるように、脳が溶けかかっている僕はその赤に向かって自分の舌を伸ばす。
二人の間の空中で、伸ばした赤い舌先だけがふれあう。
ちろり、と舐められて、かすめられて、キスの時と同じように触れては離れるを繰り返す。微弱な刺激が舌先から身体に広がっていく。
濡れた粘膜がたがいに絡む。前は絶対自分からこんなことできなかったのに、と思うけれど。
先輩が僕の舌をぎゅっと吸う。すぐに解放されて、首筋を撫でられる。つられるように、同じように先輩の舌を吸いあげる。そうすると先輩は舌を差し出すから、前と同じように何度もその舌に吸いついて、甘い唾液をしぼりとる。
もっと、もっと欲しいと、貪欲な自分の心が這い出てきて、拙い動きで先輩の舌に自分から絡めて、奥へと誘いこもうとする。
唇は密着して、どちらのものかわからない唾液が口内にあふれる。
先輩の指は首筋を伝って肩のラインを触っていく。脇腹へと指が下りて行って、シャツの裾をつかんだ。どくっと心臓が跳ねた。
思考をなくしかけていた頭が、零れかけていた理性をつかみとる。
だめだ、このまま、もし服を脱がされるとしたら。それはダメだ。
こわばった身体に気づいたのか、シャツの裾に指をかけたまま先輩が口を離す。
「こっち、やっぱ脱がさないほうがいい?」
「……は、い」
「ん、わかった」
そう言って先輩は指を離して、体を起こす。
近かった体温が離れて、ぽっかりと隙間ができる。その寒さと、呆れられたかという焦りで謝罪を口にしようとして、とまった。
自分自身のシャツを先輩は脱ぎ捨てる。ぱさりと無造作にベッドにシャツが放り投げられた。
前も見たことがあるというのに、上半身だけといえど、僕の上にまたがる形で、素肌をさらす先輩に何も言えなくなってしまう。
なめらかな肌と、元運動部らしいすらっとした筋肉のついた体。
かっこいい、とか、きれい、とか、そういう言葉がふわふわと浮かぶけど、それ以上に心臓が早く脈打つ。
上だけ裸になった先輩は、見惚れている僕に気づいたのかふっと薄く微笑む。
仰向けの僕の上にまたがったまま、先輩の左手が僕の右手と指を絡める。二人の指が交差する握り方。それは、ぞくにいう、恋人繋ぎというやつで。
それだけでも、驚きと緊張で心臓がとまりそうになるのに、さらに左手のほうを、恭しく持ち上げられて。
僕の目を見つめたま、先輩は僕の左手の甲に、唇を落とす。
ぞくっ、と身体の芯が震える。
指の付け根、関節、爪へとキスを順番にキスされるたび、そこに熱が宿るようだった。
映画の時にたわむれで触れていた時と同じような状態なのに、その時よりもっと、はっきりとした刺激と、湿度がある。
さっきまで自分の口内にいた赤い舌が、先輩の唇の隙間からちらりと覗く。先輩は僕から目を離さないまま、まるで見せつけるように、人差し指の先端を、赤い舌先で舐める。
そのまま指先を歯ではさむ。けれど、わざとあけられた隙間から、先輩の舌が、指を舐めるところがはっきりと見える。
濡れた赤色が爪を、指の横を、腹を舐める。飴玉を食べるように、舌が動く。
視覚と触覚がつながって、やわらかいもので濡れる感覚がダイレクトに感じて。
先輩は、まっすぐ僕の目を見続けている。
いつも青葉先輩は夏の青空みたいだと思っていた。
だけど、今は。
夜の一歩手前の、深い、深い青。
濃縮した青が、月の星の光も隠して、全てを染めて広がっていきそうな。
先輩の舌が動くたび、そこから藍色に染め上げられていく錯覚に陥る。
身体の中心にある熱が、しびれとともに広がっていく。
人差し指の次は中指、薬指、小指と、先輩はひとつずつ味わうように口にしていく。
薬指のわきを舌が舐め上げて、つけ根をカプリと噛む。そのまま指の間のつけ根も丁寧に舐めていく。手にこんなに神経が通ってるなんて思ってもいなかった。つけ根を這う舌のなまめかしい感触と水気が余すことなく僕の肌の表面を通して、中心に向かって伝わっていく。
そのまま指を一本、まるごと口にくわえられる。くるりと指の一周を舐められ吸われると、我慢している声が漏れそうになる。
ただ、手を、指を舐められているだけなのに。藍色に支配されていくごとに、身体の中心の熱は高まり続ける。
それは身体の反応にも表れて、下半身の、男であることを示す器官がたちあがりはじめている。
まずい。そんなのは先輩に見せたくない。逃げようと体をひねろうとしたとき、ぺろりと手のひらを舌の表面すべてで舐め上げられる。
「っ、あ」
びくっと震えが走る。そんな些細な動作が電流のように刺激となって、服を着ているとしても、もう誤魔化せないくらい、下半身に熱がたまりはじめている。
追い打ちのように、大きな手が僕の手首をつかんで、手のひらと手首にキスをする。
それを見ているのも、味わうのも、もう限界だった。
「せん、ぱい」
情けないほど小さな声しかでなかった。呼びかけたときに開いた口からは、はあはあと荒い息が出る。少しでも逃げようと身をよじった姿勢は不格好で、さらにいえば手はいまだに先輩にとらわれたままだ。強く握られているわけじゃないから、本当ならすぐに逃げられるはずなのに。
夜の色をたたえた目が、僕をじっと見つめる。これ以上はダメとか、せめて見ないでくれと、お願いしたくても、弱気な言い訳なんてすぐに見抜かれてしまいそうな、そんな風に見られてはくはくと唇はまともな言葉をつむがない。
けれど、なにかを許してくれたのか、わかってくれたのか。先輩は優しく手首の内側に唇をあてると、そっと握っていた手を離す。
それからそのまま、くるりと僕の体を反転させる。ぽす、と先輩の枕が顔にあたる。
簡単にうつ伏せの姿勢にされた。確かに自分の反応する体を見られたくなくて、逃げようとしたから、これでいいはずなのだけれど。
これから起こることを想像すると、顔が熱くなる。
服を着たままの背中にわずかな重さとぬくもりを感じる。わざと音を立てるように、うなじにキスをされ、耳のすぐ近くでひそめた声がする。
「つらくなったら、すぐ言って」
「は、はい」
上から先輩にとらわれるように覆いかぶさられたまま、首に何度もキスをされる。
大きな手がそっと背中の上に置かれる。それがまるで心臓の音を確かめているようで落ち着かない。いま、僕の心拍数は、きっとひどいことになってる。でもどれだけ心臓がとまりそうでも物理的に止まってはくれない。
ゆっくりとその手は背骨の輪郭をたどって下へといく。腰にたどりついて、そのままさらに下りていく。服越しに太腿を撫でられて体が跳ねそうになる。声を我慢するために目の前の枕に抱きつこうとして、その枕から普段の青葉先輩の香りがして、それはそれで感情が乱れて。逃げ場がなかった。
ゆるりと手の甲で太腿の内側を、膝の内側から上に向かって、股関節と脚のギリギリのラインまで撫で上げられる。あくまでゆっくり、丁寧に。だけどそれが余計に、このあとのことを想像させて、じりじりと熱に火がかかる。
微妙な境界線を触っていた手が、すっと、体の中心側、尻の割れ目のほうをなぞる。
今度こそ、びくりと体が跳ねた。
それでも先輩は止めずに、服の上からゆっくりと薄い山の谷間を撫でる。そこは、きっとここから触れる、であろうところで。
くい、と、過たずに、後ろの穴のところに指をたてられる。
くぼみになっているところを弱い力でさぐられ、これから起こることを予告するように、とんとんと叩かれる。
慣らすための準備の、さらに下準備のように触られて。
いや、これは下準備なのだろうか。そんな、ただの下準備に、こんなにぞくぞくとしびれがうまれるのか。
これだけで息が荒くなる。緊張と不安と羞恥があるのはもちろんだけど、なにより、自分の中にわずかな期待があることに気づいてしまって。
二回目でも、恥ずかしくてたまらない。先輩は男の体に本当にがっかりしないだろうか、という怖さもある。だけど、身体は一度与えられた、快感、を覚えていて。
これからあの痺れるような刺激がくるのかと、予期してうずく心は勝手に熱をあげてしまう。
「脱がすよ」
いつもより低い声に、わずかな間を開けて頷いた。
先輩は丁寧に、僕の下半身を隠していた服を脱がしていく。
素肌が空気にさらされて、さらにそこを先輩に見られていると思うとまた心拍数が高くなる。
ぱさり、ときちんとたたまれた自分の服が視界の端にうつる。さっきの無造作に投げ捨てられた先輩のシャツとはなんだか違うな、と現実逃避するように考えた。
ふいに背中側に体温を感じたら、体を密着させた先輩に左耳を食まれた。ぴくっと反応する僕のことを気にせず、耳たぶを這って、ピアスをまるごと食べられる。
一瞬、耳に神経を高ぶらせているあいだに、ぬるりとしたものが後ろのくぼみに感じる。
ローションをまとった先輩の指だ。
指先がゆっくりと外縁をなぞる。くるくるとローションをなじませるその動きだけで、身体の奥がじわじわと熱くなっていく。
ゆっくり、丁寧に、十分すぎるほどローションを肌になじまされたあと、く、と指が中に入ってきた。
「……っ、」
わずかな違和感。それでも痛みは感じない。慎重に、第一関節くらいまで指が侵入してきた。すぐには動かないで、またなじませるように内壁をやわく探られる。痛くならないための配慮なのだろうけど、今は逆にそれがつらい。
じわじわと、先輩が侵蝕してくることに、心臓の動悸が早くなりつづけている。体力が切れたら本当に心臓が動かなくなるんじゃないだろうか。
それに、たった一度のことなのに、僕の中は正直で。もう少し先、もう少し指が奥に入ってくれたら、あそこに指があたる、ということを、覚えていて。
生殺しみたいな状態に、理性で支配できない肉の内側が勝手に収縮しはじめる。ぴくぴくと、しぼるように、中に誘うように先輩の指が入っているところが動いてしまう。
自ら先輩の指を食べようとする、うごめくそこを止められなくて。
はっ、と先輩が息を飲んだのがわかる。羞恥が一気に頭へとのぼる。
「あ、や。ちが、あ、っぁあ!」
違うんです、そんなつもりじゃない、と、否定の言葉を言おうとした声は悲鳴に変わる。
中の動きに合わせるように先輩の指がぐっと中を突き進んだ。思った以上に奥まで入ってきた。驚きで声を上げてしまったけれど、こんな高い、喜びが混ざった声なんて悲鳴ではないことなんて先輩だってきっとわかっている。
それを証明するように僕の中は正直すぎて、やっと奥まで入ってきてくれた指を喜ぶようにきゅうきゅうと締めつける。馬鹿正直なその動きを止めようとして力をいれたら、それはそれで先輩の指をさらにしめつけて、もっとその感触を感じてしまって、逆効果だった。
恥ずかしくて枕に顔をうずめる。もう口から何も発したくない。ああもう消えてしまいたい。先輩の香りが枕からする。本当に逃げ場がない。
きっと赤く染まってるに違いない耳を、先輩の舌が舐める。舌の温度が低く感じるのは、それぐらい体温があがってしまっているからだろう。
けれど、追い打ちのように耳に吹き込まれた声に、体温がさらに上昇する。
「こーよー」
優しくて、嬉しそうな、明らかに喜んでいるような声で呼ばれて。
わかりやすく耳の内側にキスをされる。
「……もっと、していい?」
はちみつみたいな甘さで、そんなあどけない言いかたなのに、はっきりと熱さがわかる吐息と一緒にそんなことを言われて。
枕を握る力をこめて、コクリと頷く。
無防備な首筋にキスをしながら先輩は言う。
「きもちいいことしか、しないから」
心臓と一緒に、身体と、中が震えた。
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