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第17話  「名前、呼んでほしい」

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 初めて見る青葉先輩のそこは、なんというか、長い、という印象だった。
 太さは多分、ふつうというか、そこまで平均と変わらない、というか、僕ともそんなに変わらない、と、思う。
 だけど、そのかわりというか、臍の位置から少し下くらいの高さまで上向きに反り上がっている。それは平均よりも絶対長い。先端の傘の部分はしっかりした形をしている。
 というか、そう、上へ向かって、反っている。
 つまり、たってる。
 その事実をはっきりとこの目で見て、驚きと安堵が同時に押し寄せる。
 そうか、先輩は、さっきまでの行為で興奮したのか。
 僕が相手でも、そうやって興奮できるんだ。
 それが自分にとって嬉しいことなのか喜ぶべきことなのかもわからない。ただ、相手が男だから無理、というのは、少なくとも今はなさそうだという安心感が大きい。

「あんま、そうやってじっと見られると結構恥ずかしいな」

 はっとして、慌てて顔を上げる。
 苦笑いを浮かべた青葉先輩の顔を見て、ようやく自分がまじまじと観察してしまっていたことに気づいた。「すみません」と慌てて返す。
 「なんでコーヨーのほうが顔赤いんだよ」と言って頬にキスをされ、頭をぽんぽんと撫でられる。

「ごめん、なるべく早く済ますから、ちょっとだけ付き合って」

 つきあうって、なにに。
 そう聞く前に、青葉先輩は僕のことを見たまま、とりだした先輩のモノをにぎった。それから、ゆっくりとその手を上下に動かし始める。
 先輩の口元から、はっ、と熱い息がこぼれる。
 青葉先輩の脚にまたがって、向かい合った姿勢のまま固まった。
 確かにそこまで大きくなってたら出してしまいたいはずで。同じ男だからそれを我慢するのがつらいのもわかる、と頭の片隅で納得している自分がいる。
 だけど、頭の大部分はその衝撃的な映像で思考がスパークしている。

 めのまえで、あおばせんぱいが、おなにーしてる。

 先輩の長い指が、反り上がった先輩のものに絡む。絡めた指でこすりあげていくと、なめらかな質感のそれはさらに固くなって。
 ああ先輩は先端のくびれに指を引っ掛けるのが好きなんだな、とか的外れな感想が浮かぶ。
 自慰行為なんて、男ならして当たり前のことだし、自分だってオナニーくらいする。嫌悪感とかイヤだとか潔癖な気持ちがうまれるわけじゃない。

 ただ青葉先輩が、あの青葉先輩が、僕の前で性的な行為をしている、というのがあまりにも衝撃で。

 混乱した頭はいろんな考えがめぐりにめぐる。
 ふと青葉先輩の顔をうかがうと、眉間にはしわが寄って、くっとこらえるように口元を引き絞っている。いつもより余裕のないその表情は見ただけでドキっとして。
 見て見ぬふりをすべきなのか、いやさっきは自分は先輩のおかげで達したわけだし、何もせずに放っておいていいのか。そんなふうに頭はぐるぐるして。
 その結果、とっさに出た言葉は。

「あの、手伝いますか」

 なにか具体的な考えがあったわけではない。ただ、ぽろっと出た言葉がそれだった。
 先輩は動きを止める。それから、あの全てを見透かそうとするほど、真剣な目で僕の目を覗き込む。
 心臓が飛び上がる。
 その状態のままがツライのはわかるし、早く解放してしまいたいだろうというのも予想がつく。さっきはわけもわからないまま、先輩に熱を高ぶらされた身としては、何か役立つことがあればしたいと思ったっけかの、単純な言葉だった。

「その、手でしたりとか。……口で、とか」

 経験はないけれど、フェラチオは気持ちいいと聞いたことがある。うまくできるかはわからないけど。それで少しでも先輩が楽になれるのなら、自分にできることがあるならしたかった。
 ただ、言ってから、ものすごく大胆なことを提案していることに気づいて顔が熱くなる。

「……それってさ」

 先輩は言いかけて、少し悩んだように言葉を付け足す。

「オレがコーヨーに同じことしても平気?」
「……え、おなじこと、って」

 それはつまり。青葉先輩が、僕のそこを直接触ったり、口に入れたりする、ということだろうか。

「……いやいや、ムリですダメです!」

 考えられない。できるわけがない。
 今、見せることすらできないのに直接そんな行為に及ぶなんてこと許容できる筈がない。
 思い切り強く否定すると、先輩は眉を下げてふっと笑った。

「じゃあ、オレもしてもらうのはやめとく」
「そ、ですか」

 ものすごく羞恥心の高かった提案を拒否されて、さらに恥ずかしくなる。
 なんで先輩が、僕に同じことをしてもいいかなんてことを聞いてきたかはわからない。でも僕が先輩に僕がするのと、僕が先輩にするのとでは、大きく違いがあると、思うんだけど。
 だいいち、質問してきたけど、先輩はそんなことを僕にできるんだろうか。
 頭が混乱する。そこに恥ずかしさも加わって、逃げたい気持ちでいっぱいだ。

「ただ、そうだな」

 いっぱいいっぱいの思考回路を断ち切るように、先輩は僕の頭を自分の肩口のほうへ寄せた。
 そうすると頭を互い違いにして、肩に顔をうずめる形になる。先輩の口が僕の首筋の近くにある。
 僕の視界は先輩の首と、短い髪の毛と、耳だけだ。

「名前、呼んでほしい」

 なまえ。

「……あおば、せんぱい?」
「うん。そうやって呼んでてくれると、うれしい」

 見えないけれど、わずかな衣擦れと神童から、先輩と僕の体にある手が再び動き出したのがわかる。
 首に熱い息がかかる。

「あおばせんぱい」

 ん、と返事のような、漏れ出たような声。

「せんぱい、青葉、先輩」

 首筋に軽く吸いつかれる。先輩と挟んだ体の間で、動く音のリズムが早くなる。

「青葉先輩」

 それまでこらえてきたものを吐き出すかのように、青葉先輩、と繰り返した。もしかしたら震えているかもしれない。泣きそうな声に聞こえるかもしれない。
 それでも、先輩の肩口に顔をうずめながらうわ言のように繰り返す。
 さっきまであれほど自分の声を我慢していたのに。先輩が、名前を呼んでほしいといわれたら。その言葉は簡単に口から出る。
 だってそれはいつもいつも、僕の心の中を占めている名前だから。

「青葉せんぱい、青葉先輩」
「はぁ……ん、もっと、呼んで」

 器用に先輩は僕の耳を噛む。はねる身体をおさえるように、先輩の両肩にしがみついた。

「せんぱい。あおば、せんぱい」

 名前を呼ぶと首筋にかかる息はどんどん熱くなっていく。手を動かす動作が早くなる。
 先輩の名前を呼ぶことが一体何の役に立つかわからない。けれど、こらえきれないように首筋を噛まれたり、見えない真下から湿った音が鳴るのは確かで。
 よくわからない焦燥感と、緊張と、切迫感にせまられて、ひたすら繰り返した。

「せんぱい、せんぱい、あおば、せんぱい」

 息継ぎと一緒に名前を吐き出して。肩をつかむ手に力をいれる。
 しゅっと動く音がだいぶ早くなっている。
 それに連動するように、僕の心臓と熱も早くなってあつくなって。
 ああ、この熱に浮かされて、変なことを言い出しそうだ。
 だから、誤魔化すように、ひたすら先輩の名前を繰り返すしか、ない。
 先輩はあいている手で僕の頭をおさえながら髪をすく。その優しい感触と、きっともうすぐ、限界がくるだろうわかる、音の動く速さがアンバランスで。
 優しさと熱で、くらくらゆらゆらする。
 目の前にある先輩の首に、汗がつたっていて。
 ああ、もったいないな、と。そう思って。
 だから、自然と、汗をぬぐうように、首筋に舌をはわせた。

「……ッ! は、あ」

 ふいうちの刺激に驚いたのか先輩は声を上げる。
 そういえば自分からこんなことするの初めてだ。
 自分のことに驚いて、思わず離れようとする僕を先輩の手が止める。

「っ……呼んで、名前」

 切羽詰まった、今まで一番余裕のない、声。
 ぞくりと、ぞわりと、腰から頭へと重たい感覚がひろがる。
 震えないように気をつけようとしながら、僕は、喉の奥の、もっともっと深いところから絞り出すように、言葉を紡いだ。

「………あおば、せん、ぱい」

 小さくて、空気にとけてしまいそうなささやき声だった。
 けどそれはきちんと先輩に届いたようで、首筋にキスをされて。
 耳元で、低く、熱く、丁寧に、その四文字が吹き込まれる。

「……みつひろ」

 身体が反射で跳ねるのと、青葉先輩が「はっ」と小さな声を上げて動きを止めたのはとんど同時だった。
 突如訪れる、沈黙。
 少しの間のあと、先輩が身動きをする。サイドテーブルからティッシュを取り出して、自分の出したものを綺麗にしている、みたいだ。相変わらず先輩の肩に頭がある状態でどうしいるかはよく見えない。けれど、たぶん、そんな感じだろうというのは予想がついた。
 しばらくもぞもぞとしていた先輩だったが一通り綺麗にしたのか動きを止める。
 また訪れる、沈黙。
 その静寂な空気をやぶるように、「はああ……」と物凄く大きなため息が聞こえた。

「え、先輩?」
「あーーーーー……やっっべえ」

 ひとりごとのようにつぶやいて、溜息を吐き出す先輩に、焦燥感が舞い戻ってくる。
 まさかやっぱり嫌だったのか無理していたのかと一瞬で不安になった僕を、青葉先輩は両手を回して抱きしめてくる。

「賢者タイムになって冷静になった。あー……目の前にいるのにおかずにしてオナニーとか、めっちゃやばいやつみたいじゃん……。ああーーー……ごめん、コーヨー」

 心底後悔しているようも青葉先輩は、僕を抱きしめながらうなだれる。
 何を先輩が言っているのか理解するのに時間がかかった。

「いえ、たまったものを出したいのは当たり前だと思いますし、えっと、その、僕は気にしてないですから」

 ある意味、ものすごく気になるといえば、気にはなる。
 僕の体を慣らすための準備中に、その、たったのだろうか、とか。
 なにより、先輩がいった「おかず」という言葉、とか。

 おかず、っていうのはつまり自慰行為のさいに性的興奮を高めるために使うもののこと、で。

 先輩は何もしなくていいといった。名前を呼ぶだけでいい、と。
 すがるように連ねた先輩の名前。名前を呼ぶほどに、動きは早くなって、つられるように熱くなっていった感覚。時折、戯れのように、なにかの発露のように、触れられた首や髪。
 それらが、先輩の性的興奮を催すような、欲情を、高める効果があったのか、と。
 ただ、名前を呼んで。軽い接触しかなかったのに。
 先輩はそれらの要素で自分を高めたのか。
 この、僕の。
 男の、身体で、声で。
 その事実を受け止めるには、脳のキャパシティーが圧倒的に足りていない。とっくにキャパオーバーを起こして、くらくらしすぎて倒れそうだ。
 先輩はすこしだけ顔をゆるめて、僕の左耳のピアスを優しく触る。

「体、どっか痛くなったりしてない?」
「あ……はい、それはだいじょうぶ、です」

 あれだけじっくり、丁寧にされて、痛みなど感じることもない。それでも改めて聞かれると恥ずかしい。

「汗とかで汚れたりしただろ? シャワー浴びる?」

 とか、と濁されたけどきっとローションのことだろう。
 思ったほどべとべとした感触はないが、それでも肌になにかがぬられている感じは残っている。

「あーそう、ですね……あ、でも先に先輩、どうぞ」
「や、コーヨーのほうが大変だろいろいろと。ああそれとも、一緒にはいる?」

 ニヤリ、と悪戯っ子のように笑って提案される。

「それはっ、えんりょしますっ」
「そう? じゃあとりあえずシャワー浴びてきなよ」

 慌てた僕を予想をしていたように、ベッドわきにたたまれて追いあった僕のスエットと下着を渡される。
 結局先輩の流れに従って、おとなしくシャワーに向かった。
 そのすきに、自分自身が汚したタオルも一緒にもっていった。




 シャワーで体の汗やローションを洗い流しながら、ぼんやりと考える。
 執拗なほどていねいに、じっくりと後ろを触られたこと。何度もうなじに落とされた口づけ。あのこらえるような表情。
 そもそも、ノンケの先輩が男とそういうことが本当にできるのか、とずっと不安だった。できないならできないで、それは仕方ないことだと思う。ただ、もしもそうなったときに、先輩に嫌悪の目で見られたり、拒絶されるのが怖かった。
 だけど、先輩の男の部分は、きちんと反応していて。
 部屋が薄暗かったから。後ろ向きだったから。隠していたから平気だったのかもしれない。僕の全裸や、それこそ男性器を見たら、そんなことはなかったかもしれない。
 でも、青葉先輩は僕の高まった熱に気づいて、婉曲的なやりかたでも楽にしてくれて。
 いくら後ろを向いていたって、やわらかい体を持っているわけではない。なんなら女性よりもよっぽど面倒な準備が必要だ。それでも『最後まではしない』と言った通り、先輩は途中で終えた。
 というか、そもそも、丁寧にゆっくりと慣らしてくれているあいだに、あんな風になるまで我慢してくれてたのか。
 青葉先輩の眉間にしわを寄せて、熱い息を吐き出す様子を思い出す。

 見たことのない、余裕をなくした青葉先輩の顔。
 青葉先輩が、欲情している、姿。
 じっと、僕の目を、まっすぐ覗き込んできて。

 体がぞわっと震えて、慌てて癖で左耳のピアスを握る。
 でも、そうやってピアスの石を触ると、さっきの最中に触られたり舐められたことを思い出して、余計に羞恥と熱が襲ってくる。

「……っ、ううう」

 顔が熱い。
 今更だけど、先輩にあちこち触られた事実に気づいて、遅れてやってきた恥ずかしさにこのまま埋まって消えてしまいたくなる。
 先輩の様子も、自分が見せてしまった痴態も、これ以上考えたら熱暴走を起こしそうで無理矢理ストップさせる。シャワーの温度を思い切り下げて、冷たい水をかぶって誤魔化した。

「コーヨー? 新しいTシャツ置いとくから、代わりにこっち着ていいから」
「えっ、あっハイっ」

 突然扉越しに聞こえた先輩の言葉に慌てて返事をする。

「あと、本当にどっか痛いとか、そういうのない?」
「平気です、大丈夫です」
「ん。わかった」

 先輩の声が遠ざかって、ほうっと息を吐きだす。
 普段触れることなどない敏感なところをあれほど触られたのだから、先輩としても不安はあるのかもしれない。あまり長くいると、先輩が心配してしまうかもしれないと、手早く体を洗ってしまうことにした。
 用意されていた代わりのシャツに着替える。リビングのほうに戻ると、先輩も上のシャツを着替えてた。ちらっと寝室のほうを見るとベッドは綺麗に整えられていて、さっきの痕跡はもうなくなってた。

「あ、すみません、片付け」
「ん? ああ、いーんだよ、オレんちだし。コーヨーなんか飲む? ああ。でも酒飲むより前に水とかのほうがいいか」

 ソファに座るように促されたあと、先輩は冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルと、ビール缶をもってきて、隣に座る。
 ずっと緊張しっぱなしだったので、素直にミネラルウオーターのペットボトルを受け取って勢いよくあおった。思った以上に身体は疲れていたのか、汗がでていたのか、ごくごくとあっという間に水を飲みこむ。

「腹減ってるなら、なんか作るけど」
「あー……お腹は大丈夫です」

 この数時間で処理可能領域を軽く超えることが起きすぎて、頭も胸もいっぱいいっぱいだ。

「そういえば先輩、料理つくれるんでしたっけ」
「簡単のならなー。あ、でも魚は三枚におろせる」
「え、ほんとですか。僕なんて肉焼くくらいしかできないですよ」
「一人暮らしだと魚食べることなくなるじゃん。肉も好きだけど、たまに無性に魚食べたくなることあるんだよな。だから実家でやり方教わって」
「魚さばくのなんて調理実習以来したことないです……」
「オレもたまにしかやんないよ。まあ、今度なんかメシ作るよ。コーヨーが好きやつ。何が好き?」

 いつもと同じ、空みたいな笑顔を向けられる。
 僕は緊張が途切れたのと、疲れが相まったせいで、何の考えもなくポロリと口から言葉がこぼれた。

「……せんぱい」
「ん?」
「……先輩の、好きなやつでいいですよ」

 不審に思われないように言葉をつけたして、何事もなかったようにもう一度水を飲む。
 やばい。僕は今、何を言ってしまったんだ。大分気が抜けている。
 だって何が好き、ってそんな笑顔で、言われたら。
 心臓がバクバク脈打ってる。

「んー、そうだなあ」

 変わらない様子の先輩は、僕の首筋に手を伸ばしてくる。
 つ、とうなじに触れられる。
 脈打つ心臓が一層大きく跳ねた。

「……あと、残ってないな」

 さっき、ベッドの上でさんざん甘噛みや、吸い付くことを繰り返していた場所を、先輩の指が撫でる。
 「まあ、つけないように我慢してたんだけど」とこぼしながら、指がそっと首筋をなぞる。
 熱が、首筋と耳元に集まっていく。

「……見えないとこになら、つけてもいい?」
「……っ、それ、は」

 ああ先輩は本当に、キスマーク、を、つけたかったのか。
 見えないところに、というのは、きっと周りに気づかれないようにする、ということへの配慮だろう。
 それでも、自分の口づけのあとを残そうとしようとするのは、それは、ほんとに。
 青葉先輩が、僕に執着しているようで。
 指が、耳の裏を撫でる。

「あー、でも、そんなんしたらオレが我慢できなくなっちゃうかなー」

 我慢。なんの、我慢。
 耳たぶの輪郭をなぞられて、ピアスの石を弄ばれる。動けない僕のほうへ先輩は体をよせてきて、耳元で、秘密の話をするように、小さく呟いた。

「今日は二本までしかいれてないから、次は三本入るようにしたいな」

 僕は息をのんで、『次』を示すその言葉に、かすれた声で「はい」と返した。
 
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