召喚者は一家を支える。

RayRim

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間章 1000年前の記憶

13話

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〈※※※※※〉

 長く悩みの種だった不調が解消され、『リレーポイント』には想定していた容量まですぐに魔力を込める事が出来ていた。
 〈魔国創士〉の知識と経験を吸収した恩恵は大きく、魔法も当初より最適な式に修正している。
 〈勇者〉がこんな力に頼ってしまった理由が分かってしまった一方で、こんな魔王は直ちに退場すべきだという思いも強くなっていた。

(あまりにも力がお手軽に得られ過ぎる。)

 ブラッド・クリスタルの禁忌指定に間違いは無かったと確信してはいるが、去り方もしっかりと考えなくてはならず、つくづく力を得る程に自由から遠退いて行くなと自嘲した。

「来たか。」

 臨時の玉座で魔力を練っていると、虚空から吟遊詩人が現れ、〈魔国覇王〉の姿に驚いてみせる。

「白々しい。想定くらいしていたんだろ?」
「自我が保てている事に驚いているのだ。強靭な魂を持つフリューゲルですら適わなかった事だぞ?」
「天空都市は実在したのか。」
「世界各地に残骸が残る程度ではあるがな。」

 それを確認する事が出来ず、〈魔国覇王〉は残念に思う。
 今の時期であれば残骸も朽ち果てていなかっただろうにと、義憤に駆られた己の迂闊さを恨めしく感じていた。

「見物くらいはしておきたかった。」
「来世に期待せよ。」
「こんな記憶や思いを抱いて転生は御免蒙ごめんこうむる。100%ひゃくぱー楽しめんだろそんなの。」
「クックック。ならば、今生を悔いるのだな。
 神が救いの手を差し伸べてくれるかも知れぬぞ?」
「神、なぁ…」

 吟遊詩人を胡乱げに眺める〈魔国覇王〉。
 そこで重大な事に気付く。

「ああ、クソッ!そういう事か…」

 忌々しそうに吟遊詩人を見ながら〈魔国覇王〉は、気付いた事を否定したいかのように自分の額を小突いた。

「全知とは、全能とは、信仰とは何か。既に得られるだけの準備が出来ている事に気付いたようだな?」
「実に不愉快だよ。この世界は実に忌々しい。」

 そんな言葉とは裏腹に、〈魔国覇王〉は笑っており、行き着いた答えもそう悪い事ではないと考えていた。

「引き継げる者が見つかった以上、我が旅もここまでだ。召喚者がもたらした文化、騒動、闘争、どれも楽しませてもらったぞ。」

 それだけ言い残し、吟遊詩人は金色の粒子となり消えた。
 魔素と同様にそれを吸い尽くす〈魔国覇王〉。
 さらなる知識と経験を得た事で、様々な疑問が解けていく。

「ああ、最初から間違っていたんだな…」

 己の行動を客観的に振り返った事でその事に気付いてしまい、修正などしようがない事実を受け止めるしかなかった。
 ちゃんとアリスの相手をしていれば、〈勇者〉の質問に答えていれば、一人で飛び出さなければ全く違う今になっていたに違いない。

「お呼びでしょうか?」

 ボンヤリしている所にボブが現れ、いつも通りに尋ねる。子育ての苦労か、〈魔国覇王〉の目には少し疲れているよう見えた。

「ボブ、戦後にもう一つ厄介を頼む。」
「何でしょうか?」
「それはだな…」

 後始末の内容を伝えてから一本のポーションを投げ渡す。
 驚きと困惑が入り混じる顔に〈魔国覇王〉は思わず笑ってしまうが、終わったらカレンに謝っておいてくれ言うと、更に困惑が強まり申し訳なく思う。
 生涯、妻の尻に敷かれるだろう従者には、最後まで迷惑を掛け続ける事が確定してしまった。

 それは面倒ばかりな世界と、散々胃を苦しめてくれた〈勇者〉への、〈魔国覇王〉によるささやかな報復である。




「これが最後となります。この先の活躍をお祈りいたします。」

 そう告げられ、僅かな食料を与えて監査役は〈勇者〉の元を去っていった。
 独断専行したにも関わらず、陽動すら出来ずに逃げ帰って来た事で支援が打ち切られてしまったのである。
 怒りも悲しみも無く、ただ当然かと受け入れる〈勇者〉。
 失敗すれば何も与えられない。それは元の世界に居た時から変わらなかった。
 食事を抜かれたのは1度や2度ではない。大切な物を取り上げられたのも1度や2度ではない。
 それはこの世界に来ても同じ。

 あの妊婦が堪らなく恐ろしかったのは、願いを叶える機会さえ奪われた事にある。

(まだ、どうとでもなる自分はこんな事では絶望していられない。)

 絶望を求めた〈勇者〉だが、絶望を否定している事に気が付けない程に余裕がない。
 最後の補給を持って自室に戻ると、いつも通り姉がニコニコと待ち構えていた。
 その見た目は身体の薄かった部分が厚くなり、真っ黒な髪は長い銀髪に、顔も自身が想像する理想のものへと変貌していた。

「おかえり、ハルカちゃん。どんなお話だったの?」
「いよいよ決戦だって。」

 それは自分にとってなのだが、〈勇者〉は正確には伝えない。

「そうなんだ…じゃあ、お姉ちゃんも応援に行かないと!」
「えっ?」

 臆病な姉が、安全なこの砦で待ってると言わないことに驚く。

「だって、これが終われば魔王も居なくなってハルカちゃんの晴れ舞台も無くなるでしょ?
 だったら、なるべく近くで見ないとダメだよね。」
「そうだけど、どうなるか分からないし危ないよ。」
「大丈夫。」

 そう言うと、目の前に居る姉の理想像ではなく、本体が〈勇者〉を後ろから抱き締めた。

「この力があれば上手く逃げれるから。」

 そう言うと、振り向いた〈勇者〉の口を自らの口で塞ぐ。
 己の理想とは異なるが、それでも理想的な美少女と言える〈勇者〉と、冴えない自分がこんな事をしている事に瑞花は高揚感が抑えきれない。
 そこへ更に己の理想像が加わり、されるがままの〈勇者〉が瑞花は堪らなく愛しく思えた。

(戦いなんて無くなれば良い。〈勇者〉なんて降りてしまえば良い。そうすればもう独りにならなくて済む…)

 アリスの力の断片を得た事で、どうしようもなく弱くて頼りない義姉は、どうしようもないくらい平和を愛する寂しがりで、この行為は他に成功体験が無いからなのだとようやく理解した。

「お姉ちゃん。終わったら一緒に旅をしよう。
 見た事も聞いた事もない土地を一緒に巡ろう。
 大丈夫。お姉ちゃん一人くらいなら私守れるから。」
「ハルカちゃん…」

 遅過ぎた。
 何もかも遅過ぎた。

 〈勇者〉は気付きながらも約束する。
 何処で間違ってしまったのかは分からない。一心不乱に駆け抜けて来た彼女には、振り返り、記憶に留める余裕もない。
 全部終えて、やる事が失くなったら新しく始める。
 それが〈勇者〉である『才原 遥香』の導き出した答えだった。

「大丈夫。魔王にだって勝てるくらい強いんだから。」

 それが虚勢であることは、〈勇者〉を挟む2人の瑞花には痛いくらい解ってしまっている。

 アリスの力の断片は、瑞花にも伝播しており、強い悲しみ、挫折、怒り、恐怖、絶望の渦は留まるところを知らず、2人の中で増幅されていった。




 ヒュマス軍がいつもの丘に集結している事を聞き、装備を整えた〈魔国覇王〉達3人は伯爵の城を出て、向かいの河岸から相手を眺めている。

 伯爵夫人からは『偉業を支えた椅子を飾らないといけませんね。』と言われ、やんわり断ってはおいたが、謝礼にこれまでに集めて来た素材を全て置いて来たので、それでどうにかされそうな不安はあった。
 建国時の約束事である、異邦人である召喚者達は名を残さない原則は守っており、〈魔国覇王〉の二つ名以外は残さないよう厳命している。
 ここまで色々とやってしまうと領主が記録していそうな懸念はあるが、どうしようもないと諦めていた。

「タマモは戻って来なかったでござるな…」

 あれから〈魔国覇王〉はタマモと会っていない。
 近くに来たのは知っているが、会わずにカレンの元へと引き返している。

「一言文句を言ってやる、と息巻いていたのですが…」

 タマモと一緒に住んでいるボブが言う。
 余計なフラグは立ててくれるなよ、と言いたい〈魔国覇王〉だが、それこそ余計な一言なので口に出すのは堪えた。

「子供の方はどうしている?」
「元気にしていますよ。あの魔導具は本当に素晴らしいですね。」

 だからこそ、〈魔国創士〉失われた事が無念で、怒り任せて領主に対して粛清を行った。
 自分が役割を終えた後、柱になる存在がいない事だけが気掛かりの〈魔国覇王〉。
 内政官達や軍務官達も優秀なのだが、付け焼き刃であることが抜けず、老獪ろうかいな領主が相手では太刀打ち出来ないのは明白だった。

「こんな事なら家と資金以外にも準備してやりたかったな。」
「お気持ちだけ十分ですよ。あの家もそうですが、陛下が準備すると僕らでは持て余しそうなので。」
「きっとそうでござろうなぁ。陛下は何か作るとやり過ぎるので。」
「身に覚えがありすぎる。」

 と、〈魔国覇王〉がギンに賛同するとボブが笑い出し、釣られてギン、そして、〈魔国覇王〉も笑う。
 何気無い光景だが、3人がこうして普通に笑い合うのは久し振りの事だった。

「これで終わりにする。これからの子供達の為に、少しでも懸念を減らしておかないとな。」
「そうでござるな。拙者も異邦の者ではござるが、この地には愛着がござりますので。」
「陛下の勇姿、しかと子孫に伝えます。」
「名前以外はな。」

 事情を知っている二人が笑うと、〈魔国覇王〉も釣られて笑い出す。
 体に不調を感じない事がこれほど気楽な事なのかと3人が思うと、無理のし過ぎはするものではないなと3人共内心で結論付ける。

 ギンと出会った頃はまだよくあった光景。
 この地の歪みを目の当たりにし、魔王になる決意を固めてからは減っていった光景。
 今日まで付き従って来た二人には、常に魔王の横に居た白い狐がいない事だけが残念だった。

「来るぞ。」

 魔王がそう言うと、黒い姿が一つ、陣から飛び出して来た。
 それは既に人の姿ではなく、完全に獣となり果てている。
 あまりにも速く、強大な力に二人の従者も、ヒュマス軍も竦み上がる。

「あれの何処が〈勇者〉なんだか。
 もうただの獣じゃないか。」

 全く影響を受けていない〈魔国覇王〉がボヤキながら手を突き出す。

「では、魔王らしくここは宣言しよう。」

 辺り一帯に響くよう、魔法を展開すると異変に気付いた獣が立ち止まる。

『我は〈魔国覇王〉。エルディー魔法国の統一者にして至高の魔導師なり!
 我が覇道の仕上げとして、〈偽りの勇者〉とそれに纏わり付く雑兵の魂を贄に、汝等うぬらの故郷を永遠の荒野にしてくれよう!』

 従来の自分なら絶対に出て来ない言葉がすらすらと紡げた事に内心で驚く〈魔国覇王〉。
 内心の〈魔国創士〉がはしゃいでいるのを感じると、やはりブラッド・クリスタルを禁忌にした事は間違って無かったと確信する。
 あまりに多くを大きく変えてしまう魔素は、理性ある人の進歩にとって害悪でしかなかった。

 宣言が終わるとほぼ同時に、リレーポイントを通じて一帯が結界で覆われる。
 〈魔国覇王〉から〈勇者〉とヒュマス軍を逃さない。それが第一の役割だった。

『陛下、散っている伏兵はお任せあれ。
 ボブ、しかと見届けるでござるよ。』
『うん。』

 結界の外の二人が離れた事で準備が整う。

「さあ、始めるぞ、〈偽りの勇者〉!今日で益のない決闘ごっこもお終いだ!」

【インクリース・オール・オーバードライブ】【魔導の極致】【全身全霊】【暗黒闘気】

 己の力の全てを解放する〈魔国覇王〉。
 元々の魔力の高さ、上乗せされた魔素、畏怖を超えた信仰を得る事で、これまでと比べ物にならない程に強大になった力は空と大地をも震わせる。
 相対あいたいする全ての者が〈魔国覇王〉の強大さ、己の無力さを自覚し、この場に居ることを後悔していた。
 その中には召喚儀式を指示した張本人、ヒュマスの連合国王も居るのだが、持つ力が弱過ぎて〈魔国覇王〉は全く気付いていない。

『負けない…屈しない…!
 私はお姉ちゃんと、この地で生き抜くんだから!』

 大きな顎で、見慣れてしまった両手剣を咥える獣の宣言に、〈魔国覇王〉の口元が綻ぶ。
 威圧を物ともしないだけではなく、最後の最後で踏み留まる為の一欠片を掴み取っていた事がとても嬉しかった。

 それでも戦いはもう止められない。
 魔王が勇者に見せる、最初で最後の全力戦闘が始まった。
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