召喚者は一家を支える。

RayRim

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間章 1000年前の記憶

11話

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〈※※※※※〉

 防御魔法に攻撃魔法を当てて飛ぶ荒業で、〈南部伯爵〉の城のある最前線の町へやって来ると、ルエ―リヴのように一部だけが破壊されていた。
 上空からでも分かっていたが、兵が護衛する形で住民の退避が始まっており、既に町は閑散としている。

「伯爵、すまない。オレの落ち度だ。」
「いえ、我々も陛下不在の状況で襲ってくるとは考えておりませんでしたので、死者は出ておりませんが対応が遅れてしまいました。」

 ルエーリヴより狭く小さな町ではあるが、それを考慮しても被害はかなり抑えられていた。

「〈勇者〉の動向は把握しておりますので、動かない間に少しずつ退避させています。」
「良い判断だ。ヤツは何処にいる?」

 テーブルの上に広げられた地図はあまり精度は高くないが、それでも空から見た様子と大差ない事に感心する〈魔国覇王〉。

「南の丘の向こうの砦を寝床にしているようです。
 〈勇者〉がルエーリヴそちらへ襲撃をする前から集結を始めていたようですね。」
「足並みが揃わないのは幸いだったな。」

 仮に同時だったら伯爵親子は良くて籠城真っ只中。最悪、既に討ち取られてしまっていたかもしれないと思うと、再生産出来ない魔導具頼みの脆弱さに〈魔国覇王〉は感謝したくなった。

「伯爵、〈魔国創士〉が設計した新兵器が完成した。配置をするから人が欲しい。」
「おお!そうですか!きっと創士殿も」

 そこまで言って口籠る。
 事情を知らない〈魔国覇王〉達は首を傾げた。

「申し訳ございません、きっと創士殿もお喜びになると思いますよ。」

 あれだけ木簡に孫の誕生を待ち遠しい事を記していたとは思えない様子に、〈魔国覇王〉も懸念を抱く。

「創士はどうした?」

 問い詰めるように尋ねる〈魔国覇王〉。
 場合によっては、数少ない協力者である伯爵だろうと容赦する気はなかった。

「南東の隔離塔に入れております。
 呪われた事で忌避する者ばかりですので…」
「…そうか。」
「息子との婚姻も無かった事としました。
 我々も血を繋がねばなりません。」
「…そうか。」

 幻滅はしたが、孫の誕生が近い事に浮かれていた木簡と、目の前の表情と声の落差から苦渋の決断だったと察し、しかたがないと飲み込む。
 この地を治めるのはこの血族以外の他になく、感染しない呪いを忌避する事に文句の一つも言いたかったが、女を忌避して来た己にそれを言う資格は無いように思えていた。

(つくづく、自分は善き王たる器ではない。もっと良く出来ると思って魔王となったのは自惚れだった。)

 胃が痛むのを誤魔化すように、深く息を吐きながら腕組みをする〈魔国覇王〉。
 自分が魔王にならなければ、ここまで事態も悪くならなかったのではないか?とさえ考えていた。

「陛下が現れねば、ここまでディモスも結束出来なかった事をお忘れなきよう。
 陛下のおかげで膿を出せ、種族が一つの国として纏まれそうなのです。その偉業に誇りをお持ち下さい。」
「ありがとう、伯爵。」

 それは〈魔国覇王〉ではなく、『タクミ』としての感謝の言葉だったのかもしれない。
 珍しく威厳のない、心からの感謝の言葉に皆が一つの覚悟をする。

『なんとしても陛下の大望を成し遂げる。』

 それがこの場に居た、一同の共通の目標となった。

「では、作業に移る。砦に配置する分の手順は木板に記してあるから従ってくれ。」
「かしこまりました。」

 こうして、ヒュマスとの決戦に向けた準備が始まり、同時に〈魔国覇王〉は〈勇者〉への対策も準備をする事にした。

 次は逃さない。
 そう強く思うと、自分の中に良くないものが生まれるのを感じる。
 怒りと憎しみのあまり同類になってしまっていた事に気付いてしまい、震える手で鳩尾を強く押さえ、深く長い息を吐いた。




 ボブはカレンと共に〈魔国創士〉の元へ訪れていた。
 何度か会ってはいるが、明らかに調子が悪く、眠れていないのか大きなクマまで作っている。
 塔内では誰ともすれ違わなかったので、〈魔国創士〉とタマモ以外にいないのは分かっていた。

「お久しぶりです。〈魔国創士〉様。」
「ああ、魔王の…えっと…」
「ボブです。こちらは内政官のローブですが商人のカレン。今回は助手として手伝ってくれています。」
「そうか…〈魔国創士〉のアリスだ。」

 〈魔国創士〉が名乗ると、カレンは右手を左胸に当てて深々と頭を下げた。

「そこまでしないでくれ。いや、わたしが提案した礼が浸透しているのは嬉しい事だが。」
「創士様が由来だったのですね。」

 カレンも魔導具を扱う商売をやっている以上、そちらでの功績はよく知っている。だが、まさかこんな礼まで提案しているとは思いもしなかった。

「ほぼ元の世界にあるものだよ。
 わたし自身が考え付いた物なんて『リレーポイント』くらいしかない。いや、その根底のものも借り物だからな。」
「そんなに卑下しないでください。
 欲しいから作る、それが出来る程の魔導具技師は数える程しかおりません。
 多くの技師は誰かの模倣で精一杯なのですから。」

 カレンが近寄ると〈魔国創士〉は身を強張らせたが、すぐにそれが本音だと分かると穏やかな表情になった。

「ありがとう。そう言ってもらえると報われる。」

 ぎこちないが良い笑顔をする御夫人。それがカレンの今の〈魔国創士〉に対する評価だった。
 置いてある山積みの木簡へ視線を移すと、〈魔国創士〉は得意気に途中の物も寝床のテーブルの上に並べた。

「わたしの知る限りの理論を記している。魔法だけでなく、物理、化学、技術、数学…
 まあ、あちらでは大して難しい内容ではないんだが…」

 そうは言うが、どれもカレンには見たことも聞いたこともない理屈で興味深い物ばかり。
 『梃子の原理』も昔から普通に利用してはいるが、理論としてしっかりと理解しているかと言われればそんな事はない。
 こうすれば楽、そう教えられた知識ばかりである。

「凄い!普段利用してるものから応用例まで!」

 素直に楽しんでくれる反応がとても嬉しく、〈魔国創士〉はタマモの方を見て頷いた。

「カレン、〈魔国創士〉が書いたものを、向こうに戻ったらお前に託したい。使い方は任せよう。」

 タマモはそう言うと、積んであった木簡や図の記された木板を虚空へと片付けた。

「わ、私に!?」
「魔王が見込んだ商人なんだろう?
 上手く活用してくれると信じてるよ。」

 驚くカレンに対し、〈魔国創士〉は精一杯の笑顔と信頼を託す。

「もう、人を探す時間もないからな。
 魔王がこうして信頼出来る人を寄越してくれたのは感謝するよ。」
「顔くらい出せと言うておるのにあの石頭!」
「魔王の事情も分かるから。」

 苦笑いしながら、新たに書き終えた木簡をタマモに渡す。

「魔王にその事、伝えてくれないか?
 私は少し休みたい…」

 そう言うと、大きな息を吐いて横になる〈魔国創士〉。
 腹の大きさがよく分かり、出産が近い事も二人には分かっていた。

「石頭と少し話してくる。『アリス』を頼むぞ。」
「はい。」

 タマモから世話を託されたボブは、木製の丸椅子を亜空間収納から出し、自分用として使う事にする。

「ねぇ、ボブ。」

 哀しそうに、だが、愛しそうにアリスを見るカレン。

「私、『アリス』様って、もっと大きくて力強くて悩みもなくてただ真っ直ぐな人だと思ってた。
 でも、実際は全然違ったんだね。私たちと同じで、ううん、もっと小さくて弱くて不器用で、それでも真っ直ぐ前を向いて、みんなを巻き込んで歩こうとしてたのね。」

 カレンの言葉に無言で頷くボブ。
 そんな人物である事はよく知っている。何度も会って、拒絶を伝えているからよく知っている。
 期待と自信に満ちた顔も、泣きそうな絶望しそうな顔もよく知っている。
 だから、カレンには言わなくてはならない事があった。

「きっと、こうなってしまった事の半分は僕にもある。
 ちゃんと陛下を説得出来ていれば、こうはならなかったはずなんだ…」

 その機会は幾度もあった。
 だが、全て逃した。その結果が目の前にいる命の尽き欠けている妊婦である。
 ボブには己の短慮と無力を嘆く事しか出来なかった。

「…だったら、後は悔いの無いようにしましょう。」
「うん…」

 目を閉じながらも話を聞いていたアリスだったが、特に何も言わずそのまま眠る事にする。
 タマモでもこの二人でも魔王でもなく、今は元恋人に労ってもらいたかった。




「扱いはカレンに任せて良いが、〈魔国創士〉には会う暇がない。」

 城の謁見の間の椅子に座り、魔力を練りながら〈魔国覇王〉は答えた。

「こんな近くにいるのに何故じゃ!?」

 どうしても会わせようと躍起になるタマモ。
 だが、目を開く事もなく、そこから動こうともしなかった。

「時間が足りない。あの自称〈勇者〉が動き出したら全力で戦わないと終わらないからな。」

 タマモも従魔である事から、〈魔国覇王〉の不調は伝わってきて分かっている。それでも、顔を合わせて少し会話する時間もあったはずと食い下がった。

「タマモ殿、陛下は事件以来眠ったのはこちらへ来る間くらいで、移ってきてからも会議、復旧、リレーポイントの設置で全く休んでいないのでござるよ…」
「御主、死ぬ気か!?どうして人を使おうとせぬのじゃ!」

 目を開こうともしない〈魔国覇王〉に詰め寄り、襟元を掴むが驚きも困惑も見せない。

「時間がないからだよ。分からない人間を使うよりずっと早い。
 事実、都市内に設置させる時間と、オレ一人で倍の数を外に設置する時間が同じだったからな。」
「それでも…!その魔導具を設計したのは誰だと!」
「既に感謝状は送った。謝礼も付けた。」
「そんな物が御主ら召喚者の流儀だとでも言うのか!?」

 そこまで言われては答えるしかない、とばかりに長くゆっくりと息を吐く〈魔国覇王〉。
 この場には他にギンと伯爵しか居ないから、本音を漏らしても構わないと判断する。

「…心の内を全部読んでいるかのような言動が気に入らないんだよ。
 言ってない事、言わないでおこうと思った事まで的確に言及する。それが気に入らないんだ。」
「それは…」

 アリスの先天スキルの事はタマモも知っており、それが理由で煙たがられた事も分かっている。
 言ってもいない事を『話が早い』と受け入れていたのは、アズサくらいしか居なかったことも。

「言わないでおきたい事だらけのオレが一番会いたくないのが、そんな〈魔国創士〉だ。」
「…もう弱って先は長くないぞ。」
「それでもだ。王である以上、もっと多くの人の事情を優先する。」

 決意であり、覚悟であると受け取ったタマモは手を離し、深い、深いタメ息を吐いた。そして、

「こんのっ!ワカラズヤ!」

 渾身の頭突きが〈魔国覇王〉の頭頂部に叩き付けられた。

「んぐっ!?」

 想定外の一撃に、目を開け、頭に手を乗せる〈魔国覇王〉。
 頭突きを放ったタマモも額を押さえ、涙目になっていた。

「出会った時から石頭、石頭と思っておったが救いようのない石頭じゃ!もう好きにするが良い!妾も好きにさせてもらうからな!」

 そう言うと、大股で足音を鳴らしながら去って行った。

「大丈夫でござるか?」
「…大丈夫だ。魔力は維持できてる。」
「いや、そうではなくて…」

 頭頂部を少し気にしていると、強い力が迫っているのを感じる。

「クソッ!もう動き始めたか!ギン、伯爵、迎え討つぞ!」
「かしこまったでござる。」
「兵を防衛に回します。」

 〈勇者〉を討つべく立ち上がる〈魔国覇王〉は、離れてもリレーポイントに魔力を溜め込まれているのか確認する。
 〈魔国創士〉の設計と職人達の仕事が上手くいった事を誇らしく思うと同時に、なんとしても〈勇者〉を討ち取るという決意を固めていた。
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