召喚者は一家を支える。

RayRim

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間章 1000年前の記憶

1話 後編

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〈※※※※※〉

 南部の伯爵は〈魔国覇王〉にとって最大の支持者であり、支援者でもある。
 魔王に即位するに当たっての様々な雑事を引き受けてくれた恩もあるが、南部の伯爵にとっては魔王が冒険者として活躍していた時の恩を返したに過ぎず、互いに信頼出来る仲として様々な施政への助言を互いに交わしたりもしていた。

『南部の伯爵が健在な限り〈魔国覇王〉は落ちない。』

 異様な赤備えの隊は冒険者時代の助言で、それにより多くの戦果を上げた伯爵は南部の赤い死神と畏怖の対象になっている。
 南部が魔王に対し友好的なのも、伯爵の助力が周知されている事も大きい。ヒュマスとの戦いはこの頃から始まっており、〈勇者〉とも1度交戦している。

 開戦初期のヒュマス側の攻勢は苛烈で、共闘した様々な亜人側にも多くの死傷者を生んでいた。だが、その大攻勢は天空都市の遺産による部分が大きく、ただの駒としてヒュマスに扱われる事に嫌気が差した召喚者により、土産代わりに奪われたり、破壊されたりして勢いは急速に失われていった。
 当初の勢いはヒュマス側に既に無いにも関わらず亜人蔑視の姿勢が改善する事もなく、ドワーフ、エルフとも関係が破綻してしまっている。
 それでも『切り取り次第土地を与える。』という契約の元、ヒュマス側に付くエルフやドワーフも少なくなく、未だこの地は戦乱の真っ只中にあることに変わりなかった。

「今回も大儀であった。」

 伯爵の城まで引き上げた魔王は、謁見の間の飾り気のない椅子に座り、同行した将や領主達を労う。

「だが、決定的な打撃を与える事は叶わず、今回のような小競り合いは続くだろう。今後も侵攻に備えてくれ。」
「我らの栄華は魔王陛下の下に在ってこそ。ヒュマス等に小銅貨一枚分だろうと土地を与えるつもりはございません。」

 伯爵の言葉に頷く魔王。
 この場にいる領主、将は信頼に値すると魔王は信じている。少なくとも、自身が力を発揮できる間は裏切らない。そういう連中だと考えていた。

「頼もしい言葉だ。今後も働きに期待する。」
「はっ。」

 伯爵が返事をすると、この後の事を伝える。
 彼が仕切る事を快く思わない者もいるが、ここは伯爵の地である以上は勝手な事は出来ず、それでも隙あらば互いに引き摺り下ろそうと画策する者は少なくない。その考えが抑止力となってしまっている事に、魔王は苦々しく思う。

 領主や将が去り、魔王と伯爵、そして、数名の兵と側近だけとなった。

「近くの男爵が怪しい。」

 皆の前で演説すれば嫌でも分かる行動のズレ。
 それは明らかな忠誠の無さを示していた。

「彼の地は他領から攻めにくい故、手出し出来ないと高を括っているのでしょう。近隣にそれとなく不穏な意志があるという噂は以前から流しておりますので、あちらも迂闊な行動はとれますまい。」
「そうか。」

 短い返事だが、これが魔王の信頼の証だとここの皆はよく知っている。
 『もっと言葉があるじゃろ。』と言う白い狐の特徴を備える女性に対し、ドラゴニュートの異国の剣士がまあまあと宥めるのもいつもの光景であった。

「一度、ルエーリヴに戻る。指の事もあるが、攻勢に出る為の準備もしなくてはならない。伯爵、もうしばらく支えてくれ。」

 魔王が命令ではなく、頼むと伯爵は恭しく頭を下げる。召喚者達が確立した礼儀作法が領主間の間で流行しているのは知っている魔王だが、こういう礼にはむず痒そうな表情をしていた。

「お任せ下さい。あらゆる手を用いて支えてみせましょう。」

 そう伯爵が答えると、扉の向こうが慌ただしくなる。

「陛下ー!お目通りを!何卒、お目通りをお願いしたい!」

 少年とも少女とも魔王には判別のつかない声が謁見を求めていた。

「追い返せ。成果は認めるが会う気はないとしっかり伝えろ。」
「しかたないですね。」

 苦笑いを浮かべて対応に向かう伯爵。

「これで女じゃなければ信用してやったんだがな…」
「筋金入りの拗らせじゃの…」
「まあ、それでこその殿ではござるが…」

 領主からのハニートラップは惨たらしく見せしめる形で対処してきた〈魔国覇王〉。それにも関わらず、懲りずに謁見を求める声の主は頭を悩ませる要因の一つだった。

 〈魔国創士〉アリス。
 魔王と同じく召喚者である彼女の魔導具技師としての知識と技量は魔王も認めてはいる。だが、致命的な心の距離感の掴めなさのせいで、女嫌いの〈魔国覇王〉にとって近付けたくない人物の筆頭にしてしまっていた。

「はぁ…男だったら重用しても良かったんだがな…」

 それは最大限の賛美である事を付き合いの長い3人は理解していた。

「どれ、妾が代わりに相手をしてこよう。何も聞かずに追い返すのは忍びないからの。」
「好きにしてくれ。」

 素直じゃない、と言いたげに笑うと白い女性も伯爵の後を追うように部屋を出ると、魔王も立ち上がり大きく体を伸ばす。

「ボブ、ギン、あとは自由にしていいぞ。」

 そう言う魔王に対し、二人は顔を見合わせてからボブは微かに、ギンは心から楽しそうな笑みを浮かべる。

「では、訓練をいたしましょう。
 このままでは〈勇者〉に遅れを取ってしてまいますぞ!」
「お前と違って体力も底なしじゃないんだぞ?」
「ならば付ければ良いのでござる。拙者にしてみればヒヨッコ同然の齢、まだまだ伸び代はありますぞ!」

 修業の旅で勢い余って大陸すら飛び出したドラゴニュートの言葉に頭を抱える〈魔国覇王〉。
 頼れる右腕だが、この加減を覚えない大型犬のような武人も悩みのタネの1つだった。

「急ぎますぞ殿!一瞬たりとも無駄には出来ませぬ!」
「分かった、分かったから!転びそうだから引っ張るな!」

 何度目か分からないこの光景に、ボブは表情を綻ばせる。
 〈魔国覇王〉の従者には、不器用な武人の愛情表現なのだとよく分かっていた。




 入れ替わるように誰もいなくなった謁見の間へ、制止を振り切って転がり込む〈魔国創士〉。
 最大限に着飾ったその姿はあまりにも不似合いで、玩具にされたような印象すらある。

「どうして…どうして会ってくれないんだ…
 わたしはただ、この世界で見たこと、感じた事を話し合いたいだけなのに…」

 彼女の中に生まれる微かなものに、周囲だけでなく本人もまだ気付いていなかった。
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