召喚者は一家を支える。

RayRim

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第2部

100話

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〈魔国創士バニラ〉

『さっきまでの元気はどうしたのかなー?もう憎まれ口も出てこないのー?』

 クソ女…クイーンがわたしたちを挑発する。
 だが、悔しいがそれに反応してやれる余裕がない。
 アリスの博打が裏目に出たのか、フェスティバルの効果が薄まっていた。

【シールド・スフィア】

 休憩していた梓が展開したことで余裕が生まれる。その間に、魔法が不得手な母さんと柊に補給を手伝ってもらう。ジュリアには一瞬の隙を逃さない為に我慢してもらっていた。

『さんっざんっ痛め付けてくれたよね!今度はこっちの番だよ!』

【絶対許さない】

 それは魔法と呼ぶにはあまりにも雑で強引で滅茶苦茶なもの。だが、それはちゃんと魔法としてのプロセスを踏んで発動している。
 魔法の影響を受けた触手が一斉に叩き付けられ、地面が弾け飛んだ。

『…おっかしいなぁ。ちゃんと叩いたはずなのに。』

 どうやら、遥香のミラージュブリンクが効いているらしく、こちらをしっかり捉えられていないようだ。

『なーんちゃって!』

 大地を抉りながらの横薙ぎが、強烈な衝撃となって横から襲い掛かる。
 窪みを作れば大丈夫と思ったが、甘かったようだ。

【リザレクション】

 3度目となる梓へのリザレクション。
 死なない限り死なせない自負はあるが、精神は別である。

「大丈夫…まだ、大丈夫…!」

 声を振り絞り大地に大盾を突き立てたまま立ち続ける梓だが、位置がバレてしまったので柊と母さんに抱えられて次の場所へ移動する。父さんはリリに素早く牽引された。
 お前のお前の事の大丈夫は信用できない、と言いたいがそんな事は言っていられない。
 いくらリリが器用と言っても、リリにそんなフィジカルは備わっておらず、柊が強靭なフィジカルを持っていると言ってもタンク役に必要なスキルやテクニックがない。
 梓の役は梓にしかやれないのだ…
 【プロテクション】も、攻撃が強烈過ぎて気休め程度にしかなっていない…

『ほんっとうにしぶっとい!まるでゴキブリ!』

【消えて】

 触手から無数の光が放たれるが、やはり当たらない。闇雲に動かしてようやく当たるが、その頃にはチャージした妙な力が尽きる有り様だ。

『うざいうざいうざい!!
 なんでそこにいないの!?なんで見えてるのと違うとこにいるの!?ほんっとうに意味わかんない!!』

【みんな消えちゃえ】

 周囲全体に光が降り注ぐ。
 流石にこれは当たるが、自分を巻き込みたくないのか威力は低い。痛いのに慣れているという事でもなさそうだ。

『お願い!お願いします!戦っているみんなの為に!傷付いているみんなの為に一緒に歌って!』

 メイプルの悲痛な声が聞こえてくる。
 完全にお祭りに水を差した形だろう。だが、間奏が終わるとまた歌い出す。いつも通りに、楽しそうに、元気そうに。
 メイプルの方はダメか…と思った瞬間、とても異質な歌声がメイプルに続く。深海バンドの連中だ。
 楽器とは思えない金属を打ち鳴らす音と酒焼けしたダミ声。木製、皮製楽器音も続く。ドワーフとビースト達だ。
 一瞬だけメイプルが感極まった様子になったが、ほんの一瞬だ。聞き慣れたわたしたちくらいにしか分からないだろう。
 歌の連鎖は続き、何処までも繋がり、広がっていくかのようにリレーを通って、大陸が一つになったみたいだ。

「フィオナ、後は託す。
 遥香、父さんが凄い一撃をお見舞いするからその後だ。」
「お任せください。」
「分かった。」

 リレーを通じて流れてくる勝利への願いを、期待を、出兵した人々の帰還を、その先の平穏を望む思いを、わたしが全部まとめ、使い道の無かったスキルで受け渡す。

【伝心】

 わたしのホープフェザーを通して父さんへ、父さんを通じてそれは魔法へと正しく昇華される。
 目の前で繰り出される、ただ泣き喚き、暴れる赤子のような児戯とは違う輝きが生まれた。
 だが、まだ足りない。

「メイプル、もっと煽りましょう。この大地に住む者の思いはこんなものじゃないって!」

 フィオナも良いことを言う。
 闘技大会で歓声を一身に浴びたからこそ分かるのだろう。この大地に秘められた熱狂がこの程度であるはずがないと。

『まだまだいくよー!もっと!もっと声を!音を!想いを!
 私たちはーっ!こんなもんじゃなーいっ!』

 メイプルの声に応えるように、一気に強い思いが流れ込んできた!
 それに反応して、父さんの魔法が一気に構築される。
 受け続けていたシールド・スフィアも、梓も限界寸前。だが、ここまでよく持った!

「クイーン、これがわたしたちの今日までの軌跡の力だ。」
『ロッリバッバア!!』

【ぶっ殺す】

 触手による一転集中叩き付けがシールド・スフィアをついに捉え、破壊した。
 だが、

【激流】

 遥香の刀がその一撃を弾き流してみせた。
 極致はまだ使えないようだが、それでもやれている。存分に活躍してもらう場は用意した。
 わたしたちの前で、再び納刀状態で構える。

『は?ありえない!ありえないし!こんなのズルだよ!』

【絶対殺す】
【激流】

 同じ攻撃が再び繰り出されるが 、遥香は動かずに弾き流す。

【必ず殺す】
【エンチャント・ヴォイド】

 今度は全ての触手を広げ、あらゆる方向から攻撃を仕掛けるが、ジュリアの放った矢が女の上半身を消し飛ばし、衝撃で動きが止まって触手がダラリと垂れ下がった。リリのエンチャントが乗った、切り札のリレー搭載矢である。
 これを使うと確実に後衛から潰すようになるだろうからと、最後の最後まで温存してもらっていた一矢だ。
 すぐに体を再生して仕切りそうとするがもう遅い。

【ドゥーム・ブレイク】

 大陸中の思いと、精霊達に増幅されている父さんのありったけの力が込められた一撃が放たれた。
 クイーンに光が撃ち込まれたと思った次の瞬間、白い光の柱が生まれ、眩く天を衝く。
 薄暗くなり始めた大陸中を照らす光は、父さんの魔力が尽きるまで1分近く輝き続け、魔法の終了と共にリリが父さんの頭にMP回復ポーションを叩き付けていた。

『ちから…ちからがきえて…』

 跡に残ったのは哀れなクイーン。あの恵まれた体は見る影もなく、とても貧相な体躯を晒していた。
 …まるでわたし自身を見ているような気分である。
 だが、その体にはまだ膨大な魔力と魔素を秘めている。これをどうにかしないと終わらない。

『でも…まだ、生きてる…生きてる限り…』

【エンチャント・アンティマジック】【凪】

 目にも止まらぬ速さで最後の一撃を決める遥香。
 見た目にはただの空振りだが、極限まで整えられた魔力の奔流がクイーンの魔力と魔素のみを吹き飛ばしてみせた。
 肉体は斬らず、それでいて全ての繋がりを断ち切る一太刀。
 わたしの見立てが正しければ、これで決着したはずだ。

『…あぁ… 』

 深々と斬られた訳ではない。胸に極めて薄く傷が付き、微かな、本当に微かな風圧でクイーンが倒れる。
 嘘と虚飾にまみれたその体は、ついに頼みの魔素すら失い、完全に力尽きる事になった。
 かろうじて命を繋いでいるだけの不能者。それが散々わたしたちを苦しめて来た者の今の姿だ。

「どうするのこれ?」
「話をしよう。わたしにはその責任がある。
 そうだろう、愛璃珠?」
「じゃあ…」

 生き残り続けていたもう一人のココアたち。
 それが、【惑溺するローズ・クイーン】の正体だ。

「ちがう…わたしはそんな名前じゃない…
 わたしの名前は…名前…なまえは…」

 出てこない。それは当然だろう。
 周回を繰り返し、絶望と恐怖から逃れるために妄想を続け、ついには虚と実の境界が失くなってしまっていたのだ。

 『タクミ』を騙した部分はきっと実話なのだ。だが、わたしにはそんな事を頼める友人なんて居なかったし、そもそもそんな悪趣味でなければ、向こうで出会ってもいない。本人から聞いた話を心の中で長く反芻はんすうする内に、想像が思い込みへと変化してしまったようだ。

 好きな部分を知っているのはココアたちに共通する。どうやら、そういう話を繰り返していく過程で惚れ込んでしまったらしい。ゲームだけでなく、本当に色々な事に興味を向けていたそうだが…まあ、その片鱗は今もある。

 そして、愛し合ったの部分は100%妄想だろう。多分、そこにあのサトルとか言う男も漬け込み、補強されてしまったのかもしれない。
 どうしようもなく弱いだけのわたしが、みすぼらしい姿で倒れていた。

「わたしはタクミくんが…タクミくんさえいれば…タクミくんだけ…かんじていられればよかったのに…」
「その気持ち、分かるよ。とてもよく分かる。」

 わたしが10年前に通ってきた道だ。
 今は、それだけじゃダメなのはよく分かっている。
 今のわたしは、遥香と、リリと、アリスと、ジェリーと、一家の皆と一緒に父さんの側に居るのが最高に楽しい。

「なあ、わたしよ。わたしはお前を助けたい。お前を救いたい。観念してやり直す気はあるか?」
「お姉ちゃん。」

 怒気を孕んだ遥香の声。
 分かる。気持ちはよく分かるんだ。後輩が死んでいる。恐らく、兵にも死傷者が出ているはずだ。その責任は取らなくてはならない。
 だが、それは命を差し出す事以外にもあるはずだ。

「もう一人のお前が父さん…タクミとの子を成している。可愛い灰色エルフだ。見てみたいと思わないか?」
「…こどもを…」

 自分の腹に手を当て、そして泣き始める。

「わたしはどうしようもなく汚れている…まいあさ…まいばん…まいにちサトルと…サトルをタクミくんに見立てて…」
「そうか。」

 あの特徴のない見た目は『わたし』にとって都合が良かったのだろう。どうとでも見間違いが出来る。そういう特徴のなさだ。

「まあ、おまえたちはそのままでは子が成せない。それは分かっている事だ。事実、堕胎もしていないんだろう?」
「…うん。」

 それはあの男にも都合が良かったのだろう。後腐れなくヤリ放題出来る最高の道具だったに違いない。

「子を成したもう一人のおまえは奴隷上がりでな。そういう事もさせられていた。
 父さんが気にするのは、重大な隠し事をしないか、重大な嘘を吐かないか、他所様に迷惑を掛けないかの3つだけだよ。」
「もう一つある。」

 父さんがやって来ると、『わたし』が目を見開き震え出した。
 体におかしい所はない。ただ、やったこと、言ったことの後悔が、恐怖にまで押し上げられているだけのようだ。
 まあ、あれだけ許さないだの、殺すだの言い続けていたからな…

「自暴自棄にならずにいられるか?」

 『わたし』が目を逸らし、強く目を瞑る。
 堪えようのない涙、嗚咽が『わたし』から溢れ出てくる。
 遥香も諦めたようで、背中越しでも怒気が霧散していくのが分かった。

「うん…がんばるから…」

 月光が照らすその顔にまともな笑顔が戻り、溢れる涙はまるで心に光が戻ったかのように輝いていた。
 大丈夫。この『わたし』も、きっと大丈夫なはずだ。

『ああ、台無し。台無しだよ。
 全部、何もかも。今日まで積み上げて来たものが全部パー。』

 声が聞こえ、遥香と父さんが前に出て構える。

『刀なんて武器、ここには無いはずだよ?スキルもあるとか聞いてないし。』

 『わたし』から解放された僅かな魔素が集まり、人の形を成す。

「遥香、プランFだ。」
「オッケー。」

【シールド・ラミネート】

 わたしは『わたし』を抱えて下がる。
 痩せ過ぎだと言われ続けてきたが、実際に痩せ過ぎた人間に触れると分かる。触れるのも、ましてや抱き抱えるのは怖い。骨を折ってしまいそうだ。

「わたしよ、一つ良いことを教えよう。」
「なに?」
「父さんは肉付きが言い方が好みらしい。5人中3人は凄いぞ。」
「ごにん…」
「6人目は普通ですけどね。」
『6人?』

 わたしたちはちょっと何言っているか分からないという表情をリリに向けた。

「性格も言葉遣いも違うのになんで同じ顔になるんですかね…」

【バリア・オール】

 ぼやきながらも仕事はこなすリリ。いつも助かるよ。

『無いはずの武器、無いはずの魔法、こちら側になるべき人間。
 どうして、それが全部タクミくんの方にあるのかなぁ?』

 悪意の原因は『わたし』にあるのかと思ったが違うらしい。
 ホーリーでも殺しきれず、魔素を集めてまた目の前に居る。本当に厄介なヤツだ。

「リリ、分析を手伝ってくれ。遥香にはFULL ATTACKとにかく斬れという指示を出したが足りない気がする。」
「ゴーストやレイスの類いでは無いのですね?」
「魔眼があればもう少し分かるんだが…」

 ただ、遥香も限界が分かっているようで、無闇に抜こうとしない。
 遥香の抜刀術は確かに強いのだが、やはり抑えの利かなさがネックになっている。修行を重ねれば、改善されるかもしれないが。

『ああ、魔素が全部教えてくれた。
 愛理珠ちゃん、全部君のせいじゃないか。君が全部、全部全部ぶち壊してくれた!
 次は惨たらしくころ』

【ホーリー・ブラスト】

 父さんの放った魔法が男をまた塵に変えた。
 もう回復したのかと思いビックリしたがそうでもない様子。すぐにポーションを飲んでいた。

「遥香、特性が分かるな?」
「うん。非実体、非霊体、非生命体。答えが見えた。」

 父さんと遥香が話をしている。きっと、二人には目の前のあれが何か解っているのだろう。
 塵となったはずの男はすぐに元に戻っていた。

『何か分かった気になってるみたいだけど、それで何か斬ったことあるの?さっきも不発みたいな斬り方だったよね。』
「不発?ああ、あなたは視えない人だから分からなかったんだね。じゃあ、分からなくて良いよ。」

 煽る遥香。だが、その声は淡々としており、本人としては事実を言っただけのつもりだろう。
 これを言われるのは堪ったもんじゃない。プライドが高いと特に。
 
『ああ?戦うだけしか脳の無い暴力女が調子に乗るなよ。四肢斬りの悪名をいったい誰が広めたと思ってんだ。』

 頭に来たのか口調が変わる。

『北で、東であらゆる手段を使って妨害してきたがその面倒も今日で終わりだ!』

 この場だけでなく、旧ヒュマス領全体からと思う程の魔素が男の中に集結する。

「父さん!」

  わたしが呼ぶと、父さんもこちらへ下がる。もう魔力がほとんど残っておらず、攻撃魔法に頼る事は出来ない。

「奥の手でいこう。大丈夫、遥香ならやってくれる。」
「そうだな。陣形を変える!」

 一番前に遥香、その後ろに梓、そして、残りの全員は父さん…いや、【ホープフェザー】を中心に集まる。

「メイプル!フィナーレだ!」

【聖戦】

 わたしの声と同時に男が何かスキルを発動する。

『ああ、認められた!ぼくは、ぼくはついに王様になった!
 全ての人の!民の想い!力!知恵!魂がこの手の中にある!』

  自称キングの言葉通り、強大な力を感じる。
 だが、それを背負っているのはわたしたちも一緒だ。

【フィナーレ】

 メイプルがフェスティバルの仕上げに入る。お祭りはクライマックスになり、最後の一押しがされる。

【聖戦】

 そして、男と同じスキルがわたしたちにも発動された。力が漲り、更なる一体感を感じる。声が、音が、熱狂がわたしたちを支えてくれている!
 これは亜人連合にとっての戦だと、魔王陛下が受けて立ってくれたのだ。

『なんで…なんでおまえたちばっかりそんなに強くなれるんだよ!ズルい!チート!チートじゃないか!』
「何を言っているの?それはあなたの方じゃない?」

 ただ事実を語るかのように遥香が告げる。
 本人は煽るつもりは無いのだろうが、こんな風に言われたら冷静でいられる気がしない…

『は?』
「私たちは召喚されてから今日まで、1から全部積み上げてきた。毎日訓練し、勉強し、交流し、その結果が今の私たち。
 強引に力を得るズルをしているのはあなただよね。」

 遥香が煽っている間にわたしたちは準備をする。父さんには再び全力制御状態になってもらい、わたしたちは思いと魔力を託した。

『うぜぇ…うぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇ!
 虫のようにピョンピョンするだけしか出来ない能無しが調子に乗るなよ?
 知ってるんだぞ、獣人の所でボロ負けして戦えなくなったって!
 今度は二度と戦えないようにその腕を足を切り落として転がしてやる!四肢斬りの成れの果てに相応しくな!』

 はぁ、と息を吐いて構える遥香。
 これだけ言われて全く心が動じていないのは流石だ。わたしなら間違いなく買って言い合いをしてしまう。

(我が前に敵は無く、我が後にも敵は無し。)

 スキルを切っているにも関わらず、遥香の強力な思念を拾ってしまう。それは修行先で師匠から聞いた自己催眠のような文言。
 前の敵は恐るるに足らず、後ろは支えてくれる仲間しかいない。正に今の状況を示しているそうで、全てが遥香を後押ししてくれているように思えた。
 大袈裟であれば大袈裟であるほど良いと聞いたので、続く文言はわたしが教えたものになる。

(行雲流水。往古来今、天地万象を我が一太刀は乗り越える。)

 流派の真髄のような言葉の後は斬り捨てる、ではなく、乗り越える。これこそが遥香の本質だろう。我ながら最適な言葉たちだと自負しているくらいだ。

 駄々漏れだった魔力が刀へと収束されていく。
 更に刀と遥香が一体となったかのように練られていく。

【エンチャント・ドゥームブレイク】

 整った瞬間に合わせるように、遥香のタスキを通じて父さんがエンチャントを付与する。
 あの襷はリレーを刻印化したもので、ただ伝えるだけしか出来ないが、それで十分。
 付与された尋常じゃない量と質の魔力を、遥香の魔力が包み込んだ。

(梓ちゃんの刀、バニラお姉ちゃんの魔法、柊お姉ちゃんとの訓練、そして、お父さんの魔力が、みんなの思いが未熟な【白閃法剣わたし】を後押ししてくれる。)

【闘気】【韋駄天】【明鏡止水】【ヘヴィスタンド】

 ここでようやく遥香がアクティブスキルを使う。だが、やはり極致はない。
 とにかく、速さと精確さを追求したスキルが能力を高める。
 【闘気】は普通なら見た目に変化が現れるが、それがない。全ての力を100%無駄無く刀に込めているのだろう。
 そして、ロドニーとの一戦の反省で開発したぶっ飛ばし対策魔法。これはどういうことだ?

「終わりにしよ。」
『終わるのはこの世界の方だ!』

【波濤】
【カタスト
 
 一瞬、遥香が光ったと思うと、既に納刀して体ごとこちらを向いて構えていた。
 何が起きたのか、わたしには分からない。
 分かるのは、あの男が消え去っていたというだけ。
 舞い散る光の残滓ざんしが、遥香の羽のように思えてしまった。
 遥香と全てを繋いだ襷が朽ち果て、袖が下がる。

「あいつは何処にいった?」
「今頃、オーディンが激怒してると思うよ。
 残念だけど、わたしたちにあいつを殺す手段がない。だからオーディンに任せた。」
「どうやって?」
「お姉ちゃんが過去に吹っ飛ばされたのと同じ方法だよ。」
『お、おぉ…』

 父さん以外の全員が、わたしも含めてそれで納得した声を上げる。原理は体験したわたしにもさっぱり分からんが、遥香にはあの時に見えていたものがあるのだろう…
 父さんが戻ってきてないのに気付いて、慌ててポーションで頭を殴り付けた。見た目が酷いので、もっとスマートな方法を見つけないといけない。

 ビースト領で自分がやられたことを、遥香はここでやってみせたのだ。
 普通なら、あの状況で他所へ丸投げとかしないと思うんだが…それが、遥香が旅で培って導きだした答えなのだろう。
 誰もその事に異論を述べたりはしなかった。

「それって、お前が吹っ飛ばされた可能性もあるんじゃ?」
「大丈夫じゃない?だって、斬られるのは私じゃないし、お姉ちゃんの魔法もあるし。」
『なるほど…』

 全員が、遥香の答えで納得した。いや、本当に天地万象を乗り越えてしまったことに納得するしかなかった。
 正直、順応という点に置いては誰よりも出来ており、遥香の『何でも出来る』はそれが理由ではないだろうか?
 ちょうどメイプルのフェスティバルも終わり、拍手や歓声がこちらにまで伝わってくるような気がする。

「それより、最後の仕上げだ。手分けして、浄化をするぞ。」
『おー!』

 父さんの指示に全員が声を合わせて返事をし、拳を天に突き上げた。
 戦いは終わったが、私たちの冒険はまだ終わっていない。
 マイホームに帰るまでが冒険だからな!

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