召喚者は一家を支える。

RayRim

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第2部

番外編 〈紅黒縫士〉達は帰りを待つ

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〈紅黒縫士アリス〉

 バニラが消息を絶った事で一家は完全に浮き足立っていた。
 娘達は不安と苛立ちが隠せず、リリも自分の刻印が失敗したのではないか?と問い詰め続けている。

 エンチャントの容量限界の実験をしていたそうで、理論上は12枠まで増やせると息巻いていたらしい。6枠でも失敗すれば大爆発が起こる事もあり危険だというのに、12枠ともなるとその被害は想像出来ない。
 離れて呆然とするリリにどう声を掛ければ良いのか分からず、刻印の事も、バニラの事も、どんな言葉も逆に追い詰めてしまいそうな気がしていた。
 
「お母様、お姉様は…?」

 悠里が心配そうな顔で尋ねてくる。
 どう答えるべきか悩んだが、ここは詳細をぼかしつつ、起きたことはちゃんと伝えることにした。

「実験に失敗してサクラのダンジョンごと消息が分からなくなったわ…
 今、みんなのお父様とハルカ達が痕跡を探る打ち合わせをしてるから。」
「そう、ですか…」

 バニラの失敗はいつもの事だ。それこそ、悠里たちの物心が付く前から起こる、日常の一部のようなものである。

「悠里、何があっても良いように心構えだけはしておきなさい。」
「そ、それはどういう…」

 怯えの様な表情で愛娘が私を見つめる。正直、辛いし言いにくいがハッキリ伝えないといけない。

「無事である事を祈りつつ、ダメだった時の覚悟もするの。それが冒険者の家族には必要な事だから。」
「…っ!」

 目を見開き、息を飲む悠里。横に居るアレクはグッと歯を食い縛るのが見えた。
 今日まで誰かが大怪我をしたり、出し尽くして疲労困憊になる姿は度々見ている。アレクはいつかこういう日が来るのは覚悟していたのではないだろうか?思ったのとは違う形かもしれないが…
 そんな二人が握り締めた小さな…ううん。もう私とそう変わらない逞しさを持つ拳に触れる。
 この旅暮らしが始まって以来、様々な事を経験してきた子供たち。時には命の危険に晒された事もあったし、打ちのめされた姉たちに何も声を掛けられなかった事を歯痒く思ったりもしていたようだ。

「私たちはまた何も出来ないのでしょうか…?」

 悔しそうに目を潤ませる悠里。

「待つことしか出来ない辛さはよく分かっているわ。私もずっとそうだったから。
 帰って来たら全力で出迎えて上げましょう。それは待つことになる私たちにしか出来ない事だから。」
「はい…」

 この娘がなんでも出来るハルカに憧れ、目指しているのはよく知っている。そして、いつも忙しそうにするバニラにも憧れていることも。
 二人にとって姉たちは間違いなく英雄ヒロインなのだ。

「他にも出来ることはあるわよ。みんなで『オベントー』を作りましょう。探すお父様達に、行方不明になったバニラに。」
『はい。』

 息子は力強く、娘は自分を納得させるように返事をした。
 双子だというのにここまで違うのかと今回も思わされる。

「かーしゃま、ジェリーもかーしゃまのためにつくりたい…」

 やり取りを見ていたジェリーが、わたしの袖を引き、目を潤ませながら言う。
 ああ、こんな目で、顔で言われたらダメなんて言えるわけないじゃない!
 …きっとバニラもそれでジェリーの『かーしゃま』になってしまったのだろう。気持ちが分かってしまった。

「ええ、もちろんよ。一緒に作りましょう。」
「うん。」

 いつもなら良い笑顔を見せてくれるだろうジェリーも、今日だけはその笑顔が出てこなかった。
 こんな可愛い娘にこんな顔をさせる長女はしっかり叱らなくてはならない。そう決意させてくれた末っ子だった。




 メイドたちも徐々に加わり、消えかかっていた活気がそれほど広くない宿のキッチンを中心に戻り始める。
 つくづく、何もせずにはいられない者たちの集まりなのだと思い知らされ、みんなで一緒に作ることにした。
 気が付けば、ソニアとフィオナも一緒にこちらを見ている。料理が苦手な二人には、今回ばかりはそのままでいてもらいたい。
 きれいな紙に出来上がった様々な味のプレストーストを包んでいくが、ジェリーだけは全部一人でやると言って聞かないのでやらせることにした。
 しかし、プレストーストもだが、紙に包むのも上手くいかずに形が崩れ、ベソを掻き始める。

「ジェリちゃん、こういう時はこれを使うと良いよー」

 覗きに来ていたアズサとハルカだが、アズサの方が我慢出来ずに串を出して出来上がった物に刺してみせた。
 少し浮き上がっていた包みが留められ、見た目が綺麗になる。

「おー」

 ベソが吹き飛び、キラキラした顔になるジェリー。この顔にバニラはやられてしまったんだなと実感してしまった。
 言われた通りに串を刺すと、

「おー!」

 串を刺したことで跳ね上がっていた紙がしっかり留まり、プレストーストも崩れないようになった。
 ちょっとしたことだが、これは私も思わず感動してしまう。

「おねーさまありがとう!」
「どういたしましてー。おねーちゃんもきっと喜んで受け取ってくれるよー」
「うん!」

 そんなニコニコジェリーの返事に、アズサもニコニコしながら末っ子の頭を撫でた。ハルカの事も甘やかし気味だったが、今度はジェリーの事も甘やかしそうに見える。
 この三女はとことん妹に甘いらしい。
 …私も人のことは言えないが。

「ちょっと作り過ぎましたね…」

 カトリーナが山積みになったプレストーストを見ながら言う。
 確かにこの量は、あの人とハルカにジュリアが加わっても多すぎた。

「大丈夫じゃない?おとーちゃん、北で食料出し尽くしそうだってぼやいてたし。」

 そう言われて、あちこちで食料を提供していたと聞いたのを思い出す。
元々は一家の食料として買い込んだようだが、料理する姿はそれほど機会は多くなく、不思議に思っていたがそういう事だったのか…

「どれだけ買い込んで放出したんでしょうね…」
「あの人のお財布事情、と言うか、お金の出所がよく分からないのよね…
 ほら、私たちはイグドラシルで稼いだじゃない?」
「旦那もココアのイグドラシル周回に付き合ってやすし、余った薬品や素材は納品したり売ったりしてるって聞いてやすよ。」
「ああ、把握してないところで色々としてるのね…」

 ユキとそんな話をしていると、カトリーナがトレイに作ったものを乗せ始めた。
 最後の一個はジェリー渾身の作品。目立つし、確実に気になるだろう。

「残った材料で女将さん達にお裾分けしてくるねー」
「あたしもお手伝いしますね。色々とお世話になってますし。」

 アズサとアクアが名乗り出る。

「そうね。迷惑を掛けてるし、良いと思うわ。」

 私もその案に乗り、許可することにした。
 なんとか一家の気分を持ち直せたとは思うが、それでも悠里の顔色は優れない。
 調子が悪いという様子ではなく、やはり敬愛する姉が心配で仕方ない様だが、アレクたち、息子たちはそうでもない。
 そんな悠里の側に行き、肩を抱き寄せて顔を見る。

「信じましょう。バニラを、ハルカを、お父様を。」
「はい…」

 待つ辛さを娘に強いるのは心苦しいが、私たちの血統はそれを受け入れなくてはならない。
 その事については、もう少し大きくなったら伝えることにしよう…





「リリお姉様。」
「…ユウちゃんでしたか。」

 私も居るのだが、リリはどうやら気付いていない。
 宿の交流室の椅子に体が収まってしまってるからかもしれないが…
 
「大丈夫…ではないようね。」
「お姉様もいらっしゃいましたか…」

 久し振りに娘と二人で入浴を済ませ、お互いに気持ちを落ち着かせたところだ。この様子ならリリも誘うべきだったかもしれない。

「申し訳ございません…」
「私に謝る必要はないのよ。恐らくだけど、バニラにも。」
「いえ、それは…」
 
 俯き、首を横に振るリリ。

「作った物の評価はどうだったの?」
「私としては会心の作品です。今、あれ以上の物を作るのはとても…」
「じゃあ、胸を張ってみんなを待ちなさい。」
「はい…」

 返事はするが、やはり私では納得させるまでは出来ないようだ。もう一押し必要か。

「いつものあなたなら、バニラに一言言わないと気が済まないんじゃない?」
「はい…そう、ですね。そうですよ。
 一言じゃなく、一発ぶん殴ってやらないと足りません。
 あの尊大な物言いと、無駄に自信満々で多少の失敗も笑って済ませるあの憎たらしい顔を殴れる機会ですから。」 

 震え声と作り笑顔が逆に辛い。

「…でも、今回はハルカが居ますから譲って上げますよ。」
「バニラの顔がバニラのままでいられるかしらね…?」
「良い薬です。」

 しかめっ面ながら当然だと言わんばかりのリリ。
 ビースト領ではバニラをギリギリで救ったと聞いている。その救った命を危機に晒すのは許せないはずだ。

「でも、あれにしか出来ないし、出来るならあれしかいないのは分かっているんです…」

 立ち上がり、私より背の高い妹分の頭を撫でる。ノエミに近い手触りの頭から徐々に緊張が抜けるのが伝わってきた。

「入浴を済ませて来なさい。それから、寝るまでバニラの事を話しましょう。私と悠里も知らない失敗話を教えてちょうだい。」
「はい。わかりました。」

 ようやく見れた自然な微笑みに私もホッとする。
 リリが戻って来てから悠里が眠るまで、一緒にお互いが知らないバニラの失敗話をした。あの子には悪いが、こういう事に使われるなら本望だろう。
 束の間の楽しい一時を過ごし、捜索班の帰還に備えるのであった。
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