召喚者は一家を支える。

RayRim

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第2部

39話

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 さっきのエリアと同じような広大なエリアに、着物姿の女性が待ち構えていた。
 長い白髪、白い着物、白いケモミミ、大きくふさふさな幾つもの白い尻尾の雪の女王。
 …思っていたのと随分違うな。
 白いのは一緒だが、知ってる雪の女王はもっと怒ったフィオナのような姿を想像していた。困惑しているのは梓もアクアも一緒の様子。

『不埒で愚昧なる人間よ。我が神域をなぜ侵すのか。』

 殺意バリバリで脅してくるが、色々と知っているので全く怖くはない。
 一番前に出て、一礼する。

「観光に来た。目的地はこの向こうだ。」
『は?はは…フフフ…ははは!』

 口を押さえ、大笑いをする。

『そんな目的で貴様らは育てた獣を喰らい、魔獣を殺して回っておったのか!』
「躾が悪いからだ。 なにより、マップが悪い。
 船で通れるなら不要な犠牲だったぞ?」

 あくまでも目的は『北の果て』だ。海を通るのが最も早かったのだが、それが叶わなかったからな。

『黙れ矮小な人間が!氷像となり、未来永劫この地で悔やみ続けるが良い!』
「カトリーナ。」
「はい。」

 手筈通りにカトリーナを呼び、準備させる。
 得物は持たず、素手である。

『妾は全て知っているぞ人間!魔法の不得手な人間が、妾に触れられると思うなよ!
 仲良く氷像となるが良い!』

 親の挨拶より記憶に残ってる雪の女王のセリフなのだが、微妙に違うな。
 そんな事を気にする訳にもいかず、オレが先行してピラーをけしかける。

「見え透いておるわ!」
 
 だが、手にした鉄扇で轟音を立てていなされたピラーは地面に突き刺さりダメージにはならない。流石はボス。東のひよっ子とは訳が違う。
 だが、こちらの攻撃もこれで終わりではない。
 もう一本、ピラーをけしかける。

「無駄だといって…っ!?」

 雪の女王の眼前でピラーを5つに分裂させる。放ったのはピラーではなく、5つ並べた箱だ。
 完全に虚を突かれた雪の女王。振った鉄扇は空を切り、完全に無防備だ。そこへ囲むように展開した箱から全方位で仕掛ける攻撃はただ一つ。

【アンティマジック】

 魔法が全て剥がされ、体も耳も尻尾もサイズダウンし、耳は小さな折れ耳、尻尾はウサギのような小さな丸い尻尾だけになっていた。

「は?ぶぁっ!?」

 雪ん子は強烈な右フックを喰らい、地面に捩じ伏せられた。
 威厳を持たせる為の声も、化けの皮が剥がれてメイプルのような甲高い声になっている。

「口ほどにもない。散々、我々をバカにしてくれた事ですし、このまま首をへし折りましょうか。」
「い、いやじゃ!やめてくれぃ!なんでもするから!」

 最近、どっかで聞いたセリフを雪ん子が口にする。

「その辺にしておいてやれ。雪ん子…じゃなくて、女王様にも事情があるんだろう。」
「はい。」

 素直に雪ん子を解放したカトリーナが、オレの横に戻ってきた。

「何故、変化が解除されて、魔力も妨害されたのじゃ…妾が魔法で負けたのか…?」

 変化が解除されたことで誤魔化していた体が縮み、カトリーナに捩じ伏せられたおかげで着物が危うくなっている。
 横に居た嫁に、目を塞がれてしまった。

「さっき言ったように、オレたちは観光に来ただけだ。
 その上で邪魔をすると言うなら、徹底的に殺し合うことになる。獣、魔物含めてな。」
「…もう手出しはせぬ。」

 すっかりしょぼくれてしまった様子の雪ん子。

「ねえ、何でも言うことを聞くなら、参考用に着物をもらおうよ。」
「名案ですね。そうしましょうか。」

 遥香の提案に、オレの目を塞いだままのカトリーナが賛同した。

「こ、これしか持っていないのじゃぞ…?」
「何でもするって言ったよね?」
「うう…とんでもない連中にケンカを売ってしまった…」
「まあまあ。背丈は昔のあたしと同じくらいですし、お古のメイド服を上げやすよ。」
「妾にこんなヒラヒラなものを着ろと言うのか!?」

 お前の着物も大概だと思うのだが、言わないでおこう。

「ちゃんと下着も着けるんですぜ。」
「ハルちゃん、もう穿けそうにないって言ってたニーソあったよねー?」
「まだあるよ。ちょうど良いからあげる。」

 こうして、ボスの威厳が右フックで粉々にされた雪ん子は、皆の玩具にされてしまったのであった。
 これは流石に想定外の事態である…




 着物を貰って満足顔の遥香と、メイド服のスカートの裾を気にする雪ん子。尻尾の部分だけ、リリによって手直しがされている。
 大きくなった時は転生前の梓と同じくらいのようなので、その時に作ってもらったメイド服と下着も提供していた。胸はサラシでなんとかするようだ。
 もう攻撃する意思は無いようで、アンティマジックを解除しても姿はそのまま。
 オレたちはエリアの隅に小屋を立て、ここを臨時の休憩所にする。ちゃんと投げやりな許可も得ており、食事も振る舞ったりしていた。
 全員がゴーグルをしていた為に逆パンダ状態になっているやっと気付き、皆で大笑いしてしまう。
 こんなことにも気付けないとは、思った以上に消耗していたようだ。

「お前たちのその異常な力はなんじゃ?どうやって得た?」

 ここまでのおおよその事を説明すると、コロコロと表情が変わる。ただ、悲しむ、楽しむという事はなく、驚き顔のバリエーションが豊富といった感じだ。

「あやつはオーディンと名乗っているのか…」
「私たちの知ってるオーディンのイメージ通りだけど、何か知ってるの?」

 梓に尋ねられ、雪ん子は目を閉じて考え込む。そして、

「答えられぬ。」

 とだけ言った。
 慌てる様子も困惑する様子もなく、そう答えるしかないといったように見える。

「そうか。じゃあ、詮索はしないよ。」

 梓としては不満そうだが、追求しても満足できる答えは返ってきそうにない。

「伝承で、オーディンがイグドラシルで封印を行っているのは知っているけど、あなたも何かそういうことをしているの?」

 ジュリアがそう尋ねると、また雪ん子が驚いた表情になった。

「お前たちは獣人と違い、しっかり伝承をしていたのか。」

 タメ息を吐く雪ん子。
 代替わりも早く、多くは頭より体の方が頭が良い言われる獣人に、それを求めるのは酷だろう。全てがそういう訳ではないのは、私塾をやっていて分かってはいるが。

「ああ、その通りだ。お前たちが北の果てと呼ぶ岬の先には災厄が眠っておる。 
 そして、妾はその封印を為す守護者。名を玉藻という。」

 今度はオレと梓が驚いた。
 ちゃんと名前が、しかも日本語の名前があることにだ。

「その名前について聞いても良いー?」
「ああ。召喚者になら隠しても仕方あるまい。
 お前たちと同じ身の上の者に名付けられた。昔の妾は、何処にでも居るホワイト・フォックスじゃよ。」

 衝撃の事実だった。
 バニラ、ココアは知っていたのだろうか?
 今すぐ尋ねたいが、ここからではあまりにも距離があって不可能だ。

「テイミング・モンスターとして育て続けられ、力を得た妾はこの地を守護する事にしたのじゃ。」
「その名前、玉藻ちゃんの主人は…?」
「済まぬ。もう1000年以上も前で、細かいことは覚えておらん。主の名前も忘れてしまった。」

 初めて悲しげな、自嘲の笑みを浮かべた。
 神性を獲得しても、それが獣の限界という事だろう。
 制御の拙さも、能力の低さも納得できてしまった。

「だが、覚えていることはある。
 主の作ったスープ、焼いた肉、盛り付けたサラダ、どれも至高と言っても過言ではない。
 それに、お主に負けぬ魔法の使い手じゃったが、お主と違って女を寄せ付ける事はなかった。お主のような破廉恥な男ではなかったのじゃ!破廉恥な男ではなかったのじゃ!」

 大事なことだから、と言わんばかりに二度言われるがこっちも色々事情がある。
 娘達に変な男を寄せ付けないようにする為に、避けていたという大事な事情があるのだから。

「男同士の方だったのでは?」
「なっ!?」

 リリの一言に顔を赤くする玉藻。
 まあ、冒険者の間では長い旅で目覚めて、そうなるのも珍しくないとは聞いているが…

「寄せ付けない、とまでなるとそう考えちゃうよねー」
「はわわわ…確かに、今思えば友人と夜を明かす事の多かった主じゃ…」

 疑惑はますます深まった、という所で釘を

「お嬢さん、ここに良いブツが…」
「ひゃー!!」

 梓が釘ではなくトドメを刺した。
 いかにもな表紙の本。なぜそんなものをもっているのかね…

「お、おおう…おおお…?あああー!?」

 抑えられない衝動に負け、ケモミミは薄い本を読破した。

「…ごちそうさまでした。」
「お粗末様でした。」

 アクア、お前の本か。

「神が居られた!」

 大事そうに薄い本を抱き締め、感激の表情を浮かべるタマ。お前に玉藻という名は不似合いだ。

「タマ、満足したか?」

 オレがそう言うと、小さな折れ耳がピンと立ち、こちらを凝視する。

「どうした?」
「…いや、なんでも、ない。」

 困惑した様子でオレから目を背けた。
 困惑したのはタマだけでなく、全員がオレを見ていた。

「お父さん、また…?」
「いや、まて、それは理不尽にも程がある!」
「妾も納得がいかぬ。このような無法者に靡くなど、信じられぬわ。」

 まあ、設計者からしたらそうだよなぁ…

「それについてですが、なぜここまで人を拒む形にして居るのですか?」

 リリがメモを出して尋ねる。

「…きっと、バニラなら聞かずにいられないと思いまして。」
「そうだな。」

 有耶無耶になりそうだったので、しっかり尋ねるべきを尋ねてくれるのはありがたい。

「人間を封じているものへ近寄らせない為じゃ。
 人間は愚か。道があれば、封じられているものがあると知れば、暴こうとするからな。」
「オレたちは良かったのか?」
「だから、全力で止めていたのじゃ!それなのに、近道、異常な戦力、想像しない方法で乗り越えられた!ちくしょうめー!」

 バンバンとオレたちが出したテーブル叩きながら言う。
 やはり、魔導具が制限なく使える環境は良いな。皆、極寒生活から一時的とは言え解放されて、夏服に着替えて束の間の平穏を得ていた。
 柊、アクア、メイプルは足湯で更に蕩けている。

「ヒガン様が居るから出来た強行突破ですからね…
 普通なら湾の辺りで引き返してますよ。」
「そうだよねー。白熊にビビって引き返しちゃうと思うよー?」
「飛び越えられたら意味がない!妾の干渉を、終始はね除けるのも納得いかない!」

 リリと梓の話を聞き、再びテーブルをバンバン叩くタマ。

『えっ?』

 聞いていた皆の視線がオレに向く。

「そりゃ、オレの方が魔力制御が高いからだよ。」
「人の身でありながらどういう事じゃ!?」
「毎日訓練してるからだな。」
「納得いかん!神性を得た妾を超えるのは納得いかん!おまえもじゃ!」

 カトリーナの事も指差して喚く。

「一家の魔法、物理のツートップですからねぇ…」

 鉄板焼きの準備をしているアクアが、苦笑いしながら言う。

「カトリーナさんが負けるのって想像できないよねー」

 メイプルも準備をしながらアクアに同意した。

「あの程度なら、シュウ様、ハルカ様、ソニア様でも組み伏せられるかと。
 ジュリアだったら、押し潰していたでしょうね。」

 楽しそうに肉と野菜を焼くジュリアを見るカトリーナ。力が入りすぎたのか、トングが既に曲がっていた。
 ジュリアが取っ組み合いをすると、間違いなくR18Gになるので任せられない…

「イグドラシルのアレを妾は一生恨み続けるからな…」

 目の前の肉を、憎々しげにトングで何度も押し潰すタマであった。

「もう一つよろしいでしょうか?」
「妾は敗者じゃ。幾つでも質問するが良い。」

 投げやりな感じでリリに返事をする。
 余程、悔しかったようだな。

「ヒガン様…いえ、タクミ様を本当にご存じないのですか?」

 リリの質問に、タマモの視線がオレに釘付けになる。口を開いたかと思えば閉じ、何か言おうとしているが、言葉にならない。

「どうした?」
「どうして…」

 バンとテーブルを叩いてオレを見る。

「どうして、『また』ここにいる!?
 もう嫌だ、未練はない、死ねて良かったと言っておったではないか!
 そんな御主が…どうして『また』召喚されておるのじゃ…っ!」

 それはこの場に居る全員が、凍り付くのには十分な言葉。
 ただ、肉と野菜の焼ける音だけが響いていた。
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