召喚者は一家を支える。

RayRim

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第2部

番外編 〈白閃法剣〉は尋ねる

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〈白閃法剣ハルカ〉

 北の果てを目指す休養日。
 私たちは鈍らない程度に体を動かしつつ、ゆっくりと休養をしていた。
 影の中の子達はほぼ出て来たがらず、唯一出て来てくれるアッシュ君も嫌々という雰囲気が強い。寒いからというのもあるが、『ここは誰かの縄張りだから』というのが一番の理由のようだ。
 奥に居るのがなんなのか、とても気になりながらアッシュ君をブラッシングする。
 お姉ちゃんに不要だろう?と言われた事もあるけどそんな事はない。この子も綺麗好きだし、とても喜んでいる。

「精が出るな。」
「うん。変な虫が付いちゃうと困るから。」

 お茶を飲みながら見ていたお父さんが言う。
 洗浄だけでも良いのだが、それだけでは落ちない虫が居るようで、昔はやたらと痒そうにする事があった。今は暇があれば念入りにブラッシングをしてあげている。背中とか自分じゃどうにもならないしね。

「魔導具のチェックはもう良いの?」

 お姉ちゃんがいないと、その担当はお父さんとリリになっていた。
 リリは楽しそう、というか大喜びでやっていたので、それならと溜め込んだ故障品を押し付けたら、笑顔で『怨みますよ…』とだけ言われてしまう。作業が楽しいという訳ではなかったようだ。

「リリの分もしっかり終えておいた。まあ、8割どうにもならなくて分解作業だったけどな。後でバニラにジャンクボックス送りと選別してもらうよ。」

 お父さんは理由が分かっていないようなので、ただ苦笑いをするだけ。

「そうだったんだ。」

 とりあえず、すっとぼけておくことにする。
 旅先で私が壊しました。とは、とても言い難い…

 壊れた物は盗賊、悪徳商人、貴族を懲らしめる為に利用したものばかりなので、しっかり役割を全うしてくれた。決して寝惚けて蹴り飛ばした物ばかりではない。

「そう言えば、けっこう時間掛かってるけど、ゲームでもこんな感じだったの?」

 ゲームで何週間も泊まり込みというのは考えにくい。何度も通っていた言うのだから尚更だ。

「どう説明したら良いか…」

 腕を組み、顎を撫でながら考え込むお父さん。何か事情が違うようだ。
 余計なことは言わず、答えを待つ。

「リアルで掛かる時間は普通なら準備から後処理までで2時間、速いと15分くらいだ。
 ただ、ゲームではエリアが進むと時間も勝手に進む。いや、進んでいるように感じる。ダンジョンから出ると元に戻ってたけどな。」
「なんかピンとこない。」
「まあ、事情が全然違うからな。こっちは何もない、移動するだけの場所もちゃんと通る必要があるが、ゲームはその辺りカットされてたよ。」
「そうなんだ。だから何周もやる気になれたんだね。」
「こんなキツい場所なら、一生に多くても5度くらいで十分だよ。」
「そうだよね…」

 苦笑いを浮かべるお父さんに同意する。
 一生に一度でも、途中で力尽きる覚悟が必要な場所だ。そんな場所を何周もするというのはやはり正気の沙汰ではないのだろう。

「でも、5度も誰が付き合ってくれるの?」
「来たこと無いヤツだよ。一度は踏破したいと思うヤツはいるだろうからな。」
「あー、そうだね。私たちが攻略したって知られたら、次はこっちに来る人が増えるのかな?」
「正攻法じゃないからどうだろうな?
 状況が許せばまともに踏破しても良かったが…」

 厳しい冬が早いこともあり、かなり急いだ攻略になっている。それがあの無茶なピラーでの突破だ。
 ここの支配者はどんな思いで妨害していたのだろう?

「あちこちで問題が起きてるよね。もっとすんなり回れると思ってた。」
「そうだなぁ。不満は何処にでもくすぶっていて、いつか、誰かが解決するのを待っている状況なのかもしれないな…」

 それを自分がとは言わないお父さん。
 私にはそれが少し不満だった。

「お父さんなら解決できるんじゃないの?」
「オレか?あー…はっはっは。」

 キョトンとした表情になってから、額に手を当てて困ったような顔で笑い出す。

「もう無理だよ。背負ってるものが多すぎる。
 4人の娘、5人の嫁、6人の子供、メイドと仲間たち…
 一家の事を思うと、英雄の二つ名を持つオレが無闇に政治に首を突っ込むことは出来ないんだ。」
かせになってるってこと?」

 理由が気に入らず、思わず厳しい言葉で尋ねてしまう。
 だが、お父さんは大して気にした様子も見せず、笑みを浮かべて言った。

「オレには力も知恵も無いってことだよ。」

 もっと言葉を重ねることも出来たはずだが、お父さんはそれだけ言ってお茶を飲み干した。
 少し背を丸め、何処か寂しそうな表情からは無力に対する申し訳無さだけが伝わって来て、直視し続けられなかった…

「そっか。」

 私もそれ以上の言葉が出ず、アッシュ君のブラッシングを再開する。
 お父さんの言う力とは、知恵とは何なのか、考えたが答えが出るはずもなかった。




 リリが作業を終え、休憩にやって来て自ら毛布に包まれる。
 流れるような動作で誰も何も言わなかったが、昼寝まであまりにも自然だった。

「リリ、聞きたいこと」
「夕方にしてください。」
「…分かった。」

 言い終えるより早い返事に気勢を制されてしまった。どうも旅の頃と比べてやりにくい…
 お父さんと話した事について、貴族の娘のリリなら答えがあると思ったがしかたない。私もお父さんを倣って箱とピラーの掃除をしよう。

 魔導具を起動して外に出ると一面の銀世界。柊お姉ちゃんがリナお母さんと動きの確認をしていた。
 二人は武器は違うが、一対一の動きに関しては互いを参考にし合っている。お母さんは体術を絡めた動きをするので、完全に武器が異なるとは言い難い。
 暖気の効果を上げて箱に洗浄を掛ける。海底から溜まってた汚れが落ち、新品のような手触りとなった。代わりに綺麗な雪にやたらと汚れがたまってしまったが…
 わりと隙間が多い構造になっているので、そこから水などが入り込んだのだろう。ピラーも同様で、こちらもきれいになった。
 愛用品が綺麗になるのはやはり気持ちいい。ただ、声に出すと梓ちゃんに『武器と防具もきれいにしましょうねー』と言われそうなので心だけに留めておく…

「だいぶ汚れてましたね…」

 隣に座ったアクアも箱を出して同じ様に洗い始めた。アクアも洗浄をするとやはり汚れが落ちて足元が大変なことになる。

「ひー。海底で移動や作業に使ってたからかなぁ…」
「絵を描く時に使ってたね。」
「そうですねぇ。ライトクラフトも良いんですが、椅子にも台にもなるのは便利ですから…」

 お父さんが何か終える度に洗浄を掛ける理由が分かってしまった。私も今後はそうしよう…

「でも、遥香さまにしては珍しいですね。こういうのはバニラさまか梓さまに任せると思うのですが。」
「家ならそうなんだけど、旅先だからね。梓ちゃんは装備があるし…」

 そこへ箱やピラーまで任せるのは気が咎める。壊れたなら話は別だが…

「さっきも防具を広げてましたね。炉やなんかを使わずに、金属を修理、補強していくのは本当に魔法ですよね…」
「そうだね。普通の職人は設備や道具を使うし、旅先でも梓ちゃんと同じ事を出来る人は大きな都市に一人居るかどうかだったよ…」
「優れた職人というのは皆が認める所ですが、やっぱり梓さまも特別ですよね…」
「アクアがそれを言うの?」

 絵を描く速さ、丁寧さは梓ちゃんの仕事と同じくらい凄い。
 ただ、あまり生活に繋がらないからか、世間的な評価は高くない。いや、完成品は唯一無二の物として、とても評価されているのだが…

「実感がないんですよね。家じゃ他の絵描きの仕事を見る機会はありませんでしたし、海底じゃ絵を描く人は居ても落書きレベルでしたから…」

 躊躇いなく言い切るアクア。
 他人にそんな評価は私にも出来ない。いや、確かにその通りなのだが…

「メイプルもそう言ってますよ。
 やっぱり競い合える人がいないと、やっていることが正しいのか不安になる時があるって。だから、ステージ前はいつも不安だって。」
「そうなんだ。いつも嬉しそうにライブに行ってたから…」

 見えてない、見落としている事が多い。
 昔は一家の事は何でも分かっているつもりだったが、今は解らない、見えていない事が多かった。
 …知る為に旅した5年の間で、逆に知らないことが増えている気がする。

「直前までは楽しみにしてますよ。直前になると不安になるらしいです。
 だから、メイプルはいつも遥香さまを羨んでますよ。戦う直前に不安になるとか無いんだろうって。」
「不安かぁ。戦う前は感じたことあんまり無いかも。積み上げてきた物が間違っていると思わないし、大きな失敗をしたこともないから。 」
「あはは。そうですよね。遥香さまが失敗するなんて想像できませんし。」

 他の冒険者なら妬みに聞こえる言葉もアクアだとそう感じない。相変わらず、時に言い過ぎなくらい正直なのはよく知っている。
 このメイドはお姉ちゃんと同じくらい正直で、お姉ちゃん以上に誤魔化しが苦手なのだ。どんなに見た目が大人っぽくなってもそれは変わらない。

「アクアは変わらないね。ううん。見た目は自信を付けて変わったかな?」
「えっ!?そうでしょうか…」

 箱から手を離して驚くアクア。いくら見た目は大人っぽくなっても、やっぱりアクアはアクア。箱が小刻みに震えるように動いている。
 その様子に笑いが堪えられなかった。

「やっぱり変わらないかも。」
「えー…」

 上半身を折り曲げて、大袈裟にガッカリした様子を見せるアクア。
 こういうのをいじり甲斐がある、とでも言うのだろうか。でも、反応が正直過ぎてあまり度を越えた事や何度もやるのは気が咎める。
 お父さんが側に置きたがるのも分かる気がした。無意識に、だろうけど。

「みんな頼りにしてるんだから、そんなにしょげないでよ。召喚も魔法も役立ってるんだから。」
「はい…」

 お姉ちゃんとは違う活躍をしているアクア。
 白虎のお陰で後衛の心配はしなくて良いし、攻撃はともかく補助魔法に関してはお姉ちゃん以上に上手い気がする。
 その分、ジゼルはソニアちゃんの援護に専念できてるし、リリも攻撃に意識をより割けている。
 ふと視線をお母さん達の方に移した瞬間、柊お姉ちゃんがお母さんの首と腕を掴んで投げ付けていた。
 呆気に取られる私たち。それはお母さんも同じだったようで、そのまま動けずにいた。

「あれ、旦那様もよく仰ってますけど、本当に分からないんですよね…
 あたしも昔やられた時あんな感じでしたよ…」
「私も…」

 一家の洗礼とも言える負け方だ。
 リリとヒルデも、最初にやられて何が起きたか解らなかったと言っていた覚えがある。
 お姉ちゃんに手を引かれて立ち上がるお母さんだが、私たちが見ていたことに気付いて恥ずかしそうにしていたので、とりあえず頷いておくことにした。
 ビックリするよね。よく分かるから…

「睨まれました…」
「いや、お母さんあーいう顔だから…」

 私より付き合いが長いんだから分かって上げて欲しい。

「あれも背負い投げなんでしょうかね。柔道はよく分からないのですが。」
「そういう名前の技なんだ。」

 覚えておこう。何処かで頼る事もあるかもしれない。
 ただ、人間相手で目の前の二人に加えて私が必要になるようなのが想像出来ないが。

「お見苦しい所を…」

 珍しくお母さんが肩を落としてこちらに来た。

「そんな事ないよ。私たちもやられてるから…」
「ですねぇ…」

 柊お姉ちゃんも苦笑いしながらこっちに来た。

「みんな驚き過ぎだよ。」
「そう言われましても、言葉通り気付いたら天地がひっくり返っている経験は他にありませんので…」

 アクアの言葉に頷く私とお母さん。
 いや、自ら天地がひっくり返る事はよくするが、ひっくり返っているのはそう経験出来ることではない。

「じゃあ、慣れないとね。」
『えー…』

 とんでもない一言に思わず声が揃う私とアクア。
 その様子にお姉ちゃんはクスクスと笑った。

「そろそろ戻りましょうか。汗の始末もしないといけませんし。」
「そうだね。」

 お母さんの提案に賛同するお姉ちゃん。
 私たちの手元見て、無言でどうするか尋ねてきた。

「うん。私たちも戻るよ。リリもそろそろ起きるかな?」
「けっこう時間が経ちましたからね。そろそろ起きると思いますよ。」

 残りの箱とピラーも手早く洗浄し、立ち上がる。

「意外と汚れる物なのですね…」
「そうだね。扱いきれないからしまいっぱなしだよ…」

 バニラお姉ちゃんが近接戦闘のスペシャリストと呼ぶ二人だが、外で箱とピラーを使っている姿は見ていない。ライトクラフトもジャンプと落下の補助で使う事が多く、飛ぶと言うより跳んでいる印象が強かった。
 やはり、魔法への適正の差だろうか。魔力は二人とも非常に強く大きいのだが…

「これで終わり。リリ、起きてると良いな。」
「何か尋ねたいことがあるのですか?」

 首を傾げて尋ねてくるお母さん。
 答えるべきか悩んだけど、ここはちゃんと言葉にしておこう。

「お父さんが持ってない、政治に関する力や知恵ってなんだろうと思って。」
「それは…」

 顔をしかめるお母さん。お姉ちゃんとアクアも困った表情を浮かべている。
 この三人もどうやら解らない事だったようだ。




「難しい質問ですね…」

 そう言って、リリがソニアちゃんを手招きした。
 お父さんが居ないタイミングで、聞かれないように防音の魔導具も使っているので声は届いていない。
 改めてお父さんとのやり取りを説明し、どういう事か尋ねた。

「そんな事を言っていたのですか…
 でも、そうですね。その通りだと思います。」

 腕だけでなく脚まで組んで頷くリリ。
 旅暮らしで知ったが、このポーズはしっかり話すぞ、という事らしい。ソニアちゃんも珍しく腕組みをしているくらいだ。

「それは私たちがいるから?」
「そうとも言えますね。」
「…そっか。やっぱりお父さんにとってはかせなのかな?」
「あ、ちがいますよ。多分、一番の理由は土地もなければ強い人脈も無いからだと思います。」
「陛下やドートレス卿じゃダメなの?」
「ハルカさんにそんな呼ばれ方されたら、お父様卒倒してしまいそうですわ…」

 苦笑いのソニアちゃん。

「ドートレス卿、若いからお爺ちゃんって呼びにくくて…
 フェルナンドさんくらいならお爺ちゃんって呼べるけど。」
「気持ちは分かります。
 私も末の方なので、あの方がお爺様と呼ばれるのはどうも…」

 リリも同意してくれる。
 エルフという長生きの種族であっても、ドートレス卿をお爺ちゃんとは呼びにくい感覚は分かってくれるようだ。

「陛下はカウント出来ませんね。住民全員が臣民みたいなものですので。
 ドートレス卿はやり手ですが…」
「お姉様の言葉を借りるなら、土地もない木っ端貴族ですので…」
「そっかー…」

 知り合いが偉すぎて当てに出来ないという事だろうか?
 お父さんの人付き合いは歪すぎる。

「あ、でも、南部の伯爵がいましたね。」
「お父さん、利用したくないんじゃないかな。英雄の件で迷惑掛けたって思ってそうだし…」
「きっとお互いにそう思っていますわ。どちらが悪いという話ではありませんのに…」

 お父さんは体をダメにしながら伯爵領を守ったし、伯爵はお父さんへのお詫びの年金という形で私たちの冒険の初期資金の融通をしてくれたようなものだ。そのせいでお互いに遠慮しているようにも思える。
 ただ、お姉ちゃんが新技術の実験場にしているという風の噂を聞いているが…

「だから、政治の場に出る為の基礎がございませんし、何より冒険者を続ける以上は領地を得ても維持し続ける事が出来ません。
 力がないとはそういう事ではないでしょうか?」
「じゃあ、知恵は?」
「冒険者を続けながら、政治を行う良案が浮かばないということでしょうか?」
「そっか。」

 確かに難しい。
 あまり領地に居ない領主に、臣下も剣を捧げたいと思うだろうか?そんな領地では、領民も安心して暮らせないのではないだろうか?
 そう考えると、やはり冒険者に領主は向いていないとしか思えない…

「まあ、臣下に丸投げする領主も居ますので、それをいとわなければという所でしょうが、ハルカはそんなヒガン様を認められますか?」
「…ううん。」

 軽蔑してしまう気がする。

「恐らく、一家は緩やかにバラバラになってしまうでしょう。私はどうあろうとヒガン様についていきますが。」

 背筋を伸ばし、そう宣言するリリ。
 何がどうしてそこまでお父さんに惹き付けられるのかよく分からない…

「リリさんは一途ですわね。」
「ええ、そうですとも。
 それに、私もこの一家以外で思うような働きが出来るとは思っていませんからね。」
「お兄様とバニラ様の下以外では、エディアーナ商会くらいしか存分に能力を発揮出来ないでしょうし…」

 同感だ。
 特に私は今の一家以外に所属できる気がしない。もし、他に所属しても、敵対組織を崩壊する為に送り込まれる事の繰り返しになりそうである…

「それはみんな一緒ですよ。他では持て余すだけで、今日までの訓練や苦労は無駄になるだけですからね。
 分かっているからこそ、何処までもついていくしかありませんから。」
「そうですわね…」

 ソニアちゃんの言葉を最後に3人での話し合いは終了する。
 ちゃんとした答えが得られたかは分からないが、私の中で考えを整理する良い切っ掛けになった。
 この問題は今の私には手に余る。今は疑問や懸念を振り払い、北の果ての踏破についてのみ考えるよう思考を切り替える事にした。
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