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第2部
番外編 母親達は気が休まらない2
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〈漆黒風塵カトリーナ〉
昼は普段通り、夜は私とユキが交代で船酔い組の世話をする日々が続く。
メイプルには子供達を任せたいので外れてもらい、サンドラ、アンナも製作時間を用意する為に外れてもらった。
「いやー、こう続くと昼間が眠くてたまりやせんぜ…」
何度目か分からない欠伸をしながらユキが言う。
今は私とユキしかいないので、その隙を狙っての愚痴溢しに違いない。ただ、欠伸はバッチリ見られているが。
「それも今日までですよ。」
皆、外でフロートという浮くメイプルの舞台のような魔導具を使って甲板上で過ごしていた。
そのままでは風が強くて天幕も張れないので、日陰用に小さいものをもう一段。更に木材や重石としてピラー、ボックスを駆使して風除けも作っている。ココアの発想で、ショコラとサンドラ、アンナも協力して組み上げたようだ。
「なんだか気が抜けて眠くなっちやいやしたよ…」
欠伸を噛み殺し切れぬまま喋るユキ。
ここはとても心地好く、眠くなる気持ちも分かる。
「冷えて風邪を引かないようにしなさい。」
「では、お言葉に甘えて。」
そう言うと、寝袋を出して潜り込んだと思ったら、あっという間に寝息を立て始めた。
まあ、何かおかしな気配もないし大丈夫だろう。
「ノエミ、ジェリー、落ちないようにするのですよ。」
『はーい。』
ボールで遊んでいる二人に注意するよう伝えると、この場はココアに任せ、私は午後のお菓子の準備の為に船内へ戻ることにした。
レオンとビクターも居ることだし、きっと大丈夫だろう。
焼き菓子を準備し、お皿ごと亜空間収納カバンに一時的にしまう。いつもより人は少なくとも大人数なので量はそれなりに多い。
「あー、申し訳ございやせん。思った以上にぐっすり眠っちまってやした…」
私に気付いたユキが慌てて寝袋を片付け始める。流石に慣れない環境での寝ずの番は堪えているようだ。
「構いませんよ。その代わり、明日はユキに頼みますから。」
「いやぁ、そろそろ旦那達も戻ってくるでしょうし…」
「では、貸し一つという事で。」
「準備はあたしがしやすよ。午後からは皿洗いくらいしかしてねぇんで。」
そう言って、カバンを引ったくるように私から奪い、中身を確認する。
「焼き菓子とお茶ですかい。けっこう冷えて来ましたから温かいのは助かりやすぜ。」
【バブル】
そう言ってからテーブルを中心に魔法を展開する。バブルの中は外と比べたら暖かく、のんびりするにはちょうど良さそうだ。
「こんな使い方も出来るのですね。」
「ココアに相談して、ちょっと改良してもらいやした。」
「海中ではどうなのでしょうね?」
「それは潜ってみないと分かりやせんね…」
穏やかに空気が廻っており、とても過ごし安い。これは油断してはいけない空間だ。
「では、皆を呼んできましょう。」
話をしている間に準備を終えたので、私が呼びに行くことにする。
「お願いしやす。あたしは椅子を準備しておきやすね。」
風除けから向こうを見ると妙に静かだ。いや、静かすぎる。子供達の姿がないではないか!
「っ!」
胸騒ぎがして、ライトクラフトを取り出して走り出す。走りながら装着し、子供達の気配の方、フロートの端へと向かった。
「どうしましたか?」
努めて冷静に、慌てずに声を掛ける。不安が杞憂ならそれで良い。
「ノエミがボールを拾いに行ってしまって…」
あんな小さな子がこの荒れた海に!?
想像を越えた事態に、血の気が引くのを感じる。
娘同然に扱っているが、何かあってはジュリアに面目が立たないし、一家で生きていける気がしない…
「ど、どうして誰も呼ばなかったのですか!?」
「ノエミがどうしてもと言って聞かなくて…」
ああ…普段から私が叱り過ぎたせいだろうか?
きっと、ジュリアか旦那様が居たらこんな事にはならなかったはずだ…
二人が甘やかしがちな分、キツく接しているのが裏目に出てしまう。
「こ、ココアは?」
「ジェリーも降りたと聞いて、慌てて飛び降りてしまいました…」
「わ、分かりました。レオンはユキに伝えて後の準備を、ビクター、三人はどの辺りに?」
「ボールが風に流されて後ろ側に…」
「また風や波が荒れないとは限りません。戻ってくるまでユキの所に居るのですよ?」
『はい…』
どうしても強く言い聞かせるような言い方になるのは良くない。良くないが、私にはこんな言い方しか出来なかった…
悔しさを抱えながらゆっくりと降下していく。何処だ?何処にいる?
旦那様ほど感知に優れず、ハルカ様ほど目が良くない。それが今日ほど口惜しいと思った事はなかった。
船の方を見ながら海面付近を横向きに移動する。
すると、船尾の辺りにしがみついているココアの姿を見つけ、急いで向かった。
ボールを抱えているがライトクラフトが動いていないノエミ。ジェリーも同じようだ。
ココアはライトクラフトを着けず、魔法を維持するのが精一杯のようで、二人を捕まえて身動きが取れなくなったようだ。この急な時の後先の考えなさはやはりバニラ様と同じである。
「よく頑張りましたね。でも、もう少し耐えてください。」
海は冷たく荒く、体温を容赦なく奪う。
それを恐れてバブルで身を守っているようだが、ココアは船体に意図して付けられたであろう梯子状の突起物に足を引っ掻けているだけで、返事をする余裕などない。
船酔い体質のあるココアにとって、海水の影響を回避出来てもこの状況は過酷すぎるのだろう。
念の為、二人の小型ライトクラフトに固定用器具を取り付け、私と離れないようにする。
魔石の力が尽きたのかと思ったがそうではない。恐らく、飛び過ぎないように抑えていたのが裏目になったのだろう。私を含め、皆が普通に空を飛ぶから、自分達も出来ると思って降りてしまったのかもしれない。
「体を委ねて下さい。」
バブルの中に入り、船に体を押し付けているココアに言う。よく見ると、ノエミがしっかりと梯子状の物を掴んでいた。どうやら、ココアの小さな体躯では二人を抱えたままでは掴めない為、力のあるノエミに支えてもらっていた様である。
体が小さい事がこんな形で災いするとは思いもしなかったに違いない。
「ノエミ、もう大丈夫だから。」
「うん…」
ノエミがココアに小さな声で返事をして手を離すと、三人分の重みが私の体に伝わってきた。
安堵と共に離してはならないという使命感が生まれ、ゆっくりと船体から少しだけ離れてフロートまで戻ってくる。途中で安心してしまったノエミがべそをかき始め、ジェリーも泣き出してしまう。
その二人を抱き締めたまま、『大丈夫、大丈夫だから。』とココアは慰め続けていた。
「こっち!こっちへ!」
両手を振るユキに誘導され、お菓子とお茶の準備をしていた場所にまで戻る。
三人を降ろすと揃ってその場でへたり込み、ついにはノエミまで大泣きを始めてしまった。
「二人とも、怖かったでしょう。ここならもう安心ですよ。」
ココアごと二人を抱き締める。
「わ、わたしまで抱き締めなくても…」
「ついでです。変な無茶をするからですよ。」
「はぁ…」
抗議されるが受け付けない。
バニラ様とは何もかも違うが、やはりこの華奢な『仲間』は放っておけなかった。
「あなたもライトクラフトを使えば良かったでしょう?どうして何も準備せずに飛び降りたりしたのですか…」
「あはは。子供が船から落ちたと聞いたら準備なんてしてられませんから…」
「ああ…そうですね。愚問でした。」
これがレオンだったら、私がココアの立場だったかもしれない。
ユキが準備した毛布で三人を順番に包む。
焼き菓子を3人の前に出すが、手が伸びてこない。いつもなら我先にと、取り合いのようになる二人なのだが…
「食べて良いのですよ。それだけ反省しているなら、叱る必要もありませんから。」
ノエミとジェリーが横目で見合い、先にノエミが手を伸ばしてからジェリーも手を伸ばし、無言で頬張る。
バブルのおかげで外の音がよく聞こえず、二人が鼻を啜りながら食べる音がよく響いた。
私はずり落ちそうな毛布を押さえてやり、ユキは温かいお茶を淹れて三人に差し出す。
ココアが遠慮なく一口飲むと、二人は一気に飲み干した。
「おかわりは、いりやすかい?」
「はい。お願いします。」
遠慮してる様子の二人に代わり、ココアがお願いする。
「母さん、お風呂場の準備をして来ました。」
「分かりました。ココア、二人を連れていってあげてください。」
「はい。ジェリー、ノエミ。お風呂へ行きましょう。」
「私が3人のお世話をしますね。」
騒ぎに気付いたメイプルもやって来て、3人を誘導していった。
残った私たちは大きく息を吐き、椅子に座って焼き菓子を一つ食べる。納得の出来だが、それどころじゃなくなったのが口惜しい。
「もっと落ち着いて食べたかったですぜ…」
「もう一度、作りますよ。一度の失敗で挫けたらバニラ様に顔向け出来ませんからね。」
「ちげぇねぇですぜ。」
私とユキは笑って済ませられたが、息子達は違うようだ。
ただ見ているしかなく、何も出来なかったなら仕方あるまい。
私はレオンを、ユキはビクターを呼び寄せ、その手を握る。
「二人とも、手に負えないようならしっかりと私たちに報告するのですよ。出来ない事は悔しいですが、出来ない事を認められないと大きな失敗になることもありますからね。」
『はい…』
全くそのつもりは無いのだが、私が言うと思った以上に萎縮してしまう。これは大変よろしくない。
「まあ、今日の所は無事に済んだので、次から気を付ければ良いだけの事でさぁ。
二人がノエミの言うことを信じたのを、あたしらは咎めるつもりなんてありやせんよ。」
ユキはそう言いながら、ノエミが置いて行った海水で濡れたままの革製のボールを拾い、洗浄を掛けて綺麗にする。
「ビクター、今度は落とさないようにちゃんと一緒に遊んでやるんですぜ?」
「はい。」
ユキなら訛りが出てるところだが、ビクターはそんな事はなく、真剣な面持ちでボールを受け取った。
「母上、後どれくらいで大人用のライトクラフトを許してもらえますか?
今回の事で、今のままでは海や高所で何かあった時、あっしらではどうにも出来ない事がよく分かりましたから…」
ビクターの問いに私たちは顔を見合わせる。
遥香様は確か13、4で使っていたはずだが、二人と比べて成熟度が全く違う上に歳も下だ。
とてもじゃないがまだ許可は出来ない。
「もう5年は待ちやしょうか。ただ、それまでにバニラ様や何処かの職人が、もっと安全で使いやすい大人用のを作るかもしれやせん。
そうなれば少し早まるかも知れやせんよ。」
「分かりました…」
5年でもまだ早い気がするが、早熟な二人がこの旅で色々経験し、学べたなら大丈夫だろう。
きっとこの二人は、私たち以上になれるのだから。
「さあ、夕食の準備を始めますよ。
こういう時こそ、いつも通りを心掛けましょう。」
空の皿とカップを回収し、次の仕事を告げた。
どんなに大変な事があってもお腹は減る。育ち盛り達のために、私たちはそれぞれ秘蔵の品を出して皆を落ち着かせることに専念するのであった。
あれでノエミとジェリーは懲りてしばらく大人しくなると思いきや、そんな事もなく今日もまた海面へと飛び降りていた。
その状況に最初は私たちも肝を冷やしたが、小型とは言えライトクラフトがある限り溺れる事も無いようなのでココアがピラーを出して待機している。
まあ、ボールを落としてコッソリ拾いに行かれるくらいなら、最初から降りていてもらった方が良いのかもしれない。
泣いていたのも海に落ちたのが怖かったのではなく、私に怒られるのが怖かったようなので非常に複雑な気持ちである…
「あの肝っ玉、流石はあの二人の子供って事ですかねぇ…」
イグドラシル水をすすりながらユキが言う。
今日も日除けと風除けを用意して甲板上で寛いでいた。
「海面で遊んでる内は良しとしましょうか…」
「ですねぇ…」
他の子達はそんな事をしたがらないのを見るに、母の影響の差だろうか?
腹違いの兄弟姉妹は何人も見てきたが、貴族やそれなりの地位にある方々の子らでここまで違いはなかったように思える。
親だけでなく、姉らの影響もありそうだ。
「ココアも海上で浮いている分には落ち着けるかもしれやせんね。」
「そうですね。あれなら船酔いもしないでしょうし。」
ライトクラフトではなく、ピラーに足を乗せてボックスに座っているのはらしいと言うべきか。いざという時は、ボックスに乗せて引き揚げるそうだ。
『今、良いかしら?』
「はい。どうしましたか?」
アリスが通話器で話し掛けてきたので返事をする。通話器はテーブルの上に置いておこう。
『一段落ついたから、そろそろ一度戻るわね。』
「分かりました。変わりはありませんか?」
『んー…色々とあったけど、いつも通りよ。そっちは?』
「穏やかな休暇とはいきませんでしたよ…」
『何かあったのね…』
「ありやしたけど、まあ、丸く収まりやしたんで…」
『そう?じゃあ、大丈夫だったみたいね。
すぐに戻ることになるけど、特にヒルデには大騒ぎしないようにつたえてくれるかしら?』
「はい。わかりました。」
きっと、予想しない形で戻ってくる事になるのだろう。
この船を見た時にこれ以上の驚きはないと思ったが、海底へ行くという想像外の事態でもう何に備えれば良いのか分からなくなっていた。
『海底もとても良かったわ。まだ問題もあるけど、二人もきっと気に入るわよ。』
「そうですか。戻ってきたら詳しく聞かせてもらいますね。」
『聞くより行った方が早いかもしれないけどね。
あ、そろそろ出るみたい。じゃあ、また後で。』
「お帰りをお待ちしております。」
楽しみを抑えられそうにないアリスが通話を切った。
「そろそろ子供達を上げましょうか。旦那様達も戻ってくるようですし。」
「あたしが呼んでおきましょう。カトリーナさんはメイプルと片付けをお願いしやす。」
「分かりました。」
手分けをし、皆を迎え入れる準備をする。
寛ぐ為に散らかっていた甲板を綺麗に片付け、掃除も済ませておいた。
「みんな、どうやって戻ってくるんでしょうね。私はゲームでここまで来たことがないので、どうなっているのか想像もつきませんが。」
「見てのお楽しみという事でしょう。
きっと、事前に説明を受けるよりそちらが良いと判断されたのだと思いますよ 。
あ、来ますね。」
メイプルと話をしながら片付けをしていると、海底から昇ってくる魔力を感じる。
よく知る強大な魔力をいくつも感じ、旦那様達のものだと分かった。
急いで日除けのフロートに飛び乗り、海面を見つめる。
深い青色の海を突き破り、船を揺らし、飛沫を撒き散らしつつ、そのまま巨大な蛇は天へと昇っていった。
みるみる小さくなる巨大な蛇。どこまでも、星を、月を、太陽を掴みに行くのかと思う程に昇っていくその姿を呆然と眺めるしか出来なかった。
「確かにこれは秘密にしたくなりますねー…」
ボックスに掴まりながら登ってきたメイプル。
流石にこれは想像を越えた事態らしく、私の横で口を開いて見上げていた。
「皆様の世界では当たり前の事ではないのですか?天から地上を把握出来ると聞いていましたが…」
「宇宙へ行けるのは極一握りですよ。お金が尋常じゃないくらい掛かりますからね。」
手を翳し、空を見上げていたメイプルだが、再びボックスに掴まる。
「お風呂と軽い食事の準備をしておきますね。」
「お願いします。」
会釈をしてから、メイプルは船内へと戻っていった。
私はそのままフロートの上で皆を待つ。ゆっくりと回りながら降りてくるその様子は、天から偉大な者が蛇に乗って降臨するかのように見えた。
思わずその様子に見とれてしまっていたが、何事もなかったかのように、いつも通りに旦那様が降りてきた事で我に返る。
「お帰りなさいませ。旦那様。」
今日もエルディーでは見られない光景、得られない経験に触れ、この世界の広さ、奥深さをまた知る。
大変なこと、肝を冷やした事もあったが、この方々についてきて良かったと改めて思うのであった。
昼は普段通り、夜は私とユキが交代で船酔い組の世話をする日々が続く。
メイプルには子供達を任せたいので外れてもらい、サンドラ、アンナも製作時間を用意する為に外れてもらった。
「いやー、こう続くと昼間が眠くてたまりやせんぜ…」
何度目か分からない欠伸をしながらユキが言う。
今は私とユキしかいないので、その隙を狙っての愚痴溢しに違いない。ただ、欠伸はバッチリ見られているが。
「それも今日までですよ。」
皆、外でフロートという浮くメイプルの舞台のような魔導具を使って甲板上で過ごしていた。
そのままでは風が強くて天幕も張れないので、日陰用に小さいものをもう一段。更に木材や重石としてピラー、ボックスを駆使して風除けも作っている。ココアの発想で、ショコラとサンドラ、アンナも協力して組み上げたようだ。
「なんだか気が抜けて眠くなっちやいやしたよ…」
欠伸を噛み殺し切れぬまま喋るユキ。
ここはとても心地好く、眠くなる気持ちも分かる。
「冷えて風邪を引かないようにしなさい。」
「では、お言葉に甘えて。」
そう言うと、寝袋を出して潜り込んだと思ったら、あっという間に寝息を立て始めた。
まあ、何かおかしな気配もないし大丈夫だろう。
「ノエミ、ジェリー、落ちないようにするのですよ。」
『はーい。』
ボールで遊んでいる二人に注意するよう伝えると、この場はココアに任せ、私は午後のお菓子の準備の為に船内へ戻ることにした。
レオンとビクターも居ることだし、きっと大丈夫だろう。
焼き菓子を準備し、お皿ごと亜空間収納カバンに一時的にしまう。いつもより人は少なくとも大人数なので量はそれなりに多い。
「あー、申し訳ございやせん。思った以上にぐっすり眠っちまってやした…」
私に気付いたユキが慌てて寝袋を片付け始める。流石に慣れない環境での寝ずの番は堪えているようだ。
「構いませんよ。その代わり、明日はユキに頼みますから。」
「いやぁ、そろそろ旦那達も戻ってくるでしょうし…」
「では、貸し一つという事で。」
「準備はあたしがしやすよ。午後からは皿洗いくらいしかしてねぇんで。」
そう言って、カバンを引ったくるように私から奪い、中身を確認する。
「焼き菓子とお茶ですかい。けっこう冷えて来ましたから温かいのは助かりやすぜ。」
【バブル】
そう言ってからテーブルを中心に魔法を展開する。バブルの中は外と比べたら暖かく、のんびりするにはちょうど良さそうだ。
「こんな使い方も出来るのですね。」
「ココアに相談して、ちょっと改良してもらいやした。」
「海中ではどうなのでしょうね?」
「それは潜ってみないと分かりやせんね…」
穏やかに空気が廻っており、とても過ごし安い。これは油断してはいけない空間だ。
「では、皆を呼んできましょう。」
話をしている間に準備を終えたので、私が呼びに行くことにする。
「お願いしやす。あたしは椅子を準備しておきやすね。」
風除けから向こうを見ると妙に静かだ。いや、静かすぎる。子供達の姿がないではないか!
「っ!」
胸騒ぎがして、ライトクラフトを取り出して走り出す。走りながら装着し、子供達の気配の方、フロートの端へと向かった。
「どうしましたか?」
努めて冷静に、慌てずに声を掛ける。不安が杞憂ならそれで良い。
「ノエミがボールを拾いに行ってしまって…」
あんな小さな子がこの荒れた海に!?
想像を越えた事態に、血の気が引くのを感じる。
娘同然に扱っているが、何かあってはジュリアに面目が立たないし、一家で生きていける気がしない…
「ど、どうして誰も呼ばなかったのですか!?」
「ノエミがどうしてもと言って聞かなくて…」
ああ…普段から私が叱り過ぎたせいだろうか?
きっと、ジュリアか旦那様が居たらこんな事にはならなかったはずだ…
二人が甘やかしがちな分、キツく接しているのが裏目に出てしまう。
「こ、ココアは?」
「ジェリーも降りたと聞いて、慌てて飛び降りてしまいました…」
「わ、分かりました。レオンはユキに伝えて後の準備を、ビクター、三人はどの辺りに?」
「ボールが風に流されて後ろ側に…」
「また風や波が荒れないとは限りません。戻ってくるまでユキの所に居るのですよ?」
『はい…』
どうしても強く言い聞かせるような言い方になるのは良くない。良くないが、私にはこんな言い方しか出来なかった…
悔しさを抱えながらゆっくりと降下していく。何処だ?何処にいる?
旦那様ほど感知に優れず、ハルカ様ほど目が良くない。それが今日ほど口惜しいと思った事はなかった。
船の方を見ながら海面付近を横向きに移動する。
すると、船尾の辺りにしがみついているココアの姿を見つけ、急いで向かった。
ボールを抱えているがライトクラフトが動いていないノエミ。ジェリーも同じようだ。
ココアはライトクラフトを着けず、魔法を維持するのが精一杯のようで、二人を捕まえて身動きが取れなくなったようだ。この急な時の後先の考えなさはやはりバニラ様と同じである。
「よく頑張りましたね。でも、もう少し耐えてください。」
海は冷たく荒く、体温を容赦なく奪う。
それを恐れてバブルで身を守っているようだが、ココアは船体に意図して付けられたであろう梯子状の突起物に足を引っ掻けているだけで、返事をする余裕などない。
船酔い体質のあるココアにとって、海水の影響を回避出来てもこの状況は過酷すぎるのだろう。
念の為、二人の小型ライトクラフトに固定用器具を取り付け、私と離れないようにする。
魔石の力が尽きたのかと思ったがそうではない。恐らく、飛び過ぎないように抑えていたのが裏目になったのだろう。私を含め、皆が普通に空を飛ぶから、自分達も出来ると思って降りてしまったのかもしれない。
「体を委ねて下さい。」
バブルの中に入り、船に体を押し付けているココアに言う。よく見ると、ノエミがしっかりと梯子状の物を掴んでいた。どうやら、ココアの小さな体躯では二人を抱えたままでは掴めない為、力のあるノエミに支えてもらっていた様である。
体が小さい事がこんな形で災いするとは思いもしなかったに違いない。
「ノエミ、もう大丈夫だから。」
「うん…」
ノエミがココアに小さな声で返事をして手を離すと、三人分の重みが私の体に伝わってきた。
安堵と共に離してはならないという使命感が生まれ、ゆっくりと船体から少しだけ離れてフロートまで戻ってくる。途中で安心してしまったノエミがべそをかき始め、ジェリーも泣き出してしまう。
その二人を抱き締めたまま、『大丈夫、大丈夫だから。』とココアは慰め続けていた。
「こっち!こっちへ!」
両手を振るユキに誘導され、お菓子とお茶の準備をしていた場所にまで戻る。
三人を降ろすと揃ってその場でへたり込み、ついにはノエミまで大泣きを始めてしまった。
「二人とも、怖かったでしょう。ここならもう安心ですよ。」
ココアごと二人を抱き締める。
「わ、わたしまで抱き締めなくても…」
「ついでです。変な無茶をするからですよ。」
「はぁ…」
抗議されるが受け付けない。
バニラ様とは何もかも違うが、やはりこの華奢な『仲間』は放っておけなかった。
「あなたもライトクラフトを使えば良かったでしょう?どうして何も準備せずに飛び降りたりしたのですか…」
「あはは。子供が船から落ちたと聞いたら準備なんてしてられませんから…」
「ああ…そうですね。愚問でした。」
これがレオンだったら、私がココアの立場だったかもしれない。
ユキが準備した毛布で三人を順番に包む。
焼き菓子を3人の前に出すが、手が伸びてこない。いつもなら我先にと、取り合いのようになる二人なのだが…
「食べて良いのですよ。それだけ反省しているなら、叱る必要もありませんから。」
ノエミとジェリーが横目で見合い、先にノエミが手を伸ばしてからジェリーも手を伸ばし、無言で頬張る。
バブルのおかげで外の音がよく聞こえず、二人が鼻を啜りながら食べる音がよく響いた。
私はずり落ちそうな毛布を押さえてやり、ユキは温かいお茶を淹れて三人に差し出す。
ココアが遠慮なく一口飲むと、二人は一気に飲み干した。
「おかわりは、いりやすかい?」
「はい。お願いします。」
遠慮してる様子の二人に代わり、ココアがお願いする。
「母さん、お風呂場の準備をして来ました。」
「分かりました。ココア、二人を連れていってあげてください。」
「はい。ジェリー、ノエミ。お風呂へ行きましょう。」
「私が3人のお世話をしますね。」
騒ぎに気付いたメイプルもやって来て、3人を誘導していった。
残った私たちは大きく息を吐き、椅子に座って焼き菓子を一つ食べる。納得の出来だが、それどころじゃなくなったのが口惜しい。
「もっと落ち着いて食べたかったですぜ…」
「もう一度、作りますよ。一度の失敗で挫けたらバニラ様に顔向け出来ませんからね。」
「ちげぇねぇですぜ。」
私とユキは笑って済ませられたが、息子達は違うようだ。
ただ見ているしかなく、何も出来なかったなら仕方あるまい。
私はレオンを、ユキはビクターを呼び寄せ、その手を握る。
「二人とも、手に負えないようならしっかりと私たちに報告するのですよ。出来ない事は悔しいですが、出来ない事を認められないと大きな失敗になることもありますからね。」
『はい…』
全くそのつもりは無いのだが、私が言うと思った以上に萎縮してしまう。これは大変よろしくない。
「まあ、今日の所は無事に済んだので、次から気を付ければ良いだけの事でさぁ。
二人がノエミの言うことを信じたのを、あたしらは咎めるつもりなんてありやせんよ。」
ユキはそう言いながら、ノエミが置いて行った海水で濡れたままの革製のボールを拾い、洗浄を掛けて綺麗にする。
「ビクター、今度は落とさないようにちゃんと一緒に遊んでやるんですぜ?」
「はい。」
ユキなら訛りが出てるところだが、ビクターはそんな事はなく、真剣な面持ちでボールを受け取った。
「母上、後どれくらいで大人用のライトクラフトを許してもらえますか?
今回の事で、今のままでは海や高所で何かあった時、あっしらではどうにも出来ない事がよく分かりましたから…」
ビクターの問いに私たちは顔を見合わせる。
遥香様は確か13、4で使っていたはずだが、二人と比べて成熟度が全く違う上に歳も下だ。
とてもじゃないがまだ許可は出来ない。
「もう5年は待ちやしょうか。ただ、それまでにバニラ様や何処かの職人が、もっと安全で使いやすい大人用のを作るかもしれやせん。
そうなれば少し早まるかも知れやせんよ。」
「分かりました…」
5年でもまだ早い気がするが、早熟な二人がこの旅で色々経験し、学べたなら大丈夫だろう。
きっとこの二人は、私たち以上になれるのだから。
「さあ、夕食の準備を始めますよ。
こういう時こそ、いつも通りを心掛けましょう。」
空の皿とカップを回収し、次の仕事を告げた。
どんなに大変な事があってもお腹は減る。育ち盛り達のために、私たちはそれぞれ秘蔵の品を出して皆を落ち着かせることに専念するのであった。
あれでノエミとジェリーは懲りてしばらく大人しくなると思いきや、そんな事もなく今日もまた海面へと飛び降りていた。
その状況に最初は私たちも肝を冷やしたが、小型とは言えライトクラフトがある限り溺れる事も無いようなのでココアがピラーを出して待機している。
まあ、ボールを落としてコッソリ拾いに行かれるくらいなら、最初から降りていてもらった方が良いのかもしれない。
泣いていたのも海に落ちたのが怖かったのではなく、私に怒られるのが怖かったようなので非常に複雑な気持ちである…
「あの肝っ玉、流石はあの二人の子供って事ですかねぇ…」
イグドラシル水をすすりながらユキが言う。
今日も日除けと風除けを用意して甲板上で寛いでいた。
「海面で遊んでる内は良しとしましょうか…」
「ですねぇ…」
他の子達はそんな事をしたがらないのを見るに、母の影響の差だろうか?
腹違いの兄弟姉妹は何人も見てきたが、貴族やそれなりの地位にある方々の子らでここまで違いはなかったように思える。
親だけでなく、姉らの影響もありそうだ。
「ココアも海上で浮いている分には落ち着けるかもしれやせんね。」
「そうですね。あれなら船酔いもしないでしょうし。」
ライトクラフトではなく、ピラーに足を乗せてボックスに座っているのはらしいと言うべきか。いざという時は、ボックスに乗せて引き揚げるそうだ。
『今、良いかしら?』
「はい。どうしましたか?」
アリスが通話器で話し掛けてきたので返事をする。通話器はテーブルの上に置いておこう。
『一段落ついたから、そろそろ一度戻るわね。』
「分かりました。変わりはありませんか?」
『んー…色々とあったけど、いつも通りよ。そっちは?』
「穏やかな休暇とはいきませんでしたよ…」
『何かあったのね…』
「ありやしたけど、まあ、丸く収まりやしたんで…」
『そう?じゃあ、大丈夫だったみたいね。
すぐに戻ることになるけど、特にヒルデには大騒ぎしないようにつたえてくれるかしら?』
「はい。わかりました。」
きっと、予想しない形で戻ってくる事になるのだろう。
この船を見た時にこれ以上の驚きはないと思ったが、海底へ行くという想像外の事態でもう何に備えれば良いのか分からなくなっていた。
『海底もとても良かったわ。まだ問題もあるけど、二人もきっと気に入るわよ。』
「そうですか。戻ってきたら詳しく聞かせてもらいますね。」
『聞くより行った方が早いかもしれないけどね。
あ、そろそろ出るみたい。じゃあ、また後で。』
「お帰りをお待ちしております。」
楽しみを抑えられそうにないアリスが通話を切った。
「そろそろ子供達を上げましょうか。旦那様達も戻ってくるようですし。」
「あたしが呼んでおきましょう。カトリーナさんはメイプルと片付けをお願いしやす。」
「分かりました。」
手分けをし、皆を迎え入れる準備をする。
寛ぐ為に散らかっていた甲板を綺麗に片付け、掃除も済ませておいた。
「みんな、どうやって戻ってくるんでしょうね。私はゲームでここまで来たことがないので、どうなっているのか想像もつきませんが。」
「見てのお楽しみという事でしょう。
きっと、事前に説明を受けるよりそちらが良いと判断されたのだと思いますよ 。
あ、来ますね。」
メイプルと話をしながら片付けをしていると、海底から昇ってくる魔力を感じる。
よく知る強大な魔力をいくつも感じ、旦那様達のものだと分かった。
急いで日除けのフロートに飛び乗り、海面を見つめる。
深い青色の海を突き破り、船を揺らし、飛沫を撒き散らしつつ、そのまま巨大な蛇は天へと昇っていった。
みるみる小さくなる巨大な蛇。どこまでも、星を、月を、太陽を掴みに行くのかと思う程に昇っていくその姿を呆然と眺めるしか出来なかった。
「確かにこれは秘密にしたくなりますねー…」
ボックスに掴まりながら登ってきたメイプル。
流石にこれは想像を越えた事態らしく、私の横で口を開いて見上げていた。
「皆様の世界では当たり前の事ではないのですか?天から地上を把握出来ると聞いていましたが…」
「宇宙へ行けるのは極一握りですよ。お金が尋常じゃないくらい掛かりますからね。」
手を翳し、空を見上げていたメイプルだが、再びボックスに掴まる。
「お風呂と軽い食事の準備をしておきますね。」
「お願いします。」
会釈をしてから、メイプルは船内へと戻っていった。
私はそのままフロートの上で皆を待つ。ゆっくりと回りながら降りてくるその様子は、天から偉大な者が蛇に乗って降臨するかのように見えた。
思わずその様子に見とれてしまっていたが、何事もなかったかのように、いつも通りに旦那様が降りてきた事で我に返る。
「お帰りなさいませ。旦那様。」
今日もエルディーでは見られない光景、得られない経験に触れ、この世界の広さ、奥深さをまた知る。
大変なこと、肝を冷やした事もあったが、この方々についてきて良かったと改めて思うのであった。
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毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。
誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。
また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。
僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。
不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。
他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います
転生したら神だった。どうすんの?
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転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
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ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
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ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
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【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
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ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
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主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
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俺、空田広志(そらたひろし)23歳。
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何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。
それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
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