召喚者は一家を支える。

RayRim

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第2部

26話

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 家族会議の結果、もう4日、5日ほどここに滞在する事となった。
 とは言え、後衛組はすることがないので、1日観光をしてからの入れ換えとなる。
 オレも付き合ったが、これといった事も起きず、無事に1日を終えられた。

 一般マーマンの性格は、北部で一緒に戦場に立った農民たちに近いだろうか。純朴で仕事に一生懸命で少しマイペース、そんな印象である。
 海底の岩を綺麗に磨いた食器や、小型とは言い難い小型魚の骨を加工した串やフォークなんかも売っていた。
 海鮮料理用に少し買い込み、ちょっとした料理に役立ちそうな小型コンロも買ってしまう。商売上手め。

 基本的に純朴とは言え、戦士たちは話が変わってくる。梓が鎌倉武士と例えたように、とにかく豪胆で真っ直ぐ。何かあれば、すぐに誇りを賭けてしまいがちなのは厄介だ。
 腹芸はせずに付き合ってくれるのは気楽なのだが、酒を飲ませたら力比べが止まらなくなってしまうのには困る…
 遥香、柊、フィオナ、ジュリアにこてんぱんにされた事は、酒を飲まないオレたちと介抱した人々の胸の内にしまうことにした。こてんぱんだったが、ここの食を支えているのは間違いないからな。
 このマーマン達との交流は、新たな絆を一家にもたらした気がする。

 神殿で戦士たちが二日酔いで潰れている中、ミニ蛇がダンジョンから空中を泳いでやって来た。

『酷い有り様だ。飲まれるほど飲むとは情けない。』
『りゅ、龍神様!?』

 介抱していた者たちがその場にひれ伏した。
 こいつも外に出られるのか。

『お前たちは本当に規格外だな。
 使用料として少しだけ力を貰ったが、リソースがとんでもない量になったぞ…』
「サクラと同じか。」
『なんだ。他にもいるのか?』
「船にいる。興味があるなら連れてくるが。
 恐らく、向こうも興味はあると思うぞ。」
『ダンジョンマスターが入ると何が起きるか分からぬが、大丈夫だろう。』

 交代の際に連れてくるとしよう。

「龍神さん、そんな話をしに来た訳じゃないんでしょう?」

 アリスが脱線を察して修正する。
 龍神さんか。間違ってミニ蛇とか言わないようにしよう。

『そうだ。ダンジョンの内部を少し変えた。1層なら子供が入り込んでも大丈夫だろう。』
「間違って2層に行くことは?」
『考えておる。相応の身体能力が無くては次の階層へは進めんよ。』

 足切りを用意したか。それなら大丈夫そうだな。

「うちの子は越えちゃいそうね…」
『お前らは子供もおかしいのか。』

 もうちょっとマシな言い方をして欲しい。
 だが、まあ、否定は、できない…

「失礼ね。私の子は私に似てまともよ。」

 いや、何かとすぐ転ぶのはそれはそれで心配だが…

「わたしの子もまともだぞ。」

 バニラ以外の視線がオレに集まる。

「ジェリーの事だろ。」
『そうでしたね。』

 唐突な隠し子疑惑に背筋が凍った。
 他に誰が居るんだ、と不満げなバニラだが、紛らわしい言い方は止して欲しい…

「うちの子はダンジョンを壊さないと良いけど…」
『お前共々出入り禁止にしたいのだが。
 管理用の部屋の入口を破壊した事、生涯忘れぬからな。』

 気まずい表情になるジュリア。遥香とアクアは口笛を吹いて誤魔化していた。
 遥香もいつの間にか吹けるようになってるな。

「まあ、このスープで許してくれ。串焼きもセットだ。」
『ふん。龍神と崇められる我を食い物で釣ろうなど…』

 それぞれ一口食べるごとに一瞬止まり、出されたものをペロリと食べ終える。

『もっとないのか?』

 龍神さまは秒で釣られてしまった。
 大きな器にスープを盛り、夜に仕込んだミニ串を放出する。

「ダンジョンの海藻とシャコのスープが気に入ったようで何よりだ。ミニ串は魚のすり身だよ。」
『必要なのはスパイスというヤツだな。ここでは作れぬし、保管もできないのが残念だ。』
「ダンジョンマスターは物を食べないと思っていたが、そんなこともないんだな。」
『どちらでも良い。正確には意味がない、というところか。』
「なるほどな。」

 リソースが得られれば、他は関係ないという事なのだろう。

「交易でも出来ればね。」
『交易ですか…』

 アリスの横に座っているマーマンの案内役だった女性、ミンスリフが考え込む。
 娼婦が、と門番が吐き捨てるように言っていたが、実務にも関わっているようなのでそんな感じはしないな。
 ちなみに、召喚者組でも話は通じても聞き取れないようなので、オレが通訳として仲介している。

「食べる為の魚を特産品に、とはいかないよねー。私たちは食べるけど、あなたたちは食べないみたいなのが良いと思うんだけど。」
「珊瑚や真珠でもあれば、とは思うが、あれはもっと南方が向いている。」
「しんじゅ?」
「あー、そっか。あれもちゃんと育てないとダメなんだっけ?
 貝の中に入ってる丸い珠だよー。私たちの故郷じゃ装飾品にしてたんだー」
「どう使うのかしら?」

 食い付いたのはアリス。ミンスリフも興味深そうに聞いている。

「白くて目立つから耳飾りや、数珠繋ぎ…幾つも繋げてネックレスにしたり、一つだけ使ってペンダントにしたりだねー。」
「面白そうね。」
『真珠自体は存じてますが、なるほど。
 手に入れられたら装飾職人にお願いしてみましょうか。』

 出会った時から目を引く姿なだけあり、ミンスリフも見た目を気にしていそうだ。
 他の女性マーマンも耳を傾けているが、それほど見た目は派手じゃないな。

「マーマンの装飾品は北方エルフに近い気がするんだよねー。
 素材をさほど加工せずに使っている感じとか。」
『陸上のように製鉄や精錬が出来ぬからな。槍も骨を加工して使っておる。』

 フィオナがトライデントを破壊した時に凄まじい音を立てていたが、あれも骨なのか…

『金属は作れぬが錬金術は使える。陸上よりもそれだけは発展しているかもしれぬな。』
「教えを乞いたいな。」
『タダで教えるわけにはいかぬ。ブラックドラゴンの首と引き換えなら良いぞ。』
「ドラゴンの首と来たか…」

 恐らく、ここに来る前に感じた強大な魔力の事だろう。
 あれを落とすのは、空中戦が出来ないと無理そうだ。

「皆がダンジョンに挑む間に対策を考えるか。」

 と言うと、全員が信じられない物を見るかのようにオレを見た。

『正気か!?天どころか海すら支配する生物の頂点だぞ!?』
「流石にドラゴンは無理だろう?ましてや空じゃ不利すぎる。」

 龍神もバニラも勝ち目がないと思っているようだ。

「そんな事はないと思うが。ヒルデなら一人でも勝てると思うぞ。」
『は!?』

 全員が、装備を作った梓さえ信じられないという顔をする。

「待って、おとーちゃん。確かに、機動力も火力も備えているけど、ドラゴンの無尽蔵なパワーとスタミナ相手じゃ一人は…」
「代替わりしてなければな。来る途中、感知に掛かったが、魔力は脅威になるレベルじゃなかった。」

 身を強張らせる龍神。
 しばし固まったと思いきや、首をブンブンと振って気を取り直す。

『代替わり、と言ったか?ドラゴンなのにか?』
「プレッシャーは感じたが弱かったからな。
 成体ですらない可能性もある。」
『そうか。ならば我を、この我の分体を連れていけ。必要な時以外は眠っているだけだからそのつもりでな。』

 分体だったか。流石にダンジョンからはそう出られないようだ。

「分かった。」
「すぐに戻りたいでしょうけど、1日待ってちょうだい。」

 アリスに帰還を止められる。

「どうした?」
「まだ、この町のこと見ていないわ。それからでも遅くないでしょう?」

 そういう事か。それなら大丈夫だろう。

『帰る際は分体に伝えよ。しっかり送ってやろう。』

 と、上に戻る方法を得たところで陛下に挨拶へ伺う事にした。
 望むものをなんでも一つ、という約束もあるからな。




『よくぞ戻られた。勇敢で偉大なる戦士たちよ!話は既に聞いておるぞ!』

 陛下が玉座で両手を広げ、誉め称えてくれる。
 まあ、勇敢で偉大なる、と言われるとそんな事はない攻略法だったが…
 龍神様はオレの腕に巻き付き、アクセサリーのようになって眠っている。この場で何か言うつもりはないようだ。

『では、約束通りに一つ望むものを差し上げよう。何がよろしいか?』

 これについては既に決めてあり、異論が出る事もなかった。

「この地の戦士が用いる一般的なトライデントを一本所望いたします。
 きっとサハギン達が用いた物より優れているのでしょう。我々には作れぬ代物、持ち帰って今日の日の記念にします。それと…」
『無礼な!一つだけという陛下の』
『待て、話を聞こうではないか。』

 追加を言おうとしたところで、側近が声を荒らげて制止しようとするが、陛下がやんわりと続きを促して下さる。

「ありがとうございます。
 …それと、なんでも、というのはこれっきりにしてください。我々は過ぎた欲が身を滅ぼすことを知っておりますので多くは望みませぬが、他はそうとは限りませぬので。」
『おお!そうか。ハハハ!これは迂闊だったのう。』

 左手で自分の額をペチペチ叩き、反省する陛下。側近たちも気が気でなかったようで、ずっとピリついていたものが解消された。
 賢王とは程遠いようではあるが、敬うべき御仁ではある。フェルナンドさんと気が合いそうだな。

『異邦の戦士を甘く見すぎたワシのミスだ。反省するとしよう。』

 …いや、意外と食えないな。この王様。
 無理難題を言って気を損ねていたら、大変なことになっていたかもしれない。

『お詫びに上質なトライデントを差し上げるとしよう。普通のものでは飾るには少し寂しいからな。』
「ありがたき幸せにございます。」

 跪いたまま深く頭を垂れると、陛下が一本のトライデントを差し出す。玉座の裏にあったようだな。
 だが、それは非常に上品な蒼をまとい、三叉の穂先も、柄も、貝殻の飾りも、今まで見たどのトライデントよりも美しかった。

『これを差し上げよう。由緒はあるが所詮は儀礼用。いくらでも代えは作れるからな。ハハハ!』
「謹んで、頂戴いたします。」

 フェルナンドさん以上に豪快、かつ腹の底が見えない。そういう印象を植え付けられた。
 戦士たちの長として、この場に君臨するだけの事はあるな。

『ところでヒガン殿。ワシからも頼みがあるがよろしいか?』
「出来ることでしたら何でも。」
『うむ。一つはワシと手合わせを願いたい。龍神様が認めた力、試させて欲しい。』
「かしこまりました。では、リーチが近い得物のソニアに相手をさせましょう。」

 ソニアが驚いた様子で体をビクッとさせる。
 他に適任がいないんだ。許せ義妹よ。

『ふむ。もう一つは可能であるなら、交易の件について、陸のものと渡りを付けて欲しい。』
「交易となりますと、越えねばならぬ技術的な問題が多いので、すぐにという訳には…
 ですが、その件を含めて、有力者に持ち掛けてみようかと思います。」
『感謝する。
 恥ずかしながらこの地は停滞し、淀みが生まれておる。ヒガン殿たちの来訪はそれを改善する激流となる事を信じておるぞ。』

 ウェンドルガ陛下との謁見を終え、梓と後衛組は最後にミンスリフに案内されて町の見物へと繰り出す事に。前衛組は改良ダンジョンに挑むらしいが、その前にソニアと陛下の試合を見ておく事になった。

「ルールは如何しましょう。魔法、スキル有り無しなど色々ありますが。」
『魔法なし、スキルは自己強化のみとする。良いか?』

 そう伝えるとソニアも頷き、亜空間収納から模擬戦用の棒を取り出した。

「私の準備はできております。いつでもよろしいですわ。」

 立つと分かる陛下の大きさ。座っていた時は、距離と玉座の大きさのせいで、正確に認識出来ていなかったようだ。
 ソニアがめちゃくちゃ小さく感じる。

「じゃあ、私が審判するよ。」

 名乗り出たのは柊。熱くなりすぎたら強引に止められそうだし、適任だろう。

「贔屓もしてくださらないので信頼できますわ。」
『そうか。それなら安心だ。』

 互いに不敵な笑みを浮かべるが、それはすぐに、同時に消え、張り詰めた空気がこの場を支配する。
 これほどのプレッシャーのぶつかり合いは久し振りで、横にいたアリスがオレの手を強く握り締めてくる。

「ソニアが勝つよ。」
「うん。分かってるけど…」

 可愛い妹を信じているが不安なのだろう。気持ちは分かる。

「はじめ!」

 柊の合図と共に、挨拶代わりと言わんばかりの強烈な一撃同士のぶつかり合い。
 互いに引かず、押されず、いきなり膠着状態が生まれた。
 無言の力と技術による対話。もはや、オレの理解の及ばない領域の、達人同士の対話である。
 同時に飛び退き、構えて止まる。いや、足が、得物の先が微かに動いており、牽制し合っていた。
 焦れたのか、力量の読み合いを制したのか、先に動いたのはソニアだった。
 右に一歩ステップしてから大きく踏み込んでの突き。陛下も読んでいたのか、トライデントで叩き落と…落とせず空振りした。反射的に振り上げた所を狙っての一突きに、驚愕の表情を見せて飛び退くが、ソニアの猛攻は止まらない。
 的確に急所を狙い、突きを繰り出していく。身長差などものともしない連続突きに、巨体の陛下がたじたじとなる。
 だが、それを捌き切る陛下も凄い。息の続く限りの連撃を浴びせたところで、陛下を蹴り飛ばして距離を取った。

 見ていたマーマン全員が目を点にしており、静まり返っている。
 小さなディモスに大きな陛下が押されている。反撃ができない。蹴り飛ばされた。
 その事実は、マーマン戦士達に強い衝撃をもたらす。
 誰も声が出せない。出す言葉が思い付かないようだ。

【闘気】【槍術の極致】
【闘気】【棒術の極致】

 二人の切り札。
 転生していないのに陛下も極致持ちとは…そりゃ、ソニアの攻撃を凌げる訳だ。

 始まる閃光の如き二人の打ち合い。
 互いの体力が続く限りの汗と血が飛び散る猛攻。猛攻を猛攻で凌ぐギリギリのせめぎ合いは、経験によるスタミナの消耗差が勝敗を決めた。

「ワシの勝ちだな…」
「参りました…」
「勝負あり!」

 棒が弾き飛ばされたソニアが降参し、柊が手を上げて決着を宣言する。
 顔も服も傷だらけで痛々しい。陛下もだいぶ打ち込まれたようで、かなり痛そうだ。

「娘よ。お主とは二度と戦いたくないな…」
「勝ち逃げはズルいですわ…」

 言葉が正確には伝わっていないかもしれないが、ちゃんと分かり合っていた。
 ギリギリの差だったようで、陛下もトライデントを落とし、その場に座り込む。
 ようやく歓声が上がる。
 それは陛下の勝利に、ではなく、今の戦いへの称賛のようだった。

 ソニアが握手を求めると、陛下は首を傾げるが意図をすぐに理解し、大きな手で握り返した。
 マーマンからはミンスリフが、こちらからはアリスが走って二人の側に駆け寄り、アリスは愛する妹を力一杯抱き締めた。
 ソニアの学生時代には叶わなかった大舞台での一戦。それは残念ながら敗北で終わったが、観衆の戦士たちを虜にする一戦だったようだ。

「お父さんはこうなるの分かってたの?」
「まさか。武器が近いから選んだだけだよ。」

 遥香に言われ、正直に答える。

「今でも闘技大会に出れなかったことが心残りみたいだから。」
「そうだったか…」

 姉に抱き締められたソニアは恥ずかしそうに離れるが、目からは光るものが零れていた。
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