召喚者は一家を支える。

RayRim

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第2部

10話

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 宿以上に酷い臭いが立ち込める冒険者ギルド。
 ルエーリヴと東部もあまり綺麗ではなかったが、ここに比べれば天国だ。

「一生思い出に残る初デートですね…」
「こんなものをデートと言うな。」

 ただの聞き込みであって、断じてデートではない。流石にオレも、もっとマシな場所を選ぶぞ…

 正面の北方エルフの受付嬢の元へ歩いて行こうとすると、モヒカン、スキンヘッド、ロン毛の北方エルフがオレの行く手を阻んだ。
 何処で仕入れたそのセンス。

「おう、オッサン、見ねぇ顔だなぁ?」

 と、左のモヒカン。

「余所者か新入りか知らねぇが、挨拶なしとは良い度胸だなぁ!ああん!?」

 と、右のロン毛。

「オレたちの縄張りで活動するってぇなら、出すもん出して貰わねぇとなぁ!?」

 と、中央のスキンヘッド。
 声が無駄にデカイので、リリが後ろで耳を塞いでいる。
 しかし、この髪型のセンスは何処で得たんだ?
 気にはなるが、対処を優先しよう。

「おお、そうか。それは気が利かなかったな。
 生憎、持ち合わせが少なくてな。現物で悪いが…」

 精錬されたオーバーブルーメタルを取り出して、2度、3度宙に放る。床が石造りで良かったよ。
 それを見たリリが、口をパクパクさせているのを気配で感じ取った。

「これで良いか?
 エルディーで高値で取引されている、とても貴重なインゴットだぞ。」

 キラキラと輝く青いインゴット。ただのブルーメタルでは出せない輝きに、3人は目を奪われる。

「り、リーダー、こいつぁきっとど偉い品物にちげぇねぇ!」
「あ、ああ、こんな綺麗な金属見たことねぇよ!」
「そ、そうだな!よし、それで許してやろうじゃねぇか。」

 この後の事を想像し、自然と笑みが浮かぶ。

「貴重な品だから傷付け無いようにな。」
 
 スキンヘッドの胸元に放ると、何が起きたのか分からない表情でブルーメタルのインゴットに薙ぎ倒された。

『り、リーダー!?』
「う、うおおお!?」

 潰れるのを耐えてみせた。なかなか鍛えているじゃないか。
 横の二人も手伝うが、持ち上がらない。

「大袈裟だな。ただのインゴットじゃないか。」

 そう言いながら、ブルーメタルをつまみ上げる。
 その様子に、三人の顔が青ざめていく。やばい、こわい、まずい。そんな所だろうか?

「それとも何か?オレがとんでもない物を押し付けたと、難癖でもつけるつもりだったのか?どうなんだ!?」

 主導権を握ったのを確信し、一転攻勢。
 良い歳の男3人、揃って涙目になっていた。

『も、申し訳ございやせんでしたー!』

 綺麗な土下座で謝罪をしてくれた。
 なかなか素直じゃないか。そういうのは好きだぞ。

「脅して悪かったな。他の無関係な連中も騒がして悪かった。
 これで美味いもん食ってくれ。」

 スキンヘッドに小金貨を1枚渡そうとすると、恐る恐る受け取る。流石に金貨の偽造はしないぞ。

「ありがとうごぜいやす!ありがとうごぜいやす!
 おい、おめぇら!この方のご厚意に預かろうじじゃねぇか!」
「あ、あの!ご無礼ながらお名前は…」
「ヒガンだ。ヒガン一家のヒガン。よろしくな。」

 名乗った途端、3人の顔色が悪くなっていき、泡を吹いてぶっ倒れた。



 たむろって居た冒険者達は、依頼受け付けをほっぽって昼飯を食いに行ってしまったので、代わりにいくつか納品を行ってからの情報収集となった。
 成り行きで、おマヌケ3人組も同席していた。

「政治体制が変わっていたのですね…」

 事情を知ったリリが、顎を親指で撫でながら呟いた。妙な癖があるな。
 政変が起きたのは10年ほど前らしく、その頃から徐々に活気を失って行ったとの事。
 冒険者ギルド内で共有された情報だが、打てる手も無いので外に出していなかったようだ。
 勘違いして傭兵紛いの事をさせない為のようで、これは冒険者の互助会に過ぎないギルドの手には負えない問題だ。

「地方自治の集合体から中央集権か…」
「エルディーは、中央集権から地方分権へと逆の事をやっていますよね。何故その考えに至ったのですか?」

 聡明なリリだが、5年の旅暮らしで王都の事情が把握できていないようだ。

「オレは陛下、元陛下と親しいが政治はさっぱりだぞ。だが、なんとなく事情は分かる。」

 遥香やリリのように直に地方の暮らしは見ていないが、この10年ただ王都に居た訳ではない。

「下地が整ったんだよ。中央と地方が同じになれるな。通話器、ライトクラフト、ロードヒーティングの登場が一気に進めたんだろう。
 通話器とライトクラフトで中央から地方への伝達が迅速に、ロードヒーティングで冬場は各地が孤立する状況が解消された。」
「あの口悪ディモスが変革を後押ししたのですね…」
「あと、梓のやったネジや釘とかの共通規格化も重要だと思うんだよ。こっちの町の部品はあっちの町では使えないとか困るだろ?」
「そうですね…」
「エルディーは進んでいると聞いていましたが、そこまでとは…」

 受付嬢の北方エルフが驚いた様子で呟いた。

「西も東もその恩恵を受けております。南は…その必要がないと言いますか…」
「南部は独特ですからね…」

 南方エルフは本当に変わり者扱いだな。
 ただまあ、忌み嫌われている、という訳ではなく、物差しで計れないという感じだが。
 ノラとの付き合いも長くなったが、出会った頃に比べてだいぶ落ち着いてきた気がする。
 まあ、大の字でパンツ見せながら昼寝しているのはなんとかしてもらいたいが…

「中央集権化という事は、反発も大きかっただろう?」

 受付嬢は首を横に振る。

「いつの間にか全てが終わっていた様子でした。ギルド内での連携も阻害され、領主達の間であっという間に決着したようです。」
「取引の内容が気になるが…知る術も無さそうだな。」

 エルディーが中世から近代への最中なら、ここは古代から中世へという状況だろう。全てにおいて、あまりにも差がある。

「英雄様のお噂は伺っております。この北部にも何卒…」

 ダメ元なのだろう。受付嬢がエルディーの様な発展を願う。それは明らかに越権であり、そして、こんな末端の一支部からではどうにもならない。

「無理だ。地盤も人脈もない北部じゃ出来ることなんて無いからな。」
「そうですか…」

 期待はしていなかっただろう。だが、もしかしたら、というくらいは思っていたはずだ。
 しょんぼりしているのは、おマヌケ3人組も同様だ。

「あっしらにも英雄の旦那の1/10でも知恵や力があれば…」
「だったら、まずはあんな真似はやめるんだな。新人、余所者をイビっても損しかないぞ。」
『へ、へぇ…』

 北方らしい返事をする3人組。先ずは心を入れ換えてもらいたいものだ。

「旦那、いったい何をしでかしたんですかい?」

 呆れるユキとフィオナがやって来て、事情を尋ねられた。

『ハァッ…!』

 おマヌケ3人組がユキの姿を見て、顔を赤くする。うちの嫁に惚れるんじゃない。

「この3人に絡まれてな。そのお詫びに昼飯を振る舞っただけだよ。」
「それで食堂が冒険者だらけになっていたのですね…」

 眉をひそめ、納得した様子でオレを見るフィオナ。その顔は特に文句はないと思いたい。 
 ロン毛はフィオナの方を見ているようだ。

「お二人は何か得られましたか?
 私たちは政体の変化があった、という話を聞いたところですが…」
「詳しく聞かせてくだせい。」
「…分かりました。では、落ち着くために改めてお願いします。」

 この場はリリに仕切らせた方が良さそうだな。



 という事で、ユキが準備したお茶と軽食を振る舞いつつ、政体の変化からのあれこれを受付嬢からしてもらった。

「外との交易、依頼の制限に、税率の引き上げ、軍役の延長か…」
「冬は雪で閉ざされる事もあり、窓口の南側ばかり潤っていたという事情がありますから、より中央へ利益を誘導させる為でしょう。
 宗教上の理由で、こちら側からイグドラシルに挑む者もおりませんし…」
「宗教か…」

 東部に居た頃、新興宗教だと思っていたあの宗教。確信は無いが、元はこっちの宗教かもしれないな。

「しっかり根付いていやすから、東部の時の様にはいきやせんね。」
「そうか…」

 聞けば聞くほど、オレたちの手に余る。
 もっと大局的に俯瞰し、物事を動かせる立場じゃないと無理だろう。

「ここまで踏み入ってなんだが、やはりオレたちには問題が大きすぎる。」
「そうですよね…」
「だが、繋がりがある首脳と掛け合うまではしても良いが…どうする?」

 口を真一文字に結び、目も力強く閉じ、ゆっくりと深く頭を下げる。

「お願いします。私たちは移動の制限もあり、国外に出る事が叶いません。どうか、この北方の発展の為にご協力下さい。冒険者ギルドの支部長としてお願いします。」
「分かった。この話、しっかり伝えよう。
 しかし、受付嬢にしては、と思っていたが支部長だったのか…」
「人を雇う余裕もありませんので…」

 疲れた表情で苦笑いをする支部長であった。



 その後、古めの地図と、各地の情報を仕入れて宿に戻ろうとすると、満足げな冒険者達が戻ってきた。

「おめぇら、ヒガンさんに礼を失しちゃいけねぇぞ。あざっしたー!」
『あざっしたー!』

 20人程の冒険者が、一斉に頭を下げてお礼をしてくれた。

「おう。腹が満たされたなら、依頼をしっかりこなせよ。」
『へぇ!』

 エルフの冒険者はみんな分かりやすくて良い。納品系はほぼ終えてしまったがな…
 冒険者ギルドを出て、すぐに宿へ戻ることにする。あまり情勢が芳しくないようだし、ここら以外に踏み入るのは避けた方が良さそうだ。




『事情は把握できたわ。それじゃあ、情報が伝わってこないはずよ。』

 通話器もリレーなしで届く範囲なので、ユキの持ってきた夕食に舌鼓を打ちつつ、防音の魔導具で外に漏れない様にしながら報告をしていた。

「ユキは事情は知らないよなぁ…」
「あたしも追い出されてから数十年ですからね。流石に事情は分かりやせんぜ。」
「ところでユキ、今何歳だ?」
「80くらいですかね?」
「子供を産んだ時は70くらいか…」
「…ハッ!?」
『…あなた、無事にビクターを産めて良かったわね。』
 
 一家のならず者はやはりならず者であった。
 あまり歳を気にしていなかったが、5倍+5で70だとアウトじゃないか…

「この10年で背が伸びたり、体型が大人びたりするはずだよ…」
「ユキさん、私と変わらないのにズルい…」
「私より年下じゃありませんか…」

 部屋の空気が悪くなるというか物理的に冷たくなる。フィオナさん、その冷たい魔力が駄々漏れになるのやめましょうね?

『一家のならず者の処遇は後にしましょう。』

 アリスではなく、カトリーナの一言。
 とても強い上司の一言に、この場もなんとか落ち着いた。ただし、ユキだけ顔色が悪い。

「ソニアに劣らなかったはずなのにやらかした神童の事は置いといて、」
「旦那の言葉が痛いですぜ…」
「ここからじゃ東部に連絡も出来ないし、引き返すか?」
「矢文でも飛ばしやすか?」
「むちゃくちゃじゃないですか…」
「いや、待て、矢文か…」

 窓から飛び出して、周囲の地形を確認する。
 曲射だとイグドラシルに当たりそうでダメだな…
 だが、あの岩山の上からなら…遮る障害は無さそうだ。
 部屋に戻り、ジュリアと梓を呼ぶ。

「手紙を仕込める矢を頼む。一発で壊れても良い。」
『分かったー。』
「ジュリア、明け方に出るから準備をしておいてくれ。」
『うん。早めに寝るね。』

 エルフ3人が呆れた顔でオレを見ていた。

「流石に的となるものが見えないのではないのですか?」

 リリが不安そうに尋ねる。

「大丈夫だよ。あの目は遥香のよりずっと良い物だからな。」

 まだ納得いかない様子のリリだが、ユキとフィオナはちゃんと分かっているようだ。

「だが、心配なら一緒に来い。凄いものを見せてやるから。」




 翌朝、オレとリリだけ先に町から出ることにし、ユキとフィオナには冒険者ギルドに挨拶をしてもらう事にした。
 冒険者ギルドも朝は早いが、流石に夜明け前では開いていないからな。

「お二人だけですか?」
「ああ、先にな。小さい子供が同行していて、長く離れるとぐずるんだ。」
「そうでしたか。家族での旅も大変ですね…」

 なんだか騙しているようで悪いな。

「北方は噂通り気の良い連中が多かった。この先が楽しみだよ。」
「…ええ、そうでしょう。旅人は皆そう言っていましたからね。」
「世話になった。ありがとう。」
「我々は仕事をしただけですよ。では、よい旅を。」

 手続きを終え、オレとリリは町を後にした。

「役人は複雑な思いのようですね…」
「中央には考えあっての政策かもしれないが、それで生活が苦しくなることを喜ぶヤツはいないという事だな。」

 トレーラーに戻ると、カトリーナが出迎えてくれて、準備を終えたジュリアを呼ぶ。

「あの岩山の上から総領府の訓練場に撃ち込む。手紙は…リリ。」
「これです。」
「ジュリア、矢は?」
「これだよ。感触はいつものと変わらないかな。」
「後で梓を労ってやろう。」

 シャフトに商売で使っていたヒガン一家の紋と速達のエルフ文字、矢羽の辺りに回すと印付きで書いてあった。梓らしいな。

「人が動き出す前に済ますぞ。掴まれ。」
「皆様、行ってらっしゃいませ。」

 信頼して送ってくれるカトリーナと微笑み合ってから、二人と手を繋いだまま影に落ちた。



 目的の岩山まで影の中を泳いで行き、麓で影から空に落ちる。まだ勢いと高さが足りない。

「リリ、体に掴まれ。」
「はっ、はいっ!」

 遠慮なしで抱き付くリリ。思ってたのとなんか違うがまあ良い。
 亜空間収納からワイヤークローを出し、装着しないまま発射。爆発によって勢い良く撃ち出されたワイヤークローが岩山の天辺付近に突き刺さったのを見て、一気に巻き上げる。空への落下が加速し、ちょうど良い感じに岩山を飛び越えた所で頭を空へと向け直した。
 無詠唱のエア・ブラストで雑に減速しながら難なく着地する。

「着いたぞ。」
「ふーっ!ふーっ!体がどうにかなるかと思ったよ…」
「私は文字通り天に昇る心地でした…」

 実際、天に昇ったからな。
  
「さて、ここからはジュリアの出番だが。」
「うん、任せて。」

 大型の金属弓と矢を準備したところでオレはジュリアの背に触れる。
 魔力を共有する感覚で、オレが伝えられる情報を全て共有する。

「これがヒガンの見てる世界なんだね…全然違う…」
「足りるか?」
「十分。ううん、思った以上だよ。これで失敗はあり得ない。」

 風の流れ、温度、湿度と細かく伝えている。
 この情報をどう使うかはジュリアに委ねるしかない。

【射撃の極致】

 ジュリアの体内の魔力が激変する。
 ついにここまで来たか、と心が震えた。
 無言で矢を引き、放つ。

 数多の木々、岩々を越え、きれいな曲線を描いた矢は総領府に置かれていた的、木の人形を破壊せずに突き刺さったようだ。これはもう神業、と評するしかない。

「お見事。」
「ぶ、無事に届いたのですか…?」
「しっかり、的に刺さったよ。」
「えぇ…」

 驚きと困惑が入り交じったリリの表情に、オレたちは苦笑した。

「ジュリア、こちら側へようこそ。」
「私たち、同じになっちゃったね。」
「とんでもない事の目撃者になって複雑な気分です…」

 遥香程ではないが、背の伸びたリリ。元々しっかり、ちゃっかりしていたのでそれほど子供扱いはしていなかったが、最近は少女扱いも躊躇う事がある。

「リリはいつ、どういう形でこちら側に来るんだろうな。」
「私も魔法で追い付いてみせますから。」
「追い越されないようにしないといけないね。」

 決意漲るリリと、笑顔で言うジュリアの横顔を光が照らす。

「夜が明けた。これが北方の夜明けとなると良いが。」
「大丈夫。お父様達を信じよう。」
「はい。フェルナンド様なら、悪いようにはしないと思います。」

 リリを真ん中に肩を抱き合い、日の出を眺める。

「日の出は初めてか?」
「私はイグドラシル以来かな。」
「私は初めてです…大地が丸いというのは、にわかに信じられませんが…」

 ソニアもだが、リリも大地が球体だとは信じていない。今はそれを証明する手段が無いからな。

「それは水平線の向こうに行かないと分からないだろうな。」
「水平線の向こう…」

 リリが胸に手を当て心の何かをグッと抑える。
 本だけでは確かめられない何か。それがある事を確信したのだろう。

「必ず確かめに行きましょう。でも、その前に…」
「あの山の向こうを見に行かないとな。」
「うん。いざ、北の果てへ!」
『おー!』

 三人で拳を突き上げ笑い合うのであった。




「ところで、どうやって戻るのですか?」
「そりゃ、飛び下りるんだよ。影に落ちればノーダメージだし。」
「は?」
「だよねぇ…」

 リリの体をぐっと抱き寄せ、ジュリアもオレの左腕にしがみ付く。

「えっ。まって。うそ!うそでしょ!?」
「大丈夫。ヒガンを信じて。ノエミ、お母さんはいつでもどこでも見守っているからね…」
「大丈夫。信じて。とか言った後に娘に遺言とかやめてください!!」
「なかなか似てるな。よし、行くぞ。」
「ま、まってください!こころのじゅあ゛あ゛あ゛ぁぁあああー!!」

 そのまま紐無しバンジーを決行し、無事トレーラーに帰還したのであった。
 二人揃ってわりと熱心に洗浄と浄化を掛けていたのは黙っておこう。

「うう…ハルカの父上はハルカの父上でした…」

 …深く詮索もしないでおこう。
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