召喚者は一家を支える。

RayRim

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第2部

3話

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 今まで世話になった人たちに、門の外まで大々的に見送られてしまった。
 アリスの父であるハロルドさんに至っては、かわいい孫と離れたくない!と泣きながら訴えるほどである。再婚相手の女性に引き離されていたが、(物理的な意味で)豪腕で、性格が良いのは周知されているから笑い話で済んだ。
 フェルナンドさんとは東部でまた世話になるので、軽い挨拶だけで済ませる。
 他にも幾つかの省庁、職人、元スラムの元締め連合など、多種多様と言って良いだろう。
 やはり、遥香の姿が無いことを何度も尋ねられたが、恥ずかしがって先に出ましたと言っておいた。

 門から離れた所で、居住トレーラーを3連結した浮遊車をバニラが出す。荷物はコンテナの中に移しており、家具や着替えはそれぞれが亜空間収納に保管している。
 横幅は一般的な馬車の倍くらいで、しかも二階建てということでかなり広々している。どうしようもないくらい間違いなく目立ってしまうのだが。

「あの片道半日の空の旅とは大違いだな。」
「そうだなー。今回は体も自由にできて気楽だー」

 空へと浮上した後はマップに従って自動運転。まだ地図もシステムも完璧ではないので、運転手は必要だ。町の外では自動運転と言っても、風の影響を受けずにひたすら真っ直ぐ進むだけである。
 助手席でのびのびするバニラの姿を微笑ましく思いながら地図を見ると、戻ってきたリリから得た情報がいくつか書き加えられている。

「なあ父さん、これ」
「消えていた村だよ。冬が越せなかったらしい。」
「そっか…」

 忌々しそうに呟くバニラ。

「遥香はこれに怒っているのか?もっと王都の外の現実を見ろって。」

 その可能性もあるが、オレたちだけでどうこう出来るものでもない。場合によっては、変革によって余計な争いを起こすことにもなる。
 王都内だけでもあちこちと交渉、調整を重ねて来たのだが、遥香には伝わっていたのだろうか?

「子育ては難しいな…」
「…そうだな。見た目は母さんと変わらないが、中身はまだ子供だ。背伸びはしているが。」
「もっと、なんとか出来なかったんだろうか?」
「娘にそれを聞くようじゃおしまいだぞ?」
「…それもそうか。」

 オレの返答が面白かったのか、愉快そうに笑う。

「そんなに笑わないでくれ。真剣なんだから。」
「わるい。付き合いも長いが、まだイメージのギャップが抜けない。」
「もう等身大のオレしか見えないだろ?」
「魔法が上手すぎるのが悪い。わたしにとって、それだけでスターなんだよ。」

 意地の悪そうな笑みを浮かべ、オレにイグドラシル水の入ったグラスを押し付けてくる。
 出発前に準備していたのか、亜空間収納から出してきた。

「遥香は強くなりすぎたのかもしれない。
 どんな相手、どんな状況でもきっと生き残れる。でも、どんな状況、どんな相手でも救えるとは限らない。その現実に苦しんでいるのかもしれない。」

 なるほどな。そういう可能性もあるか。
 一口飲み、グラスの中の氷を見つめる。

「結果的とは言え、恐らくわたしのほうが遥香より人を救えてしまっている。ライトクラフト一つで交通、物流、作業に革命を起こしたし、緊急救命医療の芽も生まれたからな。」
「そうだな。」
「だが、遥香にはそういうものを作れていない。それが負い目になっている可能性もある。」

 バニラが窓を見て、映った自分を見ながら角に触れる。

「『私が一番強くて、一番色々出来て、一番戦える』。こう言われたのがずっと離れない。わたしも否定できなかったよ。」
「オレにも否定出来ないよ。まともに戦ったら遥香に勝てる筋が無い。」

 どういう訓練をしてきたのか、旅暮らしを経てその差はますます広がったように思える。
 そして、今の遥香を例えるなら、

「まるで孤高のトッププレイヤーだな…」
「あー、居たな。オーラが確かにそれに近い。」

 名声のおかげか人は寄ってくるので孤独では無いようだが、自分からは歩み寄らない。そんなヤツが居た。声を掛けたこともあるが、なんともやりにくかったな…
 バニラも面識があるようで、例えが通じた。

「それと中二病が合わさって、という事かあの二十歳過ぎ。」
「歳は言わないでやれ。ディモス換算で14、15だ。」
「難しい…」
「現実と理想のギャップが埋められないんだろう。それはオレたちにずっとついて回る事になる。」
「…重いなー。二つ名。」

 天を仰ぐ様に言うバニラ。
 オレも返上できるなら、英雄なんて二つ名は返上したい。散々、利用してきたが。
 と、心に思っていると、居住トレーラー側のドアをノックする音がする。

「わたしが出よう。」

 バニラがドアを開けると、ノエミとジェリーが居た。

「あ、おねーしゃま。ここはなんのおへやでしゅかー?」
「この乗り物を動かす部屋だ。父さんも居るぞ?」
『おとーしゃまー!』 

 二人が声を揃えてオレを呼ぶので、顔を出して手を振っておく。道路じゃないので、対向車なんて存在しないしな。
 まだ訓練出来る年齢じゃない事もあり、遊びたい盛りの二人が一緒に居ることが多い。
 今日もかわいいな。特にジェリーが!という心の声が聞こえてきそうなバニラのオーラ。
 引率してたのはココア。ジュリアは物を壊すのを怖がって、カーペットだけ敷いてある車両でジッとしている宣言していた。

「二人とも、ちょっとだけ一番前からの風景を見てみるか?」
『みたーい!』

 という事で、オレの膝の上にノエミが、助手席にはココアと一緒にジェリーが座った。

「お山のあたまがぜんぶしろーいー!」
「しろーい!」

 家からでも見えたが、一部だけだもんな。

「あのお山のむこうはなにがあるのでしゅか?」
「何があるんだろうな?お父さんも行ったことが無いから分からないよ。」

 指差したのは北の方。獣人国家群のある方向だが、まだ行ってないからな。

「ノエミよ、そう遠くない内に行くぞ。」
「ほんとう?」

 バニラの言葉に目を輝かせるノエミ。
 知らない向こう側が気になる辺り、ジュリアの子供だと実感する。ジェリーに探検しようと誘ったのもノエミかも知れない。
 出来れば、体型まで似なくて良いからな。食欲があるのは良いことだが。

「山の向こうにはどんなものがあるんでしょうね?キラキラしたものがあると良いですけど。」
「キラキラしたものか…」

 ココアの言葉に少し考え込む。
 何もないのが北方だ。それはイグドラシル側も、獣人連合群側も恐らく変わらない。

「きっとある。凄いキラキラが北方にはあるよ。」

 笑顔で二人に言ってしまうバニラ。大丈夫だろうか?

「バニラもこう言っています。その時を待ちましょうね。」
『うん!』

 元気に返事をする二人。
 湿っぽかった部屋が、一気にからっとした気分だ。
 しばらく四人でわいわいしている内に、はしゃぎ疲れたジュリーがうとうとしてきた。

「ノエミよ、次は他のお姉ちゃんたちに相手をしてもらうと良い。」
「はーい。」
「では、旦那様、また後程。」

 ジュリーを抱き、ノエミに先導されるようにココアが出ていく。癒しの時間は終わりだ。

「子供って良いな…めんどくさいことを忘れさせてくれる…」
「まあ、その原因も子供だけどな。」

 バニラのぼやきにツッコミを入れたら、思いっきり手の甲をつねられてしまった。




 2日掛けて、以前にバルサスを攻略した際のキャンプ地に到着すると、テントが一つだけあった。

「遥香のだ。」

 安心した様子でバニラが言う。
 まあ、遥香の事だ。心配は余計なお世話だろう。
キャンプ地より前に地面に寄せ、三日月のような形で停車させた。

「牽引車のチェックは任せてくれ。」
「良いのか?」
「わたしが行かない方が良いんだよ。」

 苦笑いしながら、床の蓋を開けて中に潜り込んだ。
 お言葉に甘え、オレは一人で地面に降りる。

「遅い。」
「無茶言うな。まだ初運転なんだからな。」
「ふん。」

 運転席の方をチラッと見たが、すぐに背を向けた。

「アビス・ディザスターならいるよ。でも、以前と比べて明らかに弱い。私一人でも倒して良かったのに。」
「無茶を言うな。あれは決まったルーチンで動いているものじゃないんだからな。」
「…分かってるのにどうして。」
「どういう意味だ?」
「…なんでもない。」

 遥香はそれ以上は何も言わない。

「こっちで寝ないのか?」
「良いよ。テントも寝袋も出してあるから。」
「食事くらいはどうだ。」
「いらない。戦意が削がれる。」

 …なんだか本当に拗らせてしまったな。どうしたものか?

「遥香お姉様!良かった!一緒にお話ししましょう!」

 悠里が嬉しそうに走ってきて、

「ぐべっ!?」

 盛大に転んでしまった。
 慌ててオレと遥香は駆け寄り、オレは洗浄で汚れを落とし、遥香はヒールで怪我を直した。
 それでも感じた痛みや、転んでしまった恥ずかしさは消えず、今にも泣き出しそうになっていた。

「ごめんね、ゆうちゃん。一緒に居たらこんな目に遭わなかったのに…」

 悠里を抱き締め、宥める遥香。

「いえ、ころんだ、わたくしが、いけないのでしゅ…」

 涙声だが泣かずに我慢する。
 10歳だが、ディモス3倍換算で3歳。となるはずだが、赤ん坊期間がそんなに長いわけではなく、5歳くらいまでは普通の人間と変わらない感じだった。という事で、今はだいたい7歳くらいである。
 エルフもだいたいそんな感じなので、5歳を越えると、5つ程度なら歳の差はそれほど感じなくなるそうだ。
 ただ、うちの特有の現象なのか、親バカか、えらい早熟の気がしている。ビックリするくらい大人びた言動をする事がたまにあった。

「じゃあ、次からは足元に気を付けようね。ここは石や瓦礫が多いから。」

 トレーラーは常に浮いているのであまり影響は無いが、子供が遊ぶには…むしろちょうど良いくらいか。
 王都じゃ、石がごろごろしている場所なんてあまりないからな。

「はい…」

 しっかり答えてくれたのを確認し、遥香が悠里から離れる。

「お話は夕飯のあとにしよう。今はお父さんと大事な話があるからね。」
「はい…では、また後で…」

 思ったのと違ったからか、不満そうにトレーラーに戻っていった。

「なにその顔?」

 納得いかない様子でオレを見る。

「ちゃんと姉をやれているな。」
「もう10年も相手してるからね。それで、奥だけど…」

 照れ隠しをするかのように切り上げ、遺跡の現状について話し始めた。

 軽く探ったところ、魔物の顔触れは変わっていない様で湧きはだいぶ甘くなっているそうだ。
 相変わらず魔物が武装してくるので、工廠エリアを活用はしているようだが、素材はどこから調達しているのだろうか?

「アビス・ディザスターの反応は数段落ちる感じ。ただ、何がにえにされたのかよく分からなかった。」

 死んだフリューゲルでは無いということか。
 魔物が魔物を…という可能性も考えたが果たして。

「…私、必要?」
「お前はどうしたい?」
「違う所に行きたい。」
「今を試す気はないのか?」
「装備も魔法も十分に確認したから。」
「そうか。まあ、今日はチビ達の相手をしてやってくれ。悠里もノエミもジェリーも喜ぶ。」
「…うん。」

 頷いて、こちらを見ていたチビ達の方へと歩いていく。
 チビ達にとって遥香はカッコイイ姉という事もあり歓迎されたが、姉たちとはバニラとの事もあり、微妙な感じの夕食であった。
 当のバニラは、夕食が終わっても牽引車から出て来なかったしな…
 流石に腹が減っただろうと思い、夕食をアリスと一緒に持っていく。

「バニラ。」
「…ん。んん?」

 寝惚けた声が聞こえてきた。
 見てみると、助手席で毛布にくるまって寝ていたようだ。

「夕飯を持ってきたわよ。」
「ああ…ありがとう…ふわあぁ…」

 大きな欠伸をし、毛布を脱いで手を伸ばして皿を受け取る。

「牽引車は問題ないよ。稼働部分は梓じゃないと分からないが。」

 まだ半分寝惚けた様子で言う。

「そうか。助かったよ。」
「道中は座ってただけだからな。停まってからが私たちの役目だ。」
「頼りにしてるわよ。」
「任せておけ。」
「あなた、バニラと話がしたいから…」
「分かった。」

 皿を車内のテーブルに置き、外に出ようとすると嫌な感じがする。
 感じ取ったのか、遥香とユキが慌ててトレーラーから出てきた。

「お父さん!」
「旦那!」

 感知力の高い二人も気付いたようだ。気のせいではないという事だろう。

「攻略班は打って出る!アリス。」
「どうしたの?」
「アビス・ディザスターのお出ましだ。ここの防衛は任せるぞ。」
「分かったわ。バニラ、続きは後で。」
「ああ。」

 予定より早いが想定はしている。
 第2回アビス・ディザスター討伐戦は慌ただしく始まるのであった。
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