召喚者は一家を支える。

RayRim

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第2部

2話

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 ゴーストはあっさり捕まった。
 遥香も何かぼんやり見えていたようだが、それがかえって恐怖を煽り、部屋に戻ってしまう。10年経って、色々な経験をしてきてもダメなようだ。
 地下の倉庫に隠れていたゴーストを、魔力が掴める手袋使って引き摺り出す。

「そう言えば、受け取りを断られた素体があったな。」

 バニラが使っていなかった素体を取り出し、状態を確認する。

「どうやって魂の定着をするんだ?フリューゲルのような技術は」
「おお…うごく…さわれる…しゃべれる…」

 だいぶ低いバニラの声でそれはいきなり喋り始めた。

【アンティマジック】

「な、なにをする!?」

 対策が甘い素体なので、バニラのアンティマジックで簡単に動きを制限してしまう。
 ヒルデくらいになると、もう全力じゃないと止められそうにないが。

「お前に前科があるからだ。ドヤ顔で抜け道があるんだ!なんて言って返り討ちにされただろう。」
「そ、それは…」

 なんだかバニラ同士の言い合いで妙な感じになる。まあ、同じ顔が話をする光景はココアで慣れてはいるが…

「本物の姉妹ですか?」

 ゴーストバスターズについてきたリリが問う。

『同一人物だ。』
「えっ?」
『同一人物だ。』
「あ、はい。」

 リリは深く考えるのをやめたようだ。

「ココアと同じ関係だよ。」
「ああ…」

 簡単に説明するとそれで納得してくれる。
 今はメイド仕事の最中でこの場にいないが。

「本当に成仏出来ずに残るんだな。というか、よくオレに気付かれずにいたな。」
「昼は地下の倉庫に居て、動くのは夜中だけだったからな。」
「規則正しいゴーストライフはどうだった?」
「…寂しかった。」

 唇を尖らせて言う。なんだか無償に腹が立つな?

「本音は?」
「どんどん嫁と子供が増えていくのが怨めしい。」
「同感だ。」

 怨霊に同意をするな、本物。

「だが…みんなかわいいな…。
 はしゃぐ姿も、泣く姿も愛くるしい。」
「それでこそわたしだ。」

 アンティマジックを解除され、驚いた表情になる。

「なあ、わたしよ、全部見ていたんだろ?この周回はどうだった?」
「…そこにわたしがいないのが悔しかったよ。
 わたしならもっと…いや、これが最善だったんだな。わたしがいたらきっと、引っ掻き回して軋轢が生じていただろう。」
「そうか。」

 肩をすぼめるその姿に、一つ聞いておかねばならない。

「これから何がしたい?」

 オレの問いに目を潤ませ、崩れ落ちたかと思うと、きれいな土下座姿になる。

「ただ、生きたい。そして、タクミの子供達の成長を見届けたい。ここに置かせてください。お願いします…!」

  本名で懇願されるがどうにもむず痒い。実感のない『今崎 匠』としての記憶がかなり薄れているからだろうか。
 その様子に嘘は見えず、片膝を着き、肩に手を乗せる。

「その為には幾つか約束をしてもらうぞ。
 一つは重大な嘘を吐かない、一つは重大な隠し事をしない、一つは他所様に迷惑を掛けない。」
「…肝に命じる。」
「そして、」
「そして?」
「子供達を可愛がってくれ。
 誰との子だろうと、オレの子供はみんな可愛いだろ?」
『その通りだ。』

 二人が力強く頷く姿を見て、やや呆れた笑みを浮かべるリリであった。




「あの時、ちゃんと私がトドメを刺しておくんだった。」
「家の中で剣を抜くな!」
「大丈夫。今度は失敗しないから。」
「大丈夫じゃない!」

 オレ、ジュリア、柊の三人で遥香を抑えた。

「冗談、冗談だから。」

 苦笑いをしながら剣をしまった。

「ハルカ、限度があるよ?」
「う、うん。」
「遥香、こういう冗談は絶対にダメだ。誰に吹き込まれたかは知らないけど。」
「…ごめんなさい。」

 ジュリアと柊のパワー、二人の真剣な表情での説得に気圧されて、しょんぼりした様子で謝った。

「…わたしは子供に近付かないでおこう。それなら良いだろう?」
「ううん。お父さんが認めたなら構わないよ。」

 これ以上は何もしないと判断し、眉間にシワを寄せる二人と共に遥香から離れる。

「…すまない。」

 ふん、と強めに鼻息を一つして、遥香も離れる。

「大事な事だから、今の内に聞いておきたい事が一つある。」
「なんだ?」

 オレの質問に不安げな表情で返事をした。

「召喚にはどのくらい関わっていた?」

 全員が息を飲む。
 前に聞いておきたかったが、ちゃんと答えてくれそうになかったからな…

「式のアドバイスだけだよ。亜人の預言者として潜り込んだが、関われるのはパラメーター変更が限度だ。」
「…やめさせることは出来なかったのですか?」

 アクアが強い口調で問う。
 結局、10年の間、アクアとして生きてきた。どこか、まだ自分の境遇など受け入れられずにいるのだろう。
 その質問には強い抗議に似たものがあった。

「無理だ。それに、可能だとしても私はやめさせる気はない。理由は分かるだろ、女?」
「…はい。」
「名前を教えてくれ。次があるなら」
「…いえ、結構です。」
「そうか?」

 アクアはついに本名を明かさなかった。
 アクアもすっかり見た目が女性と呼べるくらいになり、化粧も少ししている。
 背が高めな事もあり、美人なやり手のメイドに見えなくもない。昔は地味でなんとも冴えない印象だったのだが…

「この人生、大変ですが楽しいですからね。
 普通じゃ見れないもの、体験できないことをたくさん経験してきましたから…」

 苦笑いをしながら答えた。
 
「わたしよ、10年経って色々と状況が変わったが、今はお前にとってどうなんだ?」

 バニラが尋ねる。

「わたしには想像も出来ない結果だよ。匠はわたしと数人が関わるだけの人生で、細々と生きていければ良いくらいに思っていた。
 今回もその為の検証と情報収集のつもりだったが…」

 それがどうしてこうなった、という状況なのだろう。

「わたしが惚れた男だ。想像を越えてくれて誇らしいよ。」
「そうだな。」

 誇らしげに笑みを浮かべるのは母達もだ。
 きっと、思いは同じなのかもしれない。

「なあ、もう一人のわたしはどうした?」
「仕事中だよ。もうすぐ帰ってくる。」
「あいつには言いたいことがある。」
「なんだ?」

 バニラに耳打ちすると、バニラがトマトのように赤くなった。

「それは一言言わなきゃならない!
 子供まで作ったのになんてヤツだ!」

 顔を赤くしたまま憤慨するバニラ。

「いったいなんだ?」

 オレが尋ねると、二人は全力で首を横に振った。息がピッタリなのはどのバニラでも一緒らしい。

「父さんには絶対に言えない個人的なことだ…」

 もじもじしながら珍しくしおらしい声で言うバニラ。どう判断すれば良いんだ?
 まあ、個人的なことなら深く追及するまい。

「呼び名はショコラで良いか?勝手にオレたちはそう呼んでいたが。」
「…ああ、わたしはショコラと名乗ろう。」

 こうして、成仏出来ず地下に籠っていたショコラが一家に加わった。
 解散すると、素体の調整の為にバニラと梓はショコラを連れて、別に用意した工房へと向かっていく。

「…何が正しいのかよく分からない。」

 苦々しい表情でそう呟き、遥香も自室へと戻っていった。

「ソニア、リリ。」
「…期待しないでください。今回は私も困惑していますので。」
「…私もですわ。いったい、何をどう話せば良いのか。」
「それもそうだな…」

 事態を察した母達がこちらに来る。

「私たちが話をするわ。心情的に近いのは私たちだし。」
「頼む…」
「殺したのはあたしですからね。死人がまともに生き返って複雑な気分ですぜ。」
「バニラ様とのことですので、これでまた変に拗れないと良いのですが…」

 ジュリアは行かずにノエミの手を引く。

「私はメイドと子供達とパーティーの準備をするね。」
「諸々、壊さないよう気を付けてくだせい。」
「だ、大丈夫。アクセサリー4つしてるから…」

 相変わらず、手加減の生えないジュリア。
 最近は力減少の指輪4つが基本となっている。
 それはそれで不安なので、出掛ける際はフィオナかメイドの誰かを付けることを厳命していた。

「じゃあ、準備を始めよう。旦那様も手伝ってくれると嬉しいかな。」

 オレもジュリアに言われ、遥香に倣って味付けを見直して完成させた具沢山スープを振る舞うことにした。




 遥香が戻ってから数日が経った。
 各所への挨拶や、業務の引き継ぎなどを行ってあっという間の数日である。
 教育省、交通省、合同産業開発研究会、エディさんの商会と、手分けをしつつもしっかりとやるべき事を終える。

 後進の育成は春の大会で終了し、協力してくれていた者は学校や公営訓練所、他の私塾などに移っていった。
 最後はギリギリだったが優勝を勝ち取れたので、終わりとしては十分な形だろう。終了を告げた時、ソニアも満足した様子で涙を流していた。
 近年は準決勝にも残れない事があったので、もう役目は十分に果たせたと思う。
 その成果は南方でついに花開いた。
 うちで育った連中が中心となり、オレたちが召喚された城跡の解放に成功したそうでとても鼻が高い。
 最も激戦区となった場所が解放され、残りは規模としては小さいものばかりだそうだ。いよいよ、領地の割り当て交渉が始まるかもしれないな。

「仕事が片付く度に寂しくなるよ。」

 訓練場で遊ぶ子供達を見ながら、バニラがポツリと呟いた。この10年、いやその前から王都のために尽力し続けてきたバニラだ。
 全ての仕事を終える事は感慨深いだろう。

「齢30にして隠居か?」
「体は12、3なのにな…」

 転生したとはいえ、老成し過ぎである。

「まあ、旅暮らしの間に作りたくなる物もあるはず。その為の簡易開発室の準備もしてあるよ。」

 梓も同様の事を言っていた。
 オレも錬金術、製薬道具は揃えてあるし、アリスも裁縫道具を熱心にチェックしていたな。

『まさか、あたしも旅暮らしする事になるなんてね。想像もしなかったわよ。』

 サクラが現れて言う。
 ダンジョンのリソースが溜まりに溜まったおかげで、外でも自立して動けるようになっていた。
 それでも、誰かいないとすぐに誘拐されそうなので、一人でうろうろは無理だろう。

「サクラも外は気になるか?」
『よく分からないのよね。外が気になってワクワクしてるのか、あんたたちと旅ができるからワクワクしてるのか…』

 それを聞き、オレとバニラは笑いながらサクラの頭を指で撫でた。

『ちょ、やーめーてーよー』

 不満そうに指を払い、オレたちより高い位置に移動する。

「嬉しい事を言ってくれるじゃないか。お姉ちゃんが後でミニ串を奢ってやろう。」
『いらないわよ!』

 二人と一匹でそんな事をしていると、続々と皆が帰って来た。

「ショコラ、春なのに日焼けしたな。」
「こんな名前を付けるからだ。」

 小麦色になったローブ姿のショコラが、苦笑いしながら言う。
 ヒルデに使っているのと同じ皮膚だそうだが、見た目の印象が大きく変わっていた。素体も新規に作り、アクアの協力も得て見た目もバニラに近付けてあるが、だいぶ気の強そうな顔付きだ。

「なんというか、おねーちゃん特有の問題があってね、運動能力が低いから戦闘は不向きかもしれない。」
「数値は残酷だ…」

 バニラも体力、筋力はしっかり付いたが、運動音痴、リズム感の無さはついに解決できなかった。
 メイプルがプレアデスを初めて演奏した時から、楽器の調整をアリスに丸投げし続けていたのは、それと音痴が理由らしい。
 
「それでも、制御力の高さは文句なしだから、魔導具を渡しておくね。」
「助かる…」

 肩をすぼめながらショコラが感謝する。
 属性切り替えのできる魔導ハンドガンであるエレメントガン、電気ショックで相手の行動を阻害するスタンロッド、魔石結晶制御の障壁を展開するマジックシールドを携帯していた。ヒルデの対人装備と同じだが、ヒルデは背負ったコンテナに装備を収納しているからな。

「しかし、見た目とのギャップが凄いな。魔導師かと思ったら、銃とスタンロッドで攻撃されるのか。」

 オレの感想に梓が意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「おねーちゃん、こういうの大好きでしょ?」
『大好き。』

 三人の声が揃った。

「ココアもいたか。」

 北方エルフとなったココアが姿を見せた。
 ディモスを選ぶかと思ったが、バニラと見分けが付きやすいようにとの事らしい。
 普通に戦えるようになってはいるが、まだ制限が多いらしく、バニラの1/3にも満たない戦闘力だ。それでも、何の訓練も受けていない人々よりは強い。
 しかし、ココアという名前ではあるが、北方エルフなのでとにかく白い。名前と見た目の不一致が起きてしまい、アリスも面白がって白いメイド服を用意している。汚れると目立って仕方ないようなので、一回しか着たのを見ていない。
 そして、子供がもう一人。作る際、確認のためだ、とココアは何度も言っていたが、とにかく他の誰よりも色々とすごかった…

 ココアの望みで娘はジェリーと名付けられた。どんな色に染まっても良いが、魂を濁らせないで欲しいという願いを込めたそうだ。
 正にキラキラネーム、と娘達は言っていたが…親の名前が名前だからな…
 その娘だが、基本的にエレナさんが面倒を見てくれている。ココアは家の事に力を注ぎたいと言っているし、他の子供と敢えて距離を置きたがっているがバニラがそれを認めず、ノエミもジェリーを放っておかない。
 産んではいないが、バニラにとってほぼ自分の子だし、ノエミにとってはかわいい妹だからな。それも仕方あるまい。
 3人揃っている場で誰の娘か問うと、3人揃って『わたしの娘だ。』と言う姿が容易に見えてしまう。

「お父さん、やっぱり私は別行動したい。」

 元々ジト目な感じの遥香だが、最近はその印象がより強くなってきた。不信感が強い、と言った方が良いだろう。原因は…よく分からない。

「じゃあ、今回もヒルデを付けよう。後は…」
「一人が良い。じゃあね。」
「おい!」

 遥香が影に落ち、そのまま痕跡も残さずに居なくなった。
 …ああ!?思春期には遅いだろう!?
 オレは自分のももに苛立ちをぶつけた。

「大丈夫だ。こんな時の為に、遥香の通話器にはトレーサーが仕込んである。リレーからおおよその位置は分かるよ。」

 この10年、国内のあちこちにリレーを仕込んである。公共放送にも利用しているが、一番の目的は通話器だ。

「そうか…はぁ。」
「半分以上はわたしのせいだ。すまん。」

 バニラとショコラが頭を下げる。

「いや、それだけじゃないだろう。しかし、バルサスはどうしたものか…」

 遥香無しの事態は想定していなかった。

「指揮は最初からわたしが執ろう。場合によっては父さんが遥香の位置に入ってくれ。
 その時はバッファ、ヒーラーはわたしとリリがする。」
「そうだな。それで行こう。」

 遥香の離脱という想定外の事態に困惑しつつ、一家として復帰後最初の目標である、バルサス大峡谷へ再び向かうのであった。
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