召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1.5部

番外編 〈魔国創士〉は母と神官を仲裁する

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〈魔国創士バニラ〉

「出産もそう遠くないご様子。あまりあちこちに首を突っ込むような真似はよしてはいかがでしょうか?」

 なんとも上から目線の嫌な女である。

「…比較的高位の神官ですわ。黒幕かどうかまでは断定できませんが。」

 フィオナが魔法の風で向こうに聞こえないよう遮って呟く。どうやら、社会的立場は上のようだ。

「あら。地元の孤児院に援助をするのは持てる者の役割だと思うのだけど…最近の教会はそういう慈善活動はしていないのかしら?」

 アリス母さんの反撃。なかなかの切り返しだ。

「ええ、その通りです。
 世の中そんなに甘くはありません。我々、青月教会は与えた分、返していただくという教えがありますので。」

 青月教会か。最初のディモスを信仰する、比較的メジャーな宗教だ。
  ただ、慈善活動に熱心すぎて、非常に貧しい印象があるのだが…

「新しい教義かしら?それにしては、随分とらしくない教えね。偉大なる始祖様は返せないものは求めないと教えられたはずでしょ?」
「はっ。偉大なる始祖!これは驚きました。聖域であるイグドラシルを踏み荒し、ビフレストを侵したあなた方がそう呼ぶのですか?」

 知らない話だ。どういうことだろうか?
 テキストまとめも読み漁ったが、そこまで特別な場所ではないはずだが。

「魔物の巣が聖域とは片腹痛いわね。
 あなたは魔物でも信仰しているのかしら?」
「それはあなた方でしょう?魔物の革を纏い、我が物顔で王都を歩く。
 …けがれた血にまみれた薄汚い冒険者が。」

 吐き捨てるかの様に言う神官。唾まで吐かなかったのは褒めたい。

「聞き捨てなりませんわね。
 イグドラシルは危険ゆえに封鎖されていただけ。そこに信仰の介入する余地はございませんわ。」

 流石にフィオナの立場では黙っていられなかったのか、口を挟む。

「死ぬことのない聖地が危険?何を世迷い言を…」
「過去に数多の死者が出ている事はご存じでしょう?エルディーからの遠征隊が崩壊して帰還した記録がございますわ。」
「どこぞに田舎者に闇討ちされた可能性もございますからねぇ…」
「…田舎者?」

 虎の尾を踏んだ。これはまずい!
 急な寒さで体が震え出す。フィオナの魔力が怒りで駄々漏れだ!

「遠いルエーリヴでふんぞり返り、地位を振りかざして搾取しか出来ない輩が、偉そうに知った口を。
 まだ、ゴブリンの爪の方が使い道がありそうですわね。」

 エルフ流の煽りに相手も表情がひきつる。
 あまりの事態に、同行しているアクアは既に意識が危うい。
 アリス母さんはにこやかで怖い!どうすんだこれ!?

「そこのご婦人方、何か揉め事」
『部外者は引っ込んでてください。』

 言い方は違うが、三人揃ってしまった一言で一瞬で退けられる巡回中の衛兵。
 …フィオナとアリス母さんから威圧を喰らったら仕方がない。

「三人とも、揉め事はここまでにしておけ。
 教会としても、事を荒立てたくないだろう?」

 衛兵の尊い犠牲を切っ掛けに、にらみ合いフェイズに移行。わたしが仲裁に入り、宥めることにする。

「子供が生意気な口を」
「わたしはビフレストの向こうで転生を果たしている。ディモス換算なら60歳くらいだよ。」
「その出で立ち…あなたが噂の〈魔国創士〉ですか。」
「噂がその耳に届いて光栄だ。」

 平穏に暮らしたいが、そうはいくまい。
 今回の二つの発表で、ここにいる限り平穏とは無縁になったはずだ。

「魔導具でこの国の衛生状態の改善に大きく寄与した功績に免じ、このくらいにしておきましょう。」
「助かるよ。」

 洗浄、浄化を手軽に買えて扱える魔導具にした件だろう。

「ですが、我々は我々の仕事をさせていただきます。与えた分の見返りは頂く契約になっておりますので。」
「…教会も落ちぶれたものね。自ら稼ぐこともしないなんて。」

 タメ息混じりに、心底ガッカリした表情で言う信心深いアリス。信仰は揺るがないだろうが、青月教会が対象から外れたのは間違いない。

「教会は人の心と向き合う組織。一人で立てぬ者に手を差し伸べますが、我々の蓄えも無限ではございません。我々も生きるための対価をいただいているに過ぎないのですから。」
「教会で座って、吸い上げるだけが役割じゃないって言ってるのよ。あなたたちの振る舞いを一度見直しなさい。」
「薄汚い冒険者風情が…」
「教会の家畜の戯言ね。」
「二人ともやめだ!やめ!」

 二人の前で手をぶんぶん振ってやめさせた。

『ふん!』

 見合ってたら切りがないと分かったのか、二人とも顔を背け、すれ違うように歩き始めた。

「…あなたとあなたの子供に始祖の御加護を。」
「…ありがとう。」

 素直じゃない二人であった。
 孤児院に向かっていったが大丈夫だろう。その為に渡した大金貨だ。
 個人的にあの本音で語っていない神官とは上手くやれそうな気がするが、さて…

「アクア、終わったぞ。」
「…っは!?あ、あたしはどこに…」
「孤児院の前の通りだ。」

 こんな調子で、イグドラシルに送って大丈夫か不安になってきた。訓練も実戦経験も十分に積んでいるのだが…

「もう少し荒事に慣れてくれ。一応、子供と母さんたちの護衛も兼ねてるんだから。
 フィオナも気持ちは分かるが穏便に、穏便にな。」
「申し訳ございません…」

 体をすぼめ、謝ってくれる。分かれば良いんだ。

「バニラ、ごめんね。仲裁なんてさせちゃって。」

 歩きながらわたしたちは話を続ける。

「良いんだ。孤児院に顔を出すだけで、何もできなかったからな。」
「そんな事ないわよ。商談の売り上げを渡してきたんでしょ?私には出来ないことだもの。」
「服で稼ぐ気はないのか?」
「無いわね。その人に合ったもの、喜んでもらえるものくらいしか作れないし。」

 ハッキリと否定される。迷うくらいはすると思っていたから意外だった。

「それを商売にしないのか?引く手数多あまただろうに。」
「裁縫士として生きていくのはちょっとね。
 あなたたちの好みの物を作るのは楽しいけど、一般的に受け入れられる気がしないもの。」
「メイプルの衣装の図面は?」
「まだ早いわ。もっと人気が高まってからよ。」
「…ますます一家の金庫が潤いそうだ。」
「それはそれで悩ましいわね…」

 貯めすぎる訳にいかないのがお金だと、最近フェルナンドさんから学んだ。
 富の集中は面倒を引き起こす事になるそうで、得たお金をどう使っていくかも考えていかないといけない。

「さっきの女を利用するか。」
「私は嫌よ?」

 渋い顔で即否定。腹を割って話せば分かり合えそうなのだが。

「ソニアに頼むよ。あれもこういう事は得意そうだからな。」
「そうね…あちらを貶すような事はないと思うわ。
 私と違って、木っ端でも貴族だし。」
「木っ端と言うがどの地位なんだ?」
「準男爵ね。先祖が大きな功績を立てて賜ったそうよ。」

 騎士ほどではないが木っ端だった。ほぼ名誉爵といったところか?

「でも、領地は持ってないよな?」
「そうね。王都の実家が領地みたいなものだけど。
 当時の陛下に与えられた土地を、ずっと引き継いできたのよ。ただ、維持するために本業のある本家と別れちゃったらしくてね、貴族なのに分家というパターンなのよ…」

 恐らく、一家では父さんとソニアの関係だろう。本業でここに居られないが、返上すると関係が…という所か。
 存分に活用しているので、エディさんに返すことはないだろうが…将来は分からないな。

「あぁ…ディモスはそういうの多いな。
 父上は宮仕えか?」
「城の雑務を仕切ってるそうよ。
 と言っても、決まったことをやるだけだから楽なものじゃないかしら。」
「気苦労の多い中間管理職じゃないか…」
「…言われてみればそうね。」

 ドートレス家は苦労人ポジションの宿命でも背負っているのか?

「今度からお父様にポーションを差し入れることにするわ…」

 父親思いのアリスがそんな決意をしたところで、無事に我が家へ到着した。 

「嫌な気配はあったが何もなかったな。」
「そうね。でも、これで正体が分かったわ。」
「…マフィアか?」
「その線ね。治安が良くなって困ってるんでしょ。囲い込んでおきたいところだけど…こういうのに強いカトリーナとユキが使えないのが痛いわね。」
「そうだなぁ。流石に遥香を使うわけにもいかないし…」

 父さんもダメだろう。潰すには良いが、協力関係となると…

「柊か…」
「そうね。他に適役が居ないもの。」
「誰をサポートにつけるか…ただいま。」

 話し合いながら玄関を潜る。

『お帰りなさいませ。奥様方。』

 出迎えてくれたメイド達を見て、ポンと手を叩く。

「良い人材が居たわ。」

 どうやら厄介事の担当が決まったようである。




 アウトサイダー共の相手は一家の力自慢とひねくれ者に任せるが、お目付け役として私も付いていくことになった。
 そのひねくれ者共は魔眼、魔声コンビのサンドラとアンナだ。
 冬の間にしっかりと訓練は積んでいるので、そこらのチンピラに遅れを取ることは無いだろう。

 懸念材料の魔眼と魔声だが、魔眼対策は完璧だが、完璧なコントロールには至らない。
 魔力による現象という事は分かったので、魔力を遮断するレンズを梓が、魔声はスカーフとマフラーをアリスが開発した。
 喉だけでは完全な抑制とはいかないが、8割程度まで効果を抑えられるので、良好と言える結果だろう。
 ただ、衝動という効果を考えると、8割では効果が不足しているかもしれない。あの妙にカッコいい地声で囁かれたら落ちてしまう気がする。

「なんとなく姉さんの好みが分かった気がする。」
「そ、そんな分かりやすくはないはずだ。
 それより、マフィアというチンピラより厄介な相手だが大丈夫か?」
「うーん。人である限り怖いとは思わないけど、厄介は嫌だね。」
「お前も可愛いことを言うなぁ。」
「か、かわいい?」
「お化けが怖いとか言うなよ?」

 柊にそんなことを言われると、オバケの相手は父さん以外に頼れなくなってしまうじゃないか。

「お、オバケなんてへっちゃらだよ。」
「次女よ、男装してた頃の鋭さは何処へいった。そんなもん、フォースインパクトで吹き散らしてやれ。」
「わ、分かった。」

 かわいい大きな妹の事は置いといて、わたしたちは互いの服装を確認する。
 冒険用の服の上に古着をダメージ加工して着ているが、カッコいい次女が着ると実にカッコいい。
 魔眼、魔声…魔魔コンビも似たような格好で、今回はサンドラは眼鏡ではなく、フードを深く被せ、布で目を隠させている。
 わたしも似たような格好で、姉妹感を臭わせておく。手を握って歩けばそう見えるだろう。
 アンナもフードを被っているが、表情がしっかりわかる。
 闘技大会本戦前の最後の仕事、子供たちを快く送り出す為にしっかり解決しておきたいものだ。

「姉さん、準備はいいな?」
「はい。準備はできていま…できている。」

 サンドラが喋り方をわたしに寄せてくれた。癖が抜けないようだが、まあ大丈夫だろう。
 頭には角に着けるカバーを、カモフラージュで着けている。ヘアバンドにカバーを着けるだけの簡単な偽装だ。

「アンナ。」
「大丈夫。出来ているよ。」

 こちらは特に偽装はしていない。どう見ても良い声の生意気ドワーフ娘だ。

「今日の主役は柊だが、話し合いのフェイズになったら、わたしたちに任せてもらおう。」
「わかったよ。」

 さあ、目障りなネズミ掃除の始まりだ。
 秩序を乱すはみ出し者には悔い改めてもらおうか。
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