召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1部

89話

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 裸だったのでカトリーナから念のために用意してもらっていた着替えを貰い、とりあえず格好が付く。裸足だが、ステータスが高いのでそれほど影響はない。
 亜空間倉庫の中身を確認してみたが、体が壊れた影響で制御外になってしまっていたようで、ほぼ朽ち果てていた。どこかでこっそり処分する必要がある。

 アリスに早速注意されたが、新たに生えた角はあまり尖らせない方が良いとの事。わりとあちこちに引っ掛けて破ったり、怪我をさせることもあるそうだ。

「おとーちゃん、ファイナルストライク知ってたんだね。」

 ビフレストの復路で梓に言われる。
 心配掛けた責任を取れと言われ、オレは遥香を肩車している状態だ。

「まあな。切り札や雑魚散らしとして知識には入れておいた。」
「職人泣かせの一撃だけど、それが命を救う一撃なら本望だよ。」

 柄だけとなってしまった遥香の物に作り直された剣。梓はそれを眺めながら言う。

「信頼できる職人の剣だから出来る一撃でもあるな。そこらのなまくらじゃそもそもチャージに耐えられない。」
「この子は信頼に答えてくれた?」

 愛しそうに、少し残念そうに柄を手にして撫でる。

「ああ。あいつに一撃かましてやったんだ。かすり傷だったが、俗世の武器には出来ない芸当だよ。」
「いよいよ神々の領域に達しちゃってたのかー…」
「まだそっちに用はないけどな。」
「そうだねー。こっちでやり残してることいっぱいあるもんね。」

 まだ、この世界に用がある。果たしていない約束もある。ゲームでも行けていない場所だってたくさんあるからな。

「末っ子は弟か妹を所望します。」

 唐突に末っ子がとんでもない事を言い出した。

「そうなると、また数年は足止めだぞ?」
「…まだ良いや。」
「出産、育児に10年は掛かりますからね…」

 ソニアを思い浮かべると、しっかり分別のついてそうな15年は欲しいところだが。

「すぐは無理かー…」
「お母さん二人との子供は生まれてくるのはディモスで確定だね。」
「あたしとの子は灰色エルフになっちまいやすねぇ。」
「おぉ…なんだかかっこいい?」

 遥香が期待するように想像を膨らませていく。

「まあ、なかなか厳しい人生になりやすが…」
「そう言えば、灰色って見たこと無いね。」
「伝承の影響でほぼ忌み子ですぜ。異種族間の恋愛はあっても、表立っての出産、婚姻は聞いたことありやせんし。」
「そうなんだ…」

  なかなか根深い問題がありそうだ。

「みんな隠しておりやす。まあ、西方エルフがその系統という話もありやすが…」
「歴史が長すぎて証明する史料がありませんわ。」
「当の西方エルフが隠している可能性すらありやす。お嬢様がたには区別せずに付き合っていただけたらと…」

 その辺りは一家内では大丈夫だろう。まあ、問題があるとすれば外でだろう。

「お父さんとユキの子って手に負えなくなりそう。」
「どういう意味ですかい!」
「性格が曲者すぎて…」
「…そこは皆様次第でもありやすんで。」
「男の子だとかっこよくなりそうだ。」
「そうだねー。背は低いかもしれないけど、運動神経とても良さそう。」
「クラスに一人はいるタイプだね。」

 なんとなく想像がつくが、手に余りそうな性格な気がする。いや、親を反面教師にするのか?
 皆の視線はカトリーナに移る。

「長身の執事が生まれる可能性。」
「アサシンに育てたい。」
「物騒なことを言うな末っ子。」
「えー?」
「いや、フェルナンドさんみたいになるのではー?」
『ッハ!?』

 カトリーナの逞しさを考えると、その可能性が捨てきれない…
 とは言え、あれでカトリーナは太い訳じゃないからな。子供はわりと細身かもしれない。

「フェルナンドさんみたいな執事もそれはそれで…」
「めげないな長女。」
「めちゃくちゃ頼られそうだねー」
「どう鍛えるかは本人の意志なので…」
『ですよねー』

 そして、バニラが持つ通話器に視線が集まる。

『プレッシャーを感じるわ…』
「当家の嫡男を何卒。」
『そうなるのね…』
「アリス似の男子は女子が放っておかないだろうなぁ。」
「母のお眼鏡に敵わないと、女子は門すら潜らせてもらえない当家。」
『そこまで厳しくしないわよ。母親が放蕩三昧してるんだから。』
「それもそうか。」

 バニラが素直に納得すると、通話器から呻き声が聞こえる。そこは、そんな事ない、と言ってもらいたかったのかもしれない。

『だから母親らしさが無いのかしら…』
「そのままで居てください。」
『…遥香は少し厳しくしないといけないようね?』
「そんなー」
「末っ子のクソガキな部分は散々見てきたからな。」
「…言い返せない。」

 バニラがオレの顔を見て笑う。

「その言い方、ヒガンが戻ってきたな。」
「うん。間違いなくヒガン。」
「おとーちゃん、というよりヒガン。」
「確かにヒガンだね。」

 娘たちに名前を連呼されてむず痒い。四人とも、分かってて言っているようだ。

「でも、もう、一人で全部背負って戦うのはやめて。
 三度もあんな思いはしたくないよ…」

 遥香がそう言いながら頬をぐにぐにしてくる。いつかの仕返しのようだ。

「本当に本当に怖かったんだから…」

 そう言って肩から降り、背後から抱き締めてくる。

「そうか…」

 すっかり背の伸びた遥香。
 リンゴだった頃の幼さを感じない体つきだが、心はまだそこまで成長はしていない。

「何が大丈夫なものか、お前だってボロボロじゃないか…」

 オレの前に移動させて成長した姿をじっくり見ると、鎧はなく服もボロボロ。だが、傷はもう無いようである。
 正面で向かい合うと、少し照れ臭そうに視線を逸らされた。
 オーディンが手加減していたとは言え、あの一撃は遥香達の必死さが導いてくれた一撃。あまり茶化したくはない。
 柔らかい頬と目尻を撫でると、驚いた顔をしてからオレの方を見てくれた。

「また、鎧作って貰わなくちゃ。」
「予備の剣も服もだよ。しかも二人分!
 また寝る時間が無くなっちゃうよー」

 ぼやく梓。でも、そこに不機嫌さは全く無く、誇らしさに満ちている。
 鎧は間違いなく遥香の命を守り、盾は最後までオレたちを守り、剣は神に一発かましてやったのだ。自信にならないはずがない。

「しばらく足止めだな。準備が必要だ。」
「そうですわね。私たちも休まないといけませんから。」

 ボロボロなのは遥香だけではない。もう全員が出し尽くしている。こうして歩くのもキツいはずだ。

「早く帰ろう。アリスたちが待っているからな。」
『ええ。もう準備を始めてるわ。待ってるわよ。』

 そこで通話は終わる。
 目の前にあった転送門を潜ると、またもや冒険者に囲まれていた。

『あっ…どうぞ、お通り下さい…』
「…すまんな。」

 声を合わせて道を譲られたので、謝りながらそそくさと通り抜けた。
 見ていると、どうやら意気揚々と出発しようとしたタイミングだったようだ。申し訳ない。

「イグドラシル挑んでる人、増えてきたね。」
「そうだな。ちゃんと踏破できるのは多くないだろうが…」
「…生きて戻る。それが出来る人達なら踏破できるよ。私たちみたいに。」

 遥香がイグドラシルを見上げながら言う。
 果てしないと思ったビフレスト。それを越え、試練を越え、ようやく掴んだ自由。
 自分の足で、補助器具なしで、見慣れた街を歩けているのが堪らなく嬉しかった。

「ヒガン殿!」

 総領府の敷地に入ると、フェルナンドさんに呼び止められた。

「ご無沙汰しております。」
「挨拶は良い。それよりその姿…そうか。ついに…」
「閣下にも大変お世話になりました。」
「なに、力になれて光栄だ。それより…エルフではなかったか…」

 しょんぼりする閣下。体躯の大きさに似合わぬしょんぼり具合だ。

『お父様…』

 娘二人に微妙な眼差しを向けられる。

「い、いや、別にどちらか娶って貰えれば…とか思っていた訳ではないぞ…」
「それは二人次第ですよ。」
「そうか!期待してるぞ娘たちよ!」

 期待を隠せない父親である。
 異種族婚を求める総領で大丈夫なのだろうか…?

「…大丈夫。私は家を継がないから肩書きは無いよ?」 

 そう言って、ジュリアが腕にふくよかを押し付けてくる。

「じゅ、ジュリア、今までと違うからそういうのは遠慮していただきたく…」
『えっ』

 全員がオレの言葉の意味に気付き、そわそわし始める。
 オレをなんだと思っているんだ。

「迂闊に抱き付けないじゃないか…」
「いや、バニラは平気じゃないか?」
「返事が早い!オブラートがない!」

 間髪を入れない答えに嘆くバニラ。

「…私も10歳からやり直したい。栄養と生活改善でワンチャン。」
「できるぞ。そういう項目があったからな。オレはそのままを選んだが。」
『ほほう…』

 興味津々という全員。

「お父様。」
「いや、それは勘弁して欲しい…」

 フィオナの言いたいことを察したのか、やめるよう懇願する父親。

「政略結婚でもなんでも受け入れますわ。そして、子供を育てた後なら…」
「離婚再婚前提の政略結婚を組む父の心労も察してやれ…」
「旦那も子供もグレそう。」

  フィオナの爆弾発現に、ツッコミを入れるバニラと遥香。
 流石にそれは相手と子供が可哀想だ。

「…ままなりませんわね。」
「フェルナンドさんがもう一人作れば…」
「奥方は?」
「扱いがぞんざいだと別居中ですわ…」
「フェルナンドさん…」

 あまりの事情に呆れてしまう。

「仕事や訓練が多くてと言いたいが、両立できて当たり前だからな…」
「そういう事ではなく、せめて居るものとして扱っていれば…」

 深刻な理由だった。意外な弱点を聞いてしまった気がする。

「フェルナンドさん…」
「娘が出来てから、距離感が…」
「私たちと同じ様に話せば良いのに…」

 はぁ、と深いタメ息を吐くフィオナ。
 変な所が不器用な閣下、いや、フェルナンドさん。

「休養日の間はお母様との橋渡しに尽力させて頂きますわ。旦那様…いえ、ヒガン様も協力下さいませ。」
「良いぞ。家族の頼みだからな。」

 色々と世話になった総領様の為ならいくらでも力になりたい。
 オレの返事に何を思ったのか、フィオナがニンマリと柊を見る。

「フィオナの押しが強くなってきた…」

 ちょっと引き気味に言う柊。
 フィオナは何を企んでいるのか?

「シュウを娘と呼ぶ日が楽しみですわ。娘は母に勝てませんから。」
「…ハッ!?そうか…そういう事か!」

 驚く柊だが、それはオレも同じ。
 そういう魂胆だったのかお嬢様。

「ソニアはお父さん狙ってないよね…」
「いや、流石にあの子が大人になる頃にはオレは…」
「転生したの忘れてない?」
「あっ」

 なんだか色々なことが狂ってきたので、一度じっくりと自分を見直す必要がありそうだ…

「…待って、転生しないとソニアが大人になる頃には私おばさんなのでは?」
『はっ!?』

 娘全員がその事実に気付いてしまう。

「というか、アリスより先におばあさんですわね?カトリーナさんとは同じくらいかと。」
『えっ』

 全員がカトリーナを見る。

「私の寿命はあと100年ほどでしょうか。」

 全員が微妙な表情になり、同時に頷く。

『転生する!』

 声まで揃えて宣言したのだった。




『お帰りなさいませ、旦那様!お嬢様方!』

  ようやく家に着くと、アリスとメイドたちが世代に出迎えてくれた。よくクラッカーなんて準備できたな。

「お帰りなさい。ずっと待ってたんだから…」

 感極まった アリスがオレに抱き着いてきた。
 オレもしっかり抱き締め、後ろ頭を撫でる。

「本当に色々と苦労を掛けたな。これからは少し楽になる。」
「…やだ。」
「え?」
「…少しじゃ嫌。もっと楽にさせて欲しい。」
「善処する…」
「よろしい。」

 そう言うと、目尻に涙を浮かべながらオレから離れた。

「先に少し話しておきたいことがある。」

 全員が揃ったタイミング。皆に言わないといけないことはたくさんある。
 視線が集中し、色々な表情を向けられている。
 不安そうな者、ワクワクする者、何事かと困惑する者、真意を探ろうとする者、緊張する者、ぼんやり見ている者。

「みんな、ありがとう。今日まで本当に苦労を掛けた。
 特にアリスは、面倒な交渉ごとをこなしてくれて感謝しきれない。製薬したポーションにも救われた、ありがとう。
 フィオナもリーダーとして本当によく指揮してくれた。ヘイムダル戦の指揮、見事だった。」

 照れる二人。特にこの二人が居なくてはダメだった事があまりにも多い。

「カトリーナ、家の切り盛りだけでなく、オレの世話、最後は攻略参加までして大変だっただろう。ありがとう。」

 照れたような笑みを浮かべ、深々と綺麗に頭を下げる。

「バニラ、魔法だけでなく、製薬、魔導具と本当によく支えてくれた。最後は本当に助かった。」

 少し微妙な笑みを浮かべ首を横に振る。オーバードライブを使ったのは不本意だったのだろう。

「柊、攻略、オレの階層更新とよく活躍してくれた。あのフォースインパクト、とても良かったぞ。」

 自信を得たかのように力強く頷く。柊の一撃がヘイムダルの降参を導いた感じがあったからな。

「梓、戦闘での防御も見事だったが、お前の装備は材料さえあれば神に届く事を証明した。自信を持て。あと、ちゃんと休め。」

 頭を掻きながら照れ笑いする。働き過ぎの三女はしっかり休ませてやりたい。

「遥香。お前はもう十分強い。剣技ではもう勝てないよ。だから、もっと余裕を持ってくれ。これからは力だけで解決しようとするなよ。」

 嬉しそうだが、何処か寂しそうに頷いた。
 一番成長したのは間違いなく遥香。見た目だけでなく、得た知識、技術、経験をしっかり将来の為に昇華してもらいたい。

「アクア、お前に何度救われたか分からない。いつも話し相手になってくれて感謝している。奴隷解放の手続きはちゃんとしてやるからちょっと待っててくれ。」
「ありがとうございます!」

 お礼と共に思いっきり頭を下げた。

「ノラ、庭の手入れ、ありがとう。季節ごとの変化を楽しませてもらっている。これからも頼むぞ。」

 あまり言えることはないのだが、それでも十分だったようで満面の笑みを返してくれた。

「メイプル。お前の歌は本当に一家の救いになったよ。バトルソングにも助けられた。ありがとう。」

 感極まった様子で深々と頭を下げる。
 最後のピースと言っても良い活躍をしてくれたメイプル。もし、あの歌が無いと、アクアとノラを連れてという事になっていたかもしれず、それでも勝てたかはかなり怪しい。

「最後にココア。」
「はい。」
「今の全てはお前たちのおかげだと言っても良い。100年を越える苦難、オレでは労える言葉が見つけられないよ。」
「良いのです。もう、十分幸福をいただきましたから…」
「そう言うな。オーディンと少し話す機会があってお前の事も話してきた。向こうはちゃんと知っていたよ。」
「…そう、ですか。」
「力になると約束してくれた。どの程度かは分からないがな。」
「…っ!」
「準備が出来たらもう一度行こうと思う。ココアを連れて、オーディンの元へ。」

 驚きの声が上がる。

「また、ハードな目標が出来たな。」

 バニラがココアの肩に手を乗せて言う。

「大丈夫。今度はお父さんもいるから。」

 遥香が逆の肩に手を乗せて言う。

「ココアの装備を作らないとね。せめて、見た目だけでもそれっぽくしないと。」

 梓がココアを後ろから抱き締めながら言う。

「わ、私も行きたいです!ビフレストと、ビフレストからの光景を絵に残したいです!」
「あたしは転生したいです!」

 アクアとメイプルも名乗りを上げた。

「…もうしばらくここでお世話になりそうね、旦那様?」

 アリスが何か含みがありそうに言う。

「そうだな。だが、その前にやることがある。」

 腕を組み、皆を見渡す。

「旧ヒュマス領を解放に行くぞ。オリハルコン稼ぎだ。」
『お、おぉー…』

 微妙な感じでオレの話は終わってしまった。
 みんな、手に入れるのにどんだけ苦労したんだ…
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