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第1部
81話
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お披露目会は大成功だったと言って良いだろう。全員がメイプルとその歌を好意的に受け入れてくれた。
メイプルも【歌唱】【演奏】のスキルが生えた事で、より自信を持つ事ができたようだが、みんなの前で歌う時はスキルは外しているそうで、練習の時に積極的に鍛えるらしい。いずれ、これを活用して戦闘に加わることもあるかもしれない。
プレアデスが一家の流行となってしまっているのは言うまでもなく、鼻歌に留まらず、誰かが歌うと何人かで歌ったりすることもあるほどだ。その様子を見たメイプルの目が潤んでいるのを、度々目撃している。
自分の創造したものを種族、文化を越えて受け入れられた心中を、勝手に察するのはなんだか烏滸がましく思えた。
賑やかで和やかな休日はすぐに終わり、イグドラシル攻略へと皆が向かう。
初めての見送りにメイプルだけ緊張していた様子だが、いつも通りに気楽に送り出した。
ここからが本番ではあるが、ここまで来たら変わったことはしない方が良いだろう。
「はあ…緊張しますね…」
「すぐ慣れる。まあ、そろそろ終わりだろうけどな。」
「それもみんな次第、私たちは私たちの仕事をしましょう。」
『はい!』
全員、家の中に戻り、それぞれの仕事を始めた。オレにはノラの頬をむにむにするくらいしか無いが。
遥香がされてるのを見て以来、よく要求されているのだが、そんなに心地好いのだろうか。不思議である。
「素材は冒険者ギルドに、他組織との交渉は総領様に一任しておりますのでお帰り下さい。」
「しかし、そちらにとっても…」
「お、か、え、り、下さい。」
誰だか分からないが、取り付く島もないと判断してか帰っていった。
「誰でしょうか?」
事情を知らないメイプルが尋ねてくる。
今日は特に仕事が無いようで、ずっと側で練習を聴かせてもらっていた。
「服装から宗教だな。例のイグドラシルを聖地として熱心に信仰している所だろう。」
「ああ、あの騒音公害の…」
酷い例えだが、的確すぎて思わず吹き出す。
他者の信仰を土足で踏みにじるつもりはないが、家の前で活動を始めたりと、生活や行動に支障を来すなら別だ。
「規模としては大きくないそうだ。
まあ、イグドラシル信仰自体は亜人全体にとって当然の物で、わざわざ宗教という形にする理由が分からない、というのが本音らしいが。」
「そこに利益を見出だしたのですかね。」
「最初は純然たる信仰だったんだろうけどな。オレたちに知る由もないが。」
「まあ、Vもアイドルみたいなものだったので、私には分かる話ですが…」
「ほほう?ちょっと聞かせてもらえる?」
聞こえていたのか、アリスが興味深そうに尋ねる。
そもそもVとは何かという話まで遡り、バーチャルアイドル、架空の偶像という用意された存在しない誰かを演じるもので、多岐に渡る活動内容まで説明された。
「なにもかもが虚構、とアクアが言っていたな。」
「…間違っていません。ですが、全てが嘘だと、どんな完璧なキャラクターでも人は惹かれないのですよ。
だから何か本物を持つ努力をするんです。それが私の場合は音楽でした。」
「…分かる気がするわ。
あの信者たちにとっての本物は、希少なイグドラシル産のアイテムなのでしょうね。」
「イグドラシルの果実水は聖水か?」
「臭くて堪らないのよあれ…」
「そんなものあるのですか?」
「持ってきますね。」
「私のは別のにしてね!?」
活動には資金が必要というのは何処も一緒だろう。信仰を、お布施を集める為に利用するのでは?というメイプルの見解だ。
「人気がないと大きな事は出来ませんし、やらせてもらえませんからね。最初は本当に資金集めに苦労しましたから…
見た目が永遠に変わらない、という事は、老いない数多の先人が居るという事です。先人があまりにも多い歌と踊りは、本当に交渉が大変でした。」
「何十人も居たの?」
「恐らく有名と言えるのは、一般的にそれなりの知名度の方々だけで数千を越え、特定の分野のみだと万を軽く越えるかと思います。誰でもなれる、と裾野は広かったので。」
「五桁…とんでもない分野ね…
その中で天下に手が届きそうだったって言われてるんだから、大したものよ。」
素直に称賛を送るアリス。
「旦那様は、シェラリアのトッププレイヤーだと伺っております。
あのゲームはその比ではありません。全員が旦那様と同じ分野で頂点を目指した訳ではないでしょうが、最盛期には億を越える中の選りすぐりの数十人、その中のある分野でのトップですので。」
「どんだけ研鑽を重ねていたのよ…」
信じられないという顔でオレを見る。
オレにも信じられないよ。
「魔法の無い世界で魔力制御器官が生えてる、なんて言われるのは相当おかしいことですよ…
私もメイプルとして触れましたが、最初は本当に何も出ませんからね。」
「それはこちらでも同じ普通よ。完全に式で制御された魔法を覚え、使っていくことで制御の感覚を磨くの。
無からいきなり発動するのは異常だからね?
私やバニラ、フィオナがヴォイド属性を使えるのは、この人の制御を直接見て、感じたからこそなのよ…」
「ああ、それでアリス様は…」
メイプルが意味深な笑みと視線をアリスに向ける。察したのか、顔を赤くしてアリスはたじろいでいた。
「な、何よ?」
「いえ、羨ましいなと。
私は最初から最後まで一人で管理してましたからね。出来ない事だけ、外に依頼しましたから。」
「音楽に関してはこれからもそうよ?」
何気ない様子の一言に、メイプルは強く決意をするように頷く。
「ええ。分かっております。
向こうでは先人の幻影を追って走ってましたが、こちらでは先駆者なんだな、と思うと、胸が熱くなりますよ。」
「この人も、きっとそうだったんでしょうね。
頼まれなくても指導して、才能を開花させる光景を何度も見てきたもの。小さい子相手に教えすぎだって、カトリーナに怒られてた事もあったわね。」
「指導者としても優れていたのですね…羨ましいな。」
羨望のような眼差しをオレに向けてくる。
オレの事だが、オレの事ではない気がして居心地が悪い。
「手慣れてたわね。きっとシェラリア?で何度もやって来た事だったのでしょう。
最初は理解されなくて、困惑してそうな様子も思い浮かぶわ。」
「やってることが天才の領域ですから、最初に指導された人は本当に困ったでしょうね。」
オレを見て笑う二人。
全く身に覚えがないが、そうだったのではないかと想像はできる。
アクアから、オレたちには冷やしたイグドラシル水が、アリスだけは普通の果実水が出される。
「おおぅ…ミカン味だ…」
「そうですよね。みんなそう言うんですよ。」
「こんな臭いの、当たり前に食べてるのが恐ろしい。」
相変わらず、イグドラシル水の事になると渋い顔になるアリス。
「異種族、異文化なんだと実感しますね…」
「ん?なんだかメイプルの声が…」
「どうしましたか?」
「…メイプルの声がメイプルになってきてますね。」
妙に甲高く、顔の雰囲気と合わない声になってしまっている。どういう事だ。
「えぇ…普通に喋ってるのにそれは困ります…」
「…なんだか贅沢な話になってきたわね。」
「声が響きすぎて内緒話が…」
「ああ、確かに…」
「意外な欠点が…」
「あ、ああー、あー。これくらいなら。」
「野太くなったわね。」
「内緒話はこれでしましょう。」
「くくっ…笑いそうで困るわ。」
笑いを堪えるアリスを他所に、イグドラシル水を飲み干し、一曲歌ってみるメイプル。高音がビックリするほど綺麗に通り、最初の掠れ気味な歌声は記憶から消え去りそうな程だった。
「どうでしたか?」
「みんなが居ないのが口惜しい。」
「わかる…わかるわ…みんなで感動を分かち合いたい!」
「あ"ぁ~推しが目の前で完璧に歌ってくれて心が」
「おお、スキルレベルがめちゃくちゃ上がりましたね…」
「私も落書きを完成させたら、めちゃくちゃ上がりましたよ。」
「芸術系ってそういう仕組みなのね…」
興味深そうに二人を見るアリス。
生産担当としては他が気になるのだろう。
「裁縫は?」
「回数あるのみよ…」
「芸術分類じゃないんですね…」
「素材の等級が高いから、みんなの作ったり、直したりしてガンガン上がってるからマシよ。
メイプルのも、ちゃんと新しいの準備してるから待っててね。」
「ありがとうございます。」
「…変化するのは声だけよね?体型は変わらないわよね?」
「大丈夫…だと思います。」
アクアの腹の辺りを気にする辺り、そういう事なのだろう。二人とも、ジュリア程ではないが食べる量が多い。
「二人とも、今が痩せすぎてるからきっと大丈夫よ…」
『はい…』
アリスはメイプルの腹を見つめ、メイプルは目を逸らして頷いていた。
攻略班出発から三日目。
宗教組織、正統イグドラシル教からの圧力が強くなって来る。
信者数十人と、今までにない規模で家の前で説教を始めるのは参った。信仰をどうこう言うつもりは無いが、流石に迷惑だ。
『我らの先祖の御霊はイグドラシルの実となりて』とか、『イグドラシルに住まいし聖獣を蹂躙する者に神罰を』とか、オレたちを狙い撃ちにするような文言なだけに、単純な嫌がらせだろうと総領府や懇意にしている冒険者だけでなく、今後挑む可能性のある大手チームも意見を共にしていた。利害によるものであっても、心強い味方がいるのは助かる。
ただ、各ギルド、フェルナンドさんとの協定でアイテムを外に流さない事になっているので、イグドラシルの実一つ与えて追い払う、みたいな事も出来ない。
一番厄介なのは、出入り口を塞がれてこちらから総領府に助けを求められないという事だ。ユキが居ればどうとでもなるが…
「参ったわね…仕事にならないわ。」
「そうですねぇ…気が散って集中する作業は無理ですよね…」
ゲンナリした様子でテーブルに顎を乗せるアリス。ここまでなのは珍しい。
「ただいまー。」
「戻って来たわね。」
手を引かれて玄関へ行くと、困惑した様子で攻略班が並んでいた。
『お帰りなさいませ!お嬢様方!』
「お帰り。今回も大変だったようね。」
メイド達と手を引いてくれたアリスが、先に出迎えの挨拶をする。
「お疲れ様。無事で何よりだ。」
オレが出迎えの挨拶をすると、遥香が険しい顔でこちらにやって来る。
「玄関前の連中、どうすれば良い?」
「待って!待って!あれに荒事はNGだから!ちゃんと考えてるから!」
剣に手を掛ける遥香を大慌てで止めるアリス。相手が相手なだけに、先制して制圧は悪手のようだ。
亜空間収納から手紙を取り出してユキに見せる。
「大変だけど総領府までお願い。返事は即日よ。」
「わかりやした。行ってきやすぜ。」
手紙を受け取ると影に落ちる。いつも思うが、あれはどうなっているのだろうか。
「ハルカ、建築魔法の出番があるかもしれないからお風呂は待ってね。」
「わかった。」
「ノラ、今後は庭を衛兵の休憩所として開放するからそのつもりで。」
「はーい。」
「兵を常駐させるのですか?」
「いいえ、巡回ルートの休憩地点にするのよ。
それだけで効果は見込めるはずだからね。
対応はアクアに任せるわ。ココアじゃ、まだいざという時に対応できないでしょうから。」
「はい。衛兵さんとは訓練で顔を合わせているのでお任せください。」
「心強いわ。さて、あとは…」
アリスが指示を出し終え、外が騒がしくなると、兵とユキがやって来た。
「失礼します。」
「戻りやしたぜ。」
「フェルナンドさんは?」
「待ってました、と言わんばかりに斧持って出ていきやしたぜ。」
「お父様…」
容易く想像できる辺り、期待を裏切らない。
「許可も得ました。やっちゃって良いそうです。」
「わかったわ。じゃあ、ハルカ、アクア、衛兵の方もついてきて。」
そう言って出ていくと、すぐに地響きのようなものが遠くと近くで何度か聞こえてくる。
仕事を終えたのか、スッキリした様子でアリスと遥香が戻って来た。
「総領府経由でしか家に入れないようにしておいたわ。ちょっと不便だけど、まあ厄介なのが寄り付きにくくはなるでしょう。」
「思い切りましたね…」
「確実な手が他になかったわ。武力は禁じ手だし、交渉も無意味だし…」
「厄介な連中だ。」
「全くよ。」
腰に手を当て、ふん、と鼻で息を吐き、してやったという表情を見せる。
遥香はいつの間にか風呂場へ向かったようで姿がない。
「これで諦めなかったら、総領府を動かしてどうにかするしかないわね。」
「お手柔らかにな。」
カトリーナたち、先に風呂に入っていた連中が戻ってくる。
状況を説明すると、仕方ないですねと納得してくれた。
「皆様のように力や名声があっても、厄介ごとは付いて回るのですね…」
「宗教は全く違う力を振るうからね。根城を潰すだけなら楽だけど、後が大変だし。」
「そうですか…」
「恐らく、信仰を潰せるのはより優れた信仰の布教だけよ。それは私たちにはないけど…」
「けど?」
「信仰に変わる力、あなたにはあるわよね?」
「…そうですね。ある種の信仰ですから。」
必要あらば、と決意に満ちた表情を見せる。
「メイプルの歌をそう使うのは嫌だなぁ…」
バニラは不満を口にする。
好きだからこそ、というのは、アリスもメイプルも分かっているだろう。
「結果的にそうなれば良いのよ。あちこちで歌えば、それ自体が宣伝になるわ。それに、」
「それに?」
「メイプルを真似する人が増えたら、世の中ちょっと楽しそうじゃない?」
アリスの本音に、メイプルは笑顔で頷いた。
この二人はいいコンビになりそうである。
メイプルも【歌唱】【演奏】のスキルが生えた事で、より自信を持つ事ができたようだが、みんなの前で歌う時はスキルは外しているそうで、練習の時に積極的に鍛えるらしい。いずれ、これを活用して戦闘に加わることもあるかもしれない。
プレアデスが一家の流行となってしまっているのは言うまでもなく、鼻歌に留まらず、誰かが歌うと何人かで歌ったりすることもあるほどだ。その様子を見たメイプルの目が潤んでいるのを、度々目撃している。
自分の創造したものを種族、文化を越えて受け入れられた心中を、勝手に察するのはなんだか烏滸がましく思えた。
賑やかで和やかな休日はすぐに終わり、イグドラシル攻略へと皆が向かう。
初めての見送りにメイプルだけ緊張していた様子だが、いつも通りに気楽に送り出した。
ここからが本番ではあるが、ここまで来たら変わったことはしない方が良いだろう。
「はあ…緊張しますね…」
「すぐ慣れる。まあ、そろそろ終わりだろうけどな。」
「それもみんな次第、私たちは私たちの仕事をしましょう。」
『はい!』
全員、家の中に戻り、それぞれの仕事を始めた。オレにはノラの頬をむにむにするくらいしか無いが。
遥香がされてるのを見て以来、よく要求されているのだが、そんなに心地好いのだろうか。不思議である。
「素材は冒険者ギルドに、他組織との交渉は総領様に一任しておりますのでお帰り下さい。」
「しかし、そちらにとっても…」
「お、か、え、り、下さい。」
誰だか分からないが、取り付く島もないと判断してか帰っていった。
「誰でしょうか?」
事情を知らないメイプルが尋ねてくる。
今日は特に仕事が無いようで、ずっと側で練習を聴かせてもらっていた。
「服装から宗教だな。例のイグドラシルを聖地として熱心に信仰している所だろう。」
「ああ、あの騒音公害の…」
酷い例えだが、的確すぎて思わず吹き出す。
他者の信仰を土足で踏みにじるつもりはないが、家の前で活動を始めたりと、生活や行動に支障を来すなら別だ。
「規模としては大きくないそうだ。
まあ、イグドラシル信仰自体は亜人全体にとって当然の物で、わざわざ宗教という形にする理由が分からない、というのが本音らしいが。」
「そこに利益を見出だしたのですかね。」
「最初は純然たる信仰だったんだろうけどな。オレたちに知る由もないが。」
「まあ、Vもアイドルみたいなものだったので、私には分かる話ですが…」
「ほほう?ちょっと聞かせてもらえる?」
聞こえていたのか、アリスが興味深そうに尋ねる。
そもそもVとは何かという話まで遡り、バーチャルアイドル、架空の偶像という用意された存在しない誰かを演じるもので、多岐に渡る活動内容まで説明された。
「なにもかもが虚構、とアクアが言っていたな。」
「…間違っていません。ですが、全てが嘘だと、どんな完璧なキャラクターでも人は惹かれないのですよ。
だから何か本物を持つ努力をするんです。それが私の場合は音楽でした。」
「…分かる気がするわ。
あの信者たちにとっての本物は、希少なイグドラシル産のアイテムなのでしょうね。」
「イグドラシルの果実水は聖水か?」
「臭くて堪らないのよあれ…」
「そんなものあるのですか?」
「持ってきますね。」
「私のは別のにしてね!?」
活動には資金が必要というのは何処も一緒だろう。信仰を、お布施を集める為に利用するのでは?というメイプルの見解だ。
「人気がないと大きな事は出来ませんし、やらせてもらえませんからね。最初は本当に資金集めに苦労しましたから…
見た目が永遠に変わらない、という事は、老いない数多の先人が居るという事です。先人があまりにも多い歌と踊りは、本当に交渉が大変でした。」
「何十人も居たの?」
「恐らく有名と言えるのは、一般的にそれなりの知名度の方々だけで数千を越え、特定の分野のみだと万を軽く越えるかと思います。誰でもなれる、と裾野は広かったので。」
「五桁…とんでもない分野ね…
その中で天下に手が届きそうだったって言われてるんだから、大したものよ。」
素直に称賛を送るアリス。
「旦那様は、シェラリアのトッププレイヤーだと伺っております。
あのゲームはその比ではありません。全員が旦那様と同じ分野で頂点を目指した訳ではないでしょうが、最盛期には億を越える中の選りすぐりの数十人、その中のある分野でのトップですので。」
「どんだけ研鑽を重ねていたのよ…」
信じられないという顔でオレを見る。
オレにも信じられないよ。
「魔法の無い世界で魔力制御器官が生えてる、なんて言われるのは相当おかしいことですよ…
私もメイプルとして触れましたが、最初は本当に何も出ませんからね。」
「それはこちらでも同じ普通よ。完全に式で制御された魔法を覚え、使っていくことで制御の感覚を磨くの。
無からいきなり発動するのは異常だからね?
私やバニラ、フィオナがヴォイド属性を使えるのは、この人の制御を直接見て、感じたからこそなのよ…」
「ああ、それでアリス様は…」
メイプルが意味深な笑みと視線をアリスに向ける。察したのか、顔を赤くしてアリスはたじろいでいた。
「な、何よ?」
「いえ、羨ましいなと。
私は最初から最後まで一人で管理してましたからね。出来ない事だけ、外に依頼しましたから。」
「音楽に関してはこれからもそうよ?」
何気ない様子の一言に、メイプルは強く決意をするように頷く。
「ええ。分かっております。
向こうでは先人の幻影を追って走ってましたが、こちらでは先駆者なんだな、と思うと、胸が熱くなりますよ。」
「この人も、きっとそうだったんでしょうね。
頼まれなくても指導して、才能を開花させる光景を何度も見てきたもの。小さい子相手に教えすぎだって、カトリーナに怒られてた事もあったわね。」
「指導者としても優れていたのですね…羨ましいな。」
羨望のような眼差しをオレに向けてくる。
オレの事だが、オレの事ではない気がして居心地が悪い。
「手慣れてたわね。きっとシェラリア?で何度もやって来た事だったのでしょう。
最初は理解されなくて、困惑してそうな様子も思い浮かぶわ。」
「やってることが天才の領域ですから、最初に指導された人は本当に困ったでしょうね。」
オレを見て笑う二人。
全く身に覚えがないが、そうだったのではないかと想像はできる。
アクアから、オレたちには冷やしたイグドラシル水が、アリスだけは普通の果実水が出される。
「おおぅ…ミカン味だ…」
「そうですよね。みんなそう言うんですよ。」
「こんな臭いの、当たり前に食べてるのが恐ろしい。」
相変わらず、イグドラシル水の事になると渋い顔になるアリス。
「異種族、異文化なんだと実感しますね…」
「ん?なんだかメイプルの声が…」
「どうしましたか?」
「…メイプルの声がメイプルになってきてますね。」
妙に甲高く、顔の雰囲気と合わない声になってしまっている。どういう事だ。
「えぇ…普通に喋ってるのにそれは困ります…」
「…なんだか贅沢な話になってきたわね。」
「声が響きすぎて内緒話が…」
「ああ、確かに…」
「意外な欠点が…」
「あ、ああー、あー。これくらいなら。」
「野太くなったわね。」
「内緒話はこれでしましょう。」
「くくっ…笑いそうで困るわ。」
笑いを堪えるアリスを他所に、イグドラシル水を飲み干し、一曲歌ってみるメイプル。高音がビックリするほど綺麗に通り、最初の掠れ気味な歌声は記憶から消え去りそうな程だった。
「どうでしたか?」
「みんなが居ないのが口惜しい。」
「わかる…わかるわ…みんなで感動を分かち合いたい!」
「あ"ぁ~推しが目の前で完璧に歌ってくれて心が」
「おお、スキルレベルがめちゃくちゃ上がりましたね…」
「私も落書きを完成させたら、めちゃくちゃ上がりましたよ。」
「芸術系ってそういう仕組みなのね…」
興味深そうに二人を見るアリス。
生産担当としては他が気になるのだろう。
「裁縫は?」
「回数あるのみよ…」
「芸術分類じゃないんですね…」
「素材の等級が高いから、みんなの作ったり、直したりしてガンガン上がってるからマシよ。
メイプルのも、ちゃんと新しいの準備してるから待っててね。」
「ありがとうございます。」
「…変化するのは声だけよね?体型は変わらないわよね?」
「大丈夫…だと思います。」
アクアの腹の辺りを気にする辺り、そういう事なのだろう。二人とも、ジュリア程ではないが食べる量が多い。
「二人とも、今が痩せすぎてるからきっと大丈夫よ…」
『はい…』
アリスはメイプルの腹を見つめ、メイプルは目を逸らして頷いていた。
攻略班出発から三日目。
宗教組織、正統イグドラシル教からの圧力が強くなって来る。
信者数十人と、今までにない規模で家の前で説教を始めるのは参った。信仰をどうこう言うつもりは無いが、流石に迷惑だ。
『我らの先祖の御霊はイグドラシルの実となりて』とか、『イグドラシルに住まいし聖獣を蹂躙する者に神罰を』とか、オレたちを狙い撃ちにするような文言なだけに、単純な嫌がらせだろうと総領府や懇意にしている冒険者だけでなく、今後挑む可能性のある大手チームも意見を共にしていた。利害によるものであっても、心強い味方がいるのは助かる。
ただ、各ギルド、フェルナンドさんとの協定でアイテムを外に流さない事になっているので、イグドラシルの実一つ与えて追い払う、みたいな事も出来ない。
一番厄介なのは、出入り口を塞がれてこちらから総領府に助けを求められないという事だ。ユキが居ればどうとでもなるが…
「参ったわね…仕事にならないわ。」
「そうですねぇ…気が散って集中する作業は無理ですよね…」
ゲンナリした様子でテーブルに顎を乗せるアリス。ここまでなのは珍しい。
「ただいまー。」
「戻って来たわね。」
手を引かれて玄関へ行くと、困惑した様子で攻略班が並んでいた。
『お帰りなさいませ!お嬢様方!』
「お帰り。今回も大変だったようね。」
メイド達と手を引いてくれたアリスが、先に出迎えの挨拶をする。
「お疲れ様。無事で何よりだ。」
オレが出迎えの挨拶をすると、遥香が険しい顔でこちらにやって来る。
「玄関前の連中、どうすれば良い?」
「待って!待って!あれに荒事はNGだから!ちゃんと考えてるから!」
剣に手を掛ける遥香を大慌てで止めるアリス。相手が相手なだけに、先制して制圧は悪手のようだ。
亜空間収納から手紙を取り出してユキに見せる。
「大変だけど総領府までお願い。返事は即日よ。」
「わかりやした。行ってきやすぜ。」
手紙を受け取ると影に落ちる。いつも思うが、あれはどうなっているのだろうか。
「ハルカ、建築魔法の出番があるかもしれないからお風呂は待ってね。」
「わかった。」
「ノラ、今後は庭を衛兵の休憩所として開放するからそのつもりで。」
「はーい。」
「兵を常駐させるのですか?」
「いいえ、巡回ルートの休憩地点にするのよ。
それだけで効果は見込めるはずだからね。
対応はアクアに任せるわ。ココアじゃ、まだいざという時に対応できないでしょうから。」
「はい。衛兵さんとは訓練で顔を合わせているのでお任せください。」
「心強いわ。さて、あとは…」
アリスが指示を出し終え、外が騒がしくなると、兵とユキがやって来た。
「失礼します。」
「戻りやしたぜ。」
「フェルナンドさんは?」
「待ってました、と言わんばかりに斧持って出ていきやしたぜ。」
「お父様…」
容易く想像できる辺り、期待を裏切らない。
「許可も得ました。やっちゃって良いそうです。」
「わかったわ。じゃあ、ハルカ、アクア、衛兵の方もついてきて。」
そう言って出ていくと、すぐに地響きのようなものが遠くと近くで何度か聞こえてくる。
仕事を終えたのか、スッキリした様子でアリスと遥香が戻って来た。
「総領府経由でしか家に入れないようにしておいたわ。ちょっと不便だけど、まあ厄介なのが寄り付きにくくはなるでしょう。」
「思い切りましたね…」
「確実な手が他になかったわ。武力は禁じ手だし、交渉も無意味だし…」
「厄介な連中だ。」
「全くよ。」
腰に手を当て、ふん、と鼻で息を吐き、してやったという表情を見せる。
遥香はいつの間にか風呂場へ向かったようで姿がない。
「これで諦めなかったら、総領府を動かしてどうにかするしかないわね。」
「お手柔らかにな。」
カトリーナたち、先に風呂に入っていた連中が戻ってくる。
状況を説明すると、仕方ないですねと納得してくれた。
「皆様のように力や名声があっても、厄介ごとは付いて回るのですね…」
「宗教は全く違う力を振るうからね。根城を潰すだけなら楽だけど、後が大変だし。」
「そうですか…」
「恐らく、信仰を潰せるのはより優れた信仰の布教だけよ。それは私たちにはないけど…」
「けど?」
「信仰に変わる力、あなたにはあるわよね?」
「…そうですね。ある種の信仰ですから。」
必要あらば、と決意に満ちた表情を見せる。
「メイプルの歌をそう使うのは嫌だなぁ…」
バニラは不満を口にする。
好きだからこそ、というのは、アリスもメイプルも分かっているだろう。
「結果的にそうなれば良いのよ。あちこちで歌えば、それ自体が宣伝になるわ。それに、」
「それに?」
「メイプルを真似する人が増えたら、世の中ちょっと楽しそうじゃない?」
アリスの本音に、メイプルは笑顔で頷いた。
この二人はいいコンビになりそうである。
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ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。
何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。
何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。
それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
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