召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1部

61話

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 戻ってきたのはリンゴ一人だけ。
 装備の修理、休養が必要だと、エディさんの計らいで向こうの家を宿代わりに使っているらしい。メンバーはなんとも微妙な気持ちでの帰宅だったようだが、エディさんは大喜びだったそうだと手紙に書かれていた。
 テーブルの上には想像を越える量の精製前の赤い鉱石、オリハルコンが置いてある。
 それだけではない。魔法宝石、希少魔獣素材、希少薬草とテーブルに乗せられないほどの収穫があったようだ。

「これ、ほんの一部だよ。お姉ちゃん達が言うには、数十人で分割するのを総取りできたからだろうって。」
「なるほど…」

 声を上げたのはアクアだ。

「その娘たちは?」

 怪しい者を見る顔でリンゴが尋ねて来る。

「アクアとレオノーラだ。
 アクアはオレたちと同じ身の上で、オレが来る前からここに居る。
 レオノーラはここに来る途中で拾った。」
「そんな捨て猫みたいに…」

 少し非難を含む眼差しを向けてくる。

「まあ、レオノーラはそんな捨て猫みたいな状況だったからな。屋敷も広いし人も多いから、メイドを増やす話は前からしていたんだ。」
「そうだったんだ。」
「レオノーラのダンス、アクアの絵は見事だぞ。後で見せてもらうと良い。」
「うん。後で見せてね。」
『は、はい!』

 一つ咳払いをし 、気を取り直してリンゴが問う。

「なるほど、ということはあなたもプレイヤー?」

 アクアに言葉の意味を尋ねる。

「いえ、あたしは違います。
 違うゲームで時々引き合いに出されてましたから。シェラリアはボス報酬が良いって。」
「そうなんだ。」
「時代を築いたゲームですから基準にされちゃうんですよね。良くも悪くも。」
「ふーん…」
「あ、大したことは喋れないので気にせずに…」

 スッと二歩下がる。
 段々動きが良くなってきたな。

「しかし、時間が掛かったわね。そんなに酷い状況だったの?」

 アリスが腕を組ながら尋ねる。
 フィオナ不在の間、威厳を見せる為なのか、そのポーズが癖になってるような気がした。

「一面、魔物の海で、共食いまで発生してる状況だったからね…
 亜人連合軍が結成されても、私たちが破った所を死守するのが精一杯だったみたい。」

 想像以上の惨事で、そこまで深刻だったとは思いもしなかった。

「ヒュマスが滅亡したことで、死体はいくらでもあったからね。それ一つ一つがスタンピードの種になってた…」
「モンスターハウスどころではない状況ですね…」

 ココアの言葉にリンゴが頷く。

「お父さんの耐性育成ポーションが本当に役立った。毒耐性が無ければ、戦う資格すら得られなかったよ。」
「そうか…」

 オレの準備が役立っていたのか。
 何処まで考えて準備をしていたんだろうな…

「こんなこと言うのは良くないけど、ソニアちゃんは来なくて良かったと思う。きっと、来ても一緒に戦えなかったもの。」

 その顔に苦笑いが浮かぶ。
 最前線で戦うだけが戦いではない。だが、ライバルであるリンゴに出来て、自分に出来ないのはどれだけ辛いか。オレも立場が同じだからこそ、分かってしまうのかも知れない。

「ソニア様には?」
「真っ先に出迎えてくれた。抱き締めてくれた。その時に、ようやく終わったんだって思えたよ…
 私、どれだけ酷い顔だったんだろうね。」
「そうでしたか…」

 またすぐにでも抱き締めたいのだろう。だが、カトリーナさんはその衝動を必死に堪えているようだ。

「リンゴ、戦っていた時の事を話したいか?」

 尋ねると俯き、躊躇いを見せる。

「…覚えてない。余りにも必死で、対処するので精一杯で、覚えてることがほとんどない。気が付いたら、山のように巨大な狼が横たわって消えていくのを見ていた…」
「アッシュは?」
「いるよ。入れて良いか分からなくて、玄関に待たせてる。」
「そうか。ちゃんと準備してある。呼んで玄関から入ってこい。」
「うん…」

 そう返事をすると、姿が消える。

「みんな、急げ。リンゴが帰ってくる。」

 意図を察してくれたようで、皆が急いで玄関へ向かう。
 オレもなんとか立ち上がり、カトリーナさんに手を引かれて歩く。ああ、焦れったい。走りたい!

『お帰りなさいませ!リンゴお嬢様!』
「お帰り、リンゴ。」

 メイドたちとアリスが先に迎える。
 遅れてオレとカトリーナさんが辿り着く。

「お帰りなさいませ。リンゴ様。」
「リンゴ、お帰り。よく頑張ったな。」

 目を潤ませたリンゴがオレに突撃し、慌ててカトリーナさんが後ろで支えてくれる。

「ただいま…ただいま!やっと帰ってこれた…大変だった…大変だったんだから…!」

 きっと、今のオレでは想像の及ばない戦場だったのだろう。それをこの小さな体に任せなくてはならなかった不甲斐なさが口惜しい。

「ごめんなリンゴ。力になれなくて。」
「ホントだよ。何度も助けて貰いたいと思った。名前を叫びたくなった。でも、そんな事をしても助けて貰えないのも分かってた。これを越えないとお父さんと並べないって思った。」
「…そうか。」

 その頭を撫でるのに邪魔なヘッドバンドを、カトリーナさんと協力してはずしてやった。雑だがしっかりしている。髪が伸びており、目を隠してしまうほど。これが嫌で向こうで作ったのだろうか。
 汗と泥だけではなく、違う汚れも付いている。洗浄を掛ける手間も惜しみ、ひたすら走ってこっちに来たのだろう。

「まだ、私はお父さんがちゃんと戦う所を見てない。お父さんもまだ私がちゃんと戦う所を見てない。見たい、見せたい。だから頑張れたんだよ…」
「うん…」
「でも、ちょっと疲れちゃった…」
「ああ、ゆっくり休め。カトリーナさん。」
「はい。分かっております。」

 カトリーナさんが支えるのをやめると、オレの体はリンゴを支えきれずに床に倒れる。
 気が抜けて自立できなかったようで、再び頭を撫でてやると苦笑いをする。

「だらしないな。お互いに。」
「…そうだね。お父さんの事、バカにできないよ。」

 頭を撫で続けていると、落ち着いてきたのか今にも眠ってしまいそうになる。
 そんな様子を見て、カトリーナさんがリンゴを抱き上げ、風呂場へ向かっていった。

「あたしも付き添いやす。旦那の二の舞は嫌ですんで。」
「私も行くわ。魔法も薬も任せて。」
「アッシュもついていって良いぞ。」

 一吠えすると、アッシュもドタドタと付いていく。

「旦那様、服が…」

 アクアに言われて服を見ると、ベッタリとリンゴの後が付いていた。

「多分、カトリーナさんもだよなぁ…」
「そうですね…」

 リンゴが居た辺りにおかしな汚れが付着していた。泥のようだが…禍々しい何かを感じる。

「リンゴ様っておいくつですか?」

 作業を終えたアクアが尋ねてくる。

「13歳だ。飛び級で高校?卒業相当の資格もある。」
「えっ!?」
「本当はもっとゆっくりで良かったんだがな。オレがこうなったから…」
「あ…申し訳ございません…」
「いいんだ。謝らなくて良いから。」
「はい…」

 少し言い方が強かったのか萎縮してしまう。

「あ、いや、違う。体の事は当たり前のものと思って欲しい。」
「わ、わかりました…」

 まだ言いたいことがあるのか、大きく一呼吸する。

「あたしより歳も下なのに、同じ日本人なのに凄いなって…」
「そうか。」
「旦那様、リンゴ様が誉められると凄く嬉しそうな顔になりますね。ちょっと羨ましいです。」
「何言ってんだ。お前も、ノラも誰かに誉められたらオレは嬉しいよ。」
「そ、そうですか?そう言ってもらえると私も頑張れる気がします!」

 手を差し出して、オレを居間のいつもの席まで連れていってくれる。

「ノラ。」
「は、はい?」
「お前もオレの娘みたいなもんだ。メイドであることに固執する必要はないぞ。」
「!」

 驚いた表情になるノラ。
 いくら長命のエルフと言えど、精神はまだ子供。やりたいことを我慢させ続ける訳にもいくまい。

「わた…ワタシは…ごめんなさい、旦那様。まだ、無理です…」
「そうか。その時が来たらオレも、カトリーナさんも受け入れる。そのつもりで招き入れたからな。」
「ありがとうございます…」

 どうしたら良いのかわからず、ノラが泣き始める。

「ココア。」
「はい。」

 ノラの事はココアに任せ、オレとアクアだけとなった。

「アクア、お前は親が恋しいと思わないのか?」
「…あんまり思わないんですよね。あまり顔も合わせませんでしたし、もう二年以上経ってますから。
 それに、実の親以上に声を掛けて下さる旦那様がいますから、寂しいと思ってる暇もないのですよ。
 ちょっと別格なリンゴ様は羨ましいですが、頑張りも別格ですから仕方ありません。」

 アクアの背景が語られる。みんな、何かしら訳ありなんだな。

「多分、万全なら色々教えてやれたんだがな…」
「その気持ちだけで今は嬉しいです。旦那様に教えを乞うのはリンゴ様の後じゃないと立場、というより命が危うそうですよ。」
「そうか。」

 そう答えると、アクアが小さく笑った。
 慌ててアリスがやって来て、広範囲に洗浄と浄化を掛ける。

「ココアたちは!?」
「ノラの部屋だと思う。」

 返事をせずに駆けていった。
 不安そうにするアクア。

「洗浄だけではダメだったのですか?」
「みたいだな。あのべたべたが原因か…?」

 ホッとした様子でアリスが戻ってくるが、客間、玄関、ドア、外と浄化を掛けていき、戻ってきて説明を始める。

「重度の呪いよ。
 リンゴちゃん自体はそれなりにレジストしてたんだけど、装備や体に付着していたのが汚染源だったの。べたべたしてたでしょ?」
「ああ。」
「なんか相当ヤバイの被ったらしくてね…
 スキルがロックされてるのに、よく無事だったわね…」
「服とアクセサリーのおかげみたいだな。」

 普段は過剰な気がする服とアクセサリーの効果に、今回は感謝しかない。

「そう、良かったわ…
 リンゴちゃんの所に戻るね。」
「頼んだ。」

 胸を撫で下ろし、駆け足で再び風呂場へ戻っていった。

「の、呪い…」
「ステータスを見てみろ。」
「呪い耐性が増えてる…!」
「余程だったみたいだな。まあ、これで軽い呪いは大丈夫だそうだ。」
「そう言えば旦那様のステータスは…」

 項目が多く、比べ物にならないほど大きなステータス画面をアクアに見せる。

「えぇっ!?」

 想像以上の項目の多さに驚きを隠せなかったようだ。

「量にも驚きますが、上げすぎると数字じゃなくなるんですね…
 でも、そうですか…文字で見せられると…」

 たくさんの項目があるが、全て機能していないのだ。余計な説明は必要ないだろう。

「ここまで上げて、こんな事になったらあたし生きていられません…」
「それが普通かもしれないな。生きてるのが辛いことは今日まで何度もあったよ。」

 今でもたまに無力感で辛くなることがある。
 それでも踏み留まれているのは、皆がいるおかげだ。

「絆って大事ですね。あまり好きじゃなかった言葉でしたけど、それに支えられてるとそう思っちゃいます。」
「多分、本来のオレが一番嫌ってた言葉の気がするよ。」
「話を聞くとそうかもしれませんね。」
「二十四度目の奇跡に感謝しないとな。」

 聞けるはずもないが、ショコラが聞いたらどう思うだろう。照れるだろうか。当然だと胸を張ってみせるだろうか。

「…そうですね。きっとあたしも死んでそうですから。」
「きっとオレ以外生き残ってない。そんな一回目だったと思うんだ。
 そう思うと、この奇跡を導いたショコラをやっぱり憎めないよ。」
「そうですね。きっとみんなそうですよ。」

 ユキがくたびれた顔で戻ってくる。

「肝を冷やしやした…まさか旦那に二度目が起こり掛けてたのは想定外でしたよ…」

 席に着き、テーブルに突っ伏す。

「あーもうくそったれですよくそったれだあれもこれもくそったれでくそったれですぜ」

 早口で捲し立てるように言う。
 その様子にアクアはドン引きだ。

「どうしてあたしは大事な時に役立てないんですかそれが一番くそったれですぜ…」
「ユキ」
「旦那は黙っててくだせい。泣いちゃいますから…」
「みんなユキさんに頼り切りじゃないですか。」
「アクア。泣かせるんじゃ…ねぇですぜ…」

 本気かどうか分からないが、涙声になるユキ。
 最近、こういうのが上手くなってきたからな…

「カトリーナさんもバッチリ抱いてたけど大丈夫か?」
「…いえ、大丈夫じゃありませんでした。
 洗浄で済ませても良かったんですが、カトリーナさんがリンゴ様と一緒に風呂に入って、体が焼け爛れたみたいになっちまいやして…
 それがなかったら気付けなかったと思いやす。」
「カトリーナさんにオレは救われたか…」
「え、体が!?」

 安堵のタメ息を吐くオレとは逆に、アクアが驚いて大きな声を上げる。

「浄化とヒールで治るレベルだったんで大丈夫でさぁ。流石にあたしもアリスも度肝を抜かれやしたが、カトリーナさんは落ち着いて指示をくれやした…」
「母は強し…」
「ホントその通りですぜ…かないやせんよあれは…」

 カトリーナさんも労わないとな。
 三人で話をしながら待っていると、さっぱりした様子のカトリーナさんが戻ってきた。 

「ユキ、アリス様と一緒にリンゴ様をお願いします。夕食の準備をしますので。」

 何事も無かったかのように指示をするカトリーナさん。本当に逞しいし、頼りになり過ぎる。
 ちょっと前までリンゴから離れ過ぎて引き籠っていた人とは思えない。

「へぇ。承りやした。」
「カトリーナさん、お手伝いします。」
「いえ、旦那様が…」
「邪魔にならない所で仕事ぶりを見させてもらうよ。」

 オレを一人にさせたくないのは有り難いが、仕事に影響が出るのは困る。近くで見ている方が良い。

「わかりました。」
「旦那様はしっかりカトリーナさんを見張ってて下さい。
 リンゴ様みたいにみんな無理しがちなので。」
「一番無理してしまったオレには難しいなぁ…」

 全員、一斉に笑いだす。
 そう、みんな無理してしまうのだ。無理を強いているのは分かっている。
 早く、この状況が終わると良いのだが…



 その晩、カトリーナさんのお願いでオレ、リンゴと三人で寝ることになった。
 リンゴのレベルが高いおかげで、注視していたら看破が生えて育ってしまったアリスが言うには、不浄状態と重度の疲労状態が重なって力尽きたのだろうと説明される。食事もそこそこだったようで、完全に動けなくなる欠乏状態一歩前くらいだったのでは?という見立てだ。
 しっかりきれいにし、ポーションと魔法の両面、少量ながら食事もしたので体は大丈夫だろうという事。
 気持ちが折れ掛かっているそうなので、そこは自分達ではどうしようもないという事で提案される。

「なんだか本当に親子みたい…」
「私にとってはずっと可愛い娘ですよ。」
「オレには憎まれ口を叩いていたそうだが。」
「…教えたの誰?」
「言わないでおく。そのうち、自分で思い出すしな。」

 ポーションで多少状態が改善されたとはいえ、疲れているのは変わらない。今にも眠ってしまいそうだった。

「もっとお話したいけど、もう眠くて…」
「おやすみなさい。また明日お話ししましょう。」

 安らかな表情でリンゴが眠りにつく。
 しっかり、呼吸しており体に問題は無いようだ。
 
「もうしばらくないと思いましたが、また旦那様と眠ることになりましたね。」
「翌日に、間にリンゴを挟んでなんて思っても無かったよ。」

 なんとか左を向き、眠ってしまったリンゴの顔を見る。

「…また背が伸びてますね。髪もこんなに長くなって。」
「顔の半分隠れそうだったな。」
「そうですね。それに表情の希薄さが合わさってちょっと怖いくらいでした…」

  右はオレが、左はカトリーナさんが髪を掻き分け、顔がよく見える様にする。

「やはり麗しいです…」

 デレデレの顔でリンゴを眺めるカトリーナさん。

「そう言えば、風呂場で負った傷は?」
「なんともありません。アリスが早い処置をしてくれましたので。」
「それは良かった。」
「旦那様は?」
「服とアクセサリーのおかげか何もなかったよ。アリスの対応も早かったしな。」
「そうですか…良かった。」

 カトリーナさんが我慢できずに欠伸をする。

「そろそろ寝た方が良い。おやすみ。」
「…はい。おやすみなさいませ…」

 カトリーナさんはこちらを向いたまま眠りに就いた。
 親子三人で眠れる喜びを噛み締めながら、オレも眠りに就く。
 このささやかな幸せがいつまでも続けば良いのだが…
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