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第1部
53話
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「どういう事か聞かせて欲しい。」
「…ご主人様のご命令とあれば。」
皆が集まるリビングで、大勢の子供達に囲まれて 躊躇いがちにバニラ…いや、ややこしいからココアと名付けられた女性が言う。
「…ズルいな。」
この子はオレをよく知っている。嫌がる答え方をよく知っているのだ。
「ごめんなさい…色々あったのが抜けなくて、怖いんだ。」
ずっと拳を強く握ったまま、震え声で答え続ける。
「皆が知らない事をたくさん知っている。だから怖いんだ。この先にあるかもしれない幸せを否定しそうで怖い。私の答えが壊しそうで怖いんだ…」
俯いて泣き出しそうなココアの手にバニラの手が触れる。
「ココア、わたしは自分の力だけで虹色の輝きを見れたのか?」
「…虹色の?」
しばらく経ってようやく意味を理解したようだ。
「見れるはずがない『誰も』出来なかったんだぞ?」
「誰も、と言ったな。ヒガンもか?」
「ヒガン…?ああ、偽名で呼び合っているのか。
少なくとも私は使っているのを見たことがない。」
アリスとバニラが顔を見合わせる。
「…どういう事?」
「なんとなく察したが、ここに見たことある顔は居るか?名前は言わなくて良いぞ。」
ココアは周囲を見回し、二人指を指す。
カトリーナさんとバンブーだけだ。
「こっちはヒュマスの国で一緒に居た。よくシェラリアの話をしたよ。
カトリーナさんはその男と一緒だったけど、とても距離を感じた。お互いに信じていない様子だったな。」
心当たりがあるようで、カトリーナさんの顔が強張った。
「そうか…わたしは上手くやれたんだな…」
そう言うと、肩を震わせながら声を殺して泣き始める。
事情が複雑だと察したのか、訓練場へと再び大勢が向かっていった。君たち元気だな。
「落ち着いた?」
側に居たリンゴがココアの背に手を置いて尋ねる。
「ありがとう。もう大丈夫だ。」
バニラと比べると声に抑揚が少ない。淡々と話している印象だ。
「恐らく信じてもらえないだろうが、わたしは八人のわたし内の一人。そして、これは二十四周目の人生だ。」
とんでもない事を言い出して理解が全く及ばない。
それは他の皆も同じようだが、バニラだけは違った。
「時間に対する答えが出せたんだな?」
とんでもない問いに頷くココア。それを見て、尋ねたバニラが満足そうな顔をする。
「でも、代償が大きかった…もうその魔法以外使えない体になってしまった。
世界の時間に干渉するのは禁忌そのものだったんだよ。」
「だが、知識は失われていない。わたしたちの力になって貰うぞ?」
「…ありがとう。」
あまりにとんでもない事を言い出して、呆気に取られていたが、聞かねばならない事がある。
「他のお前はどうした?」
「五人は死んだ。内三人はどうしようもなく死ぬ。二人は死を回避できずに死んだ。わたしもその一人のはずだった。
残りの二人はこの国とヒュマスの国の中枢にそれぞれ居る。」
穏やかな笑みを浮かべオレを見る。
「死んだ内の一人はお前に、一人は白いエルフに葬って貰えた。二人とも感謝しているよ。」
オレは心当たりが無いのだが、ユキが驚いた様子だった。
「ああ、あの野垂れ死んだ子供と、溺れ死んだ子供ですかい…」
「葬って貰えないと、そこに居続ける事になるんだ。本当にありがとう。」
「どうして、ココア様はそれが分かるのですか…?」
恐る恐るという様子でカトリーナさんが問い掛ける。
「死んだ瞬間から記憶が全て共有される。死ぬ瞬間のが一番キツいのは、二十三度繰り返しても変わらない。
一人は子供に聞かせられない最後を毎回繰り返しているから、説明はさせないでくれ。」
「ああ…」
頭を抱えたのはカトリーナさんだ。恐らく察したのだろう。
「もうそんな事はさせません。この家にいる限り、そんな最期は迎えないと約束しましょう。」
「…ありがとう。私の知ってるカトリーナさんと大違いだね。」
そう言われて困惑するカトリーナさん。
「問題はおねーちゃんをおねーちゃんと呼んで良いのか…」
「止してくれ。わたしは奴隷だ。それに、わたしはもうお姉ちゃんという歳じゃないんだよ。」
「おばさん?」
「んぐっ…それはそれで…」
「ココアと呼んでやれ。
多分、立場的にも、心情的にもそれが良いだろう。」
バニラの提案に頷くココア。
「とは言え、わたしにとってはお姉ちゃんみたいなものだな。急に姉ができたみたいで妙な気分だ。」
「そうだな。わたしも今まで交わる事がなかったから不思議な気分だ。」
こう見ると普通によく似た姉妹にしか見えない。
経験の分か、歳の分か、表情の分か、やはりココアの方が大人びて見える。
体型はバニラが太っているように思えるくらいに細い。バニラもうちでは痩せ過ぎだと言われるくらいなのだが…
「一つ聞くが、ココアはどういう経緯でヒガンと親しくなったんだ?
わたしは最初から親しくしていたから、離れるという事が想像できないんだが。」
それは気になっていた。リンゴの顔を知らないというのも気になる。確実に目立つはずだが…
「私の時は王女がめちゃくちゃでな。いきなり放り出してそれで半数が死んだ。その中に小さな子供もいたという話を聞いていたが…」
その中にリンゴが居たのか…
「その時にヒガン、が怒りに怒って城を半壊させて去っていった。
再会したのは一年後で、もう転生してディモスになっていたよ。
その時に戦って、負けて、この家に連れてこられた。とても良い魔法を使うって言われてな。
ヒガンとカトリーナさんしか住んでいなかったから、この賑やかさはすごく不思議だ。」
「やっぱり転生は出来るんだな。」
「うん。出来る。ただ、とても大変そうだが、ヒガンは大したことなかったと言っていた。」
「あてにならない…」
「わたしもそう思う。この男はどこかおかしいからな。そう言えばヒガン、その体はどうしたんだ?」
脳に重大なダメージを負ったことや、その経緯を話すとしんみりした様子になった。
「…そうか。伯爵の家族は助かったんだな。」
「知り合いか?」
「直接ではなかったが、それ以降とても苛烈で心が不安定になったのは国中が知ることになった。
もう、わたしの知ってる未来は訪れなさそうだよ。」
「人生を繰り返すほど良くない未来なの?」
ココアは横に首を振る。
「それはわたしの主観だよ。わたしにとって好ましくないから23回やり直している。
だが、わたしが最後まで残れるようならもうやり直す理由は無さそうだ。」
「最初のやり直しの理由を聞いても良い?」
「ヒガンを救いたかったんだ。でも、わたしだけではどうにもならなかったよ…だから23回もやり直した。やっぱりわたしだけではダメだったんだな、ってこの家を見て思ってる。」
目が再び潤み出す。
その抑揚のない声からでは、無駄だったと思ってなのか、無駄じゃなかったと思ってなのかまでは読み取れない。
「同郷のヤツを全員エルフの国に送ったと言ったな?
神下 龍はどうした?」
「旦那が両腕を落として送りやしたね。」
「ヒガンが近接で勝ったのか!?あいつ、めちゃくちゃ強かったはずなのに…」
「カトリーナさんに鍛えられやしたから。」
「納得した。」
どんだけ強いのカトリーナさん。
「ねえ、それって私の装備とおねーちゃんのエンチャント込みの強さだったんじゃないかなぁ。
それが丸々おとーちゃんに付いてれば、負ける要素無いと思うんだよね。」
バンブーの言葉に頷くココア。
良し悪しは分からないが、バンブーの装備はそれほどなのだろう。
「タケノコ印の武器、見せてもらえるか?」
「タケノコ?」
「うん。おとーちゃんの剣と盾持ってきてくれる?」
「わかった。」
リンゴが駆け足で出ていくと、その呼び名の説明を始める。
どうやらゲームの時の名前らしく、タケノコを銘の代わりに彫っていたそうだ。
「私はどうなったのかな?」
「…悲惨だった。鍛冶をする機械としか思われていなくてな。体を壊してなまくらしか打てなくなったのを嘆いて自殺したよ…
わたしにはどうにもならなくて、最後は大丈夫、大丈夫だからとしか言わなかった…」
「そっかー…なんか分かる気がしちゃう。」
「分からなくて良い。タケノコは自由に作りたいものを作れば良い。もっと自由にさせて貰えたら、って口癖のように言ってたからな。」
「それは大丈夫。ここの人たち、私が言わないと装備の更新なんて全くしないからね。それ以外の物作りも好きにやらせてもらってるよー」
装備の扱いの説明や更新の提案は、バンブーが言い出すのしか見たこと無い。
「むしろ、もっと要求が欲しいくらい。みんな私の言うこと信用しすぎなんだからー」
苦笑いをするパーティーメンバー。
ユキも話題になった冒険服に関して、全く要求してなかった様だしな。
「持ってきたよ。」
リンゴが戻ってくる。
剣と盾は装備した状態だ。まだ体に合わない大きさだな。
「持たせてもらっても良いか?」
「危ないから床に置くね。」
「?」
ココアは言葉の意味が分からないようで、疑問に感じながら置かれてた剣を持とうとするが、
「お、おもっ!?」
持ち上がらなかった。
「だよなぁ。なんでこの三人は平気で持ち上がるのか意味が分からないよ。」
「こ、これがタケノコがヒガンの為に作った剣なのか…」
納得いかない様子のバニラと驚愕するココア。
オレもなんとか持てるが、まともには振れずにいる。
「うん。高い魔法負荷に耐えられるようにミスリルを濃縮して積層にしてあるの。重量に見合うように芯はとにかく重くて丈夫なブルーメタルを使ってる。
柄は蒼魔狼の骨だから、魔力をロスなく伝達できるよ。
盾は革で偽装してるけど、物は似たような感じ。」
「重いわけだ…
でも、そうか。これがヒガンに最適な剣だと見抜いたんだな。
日頃から武器が軽くてすぐ壊れる、って嘆いていたもんな。」
カトリーナさんも持とうとするが、持ち上がらず、しょんぼりして引き下がった。
「これ、魔力の適性がないと持ち上がらないのか?」
「どうなんだろー?私も魔法は鍛冶に特化してるだけで得意とは言えないんだけど…」
「持つ者を選んでるよねこの剣。」
リンゴがそう言うと、皆が不思議そうに剣を見る。
「どうしてこんなものが生まれてしまったのか、私にも分からないよ。
リンゴちゃんはどう?もう慣れた?」
「大きさが合わない以外は大丈夫。普通に動けると思うよ。」
そう言いながら易々と剣と盾を持ってみせるリンゴ。その姿は凛々しく、とても様になっている。
「寝かしておくのも勿体ないし、リンゴちゃん用に作り直そうか。おとーちゃんには復活祝いで別なもの考えてるから。」
「だったら柄だけ合うように変えて欲しいな。私はこの剣を使いこなしたい。」
「うん、分かってる。使いこなそうと持ち出してるの見てるからね。
そうだ、お姉ちゃん、アリスちゃん、フィオナちゃんにも持ってみてもらいたいんだけど。」
「いいぞ。」
「わ、私も?」
「フィオナちゃん呼んでくるね。」
バニラが訓練場へ向かい、バニラが剣と向き合う。
柄を掴んで引き上げる。
「ふぐぉおお!」
…上がらなかった。
「力任せじゃダメだよ。剣を通しておとーちゃんと向き合うの。」
「さ、先に言ってくれ…
ヒガンと向き合う、か…」
目を閉じて剣の何かを感じながら再び持ち上げる。
「ふぐぉおお…!」
…上がらなかった。
「ヒガンが向き合ってくれない…」
こっちを見ながら人聞きの悪いことを言うな。
とぼとぼと剣から離れ、アリスと交代する。
「向き合う…向き合うか…」
アリスも目を閉じて剣の何かを感じながら持ち上げる。
「ふぐぐぐぐぅっ!」
「力業で持ち上げたね。」
顔を真っ赤にしながらちょっとだけ持ち上がったがすぐ下ろした。
「ヒガンは私とも向き合ってくれない…」
こっちを見ながら言うのをやめなさい。
「次は私ですね…」
いつの間にか来ていたフィオナが剣を片手で易々と持ち上げる。
「やっぱり重いですね…でも、」
目を閉じ、振って、上げてを繰り返す。
徐々に速くなるその動きに、持ち上がらなかった二人は口を開けて眺めていた。
「リンゴさんには及びません。剣がもっと相応しい持ち手が居るのを分かっているようです。」
「そのリンゴは?」
「盾を試していますわ。」
「腕に合わせてないからあんまり使ってほしくないんだけどね。」
「伝えておきます。」
剣を置き、フィオナは訓練場へ戻っていった。
『わたしたちは恥をかいただけでは…?』
バニラとアリスが並んでしょんぼりしている。
「ココアも試してみてよ。知ってるヒガンを思って持ってみて。」
「分かった…」
ココアが恐る恐るという感じで剣に触れる。何かを確かめるように撫で、柄を掴み持ち上げる。
「んぐぐぐっ!」
…持ち上がらなかった。
「うわっ!?」
持ち上がらないどころか、明らかに剣に弾き飛ばされた。どうなってるんだ。
「想像してるおとーちゃんが恐らく別物なんだろうね。誰だオメーという思いが剣から伝わってくるよー」
「ここまでしなくても…」
仰向けで抗議の声を上げるココア。丈の長い服を着ているだけなので、パンツが見えてるのは言わないでおこう。
剣を持ち上げて、隅々までチェックするバンブー。
重さを全く感じさせないバンブーもなかなかおかしい。
「なんで軽々持ち上がるんだ…」
「そりゃあ、私が作ったんだもん。」
その言葉に反論する言葉は誰からも出てこなかった。
いつも通り、と皆が言うようにココアが風呂場へ連れて行かれる。
オレとカトリーナさんだけが残され、大騒ぎの間の一休みと言ったところか。
「どう思う?」
「何もかも理解を越えていますが、否定する材料がありません…」
一番頭が痛いのはカトリーナさんだろう。
ココアがこの先、どのような変化をもたらすのか想像がつかない。
皆が決意を新たにしたところで増えた仲間に、少しの不安と大きな期待をオレは抱く。
ココアに何を期待しているのか自分でも分からないが、この出会いがオレたちの目標を決める大きな出来事となるのであった。
「…ご主人様のご命令とあれば。」
皆が集まるリビングで、大勢の子供達に囲まれて 躊躇いがちにバニラ…いや、ややこしいからココアと名付けられた女性が言う。
「…ズルいな。」
この子はオレをよく知っている。嫌がる答え方をよく知っているのだ。
「ごめんなさい…色々あったのが抜けなくて、怖いんだ。」
ずっと拳を強く握ったまま、震え声で答え続ける。
「皆が知らない事をたくさん知っている。だから怖いんだ。この先にあるかもしれない幸せを否定しそうで怖い。私の答えが壊しそうで怖いんだ…」
俯いて泣き出しそうなココアの手にバニラの手が触れる。
「ココア、わたしは自分の力だけで虹色の輝きを見れたのか?」
「…虹色の?」
しばらく経ってようやく意味を理解したようだ。
「見れるはずがない『誰も』出来なかったんだぞ?」
「誰も、と言ったな。ヒガンもか?」
「ヒガン…?ああ、偽名で呼び合っているのか。
少なくとも私は使っているのを見たことがない。」
アリスとバニラが顔を見合わせる。
「…どういう事?」
「なんとなく察したが、ここに見たことある顔は居るか?名前は言わなくて良いぞ。」
ココアは周囲を見回し、二人指を指す。
カトリーナさんとバンブーだけだ。
「こっちはヒュマスの国で一緒に居た。よくシェラリアの話をしたよ。
カトリーナさんはその男と一緒だったけど、とても距離を感じた。お互いに信じていない様子だったな。」
心当たりがあるようで、カトリーナさんの顔が強張った。
「そうか…わたしは上手くやれたんだな…」
そう言うと、肩を震わせながら声を殺して泣き始める。
事情が複雑だと察したのか、訓練場へと再び大勢が向かっていった。君たち元気だな。
「落ち着いた?」
側に居たリンゴがココアの背に手を置いて尋ねる。
「ありがとう。もう大丈夫だ。」
バニラと比べると声に抑揚が少ない。淡々と話している印象だ。
「恐らく信じてもらえないだろうが、わたしは八人のわたし内の一人。そして、これは二十四周目の人生だ。」
とんでもない事を言い出して理解が全く及ばない。
それは他の皆も同じようだが、バニラだけは違った。
「時間に対する答えが出せたんだな?」
とんでもない問いに頷くココア。それを見て、尋ねたバニラが満足そうな顔をする。
「でも、代償が大きかった…もうその魔法以外使えない体になってしまった。
世界の時間に干渉するのは禁忌そのものだったんだよ。」
「だが、知識は失われていない。わたしたちの力になって貰うぞ?」
「…ありがとう。」
あまりにとんでもない事を言い出して、呆気に取られていたが、聞かねばならない事がある。
「他のお前はどうした?」
「五人は死んだ。内三人はどうしようもなく死ぬ。二人は死を回避できずに死んだ。わたしもその一人のはずだった。
残りの二人はこの国とヒュマスの国の中枢にそれぞれ居る。」
穏やかな笑みを浮かべオレを見る。
「死んだ内の一人はお前に、一人は白いエルフに葬って貰えた。二人とも感謝しているよ。」
オレは心当たりが無いのだが、ユキが驚いた様子だった。
「ああ、あの野垂れ死んだ子供と、溺れ死んだ子供ですかい…」
「葬って貰えないと、そこに居続ける事になるんだ。本当にありがとう。」
「どうして、ココア様はそれが分かるのですか…?」
恐る恐るという様子でカトリーナさんが問い掛ける。
「死んだ瞬間から記憶が全て共有される。死ぬ瞬間のが一番キツいのは、二十三度繰り返しても変わらない。
一人は子供に聞かせられない最後を毎回繰り返しているから、説明はさせないでくれ。」
「ああ…」
頭を抱えたのはカトリーナさんだ。恐らく察したのだろう。
「もうそんな事はさせません。この家にいる限り、そんな最期は迎えないと約束しましょう。」
「…ありがとう。私の知ってるカトリーナさんと大違いだね。」
そう言われて困惑するカトリーナさん。
「問題はおねーちゃんをおねーちゃんと呼んで良いのか…」
「止してくれ。わたしは奴隷だ。それに、わたしはもうお姉ちゃんという歳じゃないんだよ。」
「おばさん?」
「んぐっ…それはそれで…」
「ココアと呼んでやれ。
多分、立場的にも、心情的にもそれが良いだろう。」
バニラの提案に頷くココア。
「とは言え、わたしにとってはお姉ちゃんみたいなものだな。急に姉ができたみたいで妙な気分だ。」
「そうだな。わたしも今まで交わる事がなかったから不思議な気分だ。」
こう見ると普通によく似た姉妹にしか見えない。
経験の分か、歳の分か、表情の分か、やはりココアの方が大人びて見える。
体型はバニラが太っているように思えるくらいに細い。バニラもうちでは痩せ過ぎだと言われるくらいなのだが…
「一つ聞くが、ココアはどういう経緯でヒガンと親しくなったんだ?
わたしは最初から親しくしていたから、離れるという事が想像できないんだが。」
それは気になっていた。リンゴの顔を知らないというのも気になる。確実に目立つはずだが…
「私の時は王女がめちゃくちゃでな。いきなり放り出してそれで半数が死んだ。その中に小さな子供もいたという話を聞いていたが…」
その中にリンゴが居たのか…
「その時にヒガン、が怒りに怒って城を半壊させて去っていった。
再会したのは一年後で、もう転生してディモスになっていたよ。
その時に戦って、負けて、この家に連れてこられた。とても良い魔法を使うって言われてな。
ヒガンとカトリーナさんしか住んでいなかったから、この賑やかさはすごく不思議だ。」
「やっぱり転生は出来るんだな。」
「うん。出来る。ただ、とても大変そうだが、ヒガンは大したことなかったと言っていた。」
「あてにならない…」
「わたしもそう思う。この男はどこかおかしいからな。そう言えばヒガン、その体はどうしたんだ?」
脳に重大なダメージを負ったことや、その経緯を話すとしんみりした様子になった。
「…そうか。伯爵の家族は助かったんだな。」
「知り合いか?」
「直接ではなかったが、それ以降とても苛烈で心が不安定になったのは国中が知ることになった。
もう、わたしの知ってる未来は訪れなさそうだよ。」
「人生を繰り返すほど良くない未来なの?」
ココアは横に首を振る。
「それはわたしの主観だよ。わたしにとって好ましくないから23回やり直している。
だが、わたしが最後まで残れるようならもうやり直す理由は無さそうだ。」
「最初のやり直しの理由を聞いても良い?」
「ヒガンを救いたかったんだ。でも、わたしだけではどうにもならなかったよ…だから23回もやり直した。やっぱりわたしだけではダメだったんだな、ってこの家を見て思ってる。」
目が再び潤み出す。
その抑揚のない声からでは、無駄だったと思ってなのか、無駄じゃなかったと思ってなのかまでは読み取れない。
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神下 龍はどうした?」
「旦那が両腕を落として送りやしたね。」
「ヒガンが近接で勝ったのか!?あいつ、めちゃくちゃ強かったはずなのに…」
「カトリーナさんに鍛えられやしたから。」
「納得した。」
どんだけ強いのカトリーナさん。
「ねえ、それって私の装備とおねーちゃんのエンチャント込みの強さだったんじゃないかなぁ。
それが丸々おとーちゃんに付いてれば、負ける要素無いと思うんだよね。」
バンブーの言葉に頷くココア。
良し悪しは分からないが、バンブーの装備はそれほどなのだろう。
「タケノコ印の武器、見せてもらえるか?」
「タケノコ?」
「うん。おとーちゃんの剣と盾持ってきてくれる?」
「わかった。」
リンゴが駆け足で出ていくと、その呼び名の説明を始める。
どうやらゲームの時の名前らしく、タケノコを銘の代わりに彫っていたそうだ。
「私はどうなったのかな?」
「…悲惨だった。鍛冶をする機械としか思われていなくてな。体を壊してなまくらしか打てなくなったのを嘆いて自殺したよ…
わたしにはどうにもならなくて、最後は大丈夫、大丈夫だからとしか言わなかった…」
「そっかー…なんか分かる気がしちゃう。」
「分からなくて良い。タケノコは自由に作りたいものを作れば良い。もっと自由にさせて貰えたら、って口癖のように言ってたからな。」
「それは大丈夫。ここの人たち、私が言わないと装備の更新なんて全くしないからね。それ以外の物作りも好きにやらせてもらってるよー」
装備の扱いの説明や更新の提案は、バンブーが言い出すのしか見たこと無い。
「むしろ、もっと要求が欲しいくらい。みんな私の言うこと信用しすぎなんだからー」
苦笑いをするパーティーメンバー。
ユキも話題になった冒険服に関して、全く要求してなかった様だしな。
「持ってきたよ。」
リンゴが戻ってくる。
剣と盾は装備した状態だ。まだ体に合わない大きさだな。
「持たせてもらっても良いか?」
「危ないから床に置くね。」
「?」
ココアは言葉の意味が分からないようで、疑問に感じながら置かれてた剣を持とうとするが、
「お、おもっ!?」
持ち上がらなかった。
「だよなぁ。なんでこの三人は平気で持ち上がるのか意味が分からないよ。」
「こ、これがタケノコがヒガンの為に作った剣なのか…」
納得いかない様子のバニラと驚愕するココア。
オレもなんとか持てるが、まともには振れずにいる。
「うん。高い魔法負荷に耐えられるようにミスリルを濃縮して積層にしてあるの。重量に見合うように芯はとにかく重くて丈夫なブルーメタルを使ってる。
柄は蒼魔狼の骨だから、魔力をロスなく伝達できるよ。
盾は革で偽装してるけど、物は似たような感じ。」
「重いわけだ…
でも、そうか。これがヒガンに最適な剣だと見抜いたんだな。
日頃から武器が軽くてすぐ壊れる、って嘆いていたもんな。」
カトリーナさんも持とうとするが、持ち上がらず、しょんぼりして引き下がった。
「これ、魔力の適性がないと持ち上がらないのか?」
「どうなんだろー?私も魔法は鍛冶に特化してるだけで得意とは言えないんだけど…」
「持つ者を選んでるよねこの剣。」
リンゴがそう言うと、皆が不思議そうに剣を見る。
「どうしてこんなものが生まれてしまったのか、私にも分からないよ。
リンゴちゃんはどう?もう慣れた?」
「大きさが合わない以外は大丈夫。普通に動けると思うよ。」
そう言いながら易々と剣と盾を持ってみせるリンゴ。その姿は凛々しく、とても様になっている。
「寝かしておくのも勿体ないし、リンゴちゃん用に作り直そうか。おとーちゃんには復活祝いで別なもの考えてるから。」
「だったら柄だけ合うように変えて欲しいな。私はこの剣を使いこなしたい。」
「うん、分かってる。使いこなそうと持ち出してるの見てるからね。
そうだ、お姉ちゃん、アリスちゃん、フィオナちゃんにも持ってみてもらいたいんだけど。」
「いいぞ。」
「わ、私も?」
「フィオナちゃん呼んでくるね。」
バニラが訓練場へ向かい、バニラが剣と向き合う。
柄を掴んで引き上げる。
「ふぐぉおお!」
…上がらなかった。
「力任せじゃダメだよ。剣を通しておとーちゃんと向き合うの。」
「さ、先に言ってくれ…
ヒガンと向き合う、か…」
目を閉じて剣の何かを感じながら再び持ち上げる。
「ふぐぉおお…!」
…上がらなかった。
「ヒガンが向き合ってくれない…」
こっちを見ながら人聞きの悪いことを言うな。
とぼとぼと剣から離れ、アリスと交代する。
「向き合う…向き合うか…」
アリスも目を閉じて剣の何かを感じながら持ち上げる。
「ふぐぐぐぐぅっ!」
「力業で持ち上げたね。」
顔を真っ赤にしながらちょっとだけ持ち上がったがすぐ下ろした。
「ヒガンは私とも向き合ってくれない…」
こっちを見ながら言うのをやめなさい。
「次は私ですね…」
いつの間にか来ていたフィオナが剣を片手で易々と持ち上げる。
「やっぱり重いですね…でも、」
目を閉じ、振って、上げてを繰り返す。
徐々に速くなるその動きに、持ち上がらなかった二人は口を開けて眺めていた。
「リンゴさんには及びません。剣がもっと相応しい持ち手が居るのを分かっているようです。」
「そのリンゴは?」
「盾を試していますわ。」
「腕に合わせてないからあんまり使ってほしくないんだけどね。」
「伝えておきます。」
剣を置き、フィオナは訓練場へ戻っていった。
『わたしたちは恥をかいただけでは…?』
バニラとアリスが並んでしょんぼりしている。
「ココアも試してみてよ。知ってるヒガンを思って持ってみて。」
「分かった…」
ココアが恐る恐るという感じで剣に触れる。何かを確かめるように撫で、柄を掴み持ち上げる。
「んぐぐぐっ!」
…持ち上がらなかった。
「うわっ!?」
持ち上がらないどころか、明らかに剣に弾き飛ばされた。どうなってるんだ。
「想像してるおとーちゃんが恐らく別物なんだろうね。誰だオメーという思いが剣から伝わってくるよー」
「ここまでしなくても…」
仰向けで抗議の声を上げるココア。丈の長い服を着ているだけなので、パンツが見えてるのは言わないでおこう。
剣を持ち上げて、隅々までチェックするバンブー。
重さを全く感じさせないバンブーもなかなかおかしい。
「なんで軽々持ち上がるんだ…」
「そりゃあ、私が作ったんだもん。」
その言葉に反論する言葉は誰からも出てこなかった。
いつも通り、と皆が言うようにココアが風呂場へ連れて行かれる。
オレとカトリーナさんだけが残され、大騒ぎの間の一休みと言ったところか。
「どう思う?」
「何もかも理解を越えていますが、否定する材料がありません…」
一番頭が痛いのはカトリーナさんだろう。
ココアがこの先、どのような変化をもたらすのか想像がつかない。
皆が決意を新たにしたところで増えた仲間に、少しの不安と大きな期待をオレは抱く。
ココアに何を期待しているのか自分でも分からないが、この出会いがオレたちの目標を決める大きな出来事となるのであった。
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そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
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不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます
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俺、空田広志(そらたひろし)23歳。
何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。
何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。
それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
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