召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1部

51話

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「三人とも、良い戦いだった!三人とも、大手柄だ!」

 エディさんが大喜びで闘技大会の結果と、ユキ達による犯人の捕縛を誉め称えた。

「伯爵領での事もヤツが犯人だと自白した。
 この国には自分に従う万の軍がいる、いずれこの国は内側から崩壊する運命だ、などとほざいておったわ。
 魔法は全て解除されているのにな。」
「リンゴ、ユキ、父さんの仇を捕らえたんだね。」

 ストレイドが二人の肩に手を置いて微笑み、それからソニアの頭を撫でる。
 闘技大会に集中する為に、あまり年少組と交流のなかったストレイドだが、こう見ると面倒見は良いように思えた。

「あたしはようやく借りを返せた気分でさぁ。」
「あんな小者一人に掻き回されてたの、なんか複雑な気分。」
「そうですわね。戦いの心得一つ持たない人間だとは思いませんでしたわ。」

 スキルは持っていたようだが全く育っていなかったらしい。洗脳魔法で常に誰かの庇護下に入り、自分の力を育てる必要は無かったようだ。

「今、伯爵とその部下が尋問に立ち会っている。何か聞けると良いな。」

 そう言って、エディさんは杖を突くオレの手に触れる。小さいが温かい。

「…何も出来なくてすまんな。お前たちには借りばかり作っているというのに。」 

 バニラがその手を両手で覆う。

「エディさん、それは違う。立派な家を用意してくれて、頼れる家族と仲間を得る機会をくれた。わたしたちはその借りを返してるんだ。」
「…バカもの。もうそんなもの、とっくに返し終えておるわ。」

 バニラの手を握り返すエディさん。
 その目は潤んでいるように見えた。

「皆さん、約束通りおもてなしするッス!
 カーチャンが準備してるッスよ!」

 今日は担ぎ上げるのではなく、ちゃんと背負われて行くことになった。担がれた方が周りが見えなくて気が楽かもしれない…

「楽しみだな!」
「ところで、エディさんはどのような方でしょうか。偉い方というのは分かっているのですが…」

 エディさんを泣かしてしまい、カトリーナさんから説明を受け、ひたすら謝り続けた。
 大事な恩人まで覚えていないのは本当に心苦しいな…


 

 大騒ぎだった祝勝会を終え、皆を送ってから家に帰ってくる。
 エディさんも何故かついてきた。

「…おかえりなさい。」

 決まりの悪そうな顔でアリスが出迎えてくれる。

「ただいま。アリスもおかえり。」

 アリスの横にはジュリアも居て、紙の束を持っている。 

「アリスと一緒に調べた虹の橋の伝承。これ以上はエルフの国に行かないとダメだと思う。」

 カトリーナさんが受け取り、バニラとバンブーが一緒に読む。

「憶測と創作が混じってる気がする。エルフの国も調べたいねー」
「虹の橋なんて最高の舞台だもの。これでも明らかな創作はかなり省いたのよ。」
「この国、虹の橋大好きすぎるよ…人のこと言えないけど。」

 そう言うと、ジュリアとアリスは互いを見て小さく笑う。

「だから、エルフの国で調べようと思ってる。
 調べたものは定期的にこっちに送るから読んで欲しいの。」 
「あたしも行きやしょう。二人だけじゃ心配なので。」
「え、でも…」
「旦那の側に居たいですが、もっと旦那の役にも立ちたいですからね。
 それに、あたしらは旦那のパーティーのメンバーじゃねぇですか。遠出するなら三人一緒でさぁ。」

 そう言って、三人はカトリーナさんを見る。

「分かっています。ですが、」

 オレの手を離し、ジュリアの肩に手を乗せる。

「時間はまだあります。三人とも、出発前にしっかり鍛えますからね。旦那様のいないあなた達は不安しかないので。」
『お手柔らかに…』
「あ、あたしもかぁ…」

 三人の嘆く声が皆の苦笑いを誘った。


 

 二次会とも言える帰ってからの祝勝会も大騒ぎの内に終わる。
 エディさんが酒を出したが、飲める者全員が引き気味の表情を浮かべながら拒否する。可哀想なのでオレだけがいただくことになった。
 嗜む程度だったオレに対し、ガブガブ飲むエディさん。色々な懸案が片付いて気持ちが楽になったとのこと。それだけ、あの洗脳使いは頭痛の種だったようだ。

「私だって力が欲しかったのだ!力があればもっと解決出来ることがある!でも、得られないからこう人を動かすしかないのにあいつらは分かってない分かってないのだ…」

 優勝したストレイドを誉める流れでこういう本音が出てしまう辺り、本気で悩んでいたようだ。
 言いたいことを言うと、べろべろになったエディさんは眠ってしまい、毛布で包まれてソファーの上に放り出された。カトリーナさん、手慣れてらっしゃる。

「力か…」
「エディアーナ様は絶望的に能力が伸びなかったのです。訓練を施したこともあるのですが…」

 かつてのオレなら理由も分かったのだろうか。
 今のオレには何も分からないが…

「エディさんには成長阻害の先天スキルがある。だから成長が著しく遅い。成長期は特に効果が顕著で、更に遅くなるんだ。」

 バニラがその答えを言う。

「エディさん、230歳くらいかな。
 実は忘れていてもっと歳が上の可能性もあるけど、あと1000年は生きると思うよ。」
「いくらなんでもそれは…」
「それが成長阻害みたいなんだ。毎日トレーニングや訓練を続ければ、1年掛かるのを10年で得られるよ。」
「付け焼き刃じゃダメと言うことだったのですね…」

 全員が涎を垂らしながら眠る小さなご隠居を見る。
 その酔い潰れた小さな体躯に、皆は何を思ったのだろうか。リンゴは亜空間収納から毛皮を、アリスはクッションを出してエディさんに与えていた。

「アリス、そのクッション」
「いいのよ。また作るから。」

 ジュリアに何か言われるが、首を振りながら遮る。
 お気に入りだろうか。その割には新しいようだが。
 それぞれが他愛の無い話を終えると、みんな自室へと戻っていった。
 いつも通り、最後まで見送ったオレが立ち上がろうと杖に手を伸ばすと、

「ヒガン。」

 アリスが戻ってきた。

「忘れ物か?」

 あればカトリーナさんが気付いて持っていきそうだが。

「うん。忘れ物。」

 そう言って、オレと向かい合うように座り、深々と頭を下げた。

「ごめんなさい。勝手なこと言って出て行って、また勝手に戻ってきて…」

 その事だったか…

「いや、良いんだ。望まれた働きが出来そうにないからな。パーティーとしては機能不全なんだろう?」

 オレの言葉を聞き、悲しそうに表情を歪ませる。

「本当に何も分からなくなってしまったのね…」
「うん。まともに会話が出来ているのが奇跡だって言われたよ。」

 ついに我慢できなかったのか、ぼろぼろと涙が零れ出す。

「ごめんなさい…私が泣くのは違うのは分かってるけど…あんなに幸せそうな、楽しそうな姿を見てたから…」
「そうか…」

 娘たちの事もそういう風に見えてたんだな。
 自分が何を見て、何を思い、何を願ったのか。もう知る術は無いが… 

「私も家族の一員みたいなものだって思ってたし、きっとヒガンもそう思ってくれていた。
 皆を分け隔てなく、同じくらい気遣っていたのだってちゃんと分かってた。」

 手で涙を拭い、笑みを浮かべてオレの顔を見る。
 動く右手でハンカチを取って差し出すと、アリスは躊躇いがちに受け取り、零れる涙を拭いた。

「こんなになっても私の方を気遣うなんて、本当に君は人が良いわね…
 体の全てを振り絞って、誰かを守れる。守ろうとする。それが君の本質で、簡単に真似できるものじゃない。英雄の二つ名は決して大袈裟なものじゃない。」

 そう言って、光の球を浮かべる。
 オレのとは違い、全く歪みがなく綺麗な球体だ。

「君は覚えていないだろうけど、私も、バニラちゃんも、リンゴちゃんもしっかり覚えている。君の魔法の緻密さ、美しさ、凄さはちゃんと私たちは受け継いだから。ちゃんと示せるようになるから。」

 そう言って光の球を消す。

「ビフレスト、って君たちは呼ぶそうね。虹の橋も夢があって良いけど、ビフレストも良いわね。」

 その言葉自体の意味は分からない。
 だが、きっと意味はあるのだろう。
 どんな場所なのかも全く想像出来ない。

「君から受け継いだものは、私が一生掛かっても得られなかったもの。」

 声を震わせながら手を差し出す。

「君はきっと軽いアドバイス程度だったんだろうけど、私には一生を変えるアドバイスだったんだから。ちゃんと恩返ししないと、今度はソニアに角が折れるまで殴られちゃう。」

 涙を流し続けながら苦笑いをするアリスの手を力一杯握る。

「大丈夫。ソニアはちゃんと分かってるからそんな事しないよ。」
「ちゃんと返すから。一生掛かっても返すからね。」
「大袈裟だ。それじゃまるでプロポーズじゃないか。」
「ちょ!やだ!そういうつもりは…」

 慌てて離した手を、顔の前でブンブン振る。

「分かってるよ。そのくらいの恩を感じてくれるのは嬉しい。戻ってきてくれたのも嬉しい。
 でも、アリスもジュリアもユキも自分の人生だ。自分のために使って欲しい。」

 アリスは離した手を再び握る。
 力強く、温かい。

「君はそういう人よね。だから、みんな放って置けないのよ。
 君は君でこれからの人生を楽しめば良いわ。
 虹の橋を目指し、君を連れていくという目標は、これからの私たちの楽しみだからね。」

 力を抜き、優しく包むように手を置く。

「みんな、君に借りがある。君たちと比べて長い一生を費やしても返せない借りがある。
 それを返す為なら、冒険者として出来る事は何でもする。
 その理由、君はきっと分からないから言うわね。」

 視線が少しだけ横に動く。

「ここのみんなは君の元に集まってる。
 みんな君が好きで、もっと色々なものを見せてもらいたいと思ってる。だからそのボロボロの体を治して上げたいと頑張ってるの。
 この家はそんなみんなの為の場所なんでしょうね。」
「そうか…」

 返す言葉がなかった。今のオレには何も言えない。言葉が、ない。

「今はみんなを見守っていてあげて。ちゃんとその目に焼き付けておいて。
 きっと失敗もする。その時は、なんでも良いから君の言葉を一つ掛けて上げて。みんなまた頑張るから。」
「見守るのも大変だな。」
「ふふ。そうね。私には出来そうもないわ。」

 笑うとアリスは手を離し、立ち上がる。

「おやすみ。また明日ね。」
「うん。おやすみ。」

 アリスを見送り、天井を見上げる。

「見守る、か…」

 それにどれほどの意味があるのか全く理解が及ばなかった。そして、オレの言葉という意味も。
 こんなオレの言葉に、どれほどの価値があるのか全く解らなかった。

「旦那様、そろそろお休みしましょうか。」
「ずっと居たんだ?」

 カトリーナさんがやって来て就寝の準備を促す。

「はい。アリスも分かって話していましたね。」 
「見守るって大変だね。」
「そうですね。でも、きっとそれが親の役割なのだと思います。うちの子達は優秀なので尚更。過度な干渉は可能性を潰しかねません。」 
「それもそうだね。」

 杖を使って立ち上がると、カトリーナさんが手を差し出してくれる。

「たまには見守ってくれても良いんだよ?」
「いいえ。旦那様は掴んでいないと何処かへ行きかねませんので。」
「言い返せないなぁ。」

 クッションを抱き、毛皮で包まれたエディさんを脇に抱えながら、オレの手を引くカトリーナさん。
 エディさんを驚かす為に、今日だけは三人で川の字で寝る事を提案すると、カトリーナさんは笑みを浮かべ同意する。

「乗ってくるとは思わなかったなぁ。」
「私もこんな提案されるとは思いませんでしたよ。」

 小柄な酔っ払いをベッドの真ん中に置き、寝間着に着替えたオレは先に横になる。
 音を立てずにに入ってきたカトリーナ姿に言葉を失う。
 何故そんなセクシーなのを持っているのかは置いといて、そのセクシーをカトリーナさんが着るのは暴力が過ぎた。

「オレまで驚かせてどうするんですか…」
「ただ横で寝るだけなのですから問題ないでしょう?」

 そう言われると言い返せない。
 横たわる暴力が脳裏にちらついて、初めてなかなか眠れぬ夜となってしまった。
 変な提案するんじゃ無かったよ…
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