召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1部

番外編 チビッコ達は街を駆け抜ける2

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〈中等学生リンゴ〉

 その屋敷は貴族のものだった。階級は分からない。だが、敷地の広さ、庭園の美しさ、兵の屈強さは一目で分かった。

「オースティン侯爵様のお屋敷ですぜ。バッヘム伯爵様より上のお方でさぁ。」
「流石に正面は無理だよね?」
「ですが、こそこそやるのはもっとダメですぜ。」

 分かれる前に返してもらっていた紋章を今度は私に着ける。

「ちょっと自信無いなぁ…」
「堂々とそれっぽいことを言えば良いんです。後はあたしがなんとかしやすので。」

 ユキちゃんを信じよう。
 門の前に立つと番兵が何事かとこちらに向かってくる。ソニアちゃんは既に伯爵へ連絡に向かっていた。

「バッヘム伯爵の監査である!門を開けよ!」

 ソニアちゃんを真似て私は大きな声で告げた。
 紋章を見て、これは遊びではないと察したのだろうか。笑って追い払うような事はしない。むしろ怯えられてしまっているのは何故なのか?

「お嬢様、威圧までしなくて良いですぜ…」

 ユキちゃんから呆れ気味に指摘される。やり過ぎたようだ。

「そ、それは出来ないよお嬢ちゃん。いくら伯爵様の命令でも侯爵家には」
「あたしらはそれでも構いやせんぜ。侯爵様にはやましい事があり、再三に渡る監査要求を突っぱねたと報告するだけですんで。」

 ユキちゃんの言葉に番兵は流石にムッとする。

「調べるものを調べさせて下さいやしたら、それで済むだけの話でごぜいやす。お屋敷をひっくり返して調べるようなことはしやせんので。」

 番兵二人が離れ、こちらに背を向けたタイミングで

【レジスト・オール】

 耐性向上の魔法を掛けた。
 冬の間にお姉ちゃんから色々と教えてもらって良かった。

「やりやすね。少しやりやすくなるかもしれやせん。」

 こちらでもユキちゃんがこそこそ話をしてくる。
 あの魔力による精神操作が、どういうものか分からないのでオールにした。混乱、狂化、魅了、どれも当てはまりそうな気もしている。

「少し待っていろ。上に話してくる。」
「分かりました。ここで待たせていただきます。」

 一人が駆け足で広い前庭を抜け、屋敷へと消えていった。

「全く。伯爵様はなんで君たちのような子供を…」
「お嬢様は子供ですが、あたしは成人ですぜ?」
「し、失礼しました。」

 私よりまだ背が高いとは言え、ユキちゃんも小さい。
 北方エルフの知り合いが他にいないのもあり、顔もあんまり年相応には見えず、成人すらしていない気がする。表情のせいかな?
 若干、気まずい空気を漂わせながら待っていると、屋敷の方が慌ただしくなり、さっきの番兵が慌てて飛び出してきた。
 走ってこちらに向かってくるが、途中で矢で足を射抜かれて転んだ。

「なっ!?」

 驚くもう一人の番兵。それはそうだろう。
 私たちはなんとなく予想はしていたが、気付いていなければ戸惑う状況だ。

【シールドスフィア】

 バニラお姉ちゃんが作った魔力供給装置を置き、撃たれた兵士を中心に安全地帯を作る。

「ここから出ないで。」
「お嬢様、手当てを。」

 ユキちゃんが影移動で回収してきた番兵の足から矢を引き抜いた。
 ヒールとポーションの両方を掛ける。

「た、助かった…」
「中はどうしやした?」

 この瞬間も矢が降り注ぐ。だが、私の魔法を破れるような威力はない。
 いや、洗脳のせいか、十分な力を発揮出来ていないようだ。

「み、みんなおかしくなっていた!どうなってるんだ!?」
「洗脳に近いスキルで手駒を増やしているヤツがいるんでさぁ。闘技大会の出場者にまでちょっかい出して台無しでしたぜ。」
「な、なんだって…そんな事したら大騒ぎに…」
「もうなってやすよ。伯爵様の手勢がこちらに向かっておりやす。」
「ああ…そんな…」

 項垂れて頭を横に振る番兵。
 この反応、闘技大会がどれだけ大事な催し物だったのかがよく分かる。
 雪で閉ざされる冬が終わり、春を謳歌する一大イベント。それがこの国の闘技大会なのだろう。
 それをめちゃくちゃにしたと聞けば、頭を抱えたくなるはず。

「主人を思う気持ちは分かりやすが、大元を止めないといけやせん。後はあたしらがやるんで二人は伯爵様に説明を。」
「わかった…」
「だいたい半刻くらいは供給できるから、どちらも間に合わないようなら離れて。」
「そうするよ…」

 意気消沈の二人。大事過ぎて気持ちがついていかないのだろうか。

「お嬢様、覚悟は良いですかい?」
【インクリース・オール】【バリア・オール】

 魔法の発動で応える。

「では、行きやしょう。」

 私たちは矢の雨が降り注ぐ中、全力で駆け出した。



 二人でドアを蹴り飛ばし、集まっていた兵諸共吹き飛ばした。
 武装しているなら重傷程度で済むはず。
 目的の魔力は…充満していて分かりにくい。でも、流れはある。流れの元は…!

「上にいる!」
「分かりやした!」

 向かってきた兵を蹴散らし、踏み台にし、私たちは一気に二階へと跳び移る。広い屋敷だからこそ出来る。

「ひっ…!?」

【スリープクラウド】

 眠りの煙を充満させ、非戦闘員には大人しくなってもらう。全員が操られているという訳ではなさそうだ。

「お、お嬢様、レジストを…」

【レジスト・オール】

「ありがとうごぜいやす…」

 この魔法、屋内ではどうしても味方に影響が出てしまうのが困りもの。
 私が先を行き、目的の部屋に辿り着く。鍵が掛かっている。
 ユキちゃんを見ると頷いて私の横に立つ。
 大きく息を吸い、二人同時に勢い良くドアを蹴り飛ばした。
 ドアは窓を突き破り、外へと落ちていった。やり過ぎた気がする。
 部屋の中には何人か倒れている人が居るが、全員無傷で例の魔力の根源は…いない?

「外ですぜ!」

 壊れた窓の向こうを覗いて居たユキちゃんが声を上げる。しぶとい!
 芝生の上に落ち、まだ逃げ続ける犯人の姿が見え、ユキちゃんと私も飛び降りて後を追う。
 門のシールドスフィアの所で万事休す。完全に逃げ道を塞いだ。
 アンティマジックも試みたようだが、何もかもが低すぎて、今ある魔法を解除することは出来ない様だ。フィオナちゃんのフロストノヴァを妨害出来たのは、外のマナを取り込むというプロセスの妨害が出来たからだろう。それに、単純にこの人の自力によるものとも思えない。

「逃がしなさい!私を逃がすのよ!」

 一瞬、嫌な感覚に襲われるがすぐに消える。レジストしたようだ。おお、スキルが上がった。混乱、狂化、呪い耐性が上がっている。
 私の状況を確認するよりも早く、ユキちゃんが動いていた。
 相手には全く見えていなかっただろう。右ストレートが顔の真ん中に叩き込まれ、相手はシールドスフィアでバウンドしてる最中に、更にもう一発地面に叩き付けるように殴り付けられた。いつかのストお姉ちゃんの試合の一撃のよりまだ激しい。

「チッ。この国はこんな雑魚に…」

 ユキちゃんが唾を吐き捨てながら呟くのを、私は聞き逃さなかった。
 相手は死んでいないが、放っておけばお父さんと同じようになるだろう。それは望むところではない。
 私は犯人にヒールとアンティマジックを掛け、縄で縛り上げた。
 全ての魔力の繋がりが消え、ようやく大捕物が終わったのだと実感する。

「お嬢様…」
「もう良いよ。後は国の仕事でしょ?」
「…はい。」

 預かっていた首輪を嵌めると、MPがなくなり、スキルが全てロックされた。
 …まるでお父さんと同じじゃないか。

 終わった事でシールドスフィアを解除すると、伯爵様たちとソニアちゃんもやって来た。
 事の一部始終の説明はユキちゃんに任せ、私とソニアちゃんは出した椅子で一休みすることにする。
 犯人は護送馬車に乗せられ、去っていく。
 私たちは伯爵様の部下に感謝され、後から御礼をしに伺うと言っていた。なんだかむず痒い。
 多くの被害を出し続けていた洗脳事件は、こうしてようやく幕を閉じたのだった。

 

 私たちの活躍はエディさんを含め、家族みんなに誉められた。
 伯爵に誉められたのも嬉しかったが、お姉ちゃん達やお母さんに誉められる方のはもっと嬉しい。
 お父さんも誉めてくれたが、少し困惑しているようだった。事態を把握しきれず、どう誉めたら良いか分からない。そんな様子だった。
 以前ならどう誉めてくれただろう。頭をワシャワシャにして皮肉の一つでも言ったのだろうか。
 布団に入り、そんな事を考えていた。
 新年のあの日以来、ずっと続いていた戦いがようやく終わったのに、あまり心は晴れなかった。

(やっぱり、お父さんがあのままじゃ…)

 きっと都合の良い願いなのだろう。それでも、私はお姉ちゃん達が言っていた転生に賭けてみたかった。
 その為には、今の私はただのお荷物。身体も小さい、力がなく魔法も未熟、経験も足りない。こなさなくてはいけない課題が余りにも多い。

(2年…2年で足りるのかな…)

 お母さんが5年と言った理由が分かった気がする。確かに、5年あれば身体も大きくなるだろうし、色々な事を余裕を持って学べる。
 でも、お父さんの身体はどうだろうか。今はまだ分からない。でも、2年経って変わらないどころか、より衰えたら?
 そう思うと少し怖くなってくる。
 2年という期間も短い時間じゃない。それでも、油断したら何も得ずに過ぎてしまう気がする。それが堪らなく怖い。

(やるしか…やるしかない。もっと鍛えて、学んで、磨いて…強くなってお父さんを越えたい…)

 そして、いつかクソガキ呼ばわりした事を心の底から謝らせるんだ…
 そう心に誓い、私は眠りに就いた。
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