召喚者は一家を支える。

RayRim

文字の大きさ
上 下
50 / 307
第1部

44話

しおりを挟む
 今朝の始まりは早く、まだ夜中と言っても良い。
 灯りは点けず、屋内で軽く体を動かし食事は魔法で温めてから食べる。
 食べ終えて後始末をしていると、ドアを叩く音。魔力感知に掛からない。何者だろうか。
 剣をいつでも抜けるように近付き、ドアを開けると、

「旦那、遅くなりやした。」

 息を切らすユキが居た。どうやら【隠密】のせいで、ただでさえ希薄な魔力が認識出来ないほど微かになっていたようだ。
 驚いてすぐに家の中に入れ、足元が泥塗れなのを見て、洗浄を掛けてから残ったスープを温めて出す。
 服はメイド服のようだが少し違うな。その上にフード付きの防寒着を着て、マフラーと手袋をしていた。

「寒さが消し飛びやした。うん。やっぱり旦那のスープは格別でさぁ。」

 暗い部屋でスープを飲み終えたのを見計らい、話を切り出す。

「どうして来た?かなり無茶もしてやって来たみたいだが。」

 てっきり、そのまま待ってるかと思っていたが。

「実は、大騒ぎになりやして、バニラお嬢様は泣き出すわ、カトリーナさんはポンコツ状態になるわで大変でした…」
「そんな事になっていたか…」
「というのは、半分冗談でして。」

 おい。冗談かよ。

「バニラお嬢様が泣き出したのは本当です。
 もう見てられないくらいの泣きっぷりでして、誰か行かなきゃという事で、足の速いあたしがやって来たという事でさぁ。」

 バニラが危ういなぁ…どうにかならんものか。
 今はみんなに任せるしかないが。

「そうだったか。しかし、よく場所が分かったな。」
「門番が教えてくれやした。冒険者は旦那だけですからね。」
「それもそうか。」

 背負っていた荷物を下ろすと、中には食糧や薬品類が入っていた。

「旦那の事ですので、こういうのは準備してないかと思いやして。」
「その通りだよ。パンが無くて困った。」

 半分に分け、二人で管理することにする。
 これからの事を話すと、

「すぐに移動しやしょう。あたしは高いところで監視しやすから。」
「始まったら退避してくれ。ちょっと区別まで出来ないからな。」

 ユキの魔力反応の薄さが仇となってしまっている。敵の偽装なのか判断がつけられそうにないのだ。

「分かりやした。」

 オレたちは荷物をまとめてから外に出て、町の中央にある監視塔へと跳び乗り、中へと入り込んだ。

「王都ほどではありやせんが、流石に冷えやすね。」

 マフラーを巻き直し、手袋をする。
 オレはエンチャントで誤魔化してるのでそんな事はないが、予備のアクセサリーでも持っておくべきだったな。

「エンチャントはしてないのか?」
「バニラお嬢様があのザマじゃあ、準備なんて出来やせんでしたよ。あ、バンブー様からアクセサリーは預かっておりやす。」
「貸してくれ。」

【エンチャント・ヒート】

 差し出された簡素なネックレスに魔法を付与する。
 装備への封入、という正式なエンチャントではなく即席の魔法による時限エンチャントだ。

「一日は持つと思うぞ。」
「ありがとうございやす。おおお。あったかい。」

 寒暖差でユキの表情が緩む。

「そう言えば、道中はどうなっていた?」
「王都はもう真っ白で、だいぶ雪も深くなっておりやす。こっちもすぐそうなりそうですね。」

 このまま屋根の無いところにいると、スノーマンになりそうなくらい雪が激しくなってくる。
 これは春まで帰れそうにないようだ。

「あっ。向こうに灯りが見えやすぜ。」

 ユキの指し示した方向は滑空による強襲が可能になる山の上。
 崖なので通常の軍隊では不可能だが、精鋭による少数による奇襲なら可能だ。
 ただし、その手が知られていなければ、という条件が付く。
 脱出も済んだようで、北の方でも魔力の光が見えた。

「こっちも脱出が済んだようだな。じゃあ、始めるぞ。」
「はい。旦那、ご無事で。」

 そう言われ、オレは拳を突き出す。
 困惑した表情で見るが、ゆっくりと拳を出してくる。

「お前もな。危なくなったら逃げて良いぞ。」
「そうさせてもらいやすよ。」

 拳を当て、互いに笑って別れた。

「さて、クエストスタートだ。」

 ユキが離脱するのを確認してから全てのスキルを有効化する。

【ファイア・ファランクス】

 外壁の上に8の発動点を設定。この監視塔を中心に周囲にも4、監視塔の上にも1つ発動点を作る。
 これのコントロールはサポートに任せる。無差別にしか狙えないが、飛んでくる人間なんて他にいないからな。
 次は町の中に仕掛ける。

【アースウォール】

 通りを狭め、移動を制限しておく。建物の防護、中への侵入阻止も兼ねられる。

【アイスフィールド】

 通りを斜面を作りながら凍らせて、滑りやすくもしておいた。

【ピットフォール】
【アイススパイク】

 斜面の終わりに落とし穴と氷のトゲを仕掛ける。
 これだけではまだ甘い。

【アイスファランクス】

 更に各通路にファランクスの発動点を設定しておいた。オレが直接制御するのはこれだけとなる。

【ブラストマイン】

 ついでに各所に感圧式の即席魔法を仕込んでおいた。
 これで準備は完了である。

 入管所は事前に封鎖してあったので、突破してくるようなら完全に敵だ。
 各仕掛けを飛び越えようすればファイアファランクスが、はずれ通路からはアイスファランクスが飛んでくる布陣。さて、連中はどう凌ぐかな?
 しかし、こう見下ろしていると懐かしく感じる。有志で集まるタワーディフェンスごっこによく駆り出されてたっけな。

 夜明けまで時間はあるが警戒は怠らない。
 ヒュマス側で何か動きがあり、近付いて来る者達がいる。そして、遠ざかる希薄な反応も。
 遠くでは軍の配置が終わったようだ。いよいよか。
 先に国境を押さえて奇襲を仕掛けたいようで、軍が激突するよりも早くこちらに向かって来た。
 思った通り、先に滑空しながら向かってくる連中がいる。礼儀として警告はしておくか。

【ラウドボイス】

『あー、あー。上空の侵入者に告ぐ。入管所を通らない越境は密入国として処理する。繰り返す。入管所を通らない越境は密入国として処理する。』

 慌てた様子が見えたが、構わず向かってくるようだ。数は五か。頼むぞ。

『密入国者と見なし、処理する。』

 ファイアファランクスが文字通り火を吹き、秒間十六発の細かい火炎弾が侵入者たちを一人、二人と撃ち落として行き、一人も辿り着くことはできなかった。
 防御魔法は展開していたようだが、無慈悲な集中砲火の前には無力。次はもう少し頑張ってくれ。生きてればな。

 入管前に陣取ってる連中は強行突破を行うようだ。
 特に細工をしていない扉は破られ、一気に十人ほど流れ込む。

『正式な手続きを踏まない入国は、密入国として処理する。』

 まだ、何もせずルートを見極める。
 新手の侵入者たちは扉を破った勢いのまま突っ込み、滑って転ぶ。
 それに釣られて更に三人転び、そのまま滑ってアイススパイクの餌食となってしまった。次は凍結対策しましょうね。生きていたら。

 残ったのは比較的重装の者たち。激昂し、何やら憎まれ口を叩きながら進んでいるが、声が届いて来ない。
 少し進むとオレの姿を見つけたようで、曲剣を抜いてこちらに突き付けてわめいているが、やはり聞こえない。風が強くてかき消されているのだ。

 何の反応も見せないオレに業腹なのか、最も重装備の者を足場に二人の軽装が壁を登り切るが、ファイアファランクスの餌食となり地面に叩きつけられる。
 死んではいないようだが落ち方が悪く、受け身もまともに取れなかったので腕や腰をやってしまったようである。次はちゃんと正規の手続きを踏もうな。

 中央通りを避け、脇道に入った者はアイスファランクスの餌食となり、半身が氷の彫像となってしまって身動きが取れない。

 ズルはダメだと分かったのか、剣を抜いたまま、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
 途中、一人、二人と横路に入ってはブラストマインの餌食になったり、壁を登ってファイアファランクスの餌食になるものが出ていた。学習してくれ。
 最終的に残ったのは三人。全て重装系である。

「テメェ殺してやる!ぶっ殺してやる!!」

 よじ登れないのか、監視塔を壊そうと剣を叩き付けるが、

【ピットフォール】

 深めの落とし穴に落ちてもらった。その行為はレギュレーション違反だ。
 残った二人は大人しくルールに従ってくれる様なので、話を聞こうじゃないか。
 監視塔から飛び降り、二人の前に立つ。

「何が目的でこんな事をしている?」

 威圧にビビったのか、後ろへ二歩、三歩下がる。

「お、オレたちは女王様に召喚された勇者だ!人類の滅亡を回避する為に魔王を倒しに来た!」
「ほう?」

 必死さからロールプレイという訳ではないようだ。
 男の声は若く、寒さと恐怖で震えているようにも聞こえる。

「あ、あんた!裏切り者のオッサンじゃないか!
 同じ日本人なのに、どうしてこんな酷い事が出来るんだ!」

 もう一人は女のようだな。こちらは威圧が効いてはいるが、恐怖は無いようだ。
 二人を【看破】で見ると、洗脳の状態以上が付いており、男は中度、女は重度のようだ。

「エルディーに食わせてもらってるからな。上等な住処もあるし、仲間も良いヤツばかりだ。
 同族であることが仲間を裏切って、お前らに味方する程の理由にはならない。」
「なっ…!?」

 オレの言葉に二人は絶句する。同じ日本人なら手加減すると思ったか?
 残念だが、同じ日本人の赤の他人だから、ルール違反には厳しくするんだよ。

「聞いているぞ、エルフの国での事。既に前科持ちなんだってな?」

 痛い部分を突かれたのか二人の表情が歪む。

「そ、それはオレたち以外の亜人は穢れた存在で、触れ合ってはならないからだと…」

 そんな事を言ってるのか。
 まあ、洗脳状態だから容易く受け入れてしまうのだろう。どの種族も解り合えば気の良い連中だというのに。ディモスの貴族は解り合えるか分からんが。

【アンティマジック】

 二人にアンティマジックを掛けると急にうずくまり、吐く。
 キツいんだよな。重度の洗脳状態からの解放って。
 スキルと能力値は育っているのか、今回は押し潰される事はないようだ。鎧は全部壊しておくが。

「ぼ、僕はなんでこんな事をしてるんだ…」

 えらい弱気になったな。元々震え声だったが更に深刻になる。

「オエェェッ!わたしなんで…オエェェッ!!」

 女はなお酷い。いったいこれまで何をして来たのか。
 重度からの回復の影響だけとは思えない吐きっぷり。やって来たであろう行為の記憶までは消えないからな。お気の毒に。

 とは言え、お仕置きは必要なので、二人とも気を失う程度に顔面を殴り倒して後ろ手に縛り上げる。カトリーナさんに習った技術がようやく活かせた。帰ったらお礼をしよう。

 他の連中も、突き出す為に救出くらいはしておかなくてはならないだろう。仕掛けたあれこれを解除し、上空に花火を数発打ち上げる。
 国境の町の防衛はオレの完全勝利となった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。 何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。 何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。 それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。 そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。 見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。 「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」 にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。 「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。 「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。

処理中です...