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第1部
43話
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天幕の中は最低限の物しかなく、割と広く感じられた。
作戦を検討する為のテーブルと、丸めて樽に放り込まれた地図。小道具の入っているらしい箱。そんな所か。
待っていたのは、案内してきた若い騎士に似た威厳のある男性の騎士。親子だろうか?
種族は角を持っているからディモス。
他にも側近と思われる騎士が何人もいて、こちらを警戒している。
「礼儀を知りませんので不作法は何卒御容赦を。」
「構わん。戦場でそんなものは役に立たないからな。」
威厳は声にも備わっており、畏縮してしまいそうになる。
ありがたい。こんな機会がこんなに早く訪れるとは思っていなかったしな。
「我が名は〈魔国伯爵〉のハインツ・バッヘム。噂は届いているぞ、『悪魔殺し』のヒガン殿。」
「悪魔殺し…?」
そんな呼ばれ方は初めてだな。何処で使われてるんだ?
「貴族の間での通り名だ。皆、貴殿には注目している。良くも、悪くもな。
若い娘たちの間では既に英雄同然の扱いのようだが。」
「そうでしたか。」
視線はオレの剣に向く。
武器のお陰だと思われるのもしかたない。オレもそう思う。
「こちらが気になりますか?」
「気付いていたか。私も前線で戦う戦士だからな。良い武器は気になる。」
正直に答えたな。まあ、試してみるのも良いだろう。
「娘の作品ですので差し上げる訳にはいきませんが、見てみますか?」
「おお!是非。」
鞘に入れたまま、地面に置く。
「?」
皆、意味が分からない様子でオレを見ている。
「持っていただければ分かります。」
全員が顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
「では、拙者が。」
力自慢と思われる狼系ビーストが出て来て剣を持ち上げようとするが、
「ふっん…ぐっぬぬぬぅっ!?」
柄を持ち、水平に上げているが、歯を食い縛り必死の形相だ。
全員が唖然とした様子で見ている。
「盾も持ってみますか?」
「た、盾!?」
ヒョイと持ち上げ、革に覆われた盾を見せる。
「お、おう。やってやろうじゃねぇか!」
息を荒くし、寒いのに汗を流しながら言う。
笑顔でそれを持たせると。
「待て待て待て!!離すな!離さないでくれ!」
無理だったようなので、両方とも回収した。
「いったいなんなんだその剣と盾は!重すぎるにも程があるだろう!?」
「娘がオレの為に作ってくれたミスリルのソードとシールドです。」
鞘から少しだけ刀身を見せ、嘘ではないことを証明する。
「ミスリルと言えば、軽くて扱い易いものだろう…?」
「それだと耐久性が落ちますし、軽すぎて攻撃力もいまいちですからね。
とにかく、重量と強度を要求しました。」
「そ、それでも程がある…」
芯にとにかく重い金属であるブルーメタルを使い、更にミスリルも濃縮状態なので普通より重くなっている。それは盾も同様だ。
「これくらい重くないと不安でして。」
元の位置に戻し、話を切り上げる。
皆、同じ目に遭うのは嫌なのか、以降は剣に視線を向けることはなかった。
「…では、これからの事について話そう。」
咳払いをし、仕切り直す。
三方から攻めてくる部隊を各個に討ちたいとの事、国境の駐留部隊に連絡は行っているようで住民の脱出も済んでいるようだ。
とは言え、国境である以上はもぬけの殻には出来ないのでそのままだと兵は見殺しになってしまう。
出来ればそんな事にはしたくないので、オレにはそのヒュマスの亜人を止めて欲しいと頼まれた。
これはゲームでも似たような事があったなぁ、と思い出す。その時は攻める側を選んだが。
という事は、相手もその時の攻略法で来るかも知れない。その時はどうだった?思い出せ。
「…向こうの亜人は上空からの強襲もあり得ますね。」
「上空…?」
そういう反応になるのは当然だろう。
だが、ヒュマス側からなら出来てしまうのだ。何らかの方法で滑空をすれば、届いてしまう。そうすれば一方的な蹂躙が可能だ。
「手段があれば、ですけどね。対策は考えておきます。」
「分かった。」
問題はどちらかと言うとヒュマス軍と男爵軍。守る者がいる以上、行動の分かりやすい少数より、数の多い相手の方が脅威だ。
「敵軍は我々に任せてもらおう。既に『行き止まりのゴブリン』だからな。後は容赦なく蹴散らすだけよ。」
ゲームでよく聞いた頼もしい言葉だ。ここは信頼するとしよう。
「想定よりも早い到着には感謝している。これで先んじて兵を動かせるからな。亜人達を待つ必要もなくなる。」
「まだ男爵軍はこちらに到着していないのですね。」
地図の上の駒を見てそう判断する。だいぶ離れており、ここからやや東の峡谷を通ってくるようだ。
「行軍に慣れてない上にこの寒さで、かなり手こずっている様子。
ヒュマス側の軍による国境突破は明後日の日の出と共にという算段のようだ。」
それからは伯爵軍とヒュマス軍の動きの説明が始まった。
数と魔法の力で関所から離れた場所で強引に国境を突破を試みるヒュマス軍は伯爵軍を引き付ける囮。
相手の本命は、内応した南東部を統治する男爵軍と、関所を制圧して越えてきた召喚者による三方からの挟撃作戦だろうと見ていた。
だが、男爵軍は進軍の遅れでまだ到着できず、そちらは無視して良いとのこと。あちらは土地が荒れ気味で収穫量も少ないようで、この天候だと放っといても兵糧不足で撤退すると見立てていた。
伯爵にとって無視できないのは召喚者達の方。
オレたちが力を示してしまったからというのもあるが、ヒュマス軍への対応だけでいっぱいらしく、戦力未知数の召喚者達まで対応できないそうだ。
ヒュマス軍の進行ルートには矢倉や簡易砦まで用意し、誘い込みの準備万端という形なのだが、総力で対応してこその布陣なのだろう。
その実力未知数の召喚者達の相手をするのが今回の仕事。ヒュマス軍を蹴散らす間、時間稼ぎさえ出来れば良いとまで言われた。
「分かりました。」
国境にあちらの斥候がいる可能性も考えたが、既に住人の退去が済んでいると目立ちすぎて無理だろう。
それはお互い様な所はあるが…
「今日のところはこちらで休むと良い。狭いが寝床は用意させている。」
「お気遣い、ありがとうございます。」
軍営地の隅に用意されたテントに通され、そこで一晩過ごすこととなった。
元旦からこんな事になるとは、人生ままならないな…と思いつつ、自前で食事を済ませ、すぐに眠りにつく。
冬の野宿は寒く、軍営地のピリついた空気のおかげで心まで冷えていくような感覚があった。
娘たちにお年玉をやる暇もなかったな…
翌朝、いつものように目が覚める。
用を足し、洗浄し、朝の訓練というこちらもいつものルーチン。訓練は念入りに行い、食事は朝も自前ので済ませておく。新年祭で買い込んだ物が役立ってくれた。
様子を眺めていると亜人連合というのは名だけではない事がよく分かる。ディモスだけではなく、東方、南方エルフ加え、ビーストも多い。
責任者クラスはディモスの割合が多いが、だけという訳でもなかったからな。
準備を終えて見物していると、若い騎士から昼には動いて欲しいと伝えられたので早めに移動を始める。
先行部隊はバラバラで移動するらしく、昼前なら好きなタイミングで良いようだ。
ふと王都の方を見ると重そうな雲が掛かっている。向こうは雪でも降ってるのかもしれないな。リンゴとソニアが訓練場ではしゃぐ姿が思い浮かんでしまう。
しかし、相手も難儀である。ここで蹴散らされ、逃亡兵になろうものなら凍死間違いなしだろう。近隣の町や村にも防衛の兵が配備され、略奪も無理な上に、荒れ気味の土地で自然の恵みに頼るのも難しい。自軍の負けは己の死を意味していた。
そちらの作戦の詳細は聞いていないが、この用意周到さから一兵も逃さないような戦いをする事になるだろう。だったらオレもそのつもりで戦うしかない。
「ここに居てもやることがないな…」
早々と荷物は片付け、寝床はきれいになっている。
係の兵に一言挨拶すると、若い騎士が慌てて飛んでくる。いつも慌てている人だな。
「出立ですか。御武運をお祈りしています。」
「それはお互い様ですよ。こちらも御武運をお祈りしています。」
苦笑いしながら手を差し出し、握手を交わしてから別れを告げた。
軍営地から出てしばらくすると雪がちらつき始める。雪で閉ざされる前に我が家へ帰りたいものだ。
昼過ぎに国境地帯へと到着する。
以前来た時は賑やかだったが、今は完全に廃村のような気配すら漂う。
「お待ちしておりました。
向こうの家なら、何処を使っていただいても構いません。カモフラージュの為に、普通の生活と同じように利用してください。」
到着するとすぐに説明を受けたので、オレは近い方の家を借りることにした。
中は片付いていて最低限のものしか無いが、生活していた痕跡と匂いが他人の家なんだと思わせる。屋根や壁があるのは良いが、これなら野宿の方が落ち着くかもしれない。
暖炉に火を入れ、着替えずに椅子に座る。
「酒でも用意するべきだったか…」
食べ物は潤沢なのだが飲み物に乏しい。水は無限に出るのだが。
釜戸にも火を入れ、鍋に肉、野菜、香辛料、水でお手軽スープだ。ついでに肉野菜炒めも作り、パンは…パンがない…!
「ぐぅ…迂闊だった…!」
仕方がないのであるもので腹を満たした。
開いている店などないと思うが、仕方がないので外を見て回ることにする。
酒場なら開いてるだろうと思いそこへ行くと、酒場に来たら酒を頼むもんだと言われて渋々頼むが、昨日飲んだワインの上等さをしみじみ感じる。あのワインを選んだジュリアを誉めねばならない。
美味いパンは用意できないが、それで良いならあると言われ買い取る事にした。
手に入れるものを手に入れたので、もう少し地形を把握する為に見て回ってから家に戻ることにする。すぐに本格的な降雪が始まり、厳しい季節の訪れを実感した。
当然のように開いている店などなく、歩いている人もいない。
人の気配もあまりしないのに、熱は感じ、灯りもある。これが戦争のために放棄された町なのかと思うと、暗澹たる気持ちになってくる。
確認を終えて家に戻ると、玄関の前で考え事をしているディモスの男がいた。大きめの体で、佇んでいるだけで圧倒されそうな威圧感がある。
「何か?」
「あ、ああ。お前がこの家の…?」
「はい。寒いので中に入ってください。」
鍵を開け、二人で家の中に入る。
暖炉の火と薪を補充し、席に誘導する。
「どういう用件で?」
「俺はスミス。町の防衛の話で来た。何か策があるんだろ?」
「その事でしたか。ありますよ。」
オレの考えていたプランは、【ファランクス】の魔法で対空防御をするというもの。
魔力感知と魔法の連動はサポートだけでも実現出来たので、魔法や魔導具を使っての滑空は簡単に撃墜出来るだろう。
町中での戦闘はどうしたものかと尋ねると、損害は気にしなくて良いと言われる。国境は蹂躙される前提で作っているらしく、更地になるのも覚悟の上だとか。
そういうことならと、鳥一匹、獣一匹通さない魔法防衛網の構築を提案する。
【ファランクス】は角度を変えれば陸上でも運用できる。これを各所に展開すれば封殺出来るだろう。
「正気か?これほどの数の魔法…」
「倍はいけます。」
方向を決めて雑に撃つだけ。全部一度に起動する必要もないから、制御力はそれほど必要ではない。
「わかった。我々は残った者の撤退を手伝うだけで、こちらへの助力は出来ないかもしれない。許せ。」
「そういう契約ですからね。気にしていませんよ。」
その答えに何か思うところがあるようで。頭を下げて何度もすまないと言うスミス。出来そうだし、報酬も良いから引き受けたんだがな。
「我々もヒュマス軍を片付け次第…」
「あ、やめてください。敵と味方の区別がつかないので、漏れたのが居たら潰していただければ。」
「お、おう。」
戸惑っているが分かってくれたようだ。
一家の面々ならなんとなく分かるが、見ず知らずだと区別がつけられないからな。
「言い忘れていたので、向こうにも伝えて下さい。」
「承った。」
そう言うと照れ臭そうに握手を求められる。
「これがお前達の流儀なんだろう?」
「そうですね。」
学内選抜の事は伝わっているようで、しっかりと握手を交わす。
見た目に違わぬ力強さと快さに、信じられる相手だと確信した。
「王都に戻ったら一杯奢らせてくれ。
ここの酒は不味いからな。」
「やっぱり、そうでしたか。」
お互いに苦笑いし、手を離す。
その時はこちらもジュリアが選んだワインを奢る事にしよう。あれは美味かったからな。
「詳しい時間だが、我々は夜の内に動く。脱出完了の合図は門外で魔法の灯りを灯すのでそれで判断してくれ。
どの建物も、好きに使ってくれて構わないからな。」
「分かりました。」
さて、オレも魔法を見直すとしよう。バニラのように丁寧な術式は作れないが、雑に使う分には問題ない。
出来る限りの準備をし、出番に備えるとしよう。悪ガキにしっかりお灸を据えるのも年長者の役目だ。
作戦を検討する為のテーブルと、丸めて樽に放り込まれた地図。小道具の入っているらしい箱。そんな所か。
待っていたのは、案内してきた若い騎士に似た威厳のある男性の騎士。親子だろうか?
種族は角を持っているからディモス。
他にも側近と思われる騎士が何人もいて、こちらを警戒している。
「礼儀を知りませんので不作法は何卒御容赦を。」
「構わん。戦場でそんなものは役に立たないからな。」
威厳は声にも備わっており、畏縮してしまいそうになる。
ありがたい。こんな機会がこんなに早く訪れるとは思っていなかったしな。
「我が名は〈魔国伯爵〉のハインツ・バッヘム。噂は届いているぞ、『悪魔殺し』のヒガン殿。」
「悪魔殺し…?」
そんな呼ばれ方は初めてだな。何処で使われてるんだ?
「貴族の間での通り名だ。皆、貴殿には注目している。良くも、悪くもな。
若い娘たちの間では既に英雄同然の扱いのようだが。」
「そうでしたか。」
視線はオレの剣に向く。
武器のお陰だと思われるのもしかたない。オレもそう思う。
「こちらが気になりますか?」
「気付いていたか。私も前線で戦う戦士だからな。良い武器は気になる。」
正直に答えたな。まあ、試してみるのも良いだろう。
「娘の作品ですので差し上げる訳にはいきませんが、見てみますか?」
「おお!是非。」
鞘に入れたまま、地面に置く。
「?」
皆、意味が分からない様子でオレを見ている。
「持っていただければ分かります。」
全員が顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
「では、拙者が。」
力自慢と思われる狼系ビーストが出て来て剣を持ち上げようとするが、
「ふっん…ぐっぬぬぬぅっ!?」
柄を持ち、水平に上げているが、歯を食い縛り必死の形相だ。
全員が唖然とした様子で見ている。
「盾も持ってみますか?」
「た、盾!?」
ヒョイと持ち上げ、革に覆われた盾を見せる。
「お、おう。やってやろうじゃねぇか!」
息を荒くし、寒いのに汗を流しながら言う。
笑顔でそれを持たせると。
「待て待て待て!!離すな!離さないでくれ!」
無理だったようなので、両方とも回収した。
「いったいなんなんだその剣と盾は!重すぎるにも程があるだろう!?」
「娘がオレの為に作ってくれたミスリルのソードとシールドです。」
鞘から少しだけ刀身を見せ、嘘ではないことを証明する。
「ミスリルと言えば、軽くて扱い易いものだろう…?」
「それだと耐久性が落ちますし、軽すぎて攻撃力もいまいちですからね。
とにかく、重量と強度を要求しました。」
「そ、それでも程がある…」
芯にとにかく重い金属であるブルーメタルを使い、更にミスリルも濃縮状態なので普通より重くなっている。それは盾も同様だ。
「これくらい重くないと不安でして。」
元の位置に戻し、話を切り上げる。
皆、同じ目に遭うのは嫌なのか、以降は剣に視線を向けることはなかった。
「…では、これからの事について話そう。」
咳払いをし、仕切り直す。
三方から攻めてくる部隊を各個に討ちたいとの事、国境の駐留部隊に連絡は行っているようで住民の脱出も済んでいるようだ。
とは言え、国境である以上はもぬけの殻には出来ないのでそのままだと兵は見殺しになってしまう。
出来ればそんな事にはしたくないので、オレにはそのヒュマスの亜人を止めて欲しいと頼まれた。
これはゲームでも似たような事があったなぁ、と思い出す。その時は攻める側を選んだが。
という事は、相手もその時の攻略法で来るかも知れない。その時はどうだった?思い出せ。
「…向こうの亜人は上空からの強襲もあり得ますね。」
「上空…?」
そういう反応になるのは当然だろう。
だが、ヒュマス側からなら出来てしまうのだ。何らかの方法で滑空をすれば、届いてしまう。そうすれば一方的な蹂躙が可能だ。
「手段があれば、ですけどね。対策は考えておきます。」
「分かった。」
問題はどちらかと言うとヒュマス軍と男爵軍。守る者がいる以上、行動の分かりやすい少数より、数の多い相手の方が脅威だ。
「敵軍は我々に任せてもらおう。既に『行き止まりのゴブリン』だからな。後は容赦なく蹴散らすだけよ。」
ゲームでよく聞いた頼もしい言葉だ。ここは信頼するとしよう。
「想定よりも早い到着には感謝している。これで先んじて兵を動かせるからな。亜人達を待つ必要もなくなる。」
「まだ男爵軍はこちらに到着していないのですね。」
地図の上の駒を見てそう判断する。だいぶ離れており、ここからやや東の峡谷を通ってくるようだ。
「行軍に慣れてない上にこの寒さで、かなり手こずっている様子。
ヒュマス側の軍による国境突破は明後日の日の出と共にという算段のようだ。」
それからは伯爵軍とヒュマス軍の動きの説明が始まった。
数と魔法の力で関所から離れた場所で強引に国境を突破を試みるヒュマス軍は伯爵軍を引き付ける囮。
相手の本命は、内応した南東部を統治する男爵軍と、関所を制圧して越えてきた召喚者による三方からの挟撃作戦だろうと見ていた。
だが、男爵軍は進軍の遅れでまだ到着できず、そちらは無視して良いとのこと。あちらは土地が荒れ気味で収穫量も少ないようで、この天候だと放っといても兵糧不足で撤退すると見立てていた。
伯爵にとって無視できないのは召喚者達の方。
オレたちが力を示してしまったからというのもあるが、ヒュマス軍への対応だけでいっぱいらしく、戦力未知数の召喚者達まで対応できないそうだ。
ヒュマス軍の進行ルートには矢倉や簡易砦まで用意し、誘い込みの準備万端という形なのだが、総力で対応してこその布陣なのだろう。
その実力未知数の召喚者達の相手をするのが今回の仕事。ヒュマス軍を蹴散らす間、時間稼ぎさえ出来れば良いとまで言われた。
「分かりました。」
国境にあちらの斥候がいる可能性も考えたが、既に住人の退去が済んでいると目立ちすぎて無理だろう。
それはお互い様な所はあるが…
「今日のところはこちらで休むと良い。狭いが寝床は用意させている。」
「お気遣い、ありがとうございます。」
軍営地の隅に用意されたテントに通され、そこで一晩過ごすこととなった。
元旦からこんな事になるとは、人生ままならないな…と思いつつ、自前で食事を済ませ、すぐに眠りにつく。
冬の野宿は寒く、軍営地のピリついた空気のおかげで心まで冷えていくような感覚があった。
娘たちにお年玉をやる暇もなかったな…
翌朝、いつものように目が覚める。
用を足し、洗浄し、朝の訓練というこちらもいつものルーチン。訓練は念入りに行い、食事は朝も自前ので済ませておく。新年祭で買い込んだ物が役立ってくれた。
様子を眺めていると亜人連合というのは名だけではない事がよく分かる。ディモスだけではなく、東方、南方エルフ加え、ビーストも多い。
責任者クラスはディモスの割合が多いが、だけという訳でもなかったからな。
準備を終えて見物していると、若い騎士から昼には動いて欲しいと伝えられたので早めに移動を始める。
先行部隊はバラバラで移動するらしく、昼前なら好きなタイミングで良いようだ。
ふと王都の方を見ると重そうな雲が掛かっている。向こうは雪でも降ってるのかもしれないな。リンゴとソニアが訓練場ではしゃぐ姿が思い浮かんでしまう。
しかし、相手も難儀である。ここで蹴散らされ、逃亡兵になろうものなら凍死間違いなしだろう。近隣の町や村にも防衛の兵が配備され、略奪も無理な上に、荒れ気味の土地で自然の恵みに頼るのも難しい。自軍の負けは己の死を意味していた。
そちらの作戦の詳細は聞いていないが、この用意周到さから一兵も逃さないような戦いをする事になるだろう。だったらオレもそのつもりで戦うしかない。
「ここに居てもやることがないな…」
早々と荷物は片付け、寝床はきれいになっている。
係の兵に一言挨拶すると、若い騎士が慌てて飛んでくる。いつも慌てている人だな。
「出立ですか。御武運をお祈りしています。」
「それはお互い様ですよ。こちらも御武運をお祈りしています。」
苦笑いしながら手を差し出し、握手を交わしてから別れを告げた。
軍営地から出てしばらくすると雪がちらつき始める。雪で閉ざされる前に我が家へ帰りたいものだ。
昼過ぎに国境地帯へと到着する。
以前来た時は賑やかだったが、今は完全に廃村のような気配すら漂う。
「お待ちしておりました。
向こうの家なら、何処を使っていただいても構いません。カモフラージュの為に、普通の生活と同じように利用してください。」
到着するとすぐに説明を受けたので、オレは近い方の家を借りることにした。
中は片付いていて最低限のものしか無いが、生活していた痕跡と匂いが他人の家なんだと思わせる。屋根や壁があるのは良いが、これなら野宿の方が落ち着くかもしれない。
暖炉に火を入れ、着替えずに椅子に座る。
「酒でも用意するべきだったか…」
食べ物は潤沢なのだが飲み物に乏しい。水は無限に出るのだが。
釜戸にも火を入れ、鍋に肉、野菜、香辛料、水でお手軽スープだ。ついでに肉野菜炒めも作り、パンは…パンがない…!
「ぐぅ…迂闊だった…!」
仕方がないのであるもので腹を満たした。
開いている店などないと思うが、仕方がないので外を見て回ることにする。
酒場なら開いてるだろうと思いそこへ行くと、酒場に来たら酒を頼むもんだと言われて渋々頼むが、昨日飲んだワインの上等さをしみじみ感じる。あのワインを選んだジュリアを誉めねばならない。
美味いパンは用意できないが、それで良いならあると言われ買い取る事にした。
手に入れるものを手に入れたので、もう少し地形を把握する為に見て回ってから家に戻ることにする。すぐに本格的な降雪が始まり、厳しい季節の訪れを実感した。
当然のように開いている店などなく、歩いている人もいない。
人の気配もあまりしないのに、熱は感じ、灯りもある。これが戦争のために放棄された町なのかと思うと、暗澹たる気持ちになってくる。
確認を終えて家に戻ると、玄関の前で考え事をしているディモスの男がいた。大きめの体で、佇んでいるだけで圧倒されそうな威圧感がある。
「何か?」
「あ、ああ。お前がこの家の…?」
「はい。寒いので中に入ってください。」
鍵を開け、二人で家の中に入る。
暖炉の火と薪を補充し、席に誘導する。
「どういう用件で?」
「俺はスミス。町の防衛の話で来た。何か策があるんだろ?」
「その事でしたか。ありますよ。」
オレの考えていたプランは、【ファランクス】の魔法で対空防御をするというもの。
魔力感知と魔法の連動はサポートだけでも実現出来たので、魔法や魔導具を使っての滑空は簡単に撃墜出来るだろう。
町中での戦闘はどうしたものかと尋ねると、損害は気にしなくて良いと言われる。国境は蹂躙される前提で作っているらしく、更地になるのも覚悟の上だとか。
そういうことならと、鳥一匹、獣一匹通さない魔法防衛網の構築を提案する。
【ファランクス】は角度を変えれば陸上でも運用できる。これを各所に展開すれば封殺出来るだろう。
「正気か?これほどの数の魔法…」
「倍はいけます。」
方向を決めて雑に撃つだけ。全部一度に起動する必要もないから、制御力はそれほど必要ではない。
「わかった。我々は残った者の撤退を手伝うだけで、こちらへの助力は出来ないかもしれない。許せ。」
「そういう契約ですからね。気にしていませんよ。」
その答えに何か思うところがあるようで。頭を下げて何度もすまないと言うスミス。出来そうだし、報酬も良いから引き受けたんだがな。
「我々もヒュマス軍を片付け次第…」
「あ、やめてください。敵と味方の区別がつかないので、漏れたのが居たら潰していただければ。」
「お、おう。」
戸惑っているが分かってくれたようだ。
一家の面々ならなんとなく分かるが、見ず知らずだと区別がつけられないからな。
「言い忘れていたので、向こうにも伝えて下さい。」
「承った。」
そう言うと照れ臭そうに握手を求められる。
「これがお前達の流儀なんだろう?」
「そうですね。」
学内選抜の事は伝わっているようで、しっかりと握手を交わす。
見た目に違わぬ力強さと快さに、信じられる相手だと確信した。
「王都に戻ったら一杯奢らせてくれ。
ここの酒は不味いからな。」
「やっぱり、そうでしたか。」
お互いに苦笑いし、手を離す。
その時はこちらもジュリアが選んだワインを奢る事にしよう。あれは美味かったからな。
「詳しい時間だが、我々は夜の内に動く。脱出完了の合図は門外で魔法の灯りを灯すのでそれで判断してくれ。
どの建物も、好きに使ってくれて構わないからな。」
「分かりました。」
さて、オレも魔法を見直すとしよう。バニラのように丁寧な術式は作れないが、雑に使う分には問題ない。
出来る限りの準備をし、出番に備えるとしよう。悪ガキにしっかりお灸を据えるのも年長者の役目だ。
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何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。
それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
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