召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1部

番外編 〈漆黒風塵〉は転機を迎える3

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〈漆黒風塵カトリーナ〉

 私たちは全ての感知スキルを駆使してケダモノたちを探す。
 警戒しながら歩いて10分程度の距離だ。私たちの足なら手の内同然。だが、それらしい気配は全く見当たらない。ユニーク個体か?

「感知から漏れるのが居るとは思ってなかったな…」
「想定外の事態です。まさかこんなことになるなんて…」

 入った時から嫌な予感はしていたが、まさかこんな教育に良くない事態が待っていようとは。管理者を詰めないといけないようだ。
 私の感知には掛からない。いや…

「不自然に掛からない所があるな。」

 ヒガン様も同じ考えのようだ。
 一部、空白域となっている場所があり、集中してなければ見落とす状態になっていた。
 だが、所詮はケダモノ。優秀なスキルを備えても使いこなせていない。

「行きましょう。」

 ケダモノはすぐに見つかる。そして事に及ばれて居る女性も。
 見た感じ、冒険者か?しかし、どう見ても駆け出しではない。

「ヒガン様、事情を伺いましょう。」
「じ、事情?」

 困惑した表情でこちらを見る。この人はこういう事には全く役に立たないのはわかっている。私がやらねばなるまい。

「そこまでだケダモノども!」

 致しているケダモノの腰に踵を叩き付ける。

「ギャイン!?」

 突然の事態にエルフ女も驚いた様子でこちらを見る。
 媚びるようないやらしい顔をしてこちらを見ている。ああ癪に障る。こんな女のためになぜ私は動いているのか。

「どういうつもりか聞かせてもらう。」
「ヒィッ!?」

 ケダモノの首根っこを掴んで捩じ伏せ、女の下腹部には短剣を突き立てる。
 さあ、楽しい尋問の始まりだ。



 とても情けない事情だった。
 色々あって男に捨てられ、感情に任せていたらこんな事になっていたというだけの事。
 ケダモノもしょぼくれて、ずっと大人しくしていた。

「どうしてよりにもよってこんな場所で…」
「いつもはもっと奥の方でヤるけど、今日はお互いに昂ってしまって…」

 常習犯か。頭が痛い。
 ケダモノはというと、女を気遣うように甲高い声で鳴き続けている。これをどうしろというのだ。

「テイマースキルがあるようだが?」

 横で眺めていたヒガン様が一言。
 私だけでなく、女も驚いた様子で顔を上げる。

「えっ、わたしにですか…?」

  鑑定まで持っていたのかこの人は。なぜ今まで明かしてくれなかったのか…
 鑑定は非常に重宝されるスキルの一つだ。生産、商業、工業、軍事、どの分野でも腐ることはない。
 先天的に授かるしか習得方法はないとされていたが…

「レベルは低いが【懐柔】が生えている。先天的なものかまではわからないが…」
「小さい時から動物に懐かれ易かったので恐らく…」

 先天スキルか。
 テイマー系も重宝されるスキルの一つだ。冒険者には獣が可愛く見えて倒しにくくなると不人気だが、建築、物流、軍事に活躍が見込める優秀な系統だ。

「どうして今になって…」

 色々あっての中に、自分の能力が低く見られていた事があった。
 長い大きな耳という特徴は東方エルフそのものなのだが、灰色の髪という一部の者しか持たない特徴で生まれは恵まれていない事を察する。いや、ヒュマスに比べれば恵まれているのだが、生まれた理由からして不幸しかないのだろう。
 いや、この女の親だ。今と似たような理由でヒュマスを…
 否定できない事が恐ろしかった。

「こんな事はやめて真っ当に生きろ。」
「無理です。」

 即答である。

「もう私はこの子無しでは生きられません。テイマーとして生きられるのなら、この子と添い遂げる道しか無いですから!」

 ああ。そうですか。好きにしてくれ。

「イイハナシダナー」

 本当にそう思ってます?
 ヒガン様の全く感情が籠ってない声を聞き、睨み付ける。口笛吹いてとぼけないでください。

「イイハナシカナー?」
「イイハナシダヨー?」

 聞こえてきた声にギョッとして振り向く。
 四人揃ってそこに居た。
 バニラ様とバンブー様のやりとりはいったいなんなのか。

「種族の垣根を越えた愛はあったのですね…!」

 リンゴ様、そういう事にしておきましょうか。越えたのは全く違う欲ですが。

「とりあえず、服を着てさっさと従魔登録なりして来なさい。もうこんなことはやめるのですよ?」
「は、ハイ!」

 狼も目を輝かせ、バフッと一声。
 そのまま一人と一頭は消え去った。ダメなら都の外で幸せになろうね、と聞こえたのは気のせいか。

「カトリーナさん、従魔とは?」

 リンゴ様が目を輝かせてこちらを見る。
 このやり取りの後でどう説明したら良いのか、愚かにも私は本気で迷っていた。



 まずスキルを得ないといけないのだが、それが一番難しい。長年、動物と信頼関係を構築し続け、ようやくといったところだろう。スキルが活躍するのは、次代のモンスターになってからというのは珍しくない。それがテイマーの敷居の高さとなっている理由だ。
 それに魔獣となると、餌は魔力で良いのだが、十分に与える為に魔導師の適正も必要になってくる。
 魔法使いの方が扱いも良く、将来性もあるので好んでテイマーを選ぶのは動物や魔獣が好きな者に限られるのだが、テイマーの資質を得るほどの者で嫌いという者はきっと稀だろう。

「まずは動物と仲良くならないとな。」

 いきなり魔獣は無理だ、とヒガン様が言い聞かす。恐らく悲しい別れを経る事になるのだが、分かって言っているのだろうか。

「分かりました。」

 気合いたっぷりに周囲を見回す。
 鳥がいたのを見つけパンくずを与える。

「もっと寄越せ?良いよ。まだあるからね。」

 は?
 い、いまなんと…

「こっちの鳥はよく喋るね。食べながら喋り続けてるよ。」

 え、えぇ…どういうことなの…
 成長が早いというのは聞いていたが、そういう次元ではない。早すぎる。あまりにも早すぎる。

「じゃあ、次は魔獣行ってみようか。」
「はい。…またね。このパンは全部上げるよ。」

 パンを置き、次は魔獣へと躊躇いなく向かう。
 さっきのケダモノに近い狼が木陰で丸まっていた。

「たのもー!」

 元気良く駆け寄り、狼と向き合う。
 よく見たらシルバーウルフではないか。なんでこんなレア種がここに…

「私の従魔になってもらいたい。」

 会話が成立しているのだろう。様子を見ると、リンゴ様を小馬鹿にしているようだが。許さんぞケダモノ。

「カトリーナさん、あまり脅さないで。拗れてしまいそう。」

 私が怒られた。申し訳ございません。
 数歩下がり、害する気はないと示す。

「力を示せって?良いよ。何がお望み?」

 獣は起き上がり、牙を剥く。

「わかった。じゃあ始めよう。みんなは手を出さないでね。」

 あぁ…やはりこうなったか…
 常に鍛えているとはいえ、実際に戦うのは初めてのはず。その相手がシルバーウルフか…いや、リンゴ様なら大丈夫なはず。

「ヒガン、スキルは。」
「良いぞ。しっかり示してやれ。」
「うん。」

 ぶつぶつ何やら言い始めるリンゴ様。言葉を区切る度にリンゴ様からただならぬものを感じる。

「カトリーナさんのおかげだ。」

 こちらの様子を察してか、ヒガン様が笑顔で言う。
 違う。私は知らない。リンゴ様のこのような力を私は知らないのだ。
 いったい何が起きているのか。私のスキルでは全く把握しきれない。
 胸の奥底が冷え、震えが、止まらない。

「行くよ。」

 ショートソードとバックラーを構えたリンゴ様の姿を見失う。見失ったのだ。
 視線を動かした先、シルバーウルフの腹に刃が当てられていた。
 冷や汗をかいているのを自覚する。鳥肌が立っている。ああ、私はこの小さな娘を恐れているのか。
 かわいい、かわいいと思っていた娘の中には、とんでもないものが潜んでいた。
 これから私は、どうこの娘たちと向き合えば良いのだ。

「じゃあ、これからあなたは私の従魔だよ。」

 その言葉が私を我に返らせる。私に掛けられた言葉でないのはわかっている。だが、その言葉はとても恐ろしいものに感じた。

「ほら、ちゃんとカトリーナさんに挨拶して。私たちが世話になるんだから。」

 バフッと一吠えし、ぷいっと顔を背ける。

「そういうこと言わない。」

 首元に刃を当てられ、クゥーンと鳴き声を上げる。全く見た目に似合わない声を出すものだ。

 こうして私たちは新たな家族を迎える。
 私にとってなかなか厄介な居候になるが、リンゴ様に良い影響を与える事を信じて受け入れるしかあるまい。
 そして、願わくばあの力が私に向かうことにならぬように…



 帰宅後、ヒガン様を問い詰め、全てのスキルと現在の能力の開示を求める。
 良いよ、とあっさり見せた能力はとんでもないステータスとスキルの量とそのレベルだった。

■■ ■

Lv27
HP540(+291,600,000,000)
MP405(+5Vf7%@#&)
STR103(+10,609,000,000)
AGI87(+7,569,000,000)
VIT128(+16,384,000,000)
MAG527(+5Vf7%@#&)
MND436(+5Vf7%@#&)

【HPUP】100【HPブースト】2【HP回復量UP】100【HP回復ブースト】3【自然治癒強化】10
【MPUP】100【MPブースト】2345【MP回復量UP】100【MP回復ブースト】2302【魔力変換(永続)】 100
【STRUP】100【STRブースト】2
【AGIUP】100【AGIブースト】2
【VITUP】100【VITブースト】2【物理耐性】100
【MAGUP】100【MAGブースト】5342【魔法制御】100【属性強化】100【属性ブースト】1267【多重詠唱】100
【MNDUP】100【MNDブースト】653【瞑想】87【魔法耐性】100
【隠密】10【影潜り】20【錬金術】7【料理】4【解体】10【看破】34【威圧】8【ダメージ耐性】23

 意味が分からない。
 ステータスがおかしい。スキルの数がおかしい。スキルに100が並んでいる。いや、100を遥かに越えたスキルがいくつもある。意味が分からない。

「私は騙されていたのか…」

 愕然とした。
 エディアーナ様が目を掛ける人物だ。頼りにならないはずがない。そんな人物相手に何を自惚れていたのだ。

「いや、騙しては…」
「騙していたではありませんか。こんな能力を持っていて、私ごときに一方的にやられるはずがないでしょう?
 きっと隠れて嘲笑っていたのです。一方的にやられておけば、あのメイドは調子に乗っていい気になると。」

 ダメだ。もう私には信じられない。この男も。この娘たちも。
 なんだその困惑した顔は。この反応を待ちわびていたのだろう?早く笑え。

「違う。違うんだ。カトリーナさんは今でもオレたちよりずっと強い。」
「まだ言いますか。これほどのスキル、ステータスを持っていて白々しい。」
「本当だ。オレたちがカトリーナさんと相手をする時は常に全力である事に間違いはない。何に誓ってもいい。」
「信ずる神を持たぬ者が何に誓うというのか。そのような戯れ言に聞く耳など持ちません。出ていってください。」

 あぁ。私はなんて間抜けなんだ。
 こんな家族ごっこに浮かれ、相手の本質を全く見抜けていなかったなんて。長年のお城勤めはここまで私を愚鈍にしたのか。

「カトリーナさん。ヒガンの言っている事は本当だよ。」

 ああ。リンゴ様まで…
 見目はこんなに麗しいのにどうして…
 目にも止まらぬ速さで手を握られる。だが、その力はとても非力だ。払おうと思えば容易く払える。

「カトリーナさん。私たちのスキルはね、魔法鎧と同じなんだ。いつでも着れるし、いつでも脱げる。この世界の人は違うらしい、って最近知ったけど。」

 何を言っている?スキルを脱ぐ…?

「オレたちは自分のスキルを有効化したり、無効化したり出来るんだ。生活に支障があるから常に使い続けているものは多くない。
 カトリーナさんと訓練する時は、全て無効にしている。そうでなければ意味がないんだ。」

 意味が分からない。
 スキルを無効化?そんな事をして何の意味があるのか。スキルを際限なく使い続け、強くなる方が余程意味があるではないか。

「どんな名のある剣でも、使い手がダメなら宝の持ち腐れだ。剣を十分に活かせないだけなら良い。だが、それは時に災禍を招くこともある。」
「私たちには下地がないの。ヒガンも持っていない。だからカトリーナさんに教えてもらうしかない。」
「それとこれとは…」
「ごめんなさい。黙っていた事はいくらでも謝るから。」

 あぁ、ズルい。この娘はきっと分かってやっている。だが、否定できない。拒絶出来ないのだ。

「出来ることを見せないのは、この国で一番嫌われるのはわかっている。でも、私たちは出来ない事が、知らない事がとても多い。
 毎朝、泥々のボロボロになる姿。それが、スキルを纏わない等身大の私たちだって、カトリーナさんには分かっていて欲しい。」

 そう言って俯く。
 震えているのは私の手だろうか。それとも、この娘のまだ小さい手だろうか。
 何度訓練でこの娘を殴ったか、蹴り倒したか、投げ飛ばしたか。それでも、諦めず、何度も立ち上がっては向かってくる。その時の必死な表情に嘘はあったか?わからない。わからないのだ。

「本当に、本当に申し訳ない。こんな反応をされるとは思ってもいなかった。もっと早く伝えておくべきだった。
 オレは出ていくのは構わないが、娘たちは置いてやってくれ。頼む!」

 ヒガン様が床に伏せ、床に頭を着け必死で懇願する。こんな姿をする者は、命乞いくらいでしか見たことがない。

「私もヒガンとアッシュ君と出ていくから他の三人は…」

 リンゴ様まで…犬コロも甲高い声で懇願するな。
 完全に私が悪者にしか見えないではないか。

 震えているのは私ではなく、リンゴ様の方だとようやく気付く。
 私が完全な存在だとは微塵も思わないが、この娘はそれ以上に不完全なのだ。非常に危うい所にいるのがよくわかる。異郷で不本意に親と離れ生きる怖さは、私もよく知っているではないか。そして、凶器とも言えるこの力。この歳で律していくのはあまりにも酷であろう。

 恐ろしい。恐ろしいが、それ以上に私はこの娘が愛しい。愛しいのだ。

 堪らずに私はリンゴ様を抱き締める。
 細い、小さい。
 色々な感情が溢れたのだろう。すすり泣く声が私の身体に伝わる。この小さな身体は、短い間にどれ程の我慢を重ねてきたのか。
 私もなぜもっと寄り添おうとしなかったのか…
 震えが止まったところでゆっくりと身体を離す。
 ああ、なんて酷い顔なんだ。あれだけ訓練で打ち込まれても、こんな恐怖と悲しみに満ちた顔は見せなかったではないか。
 ここまで重ねてきたものに嘘はなく、これまでの時間も本物だったのだとようやく気付けた。
 再びリンゴ様は私の胸に顔を埋める。

「怖かった…『おかあさん』に見捨てられるのが怖かった…今日までを無かったことにされるのが怖かった…」

 ダメだ。私はこの娘が堪らなく愛しい。
 この娘を愛せずにはいられない。
 頭を数度撫で、ゆっくりと体から離す。
 私はくしゃくしゃの顔を袖で拭き、涙と鼻水を拭い取った。

「…わかりました。罰として、今日は二人と一匹には訓練場で寝てもらいます。」
『ハイ…』

 私の提示した罰に二人と一匹はしょんぼりする。

「…見抜けず、取り乱した私も同罪です。一緒に訓練場で寝ます。」
「カトリーナさんは…」

 『旦那様』が止めようとするが、私は首を振ってそれを拒否する。

「夜はまだこれからです。話す時間はたくさんありますからね。洗いざらい吐いてもらいますよ。」

 二人は見合い、笑い合う。
 さあ、何から聞こう。二人に聞きたいことは山のようにある。
 私の人生で最も幸福な時間は、まだまだこれからのようだ。
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