花の名前

はなの*ゆき

文字の大きさ
上 下
5 / 54
はじまり

5

しおりを挟む
 ―――ひぃぃっっっ

 カーブに差し掛かる度に、心の中で悲鳴を上げた。
 もう止めてっ、降ろして―――っっっ!!
 と叫びながら、ぎゅううっっっと、目の前の腰にしがみつく。辺りを見る余裕なんてもちろん無かったから、バイクが止まって、目を開けて呆然とした。

 え、何これ…どういうコト―――?

 辺りは真っ暗だった。
 エンジンが切れると同時にライトが消えると、音の無い、静かな闇が落ちて、一瞬、息を呑んだ。
 思わずギュッと回したままの腕に力を込めると、彼が微かに笑って、言った。

「上、見てみて。」

 上―――?
 顔を上げて、驚いた。
 辺り一面真っ暗なのに、空だけ、明るい事に。

 
 見上げた空は、宝石を散りばめたような、一面の星空だった。


「…スゴい…」

 ゴクリと息を呑んで呟く。こんなに沢山の星を見たのは初めてだった。トントンとお腹に回していた手を軽く叩かれる。
 あっ、と気が付いて腕を放すと、途端に体が傾いで慌てる。
 その体を、後ろ向きに伸ばした腕に支えられた。

「シートの、ここ、わかりますか?ちょっとここ持ってて下さい。」

 手探りで示された場所を掴むと、目の前の背中が少し離れて、バイクを降りたのが分かる。
 掴まって、と言いながら脇の下から背中に腕を回されて、バイクから降ろされる。あれだけしがみついておいて何だけど、ちょっと近過ぎないかな…。
 とはいえ、足元も覚束ない程の暗闇で、手を離されるのも確かに怖かったから、彼の腕に促されるまま、バイクから離れた地面に腰を下ろした。
 お尻の下の感触から、そこが柔らかな草地だと分かる。
 直ぐ隣に、彼も腰を下ろした。―――やっぱり顔は見えないけれど、目が慣れてきたのか暗闇の中でも輪郭がわかり、少し安心した。

「もう真夜中だから、上手くすれば流れ星が見えるかもしれませんよ。」
「え、ホントに?」

 思わず聞くと、彼が体を後ろに倒して寝転んだ。
 星を見るつもりなんだ…と気が付いて、思わず―――そう、後で思い返すと、普段だったらしなかったと思うのに、何故かその時は深く考えもせずに、彼の隣に同じように寝転んだ。
 本当に、見事な星空だったから。

「こう、帯状になってるのが天の川です。あそこの大きく光る星、わかりますか?」

 空の天辺から少し下がったところを、黒い影が指で示す。

「十字になってるでしょう?あれがはくちょう座です。長い方が首で、そのこっち側にあるのがこと座―――織り姫星ですよ。」
「えっ?!」

 織り姫って、七夕の?

「夏の星座なんだと思ってた…」
「単純に見える時間なんですよ。星はいつも空にあるけど、昼間は太陽の光で見えないから。」

 へえ―――、と思いながら空に視線を戻した。
 あるのに、見えない―――何処かで聞いたようなフレーズだと思った、その瞬間だった。

 すい―――っと。

 白い線が、横切って。
 思わず息を呑んだ。

 スゴい、生まれて初めて見た。

 それが空気で伝わったのか、隣から、ふ、という微かな気配が上がる。

「運が良いですね。願い事しましたか?」
「え?」
「星が消えるまでに、願い事を3回唱えるって言うでしょう?」
「ええっ?」

 いやいや、ムリでしょ―――と心の中の突っ込みが聞こえたのか、彼がクスクスと笑う。何だか楽しそうで、自然と頬が緩んだ。

 願い事、か―――。
 子供じゃないんだから、と思って、でも、じゃあ今子供だったら?と思い直す。


 建築家になりたいと漠然と思うようになったのは、中学の時に見た世界遺産のドキュメンタリー番組がきっかけだった。

 百年以上も前から、完成を見ないまま亡くなった建築家の遺志を継いで、造り続けられている教会―――設計図をあまり描かず、模型を造って建てるという、その建築家が造りたかったのはある意味建物という名の器では無く、空間だったのだろうかと思う。

 荘厳な、神の声を聞き、自分と向き合う為の“場”―――。





 ―――お前、あの施主さんにエライ入れ込んでたよな?

 そう言った、厭らしい笑みが蘇る。

 ―――もう、潰れてたぜ、あのパン屋。相当借金抱えて、大変なんじゃねぇの?

 言われるまでもなく、知ってた。
 いつも気にかけていたから、だから。

 笑いながら言うことじゃ無いっっ!!
 そう怒鳴りつけようと、大きく息を吸い込んで、それで―――




 星空が滲んで、目を閉じた。

 温かな空気を感じられる場所にしたかった。
 施主オーナーのお二人のように、柔らかな。

 タイルは貼れないんですけど、でも、この素材で、漆喰のように見せるのはどうでしょう?
 木の建具は法律で使えないんですけど、こちらなら温かみのある窓になると思うんですよ?
 いつ行っても、美味しいお茶を入れてくれた。
 あの二人…ううん、今はもう3人になっているはず―――…

「大丈夫ですよ。」

 隣から、静かな声がする。

「今は、見えないから―――」

 思わず、笑ってしまった。
 こんなに真っ暗なのに、何でわかるのよ。

 せっかくの星空なのに―――
 唇を噛み締めて、手の甲で、瞼を押さえる。


 もしも、願いが叶うなら。

 あの人達の上に
 どんな形でも良いから

 しあわせが訪れていますように―――


 それが自分の為・・・・の身勝手な願いだと分かっていても。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

鬼上司の執着愛にとろけそうです

六楓(Clarice)
恋愛
旧題:純情ラブパニック 失恋した結衣が一晩過ごした相手は、怖い怖い直属の上司――そこから始まる、らぶえっちな4人のストーリー。 ◆◇◆◇◆ 営業部所属、三谷結衣(みたに ゆい)。 このたび25歳になりました。 入社時からずっと片思いしてた先輩の 今澤瑞樹(いまさわ みずき)27歳と 同期の秋本沙梨(あきもと さり)が 付き合い始めたことを知って、失恋…。 元気のない結衣を飲みにつれてってくれたのは、 見た目だけは素晴らしく素敵な、鬼のように怖い直属の上司。 湊蒼佑(みなと そうすけ)マネージャー、32歳。 目が覚めると、私も、上司も、ハダカ。 「マジかよ。記憶ねぇの?」 「私も、ここまで記憶を失ったのは初めてで……」 「ちょ、寒い。布団入れて」 「あ、ハイ……――――あっ、いやっ……」 布団を開けて迎えると、湊さんは私の胸に唇を近づけた――。 ※予告なしのR18表現があります。ご了承下さい。

私を犯してください♡ 爽やかイケメンに狂う人妻

花野りら
恋愛
人妻がじわじわと乱れていくのは必読です♡

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

糖度高めな秘密の密会はいかが?

桜井 響華
恋愛
彩羽(いろは)コーポレーションで 雑貨デザイナー兼その他のデザインを 担当している、秋葉 紫です。 毎日のように 鬼畜な企画部長からガミガミ言われて、 日々、癒しを求めています。 ストレス解消法の一つは、 同じ系列のカフェに行く事。 そこには、 癒しの王子様が居るから───・・・・・ カフェのアルバイト店員? でも、本当は御曹司!? 年下王子様系か...Sな俺様上司か… 入社5年目、私にも恋のチャンスが 巡って来たけれど… 早くも波乱の予感───

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

処理中です...