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さんじゅうに

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 ――――――…

 インターフォンの余韻の中で、リビングに沈黙が落ちる。
 その瞬間、スカートのポケットでスマートフォンがバイブした。

 お母さんだ―――!!

 息を呑んだ時、もう一度インターフォンが鳴る。
 清水さんの視線が逸れた瞬間を狙い、スマートフォンを取り出してタップした。

「もしもしっっ、お母っ」

 そこまで言った所で、スマートフォンを取られた。
 清水さんが面白くなさそうな表情で、画面をタップする。多分、通話を切ったに違いない。
 もちろん、想定内だ。
 電話に出ないのなんて、常時マナーモードの私はしょっ中ある事だ。でも、途中で通話が切れれば、流石にお母さんも異常事態だと気付いてくれるはず。

 大丈夫、駅からここまでそんなに離れてないし―――そう思ったのが、顔に出てたんだろうか、清水さんがクスッとまた笑った。

「残念だけど、さっき教えた住所は嘘だよ。」

 そう言うと、私のスマートフォンをさっき自分が座っていたソファーに投げ捨てる。

 やっぱ、そうだよね…私は唇を噛み締めた。

 となれば、やる事はただ1つ!

 パンッッッ―――!!!

 渾身の力で両頰を叩いた。
 そのままの手で、両の頰を摘まみ上げ、ぐり―――っっとねじり上げる。

 目の前で清水さんが呆気に取られているけど、放置。
 ふんぬ~っと、今度は勢いよく引っ張って離す。漫画だったら、ビヨーンッ、パチッ!とテロップがつく勢いで。

 よし!少し醒めた!

 最後にもう一回バチンとほっぺたを叩いて目を開けた。
 そう、眠気には、痛みだ!!

 レイちゃんちに置いてあった、昔の漫画に描いてあった。
 騙されてヒーローがクスリを盛られたシーンで、寝落ちする主人を守る為、お付き武官の男は意識を保とうと、持っていた短剣を膝に突き刺すのだ。

 決して眠ってはならぬ!―――と。

 カッと目を見開いて立ち上がると、清水さんがちょっと気圧されたように後退った。
 残念ながら、出口は彼の向こうにある。
 ローテーブルを回って行こうとしたら、流石に気付いた清水さんが腕を掴んできた。

 咄嗟に払い除けると、清水さんが顔を険しくする。
 ヤバい、怒った?
 さっきまでと違う気配に、慌てて出口に駆け寄ろうとして失敗した。敵に背中を向けちゃったのだ。

 ガシッと、背後から抱きつかれて硬直した。
 ぞわり―――と肌が粟立つ。

「イヤッッ!!!」

 無意識に悲鳴を上げて身体を捻る、いや、捻ろうとしたのに、更に強くしがみつかれて動けない。
 さっきの大地もそうだった。
 男ってだけでこんなに力が違うなんてっっ!!
 耳元に顔があるのか、フーッと大きく吐き出された息にゾッとして更に藻掻く。

 嫌だっ!怖いっっ!!

 身体が震えて、目に涙が滲んだ、その時。

 ピンコーン、ピンコーン!!

 けたたましい音がリビングに鳴り響いた。
 清水さんがハッとして、微かに腕の力が緩む。その隙に、全力で腕を振り解いた。

 防犯装置が、作動しました―――

 続けてアナウンスが鳴り響く。
 清水さんが慌てたように入り口に走って行くのを見て、窓に駆け寄った。
 リビングの窓は掃き出しになっていて、その向こうは多分庭だろう、狭いけど芝生が敷いてある。

 とにかく外に―――!

 引き千切る勢いでレースのカーテンをかき分けた。
 クレセント錠のレバーを降ろそうとする手が震える。
 でも、レバーにはロックがかかっていて降りなかった。

 なんなのもうっ、この家防犯スゴすぎっっ!!

 泣きたい気持ちでガタガタやっていると、カチッと音がする。弾みでロックが外れたらしい、不意にレバーが軽くなって下に降りた。

 やった!!!

 叩きつけるようにサッシを開いて敷居を跨ぐ。
 その足が、空を切った。

 うっそ…と思う間もない。

 セ○ムやってるクセにバリアフリーじゃ無いんか―――い!!

 為す術も無く身体が傾いで、芝生に転がり落ちた。
 咄嗟に出した手の平が擦れ、肘を打つ。

 痛いっ、マジで痛いっっ!!

 膝も打ったらしく、ジンジンと痛んだけど、それを堪えて立ち上がった。靴下だけど、そんな事言ってられない、とにかくここから逃げなきゃ!

「待てっ」

 窓の向こうからの声に追い立てられるように駆け出した。
 家と家の間を覗き込むと、低いフェンス壁が設置されている。こういう住宅地は、隣家との間が狭く、歩いて通れるほどのスペースは無いのだ。
 迷う事無くフェンスに乗り上げた。
 壁に手をついた横向きのカニ歩きをすれば、なんとか移動出来そうだ。どう考えても不審者だけど!

 2メートル程進んだ所で清水さんがリビングから出てきて覗き込んだ。
 驚愕したように目を見開き、私とフェンスを見比べるようにキョロキョロと視線を動かしたかと思うと、不意にガタガタと腕でフェンスを揺らし始めた。

 鬼か!―――いや、変質者か!!

 落ちないように立ち止まり、壁に手を突っぱねて足に力を入れる。靴下なのが幸いして、足の裏にフェンスが食い込み、辛うじて落ちずに済んだ。

 それを見た清水さんが、舌打ちして顔を引っ込める。
 ホッと息をついたけど、いや、待てよ。
 マズい、あっちに先回りされるかも?

 どうしよう、ここからどうしたら…

 泣きそうな思いで、玄関方向と思われる方に顔を向けた、その時だった。

「―――シズル?!」

 玄関方向に続く壁の向こうから覗き込んでいる顔に、息を呑んだ。
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