上 下
34 / 39

さんじゅういち

しおりを挟む
 最初にそれを見つけたのは、春休み中の日曜日だった。

「花見に行こう!」

 と言いだした父の運転する車で、ゲームしたいから行かねーと言う弟をムリヤリ乗せて、結構郊外の方までドライブした、その帰り道。
 トイレを借りるついでに入ったコンビニで、飲み物とかを物色していた時だ。

「ちょっとちょっと、静流!これこれ!」

 お母さんに呼ばれて見に行った、アイランド型チルドケースの一角に、“春の新作!”というポップと共に置かれていたのがそれだった。

 ぷるぷるの生地に、きな粉と黒蜜をたっぷり絡めて、口に入れるとホロリと溶ける。

 ああ―――なんという至福!

 あまりの美味しさにまたすぐ食べたくなって、家の近所にある同じチェーンのお店に買いに行ったんだけど、何でだか、影も形も無かった。

 そういや、期間限定って書いてあったかも?
 いやいや、そんな直ぐに無くなる訳ないじゃん?

 自問自答一人ボケつっこみしつつ、あちらこちらのお店に立ち寄るという事を繰り返し、そしてようやく、発見したのがその店だった。

 いつものようにレジ前を通って、店の奥にあるチルド商品の陳列棚に行くと、まだ棚出し中らしく、調理パンなんかが入ったままのコンテナが横に積んであった。
 スウィーツの棚を見ると、やっぱり、無い。
 それでも諦めきれなくて、平たいコンテナを覗き込んだ、その時だ。

 私の目が、コンテナの片隅にちょこんと乗せられていた、あの、“黒蜜きな粉のわらび餅”をとらえたのは!

 はうあ―――っっ!!!

 と、叫ばなかっただけ、自分を褒めてやりたい。
 でも、嬉しい!やっと逢えた!!!

 アル中と勘違いされないように、喜びに震える手を胸の前で硬くギュッと握りしめながら、コンテナ近くで棚出し作業中の店員さんに声をかけた。

「あの、この…これ、取らせてもらっても、いいですか?」

 自分でもどうかと思うぐらい、声が上擦ってたと思う。
 1オクターブ位、いつもより声が高かったかも。
 でも顔を上げた店員さんは、そんな挙動不審な私に、快く頷いてくれたのだ。

 っしゃ―――!!!

 と叫ぶ代わりに、ニッコリと微笑んで、お礼を言った。

「ありがとうございます。」

 それは恐らく、自分史上最高ランクの笑顔だったに違いなかった―――




「それから毎日のように来てただろ?よっぽど好きなんだなって思ってさ…」

 そう言って、ニッコリと微笑む顔は、さっきと変わらず穏やかで。でも、それがかえって怖い気がするのはなんでだろう。
 さっきから、心臓がバクバクと激しくて、息苦しさを堪えるようにゴクリと唾を飲み込んだ。

「ずっと待ってたんだよ?君が来る時間に合わせて棚に出してさ。」

 す、すみません?
 いや、ありがとうございます?

 どっちにしても声が出ない私の前で、清水さんはもう一口コーヒーを飲んでから、膝に腕を置いて身を乗り出した。

「ゴールデンウィークはさ、しょうがないよね?でも、その後も来なかったのは何で?」
「そ、れは…」
「俺の事がキモくなった?」
「へっ…」

 意味が分からず瞬くと、清水さんが口許を歪めた。

「まあ、別に?キモいとか言われんの、初めてじゃ無いし。」
「えっ、いや、別にそんな…」

 慌てて否定しながら、手を顔の前で振る。
 行かなくなったのは単純に、必要が無くなったからだ。

 ゴールデンウィーク中に、当然と言うか、私は禁断症状・・・・に陥った。何しろ、今年のゴールデンウィークは春休み並みに長かったから。

 タベタイ、クロミツキナコ、タベタイ…

 虚ろな顔してたと思う。
 意味も無く部屋の中をウロウロしてたし。
 行こうかどうしようか。でも行くとしたら、ICカードにチャージしないといけないし…でも食べたい~。

 で、結局私は食欲に負けた―――のだけど。

 ICカードは通学用だから、お母さんに頼んでお金貰うべく事情を話すと、呆れたように言われたのだ。「そんなに食べたいんなら、近所の店に入れてもらえばいいじゃない?」と。

 商品の注文はその店毎にやってるから、頼めば入れてもらえると聞いて、私のあの苦労は一体…て、遠い目になったんだよね…。
 だから、この人とは関係ない。
 ていうか、そもそも、取り置きしてくれてたなんて知らなかったし。

 そう言おうとして、身を乗り出した時、不意に瞼が重くなった。スーッと糸を引くように、意識毎持って行かれそうになって、慌てて瞬く。
 えっ、何、これ?
 その様子を見た清水さんが笑う。いや、嗤う?
 こっちを見る目が、なんか、おかしい。

「これでもね、反省したんだよ。俺が君に会いたくて、スレ立ち上げてさ、そのせいで、なんかヘンなヤツら釣れちゃって。」

 そう言って、少し遠い目をする。
 何となくそんな気はしたけど、、あの“黒蜜きな粉の彼女”、この人だったんだ。
 思わずまじまじと見ていると、清水さんが視線を戻してきたから、反射的に身体がビクッと揺れて、それを見て清水さんがまた嗤った。

「結局、“みてくれ”なんだな。」
「…え?」

 何の事ですか?とは聞けなかった。又しても強烈な眠気に襲われたからだ。おかしい、何これ?

「俺はほら、地味で暗いから、女の子に話しかけるとか、結構勇気いるんだよ?でも、あの“黒蜜”、販売終了って知らせが店に入ったから、教えてあげなきゃって。それで君を探して、声かけたのに、無視ってさ…」
「そ、れは…」

 違うんです!たぶん、イヤホンしてて気付かなかっただけなんです!って、言いたいのに!!
 ヤバい、本気で目が瞑りそう。 
 襲い来る眠気と戦うように、必死で瞬きをする私を見て、清水さんがクスリと嗤った。

「流石の“王子”もここまでは来れないだろうねぇ…。格好良かったよね?ホームに飛び降りて、抱っこして。あれ?やっぱキュンってなった?」

 なるかぁ!!
 心の中で反論の雄叫びを上げる。
 ていうか、あの黒歴史、どんだけ拡散してんの?!

「今日の彼も、モテそうな顔してたよね、手えつないじゃって、ホント……腹立つっっ」

 吐き捨てるように言って、清水さんが立ち上がった。
 ローテーブルを回って来るのを見て、こっちも立ち上がる。
 でも、リビングの扉に向かおうと踏み出した足に、力が入らなかった。かくん、と膝が折れて、その場に倒れ込む。

「だいぶ効いてきたね。」

 きいてきたって、え、まさか、さっきのコーヒー?!
 ギョッとして上向くと、清水さんが直ぐ近くに立って、私を見下ろしていた。

「ホントはね、見てるだけで良かったんだ。ベンチで本読みながらにこにこしてるとことか、芝生で白詰め草摘んで冠作ってるとことか、買ってきた炭酸吹いちゃって焦ってるとことかさ…」

 どんだけ―――っっっ?!

 ちょっとマジで勘弁して下さいっっっ!!!
 恥ずかしすぎて涙目になっちゃうんですけど?!

 心の中で悶えている私を見て、清水さんが目を細めた。

「ずっと待ってたのに……昨日も、待ってたのに…」

 頭の中に、有名なあの歌詞が流れる。
 一歩、清水さんが近付く。
 座ったままで、ズリズリと後退るけど、またしても眠気が襲ってくる。

 やばい、これはマジでヤバイやつだ!!!
 現代日本では犯罪になるヤツ!!

 緊張がマックスまで高まった、その時。




 ―――ピンポーン…




 玄関のインターフォンが鳴り響いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

もう、振り回されるのは終わりです!

こもろう
恋愛
新しい恋人のフランシスを連れた婚約者のエルドレッド王子から、婚約破棄を大々的に告げられる侯爵令嬢のアリシア。 「もう、振り回されるのはうんざりです!」 そう叫んでしまったアリシアの真実とその後の話。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...