上 下
3 / 39

さん

しおりを挟む
「“アイス・メイデン”? …何それ?」
「何か、一部でそーいうあだ名になってるらしいよ、アンタ。」

 何だかやけに愉しそうな顔で、ユウキ・・・は長い足を組み直しながら言った。
 この中学以来の悪友はバレー部なだけあって、175を超える高身長でスタイルも抜群だ。クールビューティー系の整った顔立ちも相まって、座ってるだけですごく絵になるし、カッコいい。
 おまけにマニッシュなショートレイヤーをかき上げる仕草なんて、そこらの男子学生なんか逆立ちしたって出てこない程色気たっぷり、なのだ。
 おかげでバレンタインはウハウハだったよ!主に私が!

 そんな彼女を見つめながら、読んでいた本を閉じる。
 かけてあるブックカバーは本皮で、だいぶいい感じにこなれてきた。中身は『漫画家せりな』だけどね(笑)
 それにしても、あだ名ねぇ―――一体誰がつけたんだろう?
 無意識にその表面を指でなぞりながら、頬杖をついてユウキを見上げた。

「て言うか、意味分かんないだけど、アイスは氷だよね?メイデンって何?」

 小首を傾げて聞くと、ユウキがニヤリと実にイイ顔・・・で笑った。

「“メイデン”は、“処女”だよ。つまり、“氷の処女”ってこと。」
「えぇ~! 何それ?!」

 驚いた…“ショジョ”って“処女”だよね?
 “初女”でも“諸女”でも、ましてや“症状”でもなく、“処女”!!

「あたしそんなに“処女感”醸し出してるってこと? ていうか、“処女感”ってどんなん?確かに処女は処女だけどさぁ…」
「うん、ちょっと食い付くトコ間違ってるね。あと、連呼すんのもやめようか?」

 にこやかな笑みを浮かべたまま、ユウキがもう一度足を組み替えて続ける。

「“アイアン・メイデン”って知らない?“鋼鉄の処女”―――この名前のロックバンドもあるけど。」
「んー…あるような、ないような…?」

 首を捻る私に、ユウキが笑みを深めた。

「“鋼鉄の処女”っていうのは、中世ヨーロッパの拷問道具で、女性型の内部が空洞になった人形の事だよ。」

 ―――ごっ、拷問っ?!

 衝撃に固まる私の前でユウキはスマートフォンを取り出すと、“鋼鉄の処女”とやらの検索結果を見せてくれた。マトリョーシカみたいな人形の前面が扉になって、パカリと開いている写真が見える…けど。

「中の空洞に人を入れ、…扉には内側に向かって長い釘が…って、何コレ死ぬじゃん?!」
「まあ、拷問道具だからね。」

 うんうんって頷いてるけど、違ぁう~!!

「これが“鋼鉄の処女”で、あたしのあだ名が“氷の処女”ってことは、要するにあたしが拷問道具みたいってこと?!」
「鋼鉄じゃなくて氷だけどね。ていうか、氷で作ったんじゃ、すぐ溶けちゃうよねぇ…」
「そこじゃなぁ~い!!」

 さすがに拷問具ってないわ!と、ニヤニヤ笑ってるユウキを睨み付ける。ワタクシ一応、乙女なんですけど、これでも。ちゃんとまだ処女だし。

「まあ、要するにアンタが次々男を袖にしてるのが原因なんじゃない? 冷たいオンナって事で。」
「袖も何も、向こうが『やっぱいいです~』って逃げてくのに…」
「逃げて行かざるを得ないようにしてるの間違いじゃん?」

 そんな事は無い!
 ちゃんと、説得力のある“私を好きな理由”を言ってくれたら、全然オッケーだもん。

「つーかさ、どんな理由だったらいいわけ?」
「んー、それは言われてみないとわかんない。」
「何じゃそりゃ」

 ユウキは若干呆れ顔で腕を組んだ。

「そもそもじゃあ、シズル静流の好きなタイプって、どんなのよ?」
「えー、どんなって…」

 そこまで言ってから、私はフフッと笑みを浮かべた。

「そんなの、聞かなくったってわかるでしょ?」

 言いながら机の上で両肘をつき、交差した指の上に顎を乗せて小首を傾げ、意味ありげにユウキを見上げる。
 そんな私の様子に、ユウキが軽く眉を上げると、フッ―――と微笑んで椅子から立ち上がった。

 ゆっくりと焦らすように歩いて私の机の前までやって来ると、身を屈めて、すっ…と私の頰を指の背で撫でる。

 ―――カシャッ

「ダメだよ、シズル。ちゃんと口にして言ってくれないとわからない。」

 ―――カシャッ

「わかってるくせに…」

 ―――カシャッ

「わかってても言葉が欲しいもんなんだよ。」
 ユウキが更に身を屈めて顔を近づけ、耳元で囁く。

 ―――カシャッ

「ほら、言って?」
 長い指がついっ―――と顎を掬い上げた。

 ―――カシャッ

「ユウキ…」
 近付いてくる顔を見つめながら小さく呟く。

 ―――カシャッ

「シズル…」
 ユウキの硬質な美貌が徐々に近付いて、そっと目を閉じた、次の瞬間。

 ―――カシャッ
 ゴンッ―――!!!

「痛ったぁ―――!!!」

 額に生じた強い衝撃に声を上げた。

「ちょっとぉ、頭突きいるっ?!」
「なに?マジキスが良かった?」
「ジョーダンッッッ!!!」

 涙目でユウキを睨み付ける。
 くっそー!いつかやり返す!

「いやー、いいの撮れたわぁ!」

 実はずっと側にいたもう1人の悪友、リコがホクホク顔でタブレットを弄っている。さっき撮ったばかりの写真を確認してるんだろう。

はいつ?」
「夏休み前だよ。時間あるから、今回はちょっとページ増やそうかなぁ…」

 リコの百合本は結構売れる。
 春のフリマでも用意したのが全部売れたと喜んでいた。
 もちろん、マージンは分配していただいてますよ?

「ま、とりあえず今日の分はこれで。」

 うむ、苦しゅうない。
 差し出された食堂のチケットを受け取る。

「今日の日替わりなんだった?」
「チーズハンバーグ」
「おっしゃあ!行こう!」
「おう」

 立ち上がり、ユウキと連れ立って教室を出た。
 後ろからボソッと響く、リコの声。

「アンタ達って、そろって“ザンネン・メイデン”よね」


 コンビ名かよ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

もう、振り回されるのは終わりです!

こもろう
恋愛
新しい恋人のフランシスを連れた婚約者のエルドレッド王子から、婚約破棄を大々的に告げられる侯爵令嬢のアリシア。 「もう、振り回されるのはうんざりです!」 そう叫んでしまったアリシアの真実とその後の話。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...