雨に薫る

はなの*ゆき

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1.Cape jasmine

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 ホームルームが終わるとすぐに、教室を出た。
 同じクラスだからちょっと勇気がいったけど、少し離れた所から様子を窺うと、ナオはもう居なかった。
 目的の人物を見つけて後を追い、1人になるのを見計らって声をかける。

「ケイマ君」

 ピクッと肩が跳ねる。振り向いた顔は、朝より普通・・だったけど、やっぱり嫌そうだった。

「あの、ゴメンね。ちょっと聞きたい事があって…」
「…聞きたい事?」

 人の良さそうな顔立ちのケイマ君が、訝しげな顔をした。そこで初めて、ナオがよくケイマ君の事を話していたから、自分まで友達になったような気がしていた事に気付く。そんな事あるわけ無いのに。

 怯みそうになる気持ちを奮い立たせるように、大きく息を吸った。

「あの、さっき、昼休みにね、かなちゃ…、ナ…じゃない、えっと、“進藤君のお母さん”が来てたんだけど。」

 言うと、ケイマ君の顔が少し険しくなった…気がする。

「それで?」
「っその、お母さん、が、ちょっと、心配してて。」
「心配って、なにを?てゆーか、俺に何を聞きたい訳?」

 苛立たしげな物言いに、息を呑んだ。まさかここまで嫌われてるとは。

「あ、の、…ゴメン」

 聞きたい事があったけど諦めよう、そう思って踵を返すより早く、ケイマ君がガクッと脱力した。

「なんでそこでゴメンなの?」
「え、何か迷惑かな、って…」

 居たたまれずに視線を逸らすと、ケイマ君は「あーっっ、もう」と言いながら、片手で髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。

「で、何? 進藤シンドーの母さん、何心配してるって?」

 急かすように言われて、益々萎縮してしまうけど、今更止めるともっと苛立たせてしまいそうだったから、頑張って続ける。

「あの、ナオが、人のスマホ壊しちゃったらしいんだけど…」

 すると、途端に桂馬くんは気まずそうな顔になって、視線を泳がせて呟いた。

「…ああ、結構早かったよな…」
「え、…知ってたの?」

 その反応に、逆に驚く。ケイマ君は、まあ…と言葉を濁しながら後ろ頭をかいた。

「それで?弁償するって話になったんだろ?」
「あ、うん…なんだけど…」

 昼休憩に入って直ぐの頃に、かなちゃは呼び出されて校長室にいたらしい。ナオを見たのはその後。ケイマ君はその様子を見て私に話しかけてたんだろうかと思ったんだけど、違ったようだ。

 かなちゃが先生に促されて行った先には、すでにスマートフォンの持ち主とその母親が来ていたそうで、母親の方がスゴい剣幕で、どうしてこんな事になったのかと、そこに居た教員に詰め寄っていたらしい。
 本人が、元々禁止だからというのもあり、なかなか言い出せずにいたけれど、塾の帰りとかで連絡が取れないと困るからと母親に説得されて、学校に問い合わせたそうだ。
 そうして、落とし物として見せられたスマートフォンは、見るも無惨な状態になっていた―――かなちゃいわく、過失で済むような壊れ方では無かったそうだ。

「落ちていたのを気付かずに踏んだだけなら、画面が割れる程度で済むと思うんだよね。…でもそれは、結構へしゃげてたっていうか…」

 わざと踏んづけて壊したとしか思えないレベルで、もう電源も入らなかったらしく、かなちゃも酷く動揺していた。ナオがそんな事をするとは思いもしなかったから。

「ケイマ君は、もしかして、そこにいた…?」

 苦々しげな顔で黙り込むのを見て、ごくっと息を呑んだ。
 かなちゃが言うには、持ち主の男の子も、後から来たナオも、様子がおかしかったらしい。
 ナオの姿を見た途端、その男の子は誰が見ても明らかなほど青ざめ、怯えたようになったらしいのだ。そして、

「も、もういいですっ、いいですからっっ、」

 『ごめんなさいっっ』とまで言い出すものだから、先生方まで呆気に取られたらしい。
 ナオはその様子をじっと見つめた後、母親の方に向かって、『すみませんでした』と深々と頭を下げたそうだ。
 母親は一瞬気圧されたものの、気を取り直して、

「すみませんとかで済む話じゃないでしょう?!」

 と詰ったのだけど、男の子の方が必死で止めるものだから、その場にいた誰もが困惑したらしい。―――ナオを除いて。
 ナオは何も言わずに、壊れたスマホを見つめていたそうだ。無表情で、何を考えているのか、かなちゃも分からなかったと言っていた。
 ただ、男の子の方がますます取り乱して、泣き出さんばかりになってきたので、先生がひとまず間を取り成し、弁償する事で話を付けたのだ。
 ナオは最後にもう一度、相手に頭を下げたらしい。
 ナオが壊してすぐ、先生の所に自分で持って行った事と、普段の生活態度から、先生も深く追求はしなかったそうなのだけど。

 …正直、反省してる態度ではなかったのよね…

 かなちゃから聞いたとき、まさか、と言った。
 かなちゃも、まさかそんな事ないとは思う、と言った。
 それでも、気になってしょうがなかった、―――から。

「まさかと思うけど、ナオって、その子の事いじめてる、とか、ないよね?」
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