雨に薫る

はなの*ゆき

文字の大きさ
上 下
3 / 84
1.Cape jasmine

3

しおりを挟む
 ホントに、たまたまだったと2人の母親はいつも言っていた。

 たまたま、中古のマンションが二部屋並んで売りに出されていて、それを購入、リノベーションして入居した二組の夫婦は、同じ年代で、どちらも妻の出産が間近だった…という。

 見上げる程の長身で、良く鍛えた体育会系ボディの“たっくん”と、華奢で小柄でふんわりとした笑顔が癒し系な“かなちゃ”。
 眼鏡とスーツが似合うクールインテリな見た目の割におっとりした“かずさん”と、スラリと背が高く中性的な見た目に違わず姉御肌な“トーコさん”。

 全く正反対の二組は、何故か意気投合して、生まれた子供達共々、何かにつけてはお互いの家を行き来していた。


 ベランダの境界壁を取り外してしまう程に。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「お帰り~、スミちゃん。」

 家に帰り着いて、台所で買ってきた物を片付けていると、いつものごとく・・・・・・・、ベランダからかなちゃが顔を覗かせた。

「ただいま、かなちゃ。今日早いんだね?」
「水曜日だからね、昼までなんだよ。」
「あ、そっか。」

 かなちゃはこの春から、近くの内科クリニックでパートタイマーの看護士をしている。
 結婚前は救急もある総合病院で看護士をしていたかなちゃ曰く、「ここは入院も無いし、楽で良いわ~」らしい。
 因みにたっくんとはその病院に救急搬送されてきて知り合った(?)そうで、退院時に猛烈アタックして結婚に取り付けただけあって、かなちゃは見た目の割に押しが強かった。
 前は・・、そういうとこが頼もしくて好きだったけど、当たり前のようにキッチンのカウンターへ腰掛ける姿に、何とも居心地の悪い思いが湧いてくる。

「肉じゃが作り過ぎちゃってさ~、食べない?」
「かなちゃ、また?」
「なかなか慣れないのよ~、ほぼ四人前作ってたから、いきなり二人分ってのがねぇ」
「…あー、」

 辛うじて出した相槌は、小さくてかなちゃには聞こえなかったかもしれない。
 ラップした器をカウンターに置きながら、かなちゃは肩を竦めて大袈裟なため息をついて続けた。

「ナオもね~、試験期間位、帰ってきたらって言ったんだけど、めんどくさいって。ホント、可愛くないわ~。」

 カタン―――

 カウンターに置いた麦茶のグラスの音が、ヤケに大きく響いた気がした―――けど。
 かなちゃが「ありがと」と、麦茶を飲んだのを見て、内心で息をついた。大丈夫、と、自分に言いきかせる。

「スミちゃんとこも二学期制?」
「えっ?」
「や、ナオの学校、二学期制だから、こないだ前期の中間試験だったんだって。なんか次は9月まで無いとかって、学校の陰謀を感じない?」
「陰謀…?」
「そー、あそこスポーツ全般力入れてるじゃない?でもさすがに試験期間は部活休まないといけないから、試験回数減らすために二学期制なんじゃないかしら」
「えぇ…まさか…」
「わかんないわよ~、だって敷地内にすんごい大きい室内練習場だかジムだかあるのよ~!!だから雨の日も練習休みじゃ無いんだって!!」

 そうなんだ―――…

 じゃあ、たとえ寮に入らなかったとしても、前のようには会えなかったって事だ。
 そこまで考えて苦笑した。

 ―――前のように、なんて。

 そんな私の前で、かなちゃは机に両肘をついて、両手で頬を挟みながら続ける。

「おかげで授業料も部費も高くてやんなっちゃう。頑張って働かなきゃなぁ…」
 
 その、一言に。

 コンッ―――と、音を立ててグラスが転がる。
 一口も飲んでいなかった麦茶がカウンターに広がるのを見て、かなちゃが慌ててグラスを起こした。

「わっ、大丈夫?!」
「…うん、ゴメン…」

 それが、何に対しての“ゴメン”なのか…
 動けない私の代わりにカウンターを拭いて、かなちゃが立ち上がった。
 
「ご馳走様。」

 それだけ言うと、かなちゃはリビングを横切り、ベランダの掃き出し窓を開けてサンダルを履いてから振り返って、言った。

「スミちゃん、元気?」

 そう言った、かなちゃの顔。

「…うん、元気だよ?」


 たぶん、きっと。

 私も・・笑えてなかったと思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

【R18】寡黙で大人しいと思っていた夫の本性は獣

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 侯爵令嬢セイラの家が借金でいよいよ没落しかけた時、支援してくれたのは学生時代に好きだった寡黙で理知的な青年エドガーだった。いまや国の経済界をゆるがすほどの大富豪になっていたエドガーの見返りは、セイラとの結婚。  だけど、周囲からは爵位目当てだと言われ、それを裏付けるかのように夜の営みも淡白なものだった。しかも、彼の秘書のサラからは、エドガーと身体の関係があると告げられる。  二度目の結婚記念日、ついに業を煮やしたセイラはエドガーに離縁したいと言い放ち――?   ※ムーンライト様で、日間総合1位、週間総合1位、月間短編1位をいただいた作品になります。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...