2 / 84
1.Cape jasmine
2
しおりを挟む
HRが終わると、クラスの空気が一様に変わる。
直ぐに鞄を手に立ち上がり教室を出て行くもの。
仲の良い同士で集まって話し出すもの。
筆記具を片付けながら、今日の晩御飯のメニューを考えているところに声がかかった。
「スミ、今日空いてる?」
肩までのストレートをさらりと耳にかけながら“リツ”が前の席に腰掛けた。
「んー…」
「コウさんの誕プレ買うの付き合ってくんない?」
「誕生日?なんだ、コウさん」
「月末ね」
「ふーん…」
(モヤシ使っとかないとな…あとなんかあったっけ?)
生返事を返しながら、スマートフォンを出して某有名レシピサイトの特売情報アプリを起動すると、トップページに表示されたのはタイムセールの文字。
(―――駅前のイズミヤで16時から卵88円…マジか?!)
急いで鞄に詰め込み立ち上がる。
「どしたの?」
「卵がヤバい! ゴメン、また明日!」
なに言ってんだコイツ?な台詞を残して教室を飛び出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
初めて作ったのはカレーだった。
その頃、眠ることすらまともに出来なかった母の代わりに、隣に住むかなちゃが洗濯も食事も世話をしてくれていた。
小学三年生という幼さにはがゆさを覚えながらも、自分で出来ることはしようと、まず部屋を片付ける事から始めて、掃除機をかける事や洗濯機の操作を覚えていった。
そして、「切って、炒めて、煮込むだけよ~」というかなちゃの言葉に励まされながら、生まれて初めて、一人で作ったのが、それ。
母の手を引いて食卓に座らせてから、いただきます、と手を合わせて。
一口、食べて
失敗した、と思った。
一口、食べて
母は涙を零した。
カレーはいつも、父が作っていたから。
単純に、簡単だから作っていたんだ、と思ったのだ。
だから、自分でも作れるだろう、と。
そうじゃなかった。
カレーだけは、父が作っていたのだ。
玉ねぎを飴色になるまで丁寧に炒めて、カレールーも幾つか組み合わせて、父独自の隠し味を加えて。
切って、炒めて、煮込んだだけのカレーは給食のカレー並みに味気なかった。
そして、次の日。
母は家にあるだけの睡眠薬を一息に飲んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…失敗したな…。」
小さく独り言ちて立ち止まる。
後頭部で傘を支えながら、右手に持っていたエコバッグを左手に持ち替えた。
『買えた?』
と、リツが寄越したメッセージには、スーパーを出る前に返信した。
『うん、ゴメン。明日、付き合うよ』
『Thank you!』
『ペコリ』
『bye-bye』
我ながら終わってる…とは思う。
マンションへの坂道を見上げて、1つため息を吐いてから歩き出す。小学校の頃、ここを走って駆け上がってたなんて嘘みたいだ。
特売の卵は千円以上お買い上げの方―――となっていたからって、ついでに安くなっていた醤油とキャベツ一玉に味噌まで買ったのが大きな間違いだったと思う。
エコバッグが、子泣きなんとかのように徐々に重くなっていく気がするのは、この坂道の勾配のキツさに加えて、降り出した雨のせいでもう片方の手が傘で塞がっているからというのもある。
(バカじゃね?)
呆れたような声でそう言って、エコバッグを奪うように持ってくれていた手はもう無い。
雨の日だけは、傍にいてくれた
“ナオ”とはもう、3か月会っていない。
それで、いいのだ―――たぶん。
直ぐに鞄を手に立ち上がり教室を出て行くもの。
仲の良い同士で集まって話し出すもの。
筆記具を片付けながら、今日の晩御飯のメニューを考えているところに声がかかった。
「スミ、今日空いてる?」
肩までのストレートをさらりと耳にかけながら“リツ”が前の席に腰掛けた。
「んー…」
「コウさんの誕プレ買うの付き合ってくんない?」
「誕生日?なんだ、コウさん」
「月末ね」
「ふーん…」
(モヤシ使っとかないとな…あとなんかあったっけ?)
生返事を返しながら、スマートフォンを出して某有名レシピサイトの特売情報アプリを起動すると、トップページに表示されたのはタイムセールの文字。
(―――駅前のイズミヤで16時から卵88円…マジか?!)
急いで鞄に詰め込み立ち上がる。
「どしたの?」
「卵がヤバい! ゴメン、また明日!」
なに言ってんだコイツ?な台詞を残して教室を飛び出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
初めて作ったのはカレーだった。
その頃、眠ることすらまともに出来なかった母の代わりに、隣に住むかなちゃが洗濯も食事も世話をしてくれていた。
小学三年生という幼さにはがゆさを覚えながらも、自分で出来ることはしようと、まず部屋を片付ける事から始めて、掃除機をかける事や洗濯機の操作を覚えていった。
そして、「切って、炒めて、煮込むだけよ~」というかなちゃの言葉に励まされながら、生まれて初めて、一人で作ったのが、それ。
母の手を引いて食卓に座らせてから、いただきます、と手を合わせて。
一口、食べて
失敗した、と思った。
一口、食べて
母は涙を零した。
カレーはいつも、父が作っていたから。
単純に、簡単だから作っていたんだ、と思ったのだ。
だから、自分でも作れるだろう、と。
そうじゃなかった。
カレーだけは、父が作っていたのだ。
玉ねぎを飴色になるまで丁寧に炒めて、カレールーも幾つか組み合わせて、父独自の隠し味を加えて。
切って、炒めて、煮込んだだけのカレーは給食のカレー並みに味気なかった。
そして、次の日。
母は家にあるだけの睡眠薬を一息に飲んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…失敗したな…。」
小さく独り言ちて立ち止まる。
後頭部で傘を支えながら、右手に持っていたエコバッグを左手に持ち替えた。
『買えた?』
と、リツが寄越したメッセージには、スーパーを出る前に返信した。
『うん、ゴメン。明日、付き合うよ』
『Thank you!』
『ペコリ』
『bye-bye』
我ながら終わってる…とは思う。
マンションへの坂道を見上げて、1つため息を吐いてから歩き出す。小学校の頃、ここを走って駆け上がってたなんて嘘みたいだ。
特売の卵は千円以上お買い上げの方―――となっていたからって、ついでに安くなっていた醤油とキャベツ一玉に味噌まで買ったのが大きな間違いだったと思う。
エコバッグが、子泣きなんとかのように徐々に重くなっていく気がするのは、この坂道の勾配のキツさに加えて、降り出した雨のせいでもう片方の手が傘で塞がっているからというのもある。
(バカじゃね?)
呆れたような声でそう言って、エコバッグを奪うように持ってくれていた手はもう無い。
雨の日だけは、傍にいてくれた
“ナオ”とはもう、3か月会っていない。
それで、いいのだ―――たぶん。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
【R18】寡黙で大人しいと思っていた夫の本性は獣
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
侯爵令嬢セイラの家が借金でいよいよ没落しかけた時、支援してくれたのは学生時代に好きだった寡黙で理知的な青年エドガーだった。いまや国の経済界をゆるがすほどの大富豪になっていたエドガーの見返りは、セイラとの結婚。
だけど、周囲からは爵位目当てだと言われ、それを裏付けるかのように夜の営みも淡白なものだった。しかも、彼の秘書のサラからは、エドガーと身体の関係があると告げられる。
二度目の結婚記念日、ついに業を煮やしたセイラはエドガーに離縁したいと言い放ち――?
※ムーンライト様で、日間総合1位、週間総合1位、月間短編1位をいただいた作品になります。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる