6 / 11
憂鬱な月曜日
いわゆる、黒い微笑みってやつ?
しおりを挟む
床の間の前に佇む、凜とした姿を前に居住まいを正しながら、美織は内心で深く深くため息を付いた。
―――最初の稽古の翌日から巻き起こった騒ぎを思い出して。
この“センセイ”が、校門前にベ○ツで乗り付けて来ていたとクラスメートから聞いたときには唖然とした。
ベ○ツなんて、それだけでも十分目を引くだろうに、その後部座席から降りてきたのが“コレ”とくれば、騒ぎにならない方がおかしい。
それでなくても今はSNSというツールが普及しているのだ。
通りがかった生徒がその姿をすかさずスマホで激写、「イケメン」「学校なう」とハッシュタグを付けて、あっという間に学校中に拡散されると、翌朝までには彼が新しい茶道部の講師だという事が周知の事実となったのである。
その後、茶道部一同(3人だけだけど)の元に、大勢の生徒が押し寄せてきたのは、推して知るべし、だ。
威風堂々としたその佇まいは、正直、座っているだけで威圧感がハンパない。あれ以来、一部で“王子”と呼ばれてるらしいが、どっちかというと“殿”だろうと美織は密かに思う。
とはいえ、“先生”は“先生”だ。
美織は床の間の前の畳に切ってある、お茶を点てる為の湯をかける炉の前で準備をしていたのだが、ひとまず作業の手を止め、膝の前に手をつくと、深々とお辞儀した。
「本日もよろしくお願い致します。」
途端、そばに居た3人組が盛大に吹き出した。
「なん、それ~っ?! 時代劇?!」
「ウケる~~っっ」
美織はグッと唇をかみしめた。
先生にご挨拶するのは普通の事なんですけどっ?!
(てゆーか、いちおー先生なんだから、注意ぐらいしてくれればいいのに…)
心の中で愚痴りながら顔を上げると、そこには半眼で前を見据えた氷の彫像(に見える)が座っていた。
(前言撤回っっ、“殿”じゃなくて“魔王”がここにいる―――?!)
吹き荒ぶ目に見えないブリザードに美織が凍り付くのと同時に響いたのは、「ただいま帰りました~」という呑気な声。
「先輩、お菓子買って…」と言いながら入ってきた由紀は、氷点下の眼差しに見据えられるや否やピシッと固まり、「す、すみません~~っっ」と叫びながら水屋に駆け込んだ。
(これじゃお稽古にならないよ…)
それを見送りながら、美織がまたしても出そうになったため息をなんとか堪えた、その時。
「―――神崎さん」
ほっそりとした見た目の割に低く響く声で突然呼びかけられ、美織はビクッと体を強張らせた。
「は、はい?」
「今日はこれだけですか?」
「え?…と、」
一瞬、なんのことだかわからずキョトンとしたが、彼が目線だけで辺りを見回したのを見て気が付いた。
(あ、そうか)
「あ、はい。他の皆さんは、やっぱり時間が合わないとか、色々あって…」
「そうですか。」
そう言った、次の瞬間。
彼の口角がほんのり上がったのを見て、美織は目を見張った。
本当に微かだったが、確かに―――
(笑った?!―――まさか…)
信じられない思いで見つめる美織に気付かないまま、彼は“変なの”3人組に視線を移して言った。
「では、今日も“割稽古”を」
その一言で、美織は確信した。
(わざと、だったんだ―――!)
「え~っっ、また“わり”~?!」
「あんだけやったじゃん~っっ」
「だる~~っっ」
抗議する3人組に何か言おうと彼が口を開くよりも前に、
「待って下さい!」
考えるより先に、美織は声を上げていた。
目の前の彼が微かに目を見張る。まさか美織が口を出すとは思わなかったのだろう。
美織は膝の上の手をぎゅっと握り込んだ。
どんなに頑張ってお手入れしても、生理前には必ずニキビが出来る自分と違って、シミひとつ無いツヤツヤの肌に、サラサラの黒髪―――なんて、男のくせに無駄にキレイ過ぎると思う。
間違いなくアイラインなんて入ってないはずなのに、長い睫毛に縁取られて、くっきりとした切れ長の瞳に見つめられ、目を逸したくなる気持ちを、美織は必死で堪えた。
(まっ、負けるもんかっっっ)
ゴクリ、と息を呑み、やや上目遣いで睨みつける。
「きょ、今日は、お点前を、の、練習を、お願い、しますっっ!!」
噛みながらも何とか言い切り、反論される前に続けた。
「あのっ、お点前を見るのも、練習だと思うんです。正直、芳華祭のためにも、そのっ、私達がお点前の練習出来ないのは、困るっていうか…っ」
「芳華祭…」
「うちの文化祭ですっ!!」
美織は必死で言い募った。
だって、また先週みたいなお稽古なんて、冗談じゃない―――!!!
―――最初の稽古の翌日から巻き起こった騒ぎを思い出して。
この“センセイ”が、校門前にベ○ツで乗り付けて来ていたとクラスメートから聞いたときには唖然とした。
ベ○ツなんて、それだけでも十分目を引くだろうに、その後部座席から降りてきたのが“コレ”とくれば、騒ぎにならない方がおかしい。
それでなくても今はSNSというツールが普及しているのだ。
通りがかった生徒がその姿をすかさずスマホで激写、「イケメン」「学校なう」とハッシュタグを付けて、あっという間に学校中に拡散されると、翌朝までには彼が新しい茶道部の講師だという事が周知の事実となったのである。
その後、茶道部一同(3人だけだけど)の元に、大勢の生徒が押し寄せてきたのは、推して知るべし、だ。
威風堂々としたその佇まいは、正直、座っているだけで威圧感がハンパない。あれ以来、一部で“王子”と呼ばれてるらしいが、どっちかというと“殿”だろうと美織は密かに思う。
とはいえ、“先生”は“先生”だ。
美織は床の間の前の畳に切ってある、お茶を点てる為の湯をかける炉の前で準備をしていたのだが、ひとまず作業の手を止め、膝の前に手をつくと、深々とお辞儀した。
「本日もよろしくお願い致します。」
途端、そばに居た3人組が盛大に吹き出した。
「なん、それ~っ?! 時代劇?!」
「ウケる~~っっ」
美織はグッと唇をかみしめた。
先生にご挨拶するのは普通の事なんですけどっ?!
(てゆーか、いちおー先生なんだから、注意ぐらいしてくれればいいのに…)
心の中で愚痴りながら顔を上げると、そこには半眼で前を見据えた氷の彫像(に見える)が座っていた。
(前言撤回っっ、“殿”じゃなくて“魔王”がここにいる―――?!)
吹き荒ぶ目に見えないブリザードに美織が凍り付くのと同時に響いたのは、「ただいま帰りました~」という呑気な声。
「先輩、お菓子買って…」と言いながら入ってきた由紀は、氷点下の眼差しに見据えられるや否やピシッと固まり、「す、すみません~~っっ」と叫びながら水屋に駆け込んだ。
(これじゃお稽古にならないよ…)
それを見送りながら、美織がまたしても出そうになったため息をなんとか堪えた、その時。
「―――神崎さん」
ほっそりとした見た目の割に低く響く声で突然呼びかけられ、美織はビクッと体を強張らせた。
「は、はい?」
「今日はこれだけですか?」
「え?…と、」
一瞬、なんのことだかわからずキョトンとしたが、彼が目線だけで辺りを見回したのを見て気が付いた。
(あ、そうか)
「あ、はい。他の皆さんは、やっぱり時間が合わないとか、色々あって…」
「そうですか。」
そう言った、次の瞬間。
彼の口角がほんのり上がったのを見て、美織は目を見張った。
本当に微かだったが、確かに―――
(笑った?!―――まさか…)
信じられない思いで見つめる美織に気付かないまま、彼は“変なの”3人組に視線を移して言った。
「では、今日も“割稽古”を」
その一言で、美織は確信した。
(わざと、だったんだ―――!)
「え~っっ、また“わり”~?!」
「あんだけやったじゃん~っっ」
「だる~~っっ」
抗議する3人組に何か言おうと彼が口を開くよりも前に、
「待って下さい!」
考えるより先に、美織は声を上げていた。
目の前の彼が微かに目を見張る。まさか美織が口を出すとは思わなかったのだろう。
美織は膝の上の手をぎゅっと握り込んだ。
どんなに頑張ってお手入れしても、生理前には必ずニキビが出来る自分と違って、シミひとつ無いツヤツヤの肌に、サラサラの黒髪―――なんて、男のくせに無駄にキレイ過ぎると思う。
間違いなくアイラインなんて入ってないはずなのに、長い睫毛に縁取られて、くっきりとした切れ長の瞳に見つめられ、目を逸したくなる気持ちを、美織は必死で堪えた。
(まっ、負けるもんかっっっ)
ゴクリ、と息を呑み、やや上目遣いで睨みつける。
「きょ、今日は、お点前を、の、練習を、お願い、しますっっ!!」
噛みながらも何とか言い切り、反論される前に続けた。
「あのっ、お点前を見るのも、練習だと思うんです。正直、芳華祭のためにも、そのっ、私達がお点前の練習出来ないのは、困るっていうか…っ」
「芳華祭…」
「うちの文化祭ですっ!!」
美織は必死で言い募った。
だって、また先週みたいなお稽古なんて、冗談じゃない―――!!!
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
心に白い曼珠沙華
夜鳥すぱり
キャラ文芸
柔和な顔つきにひょろりとした体躯で、良くも悪くもあまり目立たない子供、藤原鷹雪(ふじわらのたかゆき)は十二になったばかり。
平安の都、長月半ばの早朝、都では大きな祭りが取り行われようとしていた。
鷹雪は遠くから聞こえる笛の音に誘われるように、六条の屋敷を抜けだし、お供も付けずに、徒歩で都の大通りへと向かった。あっちこっちと、もの珍しいものに足を止めては、キョロキョロ物色しながらゆっくりと大通りを歩いていると、路地裏でなにやら揉め事が。鷹雪と同い年くらいの、美しい可憐な少女が争いに巻き込まれている。助け逃げたは良いが、鷹雪は倒れてしまって……。
◆完結しました、思いの外BL色が濃くなってしまって、あれれという感じでしたが、ジャンル弾かれてない?ので、見過ごしていただいてるかな。かなり昔に他で書いてた話で手直ししつつ5万文字でした。自分でも何を書いたかすっかり忘れていた話で、読み返すのが楽しかったです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる