白き時を越えて

蒼(あお)

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第2章:仲間達の帰還

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あれから、3日経った。
相変わらずあっという間だ。
柊さん、千春さんはまだ戻らない。


あの日……3日前、
私はとんでもないことをしたと思う。
自分でも、今では
あれは本当に自分がやったことなのかと、
疑問に思うほどだ。

内気で怖がりな、自分なんかが……。

「それが華菜のいいところで、
 凄いところだよ」

……と、綾はまるで
最初から知っていたかのような口調で
そう言っていたけど
私が自分からあんな風に動くなんて……
すごく、意外。
……我ながら。


しかしあの件で、分かったことがある。
千秋さんと空山さんは何か隠している。
個人的な事情なら、別に構わない。
けれど、私と綾に関する
何か重要なことを隠している。

なぜなら……。
あの“大規模転移事件”が
素人の私なんかの呼びかけで
助けられる程度のものなのなら……

単体でさらわれた
綾や私を、ここへ連れてくることなく
その場で帰すことなんて、
造作もないことのはずだからだ。

あの時、千秋さんは
『理論上は可能』なんて言っていたけど、
あれは嘘だ。
私が呼びかけ、そして空山さんが少し行っただけで
みんなを帰せるのなら、
個人に対してなら、尚更同じ方法を使うべき。
……普段はきっと、そうしているはずだ。


人は少し強い心を持つだけで
自分の力で帰れる。
それなら、綾だって……私だって
少しの手助けで帰ることが出来たはずなのだ。

1週間近く
こんなところに居る必要は、本当は無いはず。

一体、どういうつもりなのだろうか。


でも、このことは綾には黙っているつもりだった。
綾はここの皆さんと
仲良くやっているみたいだし
私には分からない細かい事情が
絡んでいる可能性もあるし
千秋さんは『柊さんと姉さんが帰って来れば』と
最初に言っていたから。


「華菜、おはよ! 今日もお手伝いに行こうよ」
その時、着替え終わった綾が私に声を掛けてくる。


「華菜ー?」
私の顔を覗き込んでくる綾。

「あ、うん。行こっ!」
私は、綾のあとについていった。

女性用の居住エリアを出て、
皆さんの仕事場へ。
居住エリア全体の出口まで来たとき
男性の居住エリアの方から
空山さんが出てきた。



「よっ、おはよう!
 かわいいおふたりさん」
空山さんは私と綾の背中をどーんと押す。
この人、どちらかというと
接触してくるタイプである。
嫌らしい感じではないので
許すことにしているけど
…………実はちょっと苦手。

「おはようございます」
綾は微笑みながら空山さんに挨拶する。
さすが快活な体育会系、
男性に触られても動じないんだな……。
それとも、単なる慣れか。

「おはようございます」
私も続いて、挨拶した。

「空山さん、もう大丈夫なんですか?」
綾はさりげなく彼の隣に移動して、聞く。

「ん? 何のことかな」
「昨日までは、
 ちょっとふらふらしてたじゃないですか。
 今日はもう平気なんですか?」
空山さんがふらふら?
……そうだっけ?
私は、次の日から元気になっているように
見えたけど……。

「ああ、あれ。ばれちゃってた?
 でも平気だよ、本来あれは
 よっぽど無茶なことをしない限りは
 “早めに寝りゃ回復する!”って類の疲れだから。
 どっと一気に来たから、
 回復にも時間が掛かってただけ。もう元気」

なんかよく分からないけど
この人、タイムトリップ一歩手前みたいなことを
してたらしいんだよね。


何をどうしたら
タイムトリップが可能なのか分からないけど
とにかく、そういうことをすると
一時的に疲れが溜まるらしい。


「俺なんかの話してないで、早く行こうぜ。
  面白いものが待ってるはずだぜ」
 
「でも、あの部屋には千秋さんしか
 いないんじゃあ……」
「それは行ってのお楽しみ」

あ、まさか……。

でも、この世界……人が少なすぎるよ。
人員が足りないってレベルじゃない。
一体どうなってるんだろう。


「この、馬鹿姉っ!」
「いーじゃん、結果オーライじゃんっ!!」
千秋さんしかいないはずの部屋から、
別の人の声がする……。
この声は、確か……。


部屋に入ると、想像したとおり
千秋さんと星川(千春)さんがいて、
ふたりは言い争っていた。

「25にもなってセーラー服を着て、
 恥ずかしかった、哀れな私の気持ちにもなってよ!」
「自業自得ですっ!!
 姉さんがいないせいで、
 私の仕事がどれだけ増えたか……。
 増えたか……っ!」
元気そうに姉妹喧嘩をやっている。

「まぁでも、問題は無かったようだし。
 はっは、さすが私。さすが無能。
 いてもいなくても、支障なし」
星川さんはうんうん、と頷いている。

「ふざけないで!!」
千秋さんが声をあげた。

「おおっと、失言」
星川さんが一歩引く。

「んー、確かに今のは聞き逃してあげられないなー、
 はるちゃん。……ともかく、おかえり」
会話が途切れたところで、
空山さんがうまくふたりの会話に入っていく。

「おー、空山! 元気してた?」
「勿論。ちあちゃんは、
 ずーっと君のことを心配してたけどね。
 俺もしてたけど、ちあちゃんには負けるな。
 ……って訳で、はるちゃんは一度、
 真面目にちあちゃんに謝るべき」
笑顔のまま、話題を元に戻す空山さん。

「……う」
星川さんの顔がこわばった。

「難しい事じゃないでしょ。さあさあ」
空山さんは星川さんを、千秋さんの方を向かせて。
そうすると彼女も素直に、頭を下げた。

「ごめん千秋! 心配掛けました」

千秋さんは、不機嫌そうな顔で
星川さんをしばらく見つめた後、

「よろしい。無事帰ってきたから、許します」
と言って、微笑んだ。

「これで仲直りだな」
空山さんが呟いた。慣れている様子だった。

「千春さん、お久しぶりです」
綾が頭を下げた。
雰囲気に流されて、私も一緒に頭を下げた。

「綾ちゃーん、久しぶり!
 華菜ちゃ……時丘さんも、久しぶり」
弾むような声で言った後、
星川さんが私を抱きしめる。
綾は星川さんの行動を予想できていたのか、
華麗にかわしていた。
……空山さんと星川(千春)さんは
こういうタイプなのか……。



「あ、あの……自衛官の星川 千春さんですよね?」
むぎゅうと抱きしめられたまま、私は聞く。

「おう? そだよ。もう状況を理解したんだ?
 さっすが」
私は、千春さんから解放された。

「じゃあ、クラスメートの星川 千春は……」
「あれは、本来の星川さん。
 大人しくて良い子みたいだねー。
 いや~頑張って演技したよ私!」

「私がドジ踏んであの時代に割り込んじゃったから
 存在が入れ替わっちゃって
 ちょこっと彷徨ったかもしんないけど、
 柊が戻してくれてるはずだから問題なし」
問題はあると思うんだけど、
私が“星川さんは目立たない人”と思っていたのは
間違いではなかったようだ。


「なにより、この歳でセーラー服着ても
 違和感が無いなんてね!」
「……確かに、無かったです」
私の世界だと、20代でもコスプレとかで
そういう服を着てる人、いっぱいいるけど……
この世界では、そうでもないのかな。

「その様子だと、まぁ大体のことは
 千秋と空山から聞いたかな?」
「まだ実感は湧きませんが、
 あなたが言っていたことが本当なのは分かりました」

“穴”を通れば全て分かる……。
確かにその通りだった。
『ちょっと変わった穴の向こう』に綾はいた。

「あんな事故みたいな形で穴を
 通らせるつもりは無かったんだけどね。
 柊の通報がぎりぎり間に合ったみたいだね」

「うん。お陰でなんとか受け止められた」
空山さんが答える。
そうか、千秋さんは私を助けたのは
柊さんだと言っていたけど、
直接助けてくれたのは、空山さんなんだな。
後でお礼を言い直さなくちゃ。

「あの……すみませんでした。
 失礼な態度を取って」
まずは星川さん……いや、千春さんに謝った。

「いいって、いいって!
 あれが正常な反応だし。……うん?
 いや、正常よりはちょっと、好意的な反応だったかな?
 正直、もっと嫌がられるかとも思ったけど
 そこはやっぱりさすが華菜ちゃ…時丘さんというか。
 存在は違っても魂は似てるねぇと」
よく分からないことを言いながら、
千春さんがひとりで頷いている。

「あっ……もう、華菜でいいです」
千秋さんにはノリでそう呼ばれているし
綾もそれを許している現状で
千春さんだけを仲間はずれにするわけには
いかないだろう。
それに、クラスメートでもないのだし。

「あっ、ホント? 華菜ちゃん呼び解禁?
 よかった~」
「私も、千春さんって呼ばせて頂きますね」
これで、少しはお詫びになるかな。
「はるちゃんでもいいよ~」
「いえ、年上の人ですし」

「ああ~やっぱりオバサンなんだ!
 私って高校生から見たらオバサンなんだぁぁぁ」
千春さんが頭を抱えながら、その場にしゃがみこんだ。
あれ、この光景、どこかで見たような……。

「そういう訳じゃなくて……。
 千秋さんのことも“ちあきさん”って
 呼ばせて頂いてますし」
「あうー、あうー」
千春さんの立ち直りが、思った以上に遅い。

「んー、となると俺だけ仲間はずれかぁ。
 綾ちゃん華菜ちゃんはしょうがないとしても
 はるちゃん、ちあちゃんにも
 未だに名字で呼ばれてるし……」
何故かここで、空山さんが話題に乱入してくる。

「空山くんはですねぇ」
千秋さんが、眼鏡の位置を整える。

「下の名前で呼ぶと、
 なんか別の意味になりそうで怖いんだわ!
 というわけで、今後もアンタは空山だ!」
千春さんが、ビシッと指を差す。
空山さんに向かって。

「駄目ですか……」
空山さんががっくりと肩を落とす。

「駄目ですね。永遠にありえませんね」
千秋さんがそう言うと、

「そうそう!
 天地がひっくり返っても、それはない!」
千春さんが華麗にトドメを刺した。

反撃の手段が無いらしい空山さんは
その場で崩れ落ちた。

ああ、この人達、本当に仲良しなんだなぁ。
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