上 下
3 / 18

夢いっぱいの膨らみ

しおりを挟む

「次の方、どうぞー」

 楽しい音楽の間に挟まった、係員さんの呼び声に期待が膨らむ。
 次だ、次でわたしの番。
 わたしは大きな風船のひもを握って、係員さんの近くに駆け寄った。

「おっきな風船だね、パパかママに買ってもらったの?」
「うん!」

 腰をかがめた係員さんに、わたしは声を弾ませる。

「そっか、よかったね。観覧車の中で引っかけないように、しっかり捕まえておくんだよ」

 そう言われ、風船のひもを持つ手に力がこもる。
 ここにはひとりで来たし、余分なお金も持ってない。パパがくれたチケットも、この風船も失くしてしまえばおしまいだ。


 遊園地にいる子供はみんな、風船を持っている。家から持ってきたのは、それに負けない特大サイズだ。
 わたしは「はーい」と返事をして、赤色のかごに乗り込んだ。


 どんどん昇っていく景色。
 窓から外を見下ろすと、色とりどりの風船がいくつも見えた。お客さんたちが持つほかに、大きな風船がアトラクションの建物や大通りのアーチを彩ってたり、束になった風船がところどころのポールやフェンスに括られてたり。とってもきれい。

 ふと自分の風船を見たら、なんだかさっきよりも大きくなっているような気がした。


  *


 気が付くともう夕方。

 遊園地なんて初めて来たけど、とってもどきどきして楽しかった。将来はここで働いて、みんなに夢を届けたいな……。なんて想像を膨らませつつ、たくさんの乗り物やショーを回っていたら、時間が経つのはすぐだった。


 名残惜しいけど……そろそろ門限。帰らなきゃ。
 わたしは遊園地の出口を通り抜け、近くの駅へと歩いていく。

「また行こうね、おとーさん!」
「お土産買えてよかったわ」
「やだやだ、もっといるー!」

 周囲からは、遊園地のことを話す声がたくさん聞こえる。
 なんとなく辺りを見ながら歩いていたら、みんなの風船がなんだか小さくなっているように感じた。中には、持ってない人もいる。

 もしかして、空気を入れてから時間が経って、しぼんじゃったのかな。


 そう思いながら駅まで着くと、風船を持っている人はさらに少なくなった。中にはわざわざ空気を抜いてポケットに押し込む人や、ごみ箱に捨ててしまう人もいる。

 ……どうしてだろう。なんだか、さみしいな。
 近くでカラスが鳴く声がして、いつの間にか両足が止まっていたことに気が付いた。

 わたしは自分の風船を大事に両手で抱えながら、電車に乗り込み、すぐ近くの椅子へと座った。
 ぼーっとしていると、電車の中にはどんどん人が増え、次第にぎゅうぎゅうになっていった。




「――おいッ! そんな邪魔なモン広げてんじゃねぇ!」

 びくっと体が跳ねる。慌てて声のした方を見ると、扉の近くで大きなリュックを背負った人が、背の高いスーツの人に怒られていた。

 ……どうやら、わたしじゃなかったみたい。

 そう、一瞬だけ思った直後。ふと見渡せば近くの人が、みんなわたしの方を見ている気がした。



「人の迷惑ってモンを分かってんのか!? せめて網棚の上に置け!!」

 背の高い人がそのまま、大きなリュックに怒っている。だけどわたしは、自分が周囲にいる全員から責められている心地になった。

 わたしはどんどん怖くなって、急いで風船の空気を抜いて萎ませた。
 気づけば、近くに風船を持つ人は誰もいない。子供の姿も見えず、スーツ姿の大人が大半を占めている。

 電車が最寄り駅につくと、わたしは逃げ出すように家へと帰った。





 自分の部屋に駆け込んで、やっと気持ちが落ち着いてきた。

 ……もう大丈夫。たまたま変な人がいただけだ。

 楽しかったことを思い出しながら、わたしは再び風船を膨らませる。
 ここならどれだけ大きくしても、きっと、誰も怒らないから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おしっこ編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショートの詰め合わせ♡

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

処理中です...