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夢いっぱいの膨らみ
しおりを挟む「次の方、どうぞー」
楽しい音楽の間に挟まった、係員さんの呼び声に期待が膨らむ。
次だ、次でわたしの番。
わたしは大きな風船のひもを握って、係員さんの近くに駆け寄った。
「おっきな風船だね、パパかママに買ってもらったの?」
「うん!」
腰をかがめた係員さんに、わたしは声を弾ませる。
「そっか、よかったね。観覧車の中で引っかけないように、しっかり捕まえておくんだよ」
そう言われ、風船のひもを持つ手に力がこもる。
ここにはひとりで来たし、余分なお金も持ってない。パパがくれたチケットも、この風船も失くしてしまえばおしまいだ。
遊園地にいる子供はみんな、風船を持っている。家から持ってきたのは、それに負けない特大サイズだ。
わたしは「はーい」と返事をして、赤色のかごに乗り込んだ。
どんどん昇っていく景色。
窓から外を見下ろすと、色とりどりの風船がいくつも見えた。お客さんたちが持つほかに、大きな風船がアトラクションの建物や大通りのアーチを彩ってたり、束になった風船がところどころのポールやフェンスに括られてたり。とってもきれい。
ふと自分の風船を見たら、なんだかさっきよりも大きくなっているような気がした。
*
気が付くともう夕方。
遊園地なんて初めて来たけど、とってもどきどきして楽しかった。将来はここで働いて、みんなに夢を届けたいな……。なんて想像を膨らませつつ、たくさんの乗り物やショーを回っていたら、時間が経つのはすぐだった。
名残惜しいけど……そろそろ門限。帰らなきゃ。
わたしは遊園地の出口を通り抜け、近くの駅へと歩いていく。
「また行こうね、おとーさん!」
「お土産買えてよかったわ」
「やだやだ、もっといるー!」
周囲からは、遊園地のことを話す声がたくさん聞こえる。
なんとなく辺りを見ながら歩いていたら、みんなの風船がなんだか小さくなっているように感じた。中には、持ってない人もいる。
もしかして、空気を入れてから時間が経って、しぼんじゃったのかな。
そう思いながら駅まで着くと、風船を持っている人はさらに少なくなった。中にはわざわざ空気を抜いてポケットに押し込む人や、ごみ箱に捨ててしまう人もいる。
……どうしてだろう。なんだか、さみしいな。
近くでカラスが鳴く声がして、いつの間にか両足が止まっていたことに気が付いた。
わたしは自分の風船を大事に両手で抱えながら、電車に乗り込み、すぐ近くの椅子へと座った。
ぼーっとしていると、電車の中にはどんどん人が増え、次第にぎゅうぎゅうになっていった。
「――おいッ! そんな邪魔なモン広げてんじゃねぇ!」
びくっと体が跳ねる。慌てて声のした方を見ると、扉の近くで大きなリュックを背負った人が、背の高いスーツの人に怒られていた。
……どうやら、わたしじゃなかったみたい。
そう、一瞬だけ思った直後。ふと見渡せば近くの人が、みんなわたしの方を見ている気がした。
「人の迷惑ってモンを分かってんのか!? せめて網棚の上に置け!!」
背の高い人がそのまま、大きなリュックに怒っている。だけどわたしは、自分が周囲にいる全員から責められている心地になった。
わたしはどんどん怖くなって、急いで風船の空気を抜いて萎ませた。
気づけば、近くに風船を持つ人は誰もいない。子供の姿も見えず、スーツ姿の大人が大半を占めている。
電車が最寄り駅につくと、わたしは逃げ出すように家へと帰った。
自分の部屋に駆け込んで、やっと気持ちが落ち着いてきた。
……もう大丈夫。たまたま変な人がいただけだ。
楽しかったことを思い出しながら、わたしは再び風船を膨らませる。
ここならどれだけ大きくしても、きっと、誰も怒らないから。
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