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etc1.子羊の夢見た青い春
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二十二時。高校生の帰宅を促される時間。麻生 麻尋も例に洩れず、通っている学習塾の授業を終えて帰路についた。
途中、コンビニに立ち寄り、小さいペットボトルの炭酸飲料を購入する。そのままイートインコーナーへ向かい、座っていた人物に声をかけた。
そこにいたのは、三十分ほど前に同じ塾での授業を終えていた稲城 一臣だった。
稲城は暇つぶしに眺めていた塾の教材から視線を上げ、麻生の姿を認識すると、ホッとした表情で立ち上がる。
「一臣、待たせたね」
「ううん。アサと話したいって言ったの俺だし」
「バスケの件?」
「うん」
二人は揃ってコンビニを出て、自転車を押しながらゆっくりと歩く。
「喧嘩みたいになっちゃったの、俺のせいだからさ。理由なんて、話せばいいだけなのに。なんで上手くいかないんだろ」
「一臣は怖がりすぎだけど、今回の件は律の暴走もあるだろう」
「でもリツ、俺のために怒ってくれてるし」
「はぁ。一臣と律が合体して二つに分かれたら、ちょうどいい性格になりそうなんだけど」
「そ、その言い方はちょっと酷くね?」
「俺、今回巻き込まれているだけだからね。愚痴の一つくらい許してほしいもんだ」
「ごめん……」
「謝られても反応に困る。一臣が、一歩踏み出したくて始めたことだろう。ここで立ち止まったら意味がない」
「わかってる。ただ、いざとなると上手く声が出なくて」
「ふむ」
麻生は顎に手を当て、今の状況を脳内で整理する。
軋轢が生じてはいるが、感情的になっているのは三好だけ。真壁と園田に事を荒立てる意図はない。この件に関しては、解決方法もすでに明示されている。
稲城が真壁たちを誘った理由を説明するか、しないか。
説明しなければ真壁は丁寧語を維持する。それでは三好が納得しないことを、友人である稲城と麻生はよく理解していた。
稲城と三好はメンタルが機動力に直結するタイプだ。不満や遠慮の分だけ動きが鈍る。仲違いをしたままでは確実に実力を発揮できない。勝ちへ拘るなら、稲城が話す以外の道はない。
最も簡単な解決方法は、麻生が代弁することだ。しかし、麻生はこの方法を極力避けたいと考えていた。
横から手助けをすることは簡単だ。しかし、それで仲違いを解消できても、稲城の抱える問題は解消しない。稲城本人の口から伝えなければ意味がないことだと、麻生は理解していた。
とはいえ球技大会という明確な期限がある以上、現状を長引かせることは望ましくない。この場で稲城の決心がつかなければ、代弁もやむを得ない。そこまで考え、まずは稲城の背中を押そうとした、その時。
稲城の方が先に、思い切ったように顔を上げて発言した。
「でも、逃げても仕方ないからさ。明日、放課後ちゃんと話し合いしようと思って……!」
その提案に、麻生は目を丸くする。
内向的な稲城が、自分からそれを提案できると思っていなかった。このような場面でさりげなくフォローを入れ、方向を定めていくのは麻生の役割だった。
思いがけない友人の成長に、麻生は頬を緩ませる。
「一臣がそうしたいなら、するべきだ。けど、よく決断できたね。偉いじゃないか」
「子供扱いして……。でも、俺の決断っていうのも少し違う。実は今日、放課後工藤君に話しかけられてさ」
ここで工藤の名前が出てくるのは想定外だったため、麻生は思わず「ほう」と声を漏らす。
工藤は立川や真壁と違い、友達グループに関係なく雑談をする。稲城と会話すること自体は珍しくない。
だが、あくまでも雑談に限った話だ。工藤は嘘が分かるという特性上、あまり特定の個人に深入りをしない。気まぐれに寄っていき、趣味や娯楽の話をして、気まぐれに去る。掴みどころのない距離感を上手く維持している。このような個人の確執に関わる話題には介入しない印象を、麻生は抱いていた。
「工藤君がなんて?」
「今日はバスケ練習ないって聞いたから、ちょっとおれと話そーよって。流れで飴くれて、ジュースまで奢ってくれた」
「ふはっ」
「え、笑うとこあった?」
「いや、ちょっとね」
つい最近立川相手に似たようなことをした麻生は、世の中にはお節介がたくさんいるものだと、くつくつと笑った。
麻生は自分が余計なお世話を焼くタイプだと自認していたが、改めることにした。この程度のお節介、案外普通なのかもしれないと。
「だいたいは真壁君と上手くやってほしいってお願いだった。ほら、真壁君、一年の時倒れたろ?」
「ああ、あの時」
一年の三学期。真壁が寝不足と低栄養で倒れた時の事。教室で気を失ったため、クラスメイトのほとんどがその場を見ていた。
あの時最も早く動いたのは、クラスで孤立していた立川だった。
本来あのような場面で行動するのは、クラスの中心にいる麻生の役割だ。しかし、麻生が事態を理解するより早く立川が行動し、園田に指示してテキパキと事を済ませてしまった。
その行動が周囲に与えた衝撃は大きい。稲城と麻生も、当時のことを色濃く記憶に残している。
立川本人は気づいていないが、それ以降、クラスメイトが立川に抱く印象は一変していた。近寄りがたい犯罪者の息子であることに変わりはないが、立川 一弦という一個人に対しては、好感を持つ者がかなり増えた。
今回、稲城が当初立川を誘おうとした事も、あの出来事がきっかけになっていた。
「真壁君、あの時から体調崩してて、まだ本調子じゃないみたいで」
「そうだったのか。見ている限りじゃ分からなかったな」
「それなのに誘って申し訳ないなって思ったけど、そこは真壁君が引き受けたんだから、外野はとやかく言わんって。ただ、喧嘩長引くのはよくないと思うから、それだけ気にしてやってって」
「ごもっともだ。無駄な心労を与えているだろうからね」
「真壁君はクソ真面目で融通きかないけど、だからこそ無駄なことは言わんから……とも言ってた」
「言うなぁ工藤君」
「リツは敬語くらいでって怒ってたけど、真壁君、仲良い園田君とかにもああだよな。本当は崩したくないのを、無理してくれるっていうなら……俺が誠意見せなきゃいけない」
「敬語をそのままにしてもらう道もあると思うけれど」
「そうすると今度はリツを納得させないとじゃん。その方が難しいって」
「はは、同感」
「正直俺もやり辛いと思ってたし。多分リツ、それも見透かした上であの提案してくれたと思うんだ。ちゃんと応えたい」
「そこまで決意ができてるなら、もう俺は何も言わないよ」
「あ、いや、それでアサにも頼みがあるんだけど」
その次の言葉を、麻生はもう察している。それでも一歩を踏み出す友人の邪魔をしないよう、あえて続きを待った。
稲城は気まずそうに、ぎこちなく、それでもしっかりと、麻生への依頼事項を告げる。
「リツをなんとか説得して、話し合いの場から遠ざけるのだけ手伝って……! 俺、リツには勝てる気しないから!」
「あっははは! いいよ、任された。その代わり、ちゃんとやれよ?」
笑い声が夜の街に響く。
遅い時間とはいえ、周囲には帰宅途中の学生や社会人もまだ多い。二人の声は、よくある街の環境音の一部として溶け込んでいった。
翌日。話し合いの場を設けたいという稲城の言葉に、三好はわかりやすく不満を示した。
「いや、話するのはいいよ? でも、なんで稲城一人なワケ? ぜんぜん納得いかないんだけど」
「元々誘ったのは一臣だし、真壁君の要求に応えられるのも一臣だけだからだろう」
「でも、色々言い出したのはボクなんだよ? 居るべきでしょ、ボク!」
「ややこしくするからダメだ」
麻生の有無を言わさない口ぶりに、三好は眉間のしわを一層濃くする。
「麻生カンケーないじゃん! なに当たり前な顔して仕切ってんの!?」
「無関係な第三者だから、公平な視点で間に入っているんだ」
「あっそぉ。じゃー公平な視点から見て、ボクの言ってること、なんか間違ってる?」
「間違ってはいない。しかし、今回律がした要求は難しいことだ。見合う対価は、律には払えない。律に折れる気がないのなら、一臣に払ってもらうしかない」
「それが意味わかんないって言ってんの! ボクが飲める条件に変えてもらえばいーじゃん!」
「リツ、言葉遣い変えるのって大変だと思うぞ」
「そうだ。お前だって、ぶりっこするなと言われても困るだろう」
「ぶりっことかしてませんけど! 処世術って言ってくれる!?」
「これは一臣が誘った時点で通すべきだった筋でもある。律の発言をきっかけに表層に出ただけだ。信じて任せるのが一番いい。お前が出ていったところで、対立が長期化するだけだ」
「でも……でもさぁ」
崩れることのない麻生の圧に、三好は初めて語気を弱めてたじろいだ。
麻生の言い分は三好も理解している。頭では、それが最善であると納得もしている。
それでもきっかけを作り、溝を深めてしまった身として、他人に押し付けるのを感情が拒否していた。
「稲城。ボク、余計なことしたよね。尻拭いみたいなことさせて、ごめん」
「いや、アサの言う通り、元々俺が悪いし。でも、リツが折れるなら、敬語の件はそのままでも」
「そこ折れるのは負けた気がするからイ・ヤ! あのですますが冗長なのは事実だし? スポーツしようってんのに邪魔すぎるもん。気になってプレイに支障が出る!」
「はは……」
三好をどうにかするのは難しいという判断が間違っていなかったことを知り、稲城は乾いた笑いを零す。それから、メンバー同士の主張の落としどころを見つけるのも言い出した自分の仕事だと、改めて覚悟を決めるのだった。
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