子山羊達の偽装生活

葉鳥(はとごろTIMES)

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etc1.子羊の夢見た青い春

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 翌日の昼休み。いつものように移動しようと、真壁と共に教室を出る。
 扉を開けたところで、ちょうど廊下側から中に入ろうとしていた人と軽くぶつかってしまった。
「わぶっ!?」
「あ、悪い」
 ぶつかった人物――三好みよし りつは、涙目で鼻を押さえて痛がる。身長差の所為で、俺の肩あたりにぶつけてしまったらしい。
「いったあぁー。もう、気をつけ……って、た、たちかわくんっ」
 三好は最初文句を言いかけたが、俺の顔を認識すると、わかりやすく怯えた素振りをみせた。
 わたわたと距離を取り、鼻を両手で抑えたまま、潤んだ丸い瞳でそろりと見上げる。男がするにはキツい仕草でも、女子と見間違えるほどの童顔のおかげか様になっていた。
「ご、ごめんなさい。ボク、ちょっと考え事してて。不注意だった、かも」
 チワワを連想させる姿で謝罪され、何故だかこちらが悪いような気持ちになる。
 俺が怖いのかもしれないが、どうにもリアクションが大げさでわざとらしい。演技に見えてしまうのは、俺が疑い深いだけだろうか。
 正直あまり関りたくないが、謝罪を蔑ろにはできない。疑心を表に出さないよう気をつけながら、別に怒ってないから構わないと告げる。
 三好は気まずそうに目をそらしたあと、もう一度謝ってから俺の横を早足に通り過ぎた。
 そのうちの、ほんの一瞬。
 隣の真壁を視界に捉えた瞬間だけ、視線がギッと鋭くなったように見えた。
 しかし真壁は全く気にする様子がない。
 何だったんだと疑問に思いつつ、空き教室に移動した。
 その答えは、先に移動して待っていた園田から聞くことができた。
「放課後のバスケ練習なんだけど……ちょっと中断することになっちゃって」
 事情を聴くと、どうやら真壁と三好が仲違いをしたらしい。それで一瞬睨んでたのかと納得する。
 しかし、真壁が喧嘩をするとは。
 俺達を嫌っていた頃の真壁でも、言葉に棘はあれど、衝突しない程度に抑えていた。今は当時より丸くなっている。三好相手に感情的になるとは思えなかった。
「真壁、三好チャンきらいだったん?」
「そうではありませんし、喧嘩をしたわけでもありません。意見の相違があっただけです」
「真壁の口調のことで、ちょっと言い争いみたいになって」
「うわぁ、そーゆーカンジねぇ」
 口調。それは少し前、真壁と母親との間でも問題になったことだ。
 体調を崩し、自らの半分を見失った要因の一つ。今はひと段落しているとはいえ、あれからまだ間もない。話題に上がることすら辛いだろう。
 真壁の顔色は普段通りだが、これは仮面だ。隠された感情が穏やかでないことは容易に想像できる。
 さらに詳しく聞いていく。どうやら三好から「敬語をやめられないか」と言われ、真壁がそれを断ったのが発端のようだ。
「三好君も、別に敬語が気に入らないとかじゃなくて。普通に話した方がもっと連携が上手くいくと思うって提案してくれた感じ。敬語だと、言葉のひとつひとつが長くて無駄が多いって」
「言葉遣いでそんな変わるか……?」
「スポーツは一秒が結果に響くこともあるだろうし、改善点としては間違ってないと思う。慣れてる俺はいいけど、他の三人は距離感じて動きが悪くなってるかもしれないしね」
「三好チャンの性格もありそーだけどねぇ。かわいこぶってっけど、本性キツいっしょ。おれ苦手」
 工藤がべっと舌を出す。三好の演技臭さは俺ですら気になるレベルだ。工藤とは相性最悪だろう。
 真壁の方は、敬語を崩すだけなら難しくはない。今はもう記憶の問題も改善している。仮面を外せば、砕けた口調で会話ができる。
 しかし、仮面を外した姿は、本来他人に見せられないものだ。
 不可抗力で知ってしまった俺達が例外なだけで、簡単に明かせるものではない。
 となると、仮面をつけたまま口調だけ変えることになる。
「口調を変える程度、そう難しくありません。ですがこれは僕を僕たらしめる要素ですから、簡単に崩したくない。これはプライドの問題です。だから交換条件を出しました」
「条件……?」
「バスケで勝利したい理由を聞かせて頂ければ、試合中に限り要求を呑みましょうと言ったんです」
「そしたら三好君、『それはボクが勝手に答えられないから別のにして』って。でも真壁も譲らないから、もう平行線で」
 なるほど、掴めてきた。
 真壁のプライドを曲げてでも勝ちたいと言うのなら、その理由を教えるのが筋というもの。
 だから真壁はそれを求めたが、三好が拒絶した。
 バスケに拘っているのは三好ではない。その理由に関わっているのは十中八九稲城だ。
 稲城は真壁を誘いに来た時、バスケへの拘りを誤魔化していた。言いづらい背景があるのだろう。
 三好は稲城の事情を知っていて、庇った。
 真壁の言う通りこれは喧嘩ではない。お互い、守るべきものを守っただけだ。
「もちろん、僕が譲らないのは口調だけの話。理由を知らないままでも球技大会には臨むし、練習も続けると言ったのですが」
「それにも三好君怒っちゃって、それどころじゃなくなったんだ」
「なんというか……お疲れさまだな」
 渦中となった真壁もだが、巻き込まれた園田もだいぶ気疲れしていそうだ。
「聞く限りしゃーねーじゃん。真壁、あんま落ち込まんとき?」
「落ち込んでなんて……いや、工藤に虚勢はっても仕方ねぇな。正直ちょっとしんどい。譲る気ねぇけど」
「人同士だから衝突は仕方ないけど、今回のはちょっとなぁ」
 園田が腕組をし、うーんと唸る。
「何か引っ掛かってるのか?」
「きっかけを作ったのは三好君だけど、真壁を誘ったのも勝ちたいのも稲城君だから、変にこじれちゃってるんだよね」
「確かに」
「稲城君も分かってて、でも自分じゃ言えないから隠れてる感があるんだよ。俺はその辺が納得いかなくて」
「園田さん、稲城さんに突っかかってしまったんですよ」
「え!?」
 意外すぎて思わず叫んでしまった。まさかこの園田が、自分からクラスメイトの……それも気弱な部類の稲城に物申すなんて。
 園田は焦ったように頬を赤らめ「真壁は言い方が悪いよっ」と弁明した。
「言えないなら言えないで俺らも納得するから、稲城君に答えて欲しいって言っただけ! そしたら今度は麻生君に割り込まれちゃって」
 麻生は稲城を気遣って俺に接触するほどだ。そこで庇いに入るのは頷ける。
 そうして二対三の対立のようになり、放課後練習は一時中断。
 園田と真壁は、稲城の返答待ち状況というわけか。
 球技大会はまだ一週間以上先だ。その間に稲城から回答があれば、また状況も変わるだろう。
 唯一敵意を持っていそうな三好の存在だけが懸念点だが、その辺は麻生あたりに上手くやってもらうしかない。
 麻生か。
 稲城を臆病な友人と語り、あまり怖がらせるなとも言っていた。俺が接触するなら、稲城ではなくあいつだな。


 麻生が一人の時を狙うのは難しくなかった。
 この前卓球部だと言っていた。バスケの練習がないなら、そっちに顔を出しているだろう。
 その想像は当たっていた。放課後、卓球部が練習している第二体育館へ顔を出せば、その姿はすぐに見つけられた。
 しばらく眺めていると、練習に一区切りついたのか、卓球部のメンバーが散り散りに外へ出ていく。
 体育館を出たあたりを狙って声をかける。麻生は一瞬驚いて、すぐに爽やかな笑みを浮かべた。
「立川君。こんなところまで来て話しかけてくれるとは、驚いたよ」
「練習中わりぃな」
「今日はもう終わりだから構わないよ。そこまで本気じゃない部なんだ。だからこそ特進と両立できるんだけどね」
「それでも偉いもんだ。俺にゃ無理だな」
「身体動かさないと物足りないんだ。適度にした方が勉強に集中できる」
 運動をストレス発散の手段とする人種なのだろうか。俺には理解できない。
「それで、やっぱり球技大会の件を聞きに来たのか?」
「そんなところだ」
「はは、お節介はお互い様のようだ」
 女子の一人や二人射止めそうな微笑みを向けて言われる。とんでもなくむず痒い。
「キミだけか? 園田君は?」
「俺だけだけど」
「そうか、残念。一臣を庇おうとした時、強めに肩を掴んでしまってね。その時かなり身体を震わせていたから、謝りたかったんだ」
 そうだったのか。全然知らなかった。
 不可抗力なのだろう。園田もそれを理解しているから、わざわざ他人に話さなかったに違いない。
 しかし、それを後から反省して本人に謝ろうとするあたりに、麻生の善人さが滲み出ている。
「本当は教室で謝ろうと思ったんだが、律が突っかかりそうでね」
 「律――ああ、三好か」
  園田達からも、三好が怒ってしまい収拾がつかなくなったと聞いた。感情的になりやすいのだろうか。
  三好と俺はほとんど接点がない。あったとしても、以前のようにぶつかったり、偶然距離が近くなる程度だ。いつもわざとらしく怯えて避けられるだけで、他の感情を見ることはない。
  俺に対する態度がどれだけ本気で、どれだけ演技なのかは分からない。が、工藤がかなり苦手意識を持っているところを見ると、三好の言動には嘘が多そうだ。
  どうにも良い印象は抱けない。麻生と仲が良いのが不思議なほど。 
 「今回の件は、真っ先に感情的になった律が七割悪い。けれど、真壁君の求める答えは一臣が持っている。律は律で、一臣に自分の尻拭いをさせたくなくてムキになっているんだ。難しいよね」
「言葉遣い程度を譲らない真壁が悪いとは言わねーんだ」
「そういう感情もなくはないけれど、真壁君は十分歩み寄ってくれている。個性に関して他人が指図するのもおかしいだろう。俺は明日からお嬢様言葉を使えと言われても、絶対嫌だからね」
 何故お嬢様言葉をチョイスしたのかは分からないが、確かに嫌だ。できる気もしない。
「そもそも誘った時点で理由くらい説明すべきだ。そこから逃げているのは一臣が悪い。その点に対して、園田君も真壁君も、話せないならそれでいいとまで言ってくれている。ここまで譲歩されて恨み言なんて、俺は言えない」
「三好は散々言ってるっぽいんですが」
「律は懐きにくい小動物みたいなものだから」
 友人への評価としてそれはどうなのだろう。
「とはいえ球技大会は遠くない。今日一日で一臣が答えを出さなかったら、俺が介入するよ。律にも口出しはさせない」
 きっぱりと言い切られ、思わず目を白黒させてしまった。
 今までの会話で、麻生はもっと穏健派だと感じていた。今回のことはそれなりに重要視しているということだろうか。
「あの一臣が、あまり接点がない人を誘ってまで挑戦しようとしていることだから。俺もやり切りたいんだ」
「なんか、本当に稲城のこと大事にしてんだな」
「単純なことだよ。一臣と律の側は居心地がいい。キミだって、そんなもんじゃないのか?」
「……ああ、そうかもな」
 俺だって、こうして求められもしないお節介で首を突っ込んでいる。
 友達なんて、そんなもんなのかもしれない。
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