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3.disguise

3.disguise_14

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 勝手に親凸作戦を決行できないので、まずは翌日登校してきた真壁に許可を取る。
 食事を気にして欲しいという養護教諭からの要望にも応えるため、昼休みに空き教室へと誘った。以前は断られてしまったが、今日はすんなりと着いてきてくれた。
 一日家から離れて病院で過ごしたからか、倒れる前より明らかに顔色は良くなっていた。
「というわけで、家行きたいんだけど……どうかな?」
「…………ど、どうでしょう」
 そんなことは想像すらできないと、ひどく怯えた表情を見せた。
「親のことは一旦おいといて、真壁が嫌なら考え直すんだけど」
「嫌、という感情はない……と思います。記憶や体調について、これだけ客観的な指摘がある状況ですから。親と距離を取るべきというのも理解しています」
 そして、自力では不可能であることも分かっている。学校や病院を巻き込み、診察や検査の結果をもって、ようやく事が動かせた。
 家庭の事情は外部の介入が難しいが、外部の介入がないと沼のように抜け出せない。これは園田の言葉だった。真壁もそれを理解しつつある。
 それでもすぐに首を縦に振れないのは、支配され続けた経験からくる恐怖心のせいだろう。
 そう思っていたが、続く言葉で、それが間違いだと気づかされる。
「その……あまり酷いことはしないでください」
「えっ!? いや、別に殴り込もうってわけじゃないよ?」
「脅したり、追いつめるようなことも……」
「しないよ! 穏便にすませるための話し合いに行くんだって!」
 自分を何だと思っているのかと慌てる園田。対して真壁は、本当に大丈夫なのかと不安げな顔を崩さない。
「真壁、もしかして上手くいかんかった時のこと心配してんの? あたりが強くなるかもとか」
「そうではありません。母はその……悪い人ではないんです。こんな状況になってしまって、信じてもらえないと思いますが」
 どうやら純粋に母親を心配しているだけのようだ。ここまで追い詰めた元凶だというのに。
 先日聞かされた数々の制限を思い返すと、それを強いた人物にいい印象は抱けない。
 しかし真壁は、本心から庇っている。工藤が嘘を指摘せず、まっすぐ見据えているのがその証拠だ。
「極力、責めるようなやり方をしないで下さい。不器用な人なんです。これでも大事にされているんです。裏切りたくありません」
 その発想はDV被害者によく似ている。長年縛り続けられ、洗脳状態にあるのかもしれない。
 けれど、そう思われたくないのだと、その表情が語っている気がした。
 思い詰めるようなその顔を、工藤がのぞき込む。
「真壁も大事? 親のこと。こんななっても」
「……大事、です」
「そっか。だいじょーぶ、それが本心だってちゃんとわかっから。おれが保証したげる。本心でそれが言えんの、すげぇなぁ」
 工藤は真壁を安心させるように、にーっと笑った。
「真壁はさ、おれらのせいにもせんかったじゃん。おれが飯誘ってなきゃ、まだマシだったかもしんないのに」
「いえ、遅かれ早かれだと思っています。もっと前から記憶に影響があったことは、テストの点数が証明していますから」
「そーやって考えられんのがすげーの。つらい時って、冷静になんのムズいから。おれ、よくパニくるし。そーならない真壁が本心から言ってることは、疑わないよ」
 その言葉で、真壁はようやく緊張の糸を解き、肩の力を抜いた。
 真壁の考え方は、正直理解できない部分がある。どうしても、支配の影響でそう思わされているのではという疑念が付きまとう。
 けれど、それを理由に否定はしない。
 自分を責めるようなことを言っていれば話は別だが、今は純粋に、他者への思いやりがあるだけだ。昨日までと違い、自らの問題と向き合ったうえで発言している。可能な限り尊重するべきだ。
「本当は自分でなんとかしたいです。けど、うまくできなくて……正直なところ、今日帰宅するのも不安です。母を前にすると、すべて自分が悪いと考えてしまって、頭がうまく回らなくて、余計に怒らせてしまうんです」
「だったら今日は俺ん家来るか?」
 この前園田にされた提案だ。毎日は無理だが、一日くらいなら問題ない。その間に園田達が上手くやってくれたら、明日からは今よりマシな状態で帰れるかもしれない。
 真壁は迷惑でないかと気にしたが、そんな顔で帰られるより全然いい。園田と工藤も、俺が真壁を隔離している間に凸する方向で計画を立てていく。真壁はハッキリとした肯定を返せずとも、否定をすることもなかった。今はそれでいい。助けが必要なのは、すでに聞いているのだから。
 不安げにしながらも、家の住所と連絡先を教えてくれる。ついでに家から取ってきたいものはあるかと聞くと、勉強道具の類と着替えと答えた。園田に自室の位置と物の配置を丁寧に伝えていく。
 話が一旦落ち着くと、真壁は一息ついて弁当を広げた。コンビニで売っている小さめの焼鮭弁当だ。自宅に帰っていないからだろうが、仮面状態の真壁にはこの上なく似合わなかった。
 黙々と食べ進めていく様子を見る。表情はとくに変わらないが、少しペースが速い気がした。
「真壁、そういうの普段食わねーだろ。食べにくいとかないか?」
「何を食べても変わりませんから」
「それちょっとうそ」
 工藤が口を挟む。見抜かれた真壁は、きょとんとした顔をした。
「シロちゃんせんせ言ってたけど、噛んでる感じとか違うんじゃねーの?」
「……そうですね、咀嚼は不快です。言われてみると、この弁当は口の中に残る感じがいつもと違うかもしれません」
「真壁、ちゃんとそれ感じてたよ。ちょっと顔に出てた。あと口の動きとか。わかってることを、わからないって思い込もうとしてんじゃねーの?」
「意図しているつもりはありませんでしたが……」
「んー、それはホントっぽいなぁ」
 記憶や人格に障害が出ているのだから、本人が認知できない感覚や感情が多いのかもしれない。今は工藤の洞察力を信じよう。
 違和感の正体を探るように聞いていく。どうやら油が残る感覚らしい。おかずの後で米を食べると軽減することが分かった。
 食べ方ひとつで改善できることがある。真壁にとってそれは目から鱗だったようで、瞳に少しばかりの光明が宿っていた。
 その日、真壁が食事を吐いてしまうことはなかった。
 終業後に例の定期連絡も入れさせない。一見たいしたことではないが、毎日必ず忘れないよう、遅れないように意識するのは、脳のリソースを大きく割いていただろう。ホームルームが長引いた時など、かなり焦っていたに違いない。たった一言のチャットを強いられるだけで、追いつめられることもある。
 放課後。園田と工藤を見送り、俺と真壁も帰り支度をする。
 真壁はそわそわとして落ち着きがない。園田達の方が気になるのだろう。多分俺も似たような顔をしている。
 園田達は凸が終わった後、真壁の荷物を持ってうちに来ると言っていた。仮に計画が上手くいかなくても、何かしらの連絡をくれる手はずだ。俺達はただ待っていればいい。約束通り、休んだ間の授業を教えながら。
「じゃ、俺らも行くか」
 そう言って教室を出ようとした時、ぱたぱたと早足で佐藤先生が駆け込んできて、真壁に声をかけた。
「よかった、まだ残ってたのね。少し相談室で話せるかしら?」
 先生は真壁だけを連れていく。
 俺は教室で、三十分ほど待ちぼうけをくらうのだった。
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