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3.disguise
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冬休みが明け、三学期が始まる。
休み明けの実力テストも、二度目となればそこまでの憂鬱さはない。休暇中の課題から出題されるぶん、夏より範囲が狭まってやりやすかった。
テスト最終日。午前でテストが全て完了すると、二年生からの文理選択希望票が配られた。一学期の頃から説明はされていたが、もう決めなければならない時期か。
特進でクラスが分かれることはなく、文理のコースごとに受ける授業が一部変わる。選択科目の授業と似たような形式になるらしい。どちらを選んでも今のクラスメイトの顔触れは変わらない。それだけで少し安堵した。
提出期限は来週なので、とりあえず鞄に突っ込んだ。その際、スマホに通知がきていることに気づく。
冬休み中に登録した、真壁との約束が表示されていた。
顔を上げ、真壁の席を見る。真壁はテストの疲労からか、席に座ったまま額に手をあてて俯いていた。顔色は分からないが、教室であそこまで分かりやすく項垂れている姿がすでに珍しかった。
声をかけるのを少し躊躇っていると、そんな俺の横を通り抜け、工藤と園田が話しかけに行った。
「真壁、昼ヒマ? 教室で飯食うだけはヒマって言うかんねぇ」
「ちょっと話できる? いつも俺達が昼食べてるとこ、他に誰もいないから」
やたらグイグイと迫る二人に対し、真壁は気だるそうに顔を上げた。
「なんですか、騒がしい。暇ですがお断りさせて頂きたいです」
「そう言わんといて。普段弁当っしょ? ほら持って、移動移動」
一度拒否した真壁に弁当を持たせ、有無を言わさず引っ張っていく。工藤だけなら突っぱねられたかもしれないが、園田も加わり二人かかりだったので、真壁はろくに抵抗せず諦めて連れていかれた。
教室から出ようとしたところで、園田が俺に「立川もいつものとこね」と声をかけた。行き先が分かったので、とりあえず追いかけよう。
完全に先を越されてしまった。約束の件はまた今度でいいか。
いつもの空き教室に着くと、真壁は適当な席に座らせられていた。工藤がニヤニヤしながらその前に立っている。俺も座れと目で訴えられたので、真壁の隣に座った。一体何だというのか。
工藤はやたら楽し気に、四枚のチケットを見せびらかした。
「えー、ここにありますのはぁ、南のでっかいショッピングモールに入ってるビュッフェの食事券でありまぁす」
などと、なんとも芝居がかったトーンで言われた。
横にいる園田が「バイト先で貰ったんだ」と言いながら、一枚の紙を差し出した。レストランのチラシのようだ。メインは洋食。年始期間のディナータイム限定で出るステーキと、今月限定デザートの紹介が載っていた。一般家庭向けではあるが、高校生には敷居が高そうだ。
ごくりと唾を飲む。腐っても男子高校生。タダでビュッフェに行けるなんて、踊り出したいくらい魅力的だ。大型の商業施設に入っている店ならば、よほどハズレもないだろう。
しかし、そこが難点でもある。ショッピングモール。強敵だ。そしてビュッフェスタイル。入った経験はないが、食事を取るために人が入り乱れているイメージだ。スリと置き引きし放題じゃないだろうか。いくら事情を知っているメンバーで行くとしても不安が残る。万引きと違い、他人の所持品は盗った時点でアウトなのだ。
行きたいのに、行きたくない。矛盾が脳内をぐるぐると巡る。そんな俺の心境などお見通しと言わんばかりに、園田がにっこり笑って言った。
「立川には俺か工藤が付き添えば大丈夫だと思うんだ。なんなら全部代わりに取るから、ずっと手塞いでよう」
それなりに酷いことを言われている気がしたが、そのくらいの心づもりは必要だろう。
工藤がまっすぐに俺を見据える。その眼差しだけで、すべて暴かれてしまいそうな気持ちになる。
「タダ食べ放なんて夢じゃん。全面協力惜しまんから、とりあえずこれだけ答える。はい、行きたい? 行きたくない?」
願望を問う二択が投げられた。
工藤を前にしたら、こんなのは選択肢でも何でもない。行きたいに決まっている。行きたくないのではない。行くのが怖いだけだと、心はもう理解している。
絞り出すように本心を告げると、工藤がガッツポーズを取った。
「はい立川陥落ぅ~! じゃーつぎ、真壁ね」
同じように真壁の顔をじっとのぞき込む。にたりと胡散臭い笑顔を浮かべたまま。
対して真壁は涼しい顔を崩していない。が、アレは仮面。表情からでは本心を推測できない。なるほど、だから園田はチケットのことをまず工藤に話したわけか。唯一その奥を暴くことができる工藤に。
ただ食事に誘っているだけなのに、謎の心理戦が繰り広げられている。
「僕がその誘いに乗ると思っているんですか?」
「気持ちを聞いてんの。行く行かないは後回し。言っとくけど、ちょー行きたいのに我慢する系の嘘、おれマジでキライだかんね。めっちゃ気持ち悪くなっからね」
「脅し方が斬新ですね。僕困らないんですが」
「で、行きたい?」
火花を散らす勢いで視線を交わす。工藤は挑戦的に笑い、真壁は冷ややかに睨みつける。
その圧力の掛け合いはしばらく続いたが、先に痺れを切らしたのは真壁だった。
面倒臭そうにため息を吐き、正されていた姿勢を崩す。背もたれにぐっと寄りかかり、足を組み、頬杖をついた。元の優等生らしさは眼鏡くらいしか残っていない。
「まどろっこしい事してんじゃねぇ、時間の無駄だろ。どうせ選択権がねぇなら無理矢理連れてけ、ばーか」
「いやいや、合意って大事じゃんね?」
「拒否権があって初めて成立すんだよ」
「拒否権あるし。ホントに嫌だったら連れてかんよ。そのためにおれが聞いてんの」
「ああもう、わかったよ。わかりました。行きてぇに決まってんだろ。こんなチラシまで見せつけやがってよぉ」
購買のパンであれだけ喜んでいたのだから、限定デザートにつられないわけがない。工藤と園田は目論見が成功し、嬉しそうにハイタッチをしていた。
「てか真壁、眼鏡取らねぇの?」
「アレは気分っつったろ。学校でいちいち取ってたらリスクあんだろーが」
「そういうもんなのか」
「つか、ガキみてぇにはしゃいでるとこ悪ィけど、まだ行けるとは言ってねぇぞ。真壁侑李が学校帰りに外食なんてありえねーんだよ。なんか尤もらしい理由がいる」
言いながらスマホを取り出す。厳しいという親への言い訳を考えろ、ということだろう。
そのあたりは園田達も想定していたようで、テストの自己採点と振り返りをクラスメイト数人でやることにしたらどうかと提案した。真壁は「ふむ」と顎に手を当て、思考する。悪くない言い訳のようだ。
「言うだけ言ってみるか。あんま期待すんなよ。期末の結果落ちて、今日も調子悪かったんだ。バレたりしたら最悪ガッコ乗り込んでくるぞ、ウチの親」
「そ、そこまでなの……?」
「小学校ん時数回あった。さすがにこの歳ではやられねぇと思うけど、佐藤先生ナメられてっからな」
たしかに、教育に厳しい親は、経験の少ない若手の女性教師を良く思っていなさそうではある。偏見だが。
園田と工藤が気まずそうに表情を曇らせた。誘ったことへの罪悪感が少しずつ込み上げてきたのだろう。それを見た真壁は、口元を吊り上げ、挑発するように笑った。
「んな顔すんなら最初から誘うなバーカ。さっきまでの勢いはどこ行ったんだよ」
否定的な言葉だが、声色には弾みがある。そこに乗っている感情は、決して重たいものではなかった。
「正直最近しんどかったから、そろそろ息抜き入れねぇとって思ってた。今日のテスト返ってきたら、多分今月は外出許されねぇだろうし」
「今回のテストそんなに悪かったのか?」
言っては悪いが、冬休みの課題さえやっていれば、よほど悪い点は取らない内容だった。真壁がそこまで心配するのは意外だ。
俺の問いに対し、真壁はばつの悪い顔をして「出来が悪いっつったろ」とぼやいた。それ以上、どちらも何も言えなくなってしまう。
やがて真壁は意を決したように立ち上がり、「電話すっから黙ってろよ」と一方的に言った。
スマホを操作する様子を黙って見る。真壁が次に口を開いた時には、仮面をつけた時の声色になっていた。
通話相手に向けて、今用意したばかりの尤もらしい理由を口にする。それは先程考えた通りの言い訳だった。しかし、想像できていたはずなのに、その異様さに衝撃を受けた。
「お昼時に失礼いたします。お時間よろしいでしょうか。……はい、ありがとうございます。本日の放課後ですが、外出許可を頂けないでしょうか。クラスで本日のテストの振り返りを行おうという話になりました。上の者から学ぶことも多いと思いますので、極力参加したいと。はい。長くなることが想定されますので、食事が不要になれば別途チャットで連絡いたします」
相変わらずの変わり身の早さもあるが、それ以上に、ビジネスかというほど丁寧な通話内容に言葉を失う。黙っていろと言われるまでもなかった。園田と工藤も同じだろう。
真壁は淡々と通話を続ける。特別なことなどなく、いつも通りといった様子で。
「……はい、承知しております。ご了承頂きありがとうございます。以上です。お時間頂きありがとうございます。失礼いたします」
通話が切り上げられ、空気が変わる。ふぅとため息を零した後、真壁は勝ち誇ったように笑って見せた。
しかし、こちらは未だ衝撃が抜けない。茫然とする中、園田が「今の、親との電話?」と疑問を代表して口にした。それに対し真壁はあっけらかんと「そうだけど」と返す。
親が厳しいことなど理解していた。いや、理解しているつもりだった。
目の当たりにしてようやく、軽々しく理解った気になれる問題ではないのだと、自分で嫌と言うほど身に染みていることに気づかされる。こと他人のことになると、こんなにも見えづらいのか。
「社会に出て恥ずかしくないように、がウチの教育方針だからな。普段のユウリ見てりゃわかんだろ? つーわけで、これバレたらマジでやべぇから。お前ら全力で守れよ? 全面協力惜しまねぇんだろ?」
「そ、それはトーゼン!」
発言主の工藤が言う。それに対し、真壁は「冗談だよ」と笑みを深めた。
「目を盗んで息抜きは、元からちょいちょいやってんだ。パフェん時もそう。小遣いには厳しいから、タダ券なんて乗るしかねぇっつの」
「そういや、パフェ代どうしてたん?」
「月イチで映画だけは許されてんだけど、そん時の飲食代と、学割で浮いた分をちょろまかしてんだよ」
カフェで真壁と会った日のことを思い出す。
通話するフリをして、映画の感想を自分に語り掛けていた。あれは数少ない娯楽を最大限に活用したストレス発散法なんだろう。観るだけで終わらせては、日々蓄積されるストレスの方が勝ってしまうから。
本当は友人を作ってやるべきことなのかもしれない。けれど、この生き方を理解できる同学年がどれだけいるだろう。親からも、相応しい相手を選べと言われているのかもしれない。この間、『真壁侑李』は友人を選ぶとハッキリ言っていたのだから。
聞けば聞くほど、真壁の生活には制限が多そうだ。以前買い物につき合わせた時も、購入品のレシートが必要だと言っていた。無駄遣いの類は許されず、細かくチェックされるということだ。外出についても、許可を得るたびにあの電話をしているのか。いや、真壁がスマホを持ったのは最近だから、それまでは許可を取る手段すらなかっただろう。
学校帰りの外食などありえない、日々バランスの取れた食事が絶対とも言っていた。工藤が渡した飴を拒絶したとき、間食が許されないのではと想像したが、おそらく間違っていない。
厳しいが、どれも悪いこととは言えない。子供を守り管理するのが親の役目だとすれば、多少行き過ぎていようが、しっかり果たされている。
俺は親が犯罪者で良かったとは思わないが、法が悪人と証明してくれることだけは、幸いだったのかもしれない。もっとも、法に触れることをバレずに巧妙にやり通した例も、園田の身内にいるのだけれど。
真壁が上手くやっていると言う以上は踏み込めない。それが家庭事情というものだ。
ならば今は、必要だという息抜きに協力するのが一番だろう。
ディナーの計画も一通り決まり、残り時間で昼食をとる。
食事時の真壁は仮面モードに戻っていた。学校ではその方が落ち着くからと、綺麗な姿勢で黙々と箸を進める。母親の手作りであろう弁当は、菜食多めで手間がかかっていそうだった。そこに愛情があるからこそ、仮面という手段に落ち着いているのかもしれない。
休み明けの実力テストも、二度目となればそこまでの憂鬱さはない。休暇中の課題から出題されるぶん、夏より範囲が狭まってやりやすかった。
テスト最終日。午前でテストが全て完了すると、二年生からの文理選択希望票が配られた。一学期の頃から説明はされていたが、もう決めなければならない時期か。
特進でクラスが分かれることはなく、文理のコースごとに受ける授業が一部変わる。選択科目の授業と似たような形式になるらしい。どちらを選んでも今のクラスメイトの顔触れは変わらない。それだけで少し安堵した。
提出期限は来週なので、とりあえず鞄に突っ込んだ。その際、スマホに通知がきていることに気づく。
冬休み中に登録した、真壁との約束が表示されていた。
顔を上げ、真壁の席を見る。真壁はテストの疲労からか、席に座ったまま額に手をあてて俯いていた。顔色は分からないが、教室であそこまで分かりやすく項垂れている姿がすでに珍しかった。
声をかけるのを少し躊躇っていると、そんな俺の横を通り抜け、工藤と園田が話しかけに行った。
「真壁、昼ヒマ? 教室で飯食うだけはヒマって言うかんねぇ」
「ちょっと話できる? いつも俺達が昼食べてるとこ、他に誰もいないから」
やたらグイグイと迫る二人に対し、真壁は気だるそうに顔を上げた。
「なんですか、騒がしい。暇ですがお断りさせて頂きたいです」
「そう言わんといて。普段弁当っしょ? ほら持って、移動移動」
一度拒否した真壁に弁当を持たせ、有無を言わさず引っ張っていく。工藤だけなら突っぱねられたかもしれないが、園田も加わり二人かかりだったので、真壁はろくに抵抗せず諦めて連れていかれた。
教室から出ようとしたところで、園田が俺に「立川もいつものとこね」と声をかけた。行き先が分かったので、とりあえず追いかけよう。
完全に先を越されてしまった。約束の件はまた今度でいいか。
いつもの空き教室に着くと、真壁は適当な席に座らせられていた。工藤がニヤニヤしながらその前に立っている。俺も座れと目で訴えられたので、真壁の隣に座った。一体何だというのか。
工藤はやたら楽し気に、四枚のチケットを見せびらかした。
「えー、ここにありますのはぁ、南のでっかいショッピングモールに入ってるビュッフェの食事券でありまぁす」
などと、なんとも芝居がかったトーンで言われた。
横にいる園田が「バイト先で貰ったんだ」と言いながら、一枚の紙を差し出した。レストランのチラシのようだ。メインは洋食。年始期間のディナータイム限定で出るステーキと、今月限定デザートの紹介が載っていた。一般家庭向けではあるが、高校生には敷居が高そうだ。
ごくりと唾を飲む。腐っても男子高校生。タダでビュッフェに行けるなんて、踊り出したいくらい魅力的だ。大型の商業施設に入っている店ならば、よほどハズレもないだろう。
しかし、そこが難点でもある。ショッピングモール。強敵だ。そしてビュッフェスタイル。入った経験はないが、食事を取るために人が入り乱れているイメージだ。スリと置き引きし放題じゃないだろうか。いくら事情を知っているメンバーで行くとしても不安が残る。万引きと違い、他人の所持品は盗った時点でアウトなのだ。
行きたいのに、行きたくない。矛盾が脳内をぐるぐると巡る。そんな俺の心境などお見通しと言わんばかりに、園田がにっこり笑って言った。
「立川には俺か工藤が付き添えば大丈夫だと思うんだ。なんなら全部代わりに取るから、ずっと手塞いでよう」
それなりに酷いことを言われている気がしたが、そのくらいの心づもりは必要だろう。
工藤がまっすぐに俺を見据える。その眼差しだけで、すべて暴かれてしまいそうな気持ちになる。
「タダ食べ放なんて夢じゃん。全面協力惜しまんから、とりあえずこれだけ答える。はい、行きたい? 行きたくない?」
願望を問う二択が投げられた。
工藤を前にしたら、こんなのは選択肢でも何でもない。行きたいに決まっている。行きたくないのではない。行くのが怖いだけだと、心はもう理解している。
絞り出すように本心を告げると、工藤がガッツポーズを取った。
「はい立川陥落ぅ~! じゃーつぎ、真壁ね」
同じように真壁の顔をじっとのぞき込む。にたりと胡散臭い笑顔を浮かべたまま。
対して真壁は涼しい顔を崩していない。が、アレは仮面。表情からでは本心を推測できない。なるほど、だから園田はチケットのことをまず工藤に話したわけか。唯一その奥を暴くことができる工藤に。
ただ食事に誘っているだけなのに、謎の心理戦が繰り広げられている。
「僕がその誘いに乗ると思っているんですか?」
「気持ちを聞いてんの。行く行かないは後回し。言っとくけど、ちょー行きたいのに我慢する系の嘘、おれマジでキライだかんね。めっちゃ気持ち悪くなっからね」
「脅し方が斬新ですね。僕困らないんですが」
「で、行きたい?」
火花を散らす勢いで視線を交わす。工藤は挑戦的に笑い、真壁は冷ややかに睨みつける。
その圧力の掛け合いはしばらく続いたが、先に痺れを切らしたのは真壁だった。
面倒臭そうにため息を吐き、正されていた姿勢を崩す。背もたれにぐっと寄りかかり、足を組み、頬杖をついた。元の優等生らしさは眼鏡くらいしか残っていない。
「まどろっこしい事してんじゃねぇ、時間の無駄だろ。どうせ選択権がねぇなら無理矢理連れてけ、ばーか」
「いやいや、合意って大事じゃんね?」
「拒否権があって初めて成立すんだよ」
「拒否権あるし。ホントに嫌だったら連れてかんよ。そのためにおれが聞いてんの」
「ああもう、わかったよ。わかりました。行きてぇに決まってんだろ。こんなチラシまで見せつけやがってよぉ」
購買のパンであれだけ喜んでいたのだから、限定デザートにつられないわけがない。工藤と園田は目論見が成功し、嬉しそうにハイタッチをしていた。
「てか真壁、眼鏡取らねぇの?」
「アレは気分っつったろ。学校でいちいち取ってたらリスクあんだろーが」
「そういうもんなのか」
「つか、ガキみてぇにはしゃいでるとこ悪ィけど、まだ行けるとは言ってねぇぞ。真壁侑李が学校帰りに外食なんてありえねーんだよ。なんか尤もらしい理由がいる」
言いながらスマホを取り出す。厳しいという親への言い訳を考えろ、ということだろう。
そのあたりは園田達も想定していたようで、テストの自己採点と振り返りをクラスメイト数人でやることにしたらどうかと提案した。真壁は「ふむ」と顎に手を当て、思考する。悪くない言い訳のようだ。
「言うだけ言ってみるか。あんま期待すんなよ。期末の結果落ちて、今日も調子悪かったんだ。バレたりしたら最悪ガッコ乗り込んでくるぞ、ウチの親」
「そ、そこまでなの……?」
「小学校ん時数回あった。さすがにこの歳ではやられねぇと思うけど、佐藤先生ナメられてっからな」
たしかに、教育に厳しい親は、経験の少ない若手の女性教師を良く思っていなさそうではある。偏見だが。
園田と工藤が気まずそうに表情を曇らせた。誘ったことへの罪悪感が少しずつ込み上げてきたのだろう。それを見た真壁は、口元を吊り上げ、挑発するように笑った。
「んな顔すんなら最初から誘うなバーカ。さっきまでの勢いはどこ行ったんだよ」
否定的な言葉だが、声色には弾みがある。そこに乗っている感情は、決して重たいものではなかった。
「正直最近しんどかったから、そろそろ息抜き入れねぇとって思ってた。今日のテスト返ってきたら、多分今月は外出許されねぇだろうし」
「今回のテストそんなに悪かったのか?」
言っては悪いが、冬休みの課題さえやっていれば、よほど悪い点は取らない内容だった。真壁がそこまで心配するのは意外だ。
俺の問いに対し、真壁はばつの悪い顔をして「出来が悪いっつったろ」とぼやいた。それ以上、どちらも何も言えなくなってしまう。
やがて真壁は意を決したように立ち上がり、「電話すっから黙ってろよ」と一方的に言った。
スマホを操作する様子を黙って見る。真壁が次に口を開いた時には、仮面をつけた時の声色になっていた。
通話相手に向けて、今用意したばかりの尤もらしい理由を口にする。それは先程考えた通りの言い訳だった。しかし、想像できていたはずなのに、その異様さに衝撃を受けた。
「お昼時に失礼いたします。お時間よろしいでしょうか。……はい、ありがとうございます。本日の放課後ですが、外出許可を頂けないでしょうか。クラスで本日のテストの振り返りを行おうという話になりました。上の者から学ぶことも多いと思いますので、極力参加したいと。はい。長くなることが想定されますので、食事が不要になれば別途チャットで連絡いたします」
相変わらずの変わり身の早さもあるが、それ以上に、ビジネスかというほど丁寧な通話内容に言葉を失う。黙っていろと言われるまでもなかった。園田と工藤も同じだろう。
真壁は淡々と通話を続ける。特別なことなどなく、いつも通りといった様子で。
「……はい、承知しております。ご了承頂きありがとうございます。以上です。お時間頂きありがとうございます。失礼いたします」
通話が切り上げられ、空気が変わる。ふぅとため息を零した後、真壁は勝ち誇ったように笑って見せた。
しかし、こちらは未だ衝撃が抜けない。茫然とする中、園田が「今の、親との電話?」と疑問を代表して口にした。それに対し真壁はあっけらかんと「そうだけど」と返す。
親が厳しいことなど理解していた。いや、理解しているつもりだった。
目の当たりにしてようやく、軽々しく理解った気になれる問題ではないのだと、自分で嫌と言うほど身に染みていることに気づかされる。こと他人のことになると、こんなにも見えづらいのか。
「社会に出て恥ずかしくないように、がウチの教育方針だからな。普段のユウリ見てりゃわかんだろ? つーわけで、これバレたらマジでやべぇから。お前ら全力で守れよ? 全面協力惜しまねぇんだろ?」
「そ、それはトーゼン!」
発言主の工藤が言う。それに対し、真壁は「冗談だよ」と笑みを深めた。
「目を盗んで息抜きは、元からちょいちょいやってんだ。パフェん時もそう。小遣いには厳しいから、タダ券なんて乗るしかねぇっつの」
「そういや、パフェ代どうしてたん?」
「月イチで映画だけは許されてんだけど、そん時の飲食代と、学割で浮いた分をちょろまかしてんだよ」
カフェで真壁と会った日のことを思い出す。
通話するフリをして、映画の感想を自分に語り掛けていた。あれは数少ない娯楽を最大限に活用したストレス発散法なんだろう。観るだけで終わらせては、日々蓄積されるストレスの方が勝ってしまうから。
本当は友人を作ってやるべきことなのかもしれない。けれど、この生き方を理解できる同学年がどれだけいるだろう。親からも、相応しい相手を選べと言われているのかもしれない。この間、『真壁侑李』は友人を選ぶとハッキリ言っていたのだから。
聞けば聞くほど、真壁の生活には制限が多そうだ。以前買い物につき合わせた時も、購入品のレシートが必要だと言っていた。無駄遣いの類は許されず、細かくチェックされるということだ。外出についても、許可を得るたびにあの電話をしているのか。いや、真壁がスマホを持ったのは最近だから、それまでは許可を取る手段すらなかっただろう。
学校帰りの外食などありえない、日々バランスの取れた食事が絶対とも言っていた。工藤が渡した飴を拒絶したとき、間食が許されないのではと想像したが、おそらく間違っていない。
厳しいが、どれも悪いこととは言えない。子供を守り管理するのが親の役目だとすれば、多少行き過ぎていようが、しっかり果たされている。
俺は親が犯罪者で良かったとは思わないが、法が悪人と証明してくれることだけは、幸いだったのかもしれない。もっとも、法に触れることをバレずに巧妙にやり通した例も、園田の身内にいるのだけれど。
真壁が上手くやっていると言う以上は踏み込めない。それが家庭事情というものだ。
ならば今は、必要だという息抜きに協力するのが一番だろう。
ディナーの計画も一通り決まり、残り時間で昼食をとる。
食事時の真壁は仮面モードに戻っていた。学校ではその方が落ち着くからと、綺麗な姿勢で黙々と箸を進める。母親の手作りであろう弁当は、菜食多めで手間がかかっていそうだった。そこに愛情があるからこそ、仮面という手段に落ち着いているのかもしれない。
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