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2.lie

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 その後、逮捕された男のクラスメイトにも聞き込みを行った。
 養護教諭から聞いていた通り、交友関係は狭く深くだったようだ。特に仲が良かったという一人と話ができた。最初は警戒されたが、渦原との会話録音を聞かせることで解くことができた。
 その友人は、田倉は単純で人が良く、薬なんて好きで手を出すはずがないと熱く語った。考えられる原因は野球部しかない。上下関係が厳しく、いじめもあった。大会でエラーをした日から、人が変わったかのように落ち着きがなくなり、会話が難しくなっていった。そんな状況でも、時折部室に顔を出し、その後逃げるように帰っていた。明らかにおかしかったと、涙混じりに教えてくれた。
 ここまでの状況を並べられてしまうと、もう野球部を疑うしかなくなる。
 あまりに怪しすぎてカモフラージュかとも思ったが、聞き込みだけでは他に疑えるものが出てこなかった。
「……というのが昨日の成果だ」
「なんか一日でめっちゃ話進んでない!?」
 翌日の放課後、一日休んで復活した園田に、理科室で調査結果を共有していた。
 作戦通り、園田の嘘には気づいていない、ということにしている。
 騙しているような心地の悪さはあるが、園田に気負わせてしまうよりはいいだろう。
「先生に殴り込みって……。俺、立川に絶対知られないようにーって思ってたのに」
「あの渦原って教師、絶対クソみたいな言い方してきたろ。ただでさえメンタルやられてる所に追い討ちって、カスだぞカス。そんな状況じゃ、何も言えなくなって当然だ」
「おれもムカついたから、めったくそに煽ったったし。いい気味! ざまーみさらせみそのすけ!」
「みそ……? な、なんか二人とも、気遣ってくれてありがとね」
 渦原の言動がキツイのは、自分のクラスから逮捕者など出てしまい、色々と追い込まれているからだろう。
 しかし、それをぶつけられた俺達はたまったものではない。これは正当な自衛だ。
「あとは野球部を詰めていくくらいしかできないんだが、どうするか」
 教師や警察が調べて何も出なかったのだから、今更俺らが調べたところで何かが分かるとは思えない。
 顎に手を当てて唸っていると、横から工藤がニヤリと笑って言った。
「また直接凸って聞いたらよくない? おれ、やってやんよ?」
 確かに、それが警察以上の成果を上げる唯一の調査方法だろう。警察が何かを見逃したなら、そこには高確率で嘘が存在する。
 だが、今回は簡単に首を縦に振れない。
「危険すぎる。教師は生徒に手出しできないからいいが、生徒同士になるとそうはいかない」
「そうだよ。しかも運動部相手だし。薬物なんて、校外の大人が関わってる可能性も十分あるよ。複数人グループかも」
「えー、ちょっと探り入れるくらいよくね? べつにその場で捕まえようってんじゃねーしさぁ」
「昨日キレた勢いで煽り散らかしてたのはどこのどいつだよ」
「アレは教師相手だからに決まってんじゃん」
 我を忘れて余計な事を言っていたヤツが何を言ってるんだ。
「とにかく、今の段階では却下だ。せめてもう少し情報を集める」
 バッサリと拒否すると、工藤はつまらなそうに口を尖らせてぶーたれる。
 この薬物騒動については、入手ルートと犯人を特定して満足するのが目的ではない。大事なのはその後。公の組織に捜査を任せ、少なくとも俺が関与していないことを証明してゴールだ。
 昨日の件で渦原から俺犯人説が出ることは防げたと思うが、怪しいのが俺という説の話題性と説得力は変わらない。
 噂程度なら正直放置しても良いが、教師や警察の目は遠ざけねばならない。俺自身を調べられるのは本当に困る。潔白の証明として一番確実なのは、やはり真犯人に出てきてもらうことだろう。
 工藤を頼るのは簡単だが、あれは桁外れの洞察力……言ってしまえば超能力じみた直感だ。証拠として提示できない。子供の勘で動いてくれるほど警察は暇ではないだろう。リスクばかり高い賭けになってしまう。
「とりあえず、佐藤先生は巻き込もうよ」
 そう提案したのは園田だった。
「ここは学校だし、勝手に動くのは話がこじれると思うんだ。警察ともすでにやり取りしてるし。あと、学生だけでどうこうしたくない。巻き込める大人は巻き込むべき話だよ」
「そうだな。別に学校に秘密で動きたいわけじゃねぇ。というか、学校側に俺が巻き込まれたようなもんだ。教師の協力がいるのは同意」
「佐藤先生なら、受け持ってるクラスの生徒が疑われるのは困るはず。しかも立川なら尚更。こっちの事情も理解してるし、話が早いよ」
 人となりが信用できる、と言わないあたり、流石だなと思ってしまった。
「前回の調査で怪しかった人物とかも聞きたいところだな」
「でもさぁ、調べられてシロだったんしょ?」
「それだよね。警察の調査をかいくぐるなんて、ただの高校生にできるものかな」
「そうだけど、言ってても仕方ねぇし。まずは佐藤先生んとこ行こう」

 ことの経緯を説明すると、佐藤先生は協力依頼を二つ返事で了承した。
 アッサリ受け入れていいのかと思ったが、どうやら俺が疑われることは先生も危惧していたらしい。
 園田が倒れた件は職員室でも少し騒ぎになったようで、その際偶然渦原の思惑に気づき、対策を考えていたところだという。「教え子に先越されちゃって、嬉しいやら悔しいやら」と、全然悔しくなさそうに言っていた。
 佐藤先生は、まず前回の調査で『要注意』となった生徒を教えてくれた。三人まで絞られていて、全員野球部だった。
「この件の担当になっている警察官とも連絡が取れるわ。園田君のことで病院に来てたから、その時に色々聞いたの。結果が陰性だったから、今のところは近辺を探られることはないみたい」
 それを聞いて少し安堵する。しかし、少しの違和感から捜査を広げられる可能性もある。自分の親が捕まっているのだ。警察の仕事を侮る気は毛ほどもない。
「私の連絡先を登録してもらったから、これから逐一情報共有していくつもり。通報もいち早くできるわ。だからあなたたちも、まずは私に報告すること」
 いいわね、と念を押され、苦笑いを浮かべてしまう。元より勝手に行動する気はなかったが、その点ではあまり信用されていないらしい。俺達を止めないのも、勝手に動かれる方が困るからだろうか。
 園田と口をそろえ、わかりましたと返事する。
 工藤だけは、相変わらず退屈そうによそ見をしていた。
「じゃあ先生、相談なんですけど。野球部の部室ってありますよね。入れますか?」
「入ること自体は問題ないけど、前回隅から隅まで調査されてるわよ? 部員にも怪しまれると思うし……」
 仮に何かがあった場合、第三者の介入を察知して隠滅されてしまうかもしれない。それを危惧しているのだろう。部員でもない人間が近づけば、その時点で十分怪しい。入りたければ慎重にならざるを得ない。
「今は入らないです。室内の間取り……ロッカーの配置とかですね。できれば誰がどのロッカーを使っているか、とかが知りたいです。合わせて部員名簿も」
「それくらいなら、顧問の先生に聞いてみるわ」
「監視カメラとかはないんですよね」
「中で着替えるから、つけられないわ。さすがにね」
「部室棟の前に、出入りする人が見えるように設置するのは無理ですか?」
「防犯名目で、正面の木に設置ならできるんじゃないかしら。遠くなっちゃうけど」
「ないよりマシですかね……。誰がいつ入った、とか記録できれば」
 あれこれと注文していると、横から園田に「部室、そんなに気になるの?」という問いを投げかけられる。
「何度も盗みに入られる家って、盗られた直後はちゃんと防犯対策するんだ。けど、しばらく経つと緩くなる。安全が保障されていた実績があると油断するんだ。もう大丈夫だろう、って。そこが狙いやすい。親の入れ知恵だけどな」
 部室はカメラもなく、部外者が入らず、内側から鍵もかけられる。
 最も怪しい。だから当然、教師も警察も、中をひっくり返す勢いで調べている。
「一度調べてシロだった場所も似たようなもんだ。調べる側の意識からは外れやすい。俺から見たら一番怪しい」
「でも、何かあれば再調査される場所よ? 危険性は高そうだけど」
「逆に言えば、何もなければ介入されないんじゃないですか? と言っても、望み薄ですけどね。可能性の一つとして仕掛けておきたいです。かかればラッキーくらいの気持ちで」
 今はまだ闇雲に探っている段階だ。種は蒔けるだけ蒔いておきたい。何かを隠そうとする挙動や、部員以外の侵入が撮れてくれるだけでも進展になる。
 佐藤先生はこんな話を真剣に聞き、わかったと頷いてくれた。
 それから、すぐ用意できるという部員名簿のコピーをくれた。前回の調査で警察が注視していた人物には、マーカーで印を引いてくれた。一枚だけだったので、とりあえず俺が受け取って、園田と工藤にはチャットで写真を共有した。
 お礼を告げ、職員室を後にする。
 普段より少しだけ姿勢を正していた工藤が、解放されたと言わんばかりに身体を伸ばした。
「ふぃ~疲れた。今日はこんなとこかねぇ。おれは理科室戻るケド、おふたりさんは?」
「俺ら鞄教室だから」
「そっか。じゃーまた明日ねぇ」
 普通教室棟と特別教室棟は反対方向なので、工藤は背を向けてひらひらと手を振った。上機嫌に鼻歌を響かせながら、軽い足取りで遠ざかっていく。
 なんだろう、どこかで聞いたことがある曲だ。
「なつかしいね」
 園田は何の曲か分かったようで、くすくすと笑う。
「何の曲だっけ、アレ」
「曲名は……なんだっけ、やぎのゆうびん? みたいな」
「あーアレか。読まずに食うやつ」
「そうそう」
 俺達は羊のふりをした山羊だと話していたのを思い出す。
 俺は今、自分が山羊だとバレないように、別の山羊を晒し上げようとしているのだろうか。なんだか羊の毛皮の奪い合いみたいで、少し嫌だな。
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