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今日の夏期講習は午前のみ。終われば丁度昼時となるため、そのまま工藤と近場のファミレスへ直行した。
工藤は人懐こい性格なのかよく喋る。胡散臭さは相変わらずだが、一緒にいると少しずつ慣れはじめた。
頼んだ食事が届く頃には、感じていた怪しさは半分ほど消えていた。
「嘘がわかんのって、ほぼ感覚なんだけどさ。視線とか、表情とか、震えとか、身振りとか、そーゆーのの変化を無意識に感じ取ってるっぽい。けど、一番は苦味なんだよねぇ」
「苦味……?」
「こいつ嘘ついてんな~って思うと、口の中が苦いっていうか、渋い……? 感じになんの。バケモンじみてるっしょ」
「ま、まぁ……」
「ねーちゃん曰く、嘘には負の感情が伴うものが多いから、それを感じ取った時に発生する脳信号が苦味と似ていて、錯覚を起こすんじゃないかって。ねーちゃんはもっとヤバくてさぁ、嘘の種類で味変わるらしいんだよね」
「さすがに人間業じゃねーな」
「だろぉ? でもねーちゃんに嘘、マジで通用しねーの。マジモンのバケモン。おれと違って論理的に説明もできるし、かんっぺきに使いこなして仕事してる。まさに完全無欠。ほんっと好き」
さすがシスコンを自称するだけあり、姉の話となると驚くぐらい饒舌だ。これは園田と相性悪い。園田を避けたのが工藤なりの優しさなのだと、今更ながらに実感した。
「おれ、こんなだからさ。喋るのは好きなんだけど、あんま人と仲良く~って、難しいんだ。ねーちゃん問題がなけりゃ、園田チャンとはもっといい友達やれた気がするケド」
「あいつ、嘘はつかなさそうだもんな」
「そーそー。隠しごとはありそうだけど、お喋りは綺麗」
嘘が分かる。改めて聞いても信じがたい話だが、わざわざ否定することはない。
俺だって信じられないような窃盗癖がある。これを否定されるしんどさだけは分かるつもりだ。
嘘が分かるなんて便利そうだが、そんな簡単な話ではないんだろう。
人は日常的に嘘をつく。自分のためにつくことも、人のためにつくこともある。
それを全部暴いてしまうと、どうなるのか。考えてみたが、うまく想像できなかった。
「立川クンはさ」
「呼び捨てでいいよ。俺も工藤って呼んでるし」
「じゃー立川。夏休み入る前くらいまで、今と様子違ったじゃん。あ、このハナシ触れられるの嫌とかある?」
「あー……良くはないけど、第三者目線の話はちょっと気になるから、いいよ」
胡散臭いやつだけど、こういうところで確認とってくれるんだな。
「前は見てるだけでめっちゃ苦々しかった。例の噂があるから人を避けてたけど、本当は避けたくない……みたいな。だから、話しにくくってさ。噂のことも、なんか、ホントみたいだしさ。ああいや、だからって悪いイメージとかはないケド」
「噂が本当ってところまで分かるもんなのか」
「わかる……」
少しだけ気まずそうに言われる。
噂を聞いた反応から嘘が取り除けるなら、真実を見破ることなんて簡単なのかもしれない。
……どうせ知られてしまうなら、いいか。
隠したいことではあるが、工藤にバレても問題はない。工藤本人が胡散臭いから、ここから広まることもないだろう。
「俺の親が何で捕まったかまでわかんの?」
「言っていいのか?」
ほぼ肯定のような返しだった。
頷けば、工藤は手元に視線を落とし、ドリンクバーから持ってきたオレンジジュースのグラスを弄ぶ。静かな空気の中、カラン、カランと氷が鳴った。
「……窃盗」
「なんでそう思う?」
「噂で言われてるいくつかの犯罪の中で、空き巣とか、泥棒って言葉に反応してた。その時、園田に大丈夫かって聞かれて、平気って返してたろ。アレがすっごい苦くて」
「……すげぇな」
ピンポイントで言い当てられるのは、覚悟していても心に刺さるものがあった。
「だ、誰にも言ってねぇよ……? でも、気づかれるのもヤダよなぁ」
自分で促したのだから責める気は全くなかったが、工藤の方は気にしてしまったらしい。ちびちびとジュースを啜りながら、申し訳なさそうに項垂れている。本人としては、勝手に他人の心を覗き見ている感覚なのかもしれない。
こうなると、胡散臭さも全く感じないな。
「俺から聞いたんだし、そんな気にしなくても……」
「で、でもさぁ。これ夏休み前の立川に言ってたら、絶交されてたくない……?」
「そ、れは……」
そうかもしれないと思ってしまった時点で、続きが言えなかった。
否定しても、工藤には嘘が伝わってしまうのだから。
「だからその、今まで話しづらいなぁーって思ってた。それがなんか最近変わったから。単純に興味ってゆーか……ほんと、ただ喋りたくて誘ったワケ。悪意ゼロ。信じてもらえる?」
「いや、うん。信じるけど」
「マジ!? やった! はぁ~良かった。なんかおれ、こーゆー信用ぜんっぜんされないから。誘ったはいいけど内心めっちゃバクバクしてたし」
マジかよ。緊張してる風には全然見えなかった。
参考書の値段とか本屋がどうとかは、不器用なきっかけづくりだったのか?
そう思うと、胡散臭いと思ってたニヤニヤ笑顔の見え方まで変わる気がした。
間延びする喋り方といい、独特な距離感といい、園田とは方向性の違う子供っぽさがあるのかもしれない。
「立川さぁ、さっきおれに怪しいって言ったじゃん?」
「うっ……わ、悪かったよ」
「え? いや、アレ嬉しかったよ?」
「嬉し……!?」
「だって、フツー嘘ついて誤魔化すだろぉ? ハッキリ言われて、むしろスカッとした」
「ああ、なるほど……」
肯定的な嘘より、否定的な本音の方がマシに聞こえてしまうのか。
本音と建前が当たり前の世の中で、嘘が分かるというのは不便なのかもしれない。
「たちかぁー、さっきのノート見してぇ」
「やっぱ寝てたのかお前……」
「立川が真面目にやってたから、いっかな~って。次はちゃんと起きるよー」
翌日から、工藤の距離はびっくりするほど近くなった。懐かれた、という表現が合っているかもしれない。
園田と話していた時よりも、だいぶ砕けている。園田に気を遣って距離を保っていたんだということが分かる。
姉問題がなければ、園田に対してもこうなっていたんだろうか。
工藤は昨日のようにポケットから飴を取り出し、舐めながらノートをのぞき込んでくる。
今まで気づいていなかったが、工藤は授業中の居眠り常習犯らしい。
普段不真面目なぶん夏期講習に出ろ、と言われて参加しているのだという。そこでも寝ているのだから、教師も頭を抱えていることだろう。
だからと言って成績が悪いのかといえば、そうでもない。
聞けば学期末学年三位だったらしい。ちなみに俺が四位。コレで学費免除組より上なのかと驚いた。
本人曰く、授業は眠くなるから苦手だが、勉強は嘘をつかないから好きなんだとか。
全て工藤が自分から話してきたことだ。喋るのが好きと言っていただけあり、たった二日でかなり工藤に詳しくなってしまった。
工藤は隠すことなく大あくびをしながら、俺のノートと講習用の参考書を見比べている。
写さなくていいのかと聞くと「範囲だけ分かれば、あとは自分でやるよ~」と返された。
「教科書にない問題出されるテストとかどうしてんの?」
「おれのバケモン度を舐めちゃーいかんよぉ。せんせに直接聞くの。教科書にない問題って出ますかって。嘘つかれたら、クラスで聞き込み調査すればヤマはれる」
得意気に、にやーっと笑って言われた。
言われて記憶を辿れば、園田に教科書範囲外があったかという質問をしていたような気がしてきた。
「それで三位取ってんだからすげぇな。何で学費免除蹴ったんだ?」
「出席日数の規定が守れそうにないって思ったんだよねぇ。中学もけっこーサボり魔してたから」
「休んでるとこ見た記憶ねーけど」
「特進、けっこー過ごしやすくて好きだから」
そんな雑談をしていた時だった。
「あの」
後ろから声を掛けられ、工藤と揃って振り返る。
後ろの席には、同じ特進科の男子生徒がいた。飾り気のない黒縁眼鏡をかけ、夏だというのにネクタイまでしっかり締め、指定ベストを着た、いかにも生真面目という風貌。
男は眼鏡の奥から、冷え切ったような鋭い眼差しを向けた。
「あれ、真壁クン? どしたの」
真壁 侑李。同じ学費免除組の生徒だ。今まで会話をする機会がなかったので、話しかけられたことに驚く。
真壁が休み時間も机に張り付いて勉強しているタイプの人間だから、というのもあるが、それだけではない。
その睨むかのような冷たい視線。これは今だけのものでなく、普段から俺と園田に向けられていた。
余裕こいて見える成績上位者が気に入らない。そういう目だ。ようするに、嫌われている。
だから関わることもなかったんだが……工藤の方に用事だろうか。
そう思って工藤と真壁を交互に見る。工藤は相変わらずのにやけ顔。真壁も相変わらずの険しい顔だ。
どう見ても仲良くない。工藤もコレで成績上位だから、当然といえば当然か。
真壁は眉間にしわを寄せ、工藤に対して大きなため息を吐いた。
「さきほど配られたプリント、あなたのところで止まっています。随分気持ちよくお休みになられていたようで」
「え……? あ、コレ?」
厭味ったらしく言われたが、工藤は全く気にせず周囲を確認し、自席の前に落ちていたプリントを拾った。
「いやぁ、ごめんごめん。どーしても眠くなっちゃってさぁ」
「わざわざ講習に参加して睡眠なんて、理解できませんね。休息なら家でとった方が効率がいいに決まっています」
「厳しいなぁー」
へらりと笑いながらプリントを渡すものだから、真壁の眉間のしわは濃くなるばかりだ。
「次は寝ないから、ごめんねぇ」
「どうでもいいです。別の席に移動しますので」
吐き捨てるように言うと、真壁は荷物をまとめて席を立った。
講習は自由席なので、どこに座っても問題はない。おそらく適当に座ったらこの配置になってしまったのだろう。
俺としても離れてくれてほっとした。あからさまな嫌悪感を向けられるのは気分が悪いし、何よりさっきの一触即発なあの空気。居心地が悪すぎる。見ているこっちがヒヤヒヤした。
というか、何で工藤は平然としてるんだ。園田に「相性が悪い」と言っていたのだから、空気は読めているはずなのに。
「ふられちった」
「最初から脈ねーよ。それとも、実は真壁の態度が嘘とか?」
「いやぁ、バリバリ嫌われてると思うよ。俺と園田チャンはとくに」
「わかってるなら……」
「ほんとに悪いとは思ってるんだけどねぇ」
やはり、どこか含みのある笑顔で言う。
「嫌われてるのは、悪い気しないんだ。バケモンで申し訳ないなぁ」
表情は、やはり胡散臭い。けれどその声色は、どこか寂しさのようなものを感じさせた。
工藤は人懐こい性格なのかよく喋る。胡散臭さは相変わらずだが、一緒にいると少しずつ慣れはじめた。
頼んだ食事が届く頃には、感じていた怪しさは半分ほど消えていた。
「嘘がわかんのって、ほぼ感覚なんだけどさ。視線とか、表情とか、震えとか、身振りとか、そーゆーのの変化を無意識に感じ取ってるっぽい。けど、一番は苦味なんだよねぇ」
「苦味……?」
「こいつ嘘ついてんな~って思うと、口の中が苦いっていうか、渋い……? 感じになんの。バケモンじみてるっしょ」
「ま、まぁ……」
「ねーちゃん曰く、嘘には負の感情が伴うものが多いから、それを感じ取った時に発生する脳信号が苦味と似ていて、錯覚を起こすんじゃないかって。ねーちゃんはもっとヤバくてさぁ、嘘の種類で味変わるらしいんだよね」
「さすがに人間業じゃねーな」
「だろぉ? でもねーちゃんに嘘、マジで通用しねーの。マジモンのバケモン。おれと違って論理的に説明もできるし、かんっぺきに使いこなして仕事してる。まさに完全無欠。ほんっと好き」
さすがシスコンを自称するだけあり、姉の話となると驚くぐらい饒舌だ。これは園田と相性悪い。園田を避けたのが工藤なりの優しさなのだと、今更ながらに実感した。
「おれ、こんなだからさ。喋るのは好きなんだけど、あんま人と仲良く~って、難しいんだ。ねーちゃん問題がなけりゃ、園田チャンとはもっといい友達やれた気がするケド」
「あいつ、嘘はつかなさそうだもんな」
「そーそー。隠しごとはありそうだけど、お喋りは綺麗」
嘘が分かる。改めて聞いても信じがたい話だが、わざわざ否定することはない。
俺だって信じられないような窃盗癖がある。これを否定されるしんどさだけは分かるつもりだ。
嘘が分かるなんて便利そうだが、そんな簡単な話ではないんだろう。
人は日常的に嘘をつく。自分のためにつくことも、人のためにつくこともある。
それを全部暴いてしまうと、どうなるのか。考えてみたが、うまく想像できなかった。
「立川クンはさ」
「呼び捨てでいいよ。俺も工藤って呼んでるし」
「じゃー立川。夏休み入る前くらいまで、今と様子違ったじゃん。あ、このハナシ触れられるの嫌とかある?」
「あー……良くはないけど、第三者目線の話はちょっと気になるから、いいよ」
胡散臭いやつだけど、こういうところで確認とってくれるんだな。
「前は見てるだけでめっちゃ苦々しかった。例の噂があるから人を避けてたけど、本当は避けたくない……みたいな。だから、話しにくくってさ。噂のことも、なんか、ホントみたいだしさ。ああいや、だからって悪いイメージとかはないケド」
「噂が本当ってところまで分かるもんなのか」
「わかる……」
少しだけ気まずそうに言われる。
噂を聞いた反応から嘘が取り除けるなら、真実を見破ることなんて簡単なのかもしれない。
……どうせ知られてしまうなら、いいか。
隠したいことではあるが、工藤にバレても問題はない。工藤本人が胡散臭いから、ここから広まることもないだろう。
「俺の親が何で捕まったかまでわかんの?」
「言っていいのか?」
ほぼ肯定のような返しだった。
頷けば、工藤は手元に視線を落とし、ドリンクバーから持ってきたオレンジジュースのグラスを弄ぶ。静かな空気の中、カラン、カランと氷が鳴った。
「……窃盗」
「なんでそう思う?」
「噂で言われてるいくつかの犯罪の中で、空き巣とか、泥棒って言葉に反応してた。その時、園田に大丈夫かって聞かれて、平気って返してたろ。アレがすっごい苦くて」
「……すげぇな」
ピンポイントで言い当てられるのは、覚悟していても心に刺さるものがあった。
「だ、誰にも言ってねぇよ……? でも、気づかれるのもヤダよなぁ」
自分で促したのだから責める気は全くなかったが、工藤の方は気にしてしまったらしい。ちびちびとジュースを啜りながら、申し訳なさそうに項垂れている。本人としては、勝手に他人の心を覗き見ている感覚なのかもしれない。
こうなると、胡散臭さも全く感じないな。
「俺から聞いたんだし、そんな気にしなくても……」
「で、でもさぁ。これ夏休み前の立川に言ってたら、絶交されてたくない……?」
「そ、れは……」
そうかもしれないと思ってしまった時点で、続きが言えなかった。
否定しても、工藤には嘘が伝わってしまうのだから。
「だからその、今まで話しづらいなぁーって思ってた。それがなんか最近変わったから。単純に興味ってゆーか……ほんと、ただ喋りたくて誘ったワケ。悪意ゼロ。信じてもらえる?」
「いや、うん。信じるけど」
「マジ!? やった! はぁ~良かった。なんかおれ、こーゆー信用ぜんっぜんされないから。誘ったはいいけど内心めっちゃバクバクしてたし」
マジかよ。緊張してる風には全然見えなかった。
参考書の値段とか本屋がどうとかは、不器用なきっかけづくりだったのか?
そう思うと、胡散臭いと思ってたニヤニヤ笑顔の見え方まで変わる気がした。
間延びする喋り方といい、独特な距離感といい、園田とは方向性の違う子供っぽさがあるのかもしれない。
「立川さぁ、さっきおれに怪しいって言ったじゃん?」
「うっ……わ、悪かったよ」
「え? いや、アレ嬉しかったよ?」
「嬉し……!?」
「だって、フツー嘘ついて誤魔化すだろぉ? ハッキリ言われて、むしろスカッとした」
「ああ、なるほど……」
肯定的な嘘より、否定的な本音の方がマシに聞こえてしまうのか。
本音と建前が当たり前の世の中で、嘘が分かるというのは不便なのかもしれない。
「たちかぁー、さっきのノート見してぇ」
「やっぱ寝てたのかお前……」
「立川が真面目にやってたから、いっかな~って。次はちゃんと起きるよー」
翌日から、工藤の距離はびっくりするほど近くなった。懐かれた、という表現が合っているかもしれない。
園田と話していた時よりも、だいぶ砕けている。園田に気を遣って距離を保っていたんだということが分かる。
姉問題がなければ、園田に対してもこうなっていたんだろうか。
工藤は昨日のようにポケットから飴を取り出し、舐めながらノートをのぞき込んでくる。
今まで気づいていなかったが、工藤は授業中の居眠り常習犯らしい。
普段不真面目なぶん夏期講習に出ろ、と言われて参加しているのだという。そこでも寝ているのだから、教師も頭を抱えていることだろう。
だからと言って成績が悪いのかといえば、そうでもない。
聞けば学期末学年三位だったらしい。ちなみに俺が四位。コレで学費免除組より上なのかと驚いた。
本人曰く、授業は眠くなるから苦手だが、勉強は嘘をつかないから好きなんだとか。
全て工藤が自分から話してきたことだ。喋るのが好きと言っていただけあり、たった二日でかなり工藤に詳しくなってしまった。
工藤は隠すことなく大あくびをしながら、俺のノートと講習用の参考書を見比べている。
写さなくていいのかと聞くと「範囲だけ分かれば、あとは自分でやるよ~」と返された。
「教科書にない問題出されるテストとかどうしてんの?」
「おれのバケモン度を舐めちゃーいかんよぉ。せんせに直接聞くの。教科書にない問題って出ますかって。嘘つかれたら、クラスで聞き込み調査すればヤマはれる」
得意気に、にやーっと笑って言われた。
言われて記憶を辿れば、園田に教科書範囲外があったかという質問をしていたような気がしてきた。
「それで三位取ってんだからすげぇな。何で学費免除蹴ったんだ?」
「出席日数の規定が守れそうにないって思ったんだよねぇ。中学もけっこーサボり魔してたから」
「休んでるとこ見た記憶ねーけど」
「特進、けっこー過ごしやすくて好きだから」
そんな雑談をしていた時だった。
「あの」
後ろから声を掛けられ、工藤と揃って振り返る。
後ろの席には、同じ特進科の男子生徒がいた。飾り気のない黒縁眼鏡をかけ、夏だというのにネクタイまでしっかり締め、指定ベストを着た、いかにも生真面目という風貌。
男は眼鏡の奥から、冷え切ったような鋭い眼差しを向けた。
「あれ、真壁クン? どしたの」
真壁 侑李。同じ学費免除組の生徒だ。今まで会話をする機会がなかったので、話しかけられたことに驚く。
真壁が休み時間も机に張り付いて勉強しているタイプの人間だから、というのもあるが、それだけではない。
その睨むかのような冷たい視線。これは今だけのものでなく、普段から俺と園田に向けられていた。
余裕こいて見える成績上位者が気に入らない。そういう目だ。ようするに、嫌われている。
だから関わることもなかったんだが……工藤の方に用事だろうか。
そう思って工藤と真壁を交互に見る。工藤は相変わらずのにやけ顔。真壁も相変わらずの険しい顔だ。
どう見ても仲良くない。工藤もコレで成績上位だから、当然といえば当然か。
真壁は眉間にしわを寄せ、工藤に対して大きなため息を吐いた。
「さきほど配られたプリント、あなたのところで止まっています。随分気持ちよくお休みになられていたようで」
「え……? あ、コレ?」
厭味ったらしく言われたが、工藤は全く気にせず周囲を確認し、自席の前に落ちていたプリントを拾った。
「いやぁ、ごめんごめん。どーしても眠くなっちゃってさぁ」
「わざわざ講習に参加して睡眠なんて、理解できませんね。休息なら家でとった方が効率がいいに決まっています」
「厳しいなぁー」
へらりと笑いながらプリントを渡すものだから、真壁の眉間のしわは濃くなるばかりだ。
「次は寝ないから、ごめんねぇ」
「どうでもいいです。別の席に移動しますので」
吐き捨てるように言うと、真壁は荷物をまとめて席を立った。
講習は自由席なので、どこに座っても問題はない。おそらく適当に座ったらこの配置になってしまったのだろう。
俺としても離れてくれてほっとした。あからさまな嫌悪感を向けられるのは気分が悪いし、何よりさっきの一触即発なあの空気。居心地が悪すぎる。見ているこっちがヒヤヒヤした。
というか、何で工藤は平然としてるんだ。園田に「相性が悪い」と言っていたのだから、空気は読めているはずなのに。
「ふられちった」
「最初から脈ねーよ。それとも、実は真壁の態度が嘘とか?」
「いやぁ、バリバリ嫌われてると思うよ。俺と園田チャンはとくに」
「わかってるなら……」
「ほんとに悪いとは思ってるんだけどねぇ」
やはり、どこか含みのある笑顔で言う。
「嫌われてるのは、悪い気しないんだ。バケモンで申し訳ないなぁ」
表情は、やはり胡散臭い。けれどその声色は、どこか寂しさのようなものを感じさせた。
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