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第54話 奪還
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天にも地にも魔物が溢れている。
もはや騎士団員たちは自分の身を守るので精一杯だ。
アルカ王国に侵攻して行く魔物の大群を、ただ黙って見ているしか術がない。
人型の頃は最弱悪役令嬢として歯痒い思いをしたが、『ノーティオの遺物』と呼ばれる最強の魔剣に変わった今も、それは変わらなかった。
フィリアはディエスのために力を欲したのに、皮肉にもその力が彼を苦しめている。
ガキィィッンッッ!!
ディエスの魔力の刃が、俺の身体——剣とぶつかって両断される。
「フィリアを返せ!」
はぁはぁと肩で息をして、ディエスが叫ぶ。
もう何度このやり取りを繰り返したか分からない。
彼の身体は俺の刃で傷付けられ、服が破れて所々血が滲んでいる。
「子孫には優しくしてやりたいところだが、これだけは譲るわけにいかぬな。魔界に落とされた時から魔物を喰らい力を溜め、結界が綻ぶのを待って、ようやく手に入れた代物だ」
「貴様の事情など聞いていない。フィリアを返せ! 彼女は道具じゃない!」
言うことを聞かない幼子を見るような目で、かつて賢王と呼ばれた男はディエスを見つめた。
「良いのか? 次代の王よ、私にかまけてばかりいて、お前の国が魔物たちに蹂躙されようとしているのに。空を飛ぶものや足の速いものなど、そろそろ着く頃であろうな。例えば、メンブルム領に———」
ウィルガとミルレ、そしてリベル———フィリアの家族の顔が瞬時に浮かぶ。
間接的に俺のせいで、彼らに害が及ぶなんて———!!
「それはどうかな」
一頭の騎馬が躍り出て、魔王の前に立ち塞がる。
「お初にお目にかかる。賢王フィデス・パルマ——いや、魔王フィデス。我はグラキエス王国の王太子メテオラ・クラウストラである。こんな最悪な状況でなければ、お目にかかれて光栄であるがな」
そう言いながら、メテオラは優雅に礼をすると挑発的に剣を構えた。
「ふん、グラキエスの王太子か。グラキエスもじきに魔物の侵略に沈む。この特等席でその様をゆっくり鑑賞するが良いだろう」
「それは叶わぬことだ。我がグラキエスはもちろん、アルカ王国も魔物たちの侵略には屈せぬ」
メテオラはここで、魔王ではなくディエスやノクスたちの方に向かって言葉を続けた。
「通信魔法の使い手より連絡があった。大きな蜘蛛のような魔具が魔物たちを撃退していると。被害はないとは言えないが、善戦しておるようだぞ」
「『ノーティオの遺物』だ!」
ノクスが興奮したように叫んだ。
「なになに? 『ノーティオの遺物』はフィリアちゃんだけじゃないの?」
寄ってきた魔物を爆散しながら、ラティオがノクスに問いかける。
「ああ。『ノーティオの遺物』は魔剣が有名だが、古い文献には他の魔具の存在も書かれてあった。名はないが、形状は大きな蜘蛛のようで、多数の排出孔より魔力を拡散し、襲いくる魔物を一網打尽にすると」
「うむ。通信内容がまさにノクス王弟殿下の言うとおりであった」
普段血色の悪いノクスの顔が、いつになく紅潮する。
「あああ、なんと言うことだ。伝説の実在を確かめられる日が来ようとは——緊急事態でなければ仔細な調査をしたいところだが……」
「ノクス、いや、ノクス先生。国どころか人類存亡の瀬戸際なんだからね。とりあえず、この危機を脱する方法を考えてくれないかな」
真面目にシルワ先生がノクス先生をたしなめている。いつもと立場が逆だな。
「そ、そうだな。まずは『ノーティオの遺物』の魔剣——フィリア嬢を魔王の手から取り戻すことだ。あの剣は伝説どおり世界を切り裂く力がある。魔界の入り口が広がれば、被害はさらに大きくなるだろうから」
「言われなくとも!」
正気に帰ったノクスが言い終わる前に、ディエスが飛んだ。
「人間を超越した私に敵うわけがないだろう。驕るなよ!」
肉薄したディエスをひらりとかわし、蹄のついた足で蹴り上げた。
「グッ!」
「ディエス王子!」
地面に叩きつけられる寸前、メテオラがディエスの身体を受け止める。
「一人で無茶をするな。そなたの力だけで彼奴の討伐は無理だ」
「そうです! 魔王だけじゃなく、魔物たちの対処も必要だし——!」
言いながら、グランスが周囲の魔物を魔銃で撃ち倒していく。
「我が子孫より、周囲の者の方が賢明だな。抵抗など無駄なことだ。何よりお前は私に届かない」
魔王フィデスは黒い翼を羽ばたかせ、悠々と上空へ飛んだ。
すかさずグランスがそこへ撃ち込むが、魔王はそれすら軽々と躱してしまう。
「チッ! 厄介な翼だな!」
グランスが毒づく。
「私が高く跳んで、ぶん殴ってきます!」
メンブルム騎士団副団長ノッツェが提案するが「駄目だ」とフェール団長に即座に却下された。
「ノッツェの跳躍力ならヤツに届くだろうが、いくら魔力で強化してもあの魔剣の前では無力だ。残念なことだが」
「……分かりまし、タァッ!!」
フェールの説明に、彼女はしおしおと引き退った。
八つ当たりではないだろうが、襲い掛かってきた魔物三体を同時に拳で沈めてからだ。
「私なら届く」
「え? 殿下?」
ヤケクソでも強がりでもなく、極めて平坦な声でディエスが言い切った。
皆が止める間も無く、彼が次の行動に移る。
いつもは真っ直ぐな背中を、ぐっと極限まで丸める。
丸めた背中のシルエットが震え、見る間に膨張して———突然弾けた!?
「ディエス、お前——」
誰もがその光景に驚き息を呑んだ時、ノクスだけが皆の気持ちを代弁するように困惑の声を発した。
「母上から……誰にも言わないようにと教えられた。これは『混ざり者』の中でも異例だからと」
ディエスが躊躇いがちに告白する、それは———
彼の背中に生えた、白い大きな翼だった。
高い塔の上で、幽閉されたような生活を送っていたディエスの母親カテナ。
彼女の境遇に同情した使用人の協力で、母と息子は会っていたと言うが、ひょっとしたら使用人たちが把握しているより、母子の面会は頻繁で濃密だったのかもしれない。
ばさりと大きな羽音を立てて、ディエスが空へ飛び立つ。
「援護を頼む!」
「あ、ハイッ!」
呆気に取られていたのは一瞬で、グランスがすかさず反応した。
パンッ、パンッ、パンッ!
命中させるためではなく、魔王の逃げ道を塞ぐために続け様に撃つ。
「小癪な真似を——」
「ハァッ!」
ディエスがグランスの援護を受け、魔王に切り込む。
ガッッッキンッッ!!
しかし俺の刃は容赦なくディエスの魔力の刃を断ち切る。
これじゃ駄目だ。
ディエスの翼で魔王の「飛べる」というアドバンテージは消えたが、剣の魔力が圧倒的に違い過ぎる。
「諦めるな!」
まるで俺の心を読んだように、ディエスが叫ぶ。
一瞬の接触で、魔剣が俺——フィリアだと気付いたんだ。
剣を持たなくても刃の接触だけで、俺の気持ちがディエスに伝わっているのかもしれない。
「絶対に私たちがフィリアを助ける! だから、絶望するな!」
土埃と魔物の血で汚れた無表情なその顔は、けっして綺麗なものではない。
だけど赤と青の双眸は曇りなく俺を見つめ、その声はどこまでも力強く俺の心に響いた。
今ならはっきりと分かる。
ディエスは俺を——フィリアを絶対に助けてくれる!
「気概だけで私に勝てると思うなよ!」
筒抜けの俺の気持ちが面白くなかったのか、魔王フィデスが攻勢に回った。
キンッッ! キンッッ!!
魔王が俺を打ち込むたび、ディエスの魔力の剣が折れる。
再度切り込まれる前に魔力で剣を再生させるが、魔力は無限じゃない。
疲労の蓄積や魔力の枯渇が始まれば、一気に劣勢になるのは目に見えている。
何か策があって仕掛けたわけじゃないのか。
「誰か、煙霧を頼む!」
俺の不安が再度首をもたげる前に、ディエスが叫んだ。
「はい! 自分がやります!」
地上から一人の騎士団員が応答する。
指輪タイプの魔具に彼が魔力を込めると、ぶわりと辺りにもやがかかり視界が霞んだ。
「鬱陶しい!」
魔王が苛立たしげに俺を振り回しもやを晴らそうとするが、切った先からまた広がり視界は悪いままだ。
ディエスには俺たちが見えているのか?
ノクス先生はやらなかったが、シルワ先生の授業では視界不良を想定した訓練も行われていた筈だ。
それが吉と出るか凶と出るか———
「魔王様! 右上です!」
何処からかコスタの声が飛んだ。『見え過ぎる』目で先を読んだか!
アイツの予告どおり、右上からもやを突っ切ってディエスが現れた。
「遅い!」
魔王の剣——俺がディエスに狙い定めて振り下ろされる。
ブンッッ!
「!?」
間一髪のところで屈んで避け、剣はディエスの頭を掠め虚空を切った。
「遅いのはお前の方だ」
「なっ!?」
懐に飛び込んだディエスの剣が、魔王フィデスの腕を両手首を切断する。
「アーッッ!!」
魔物と化しても痛覚は残っているのか、魔王の絶叫が大地を震わせた。
一方、切られた手首ごと俺の身体は宙を舞ったが、落下する前にディエスに受け止められた。
「遅くなって、すまない」
魔王の手首を地上に振り落とし、しっかりと正面から俺を見つめた後、ほんの僅かだがディエスは微笑みを浮かべた。
そうだ。
ディエスの狙いは魔王の首じゃなくて、最初から俺の奪還だったんだ。
「貴様ーッ!!」
手首を切り落とした程度で、魔王はやはり倒せなかったらしい。
怒り狂った魔王が猛然と、怨嗟の声を上げながらディエスに襲い掛かる。
両手の切断面から鮮血を流しつつも、早くも手首の再生が始まってしまっている。
ディエスは腰のベルトに俺を差し込んで固定させると、先程まで使っていた柄だけの剣に再び魔力を纏わせる。
———ん?
ちょっと待て。
何で俺を使わない。
「フィリアでもう殺生はしない」
いやいや! 伝説の魔剣だぞ!? おそらく剣として最強なんだぞ!! 使えよ、こういう場面で!!
「嫌なのだろう。殺したりするのは」
………………………………う。
卑怯だ。
俺の心が丸見えだからって、図星をつくのは………。
「すまない。でも安心していい。応援が来た」
『え?』と思う間も無く「魔王様! 下から攻撃が来ます!!」と、再びコスタの声が響く。
刹那、突風が吹き荒び視界が一気に晴れた。
魔王とディエスの間に何者かが飛び込んで来て、その勢いのまま魔王を——殴り飛ばしたぁっ!?
「グハッ!!」
体勢を崩した魔王は、壊れた結界の先、地上と魔界の境目にそのまま落ちて行った。
相手が深手を負っていたとは言え一撃で魔王を沈めた彼女は、魔力で空中に浮いたまま俺たちに振り返った。
「待たせたね、ディエス殿下。そしてフィリア様❤︎」
この場にいるはずのない、だけど今一番いて欲しい人物が、奇跡のように目の前に立っていた。
「ああ、よく来てくれた。クレア嬢!」
【残念】かつ【最強】ヒロインクレア——ササPが、ディエスの歓迎を受け、俺の目の前で不敵に笑ってみせた。
もはや騎士団員たちは自分の身を守るので精一杯だ。
アルカ王国に侵攻して行く魔物の大群を、ただ黙って見ているしか術がない。
人型の頃は最弱悪役令嬢として歯痒い思いをしたが、『ノーティオの遺物』と呼ばれる最強の魔剣に変わった今も、それは変わらなかった。
フィリアはディエスのために力を欲したのに、皮肉にもその力が彼を苦しめている。
ガキィィッンッッ!!
ディエスの魔力の刃が、俺の身体——剣とぶつかって両断される。
「フィリアを返せ!」
はぁはぁと肩で息をして、ディエスが叫ぶ。
もう何度このやり取りを繰り返したか分からない。
彼の身体は俺の刃で傷付けられ、服が破れて所々血が滲んでいる。
「子孫には優しくしてやりたいところだが、これだけは譲るわけにいかぬな。魔界に落とされた時から魔物を喰らい力を溜め、結界が綻ぶのを待って、ようやく手に入れた代物だ」
「貴様の事情など聞いていない。フィリアを返せ! 彼女は道具じゃない!」
言うことを聞かない幼子を見るような目で、かつて賢王と呼ばれた男はディエスを見つめた。
「良いのか? 次代の王よ、私にかまけてばかりいて、お前の国が魔物たちに蹂躙されようとしているのに。空を飛ぶものや足の速いものなど、そろそろ着く頃であろうな。例えば、メンブルム領に———」
ウィルガとミルレ、そしてリベル———フィリアの家族の顔が瞬時に浮かぶ。
間接的に俺のせいで、彼らに害が及ぶなんて———!!
「それはどうかな」
一頭の騎馬が躍り出て、魔王の前に立ち塞がる。
「お初にお目にかかる。賢王フィデス・パルマ——いや、魔王フィデス。我はグラキエス王国の王太子メテオラ・クラウストラである。こんな最悪な状況でなければ、お目にかかれて光栄であるがな」
そう言いながら、メテオラは優雅に礼をすると挑発的に剣を構えた。
「ふん、グラキエスの王太子か。グラキエスもじきに魔物の侵略に沈む。この特等席でその様をゆっくり鑑賞するが良いだろう」
「それは叶わぬことだ。我がグラキエスはもちろん、アルカ王国も魔物たちの侵略には屈せぬ」
メテオラはここで、魔王ではなくディエスやノクスたちの方に向かって言葉を続けた。
「通信魔法の使い手より連絡があった。大きな蜘蛛のような魔具が魔物たちを撃退していると。被害はないとは言えないが、善戦しておるようだぞ」
「『ノーティオの遺物』だ!」
ノクスが興奮したように叫んだ。
「なになに? 『ノーティオの遺物』はフィリアちゃんだけじゃないの?」
寄ってきた魔物を爆散しながら、ラティオがノクスに問いかける。
「ああ。『ノーティオの遺物』は魔剣が有名だが、古い文献には他の魔具の存在も書かれてあった。名はないが、形状は大きな蜘蛛のようで、多数の排出孔より魔力を拡散し、襲いくる魔物を一網打尽にすると」
「うむ。通信内容がまさにノクス王弟殿下の言うとおりであった」
普段血色の悪いノクスの顔が、いつになく紅潮する。
「あああ、なんと言うことだ。伝説の実在を確かめられる日が来ようとは——緊急事態でなければ仔細な調査をしたいところだが……」
「ノクス、いや、ノクス先生。国どころか人類存亡の瀬戸際なんだからね。とりあえず、この危機を脱する方法を考えてくれないかな」
真面目にシルワ先生がノクス先生をたしなめている。いつもと立場が逆だな。
「そ、そうだな。まずは『ノーティオの遺物』の魔剣——フィリア嬢を魔王の手から取り戻すことだ。あの剣は伝説どおり世界を切り裂く力がある。魔界の入り口が広がれば、被害はさらに大きくなるだろうから」
「言われなくとも!」
正気に帰ったノクスが言い終わる前に、ディエスが飛んだ。
「人間を超越した私に敵うわけがないだろう。驕るなよ!」
肉薄したディエスをひらりとかわし、蹄のついた足で蹴り上げた。
「グッ!」
「ディエス王子!」
地面に叩きつけられる寸前、メテオラがディエスの身体を受け止める。
「一人で無茶をするな。そなたの力だけで彼奴の討伐は無理だ」
「そうです! 魔王だけじゃなく、魔物たちの対処も必要だし——!」
言いながら、グランスが周囲の魔物を魔銃で撃ち倒していく。
「我が子孫より、周囲の者の方が賢明だな。抵抗など無駄なことだ。何よりお前は私に届かない」
魔王フィデスは黒い翼を羽ばたかせ、悠々と上空へ飛んだ。
すかさずグランスがそこへ撃ち込むが、魔王はそれすら軽々と躱してしまう。
「チッ! 厄介な翼だな!」
グランスが毒づく。
「私が高く跳んで、ぶん殴ってきます!」
メンブルム騎士団副団長ノッツェが提案するが「駄目だ」とフェール団長に即座に却下された。
「ノッツェの跳躍力ならヤツに届くだろうが、いくら魔力で強化してもあの魔剣の前では無力だ。残念なことだが」
「……分かりまし、タァッ!!」
フェールの説明に、彼女はしおしおと引き退った。
八つ当たりではないだろうが、襲い掛かってきた魔物三体を同時に拳で沈めてからだ。
「私なら届く」
「え? 殿下?」
ヤケクソでも強がりでもなく、極めて平坦な声でディエスが言い切った。
皆が止める間も無く、彼が次の行動に移る。
いつもは真っ直ぐな背中を、ぐっと極限まで丸める。
丸めた背中のシルエットが震え、見る間に膨張して———突然弾けた!?
「ディエス、お前——」
誰もがその光景に驚き息を呑んだ時、ノクスだけが皆の気持ちを代弁するように困惑の声を発した。
「母上から……誰にも言わないようにと教えられた。これは『混ざり者』の中でも異例だからと」
ディエスが躊躇いがちに告白する、それは———
彼の背中に生えた、白い大きな翼だった。
高い塔の上で、幽閉されたような生活を送っていたディエスの母親カテナ。
彼女の境遇に同情した使用人の協力で、母と息子は会っていたと言うが、ひょっとしたら使用人たちが把握しているより、母子の面会は頻繁で濃密だったのかもしれない。
ばさりと大きな羽音を立てて、ディエスが空へ飛び立つ。
「援護を頼む!」
「あ、ハイッ!」
呆気に取られていたのは一瞬で、グランスがすかさず反応した。
パンッ、パンッ、パンッ!
命中させるためではなく、魔王の逃げ道を塞ぐために続け様に撃つ。
「小癪な真似を——」
「ハァッ!」
ディエスがグランスの援護を受け、魔王に切り込む。
ガッッッキンッッ!!
しかし俺の刃は容赦なくディエスの魔力の刃を断ち切る。
これじゃ駄目だ。
ディエスの翼で魔王の「飛べる」というアドバンテージは消えたが、剣の魔力が圧倒的に違い過ぎる。
「諦めるな!」
まるで俺の心を読んだように、ディエスが叫ぶ。
一瞬の接触で、魔剣が俺——フィリアだと気付いたんだ。
剣を持たなくても刃の接触だけで、俺の気持ちがディエスに伝わっているのかもしれない。
「絶対に私たちがフィリアを助ける! だから、絶望するな!」
土埃と魔物の血で汚れた無表情なその顔は、けっして綺麗なものではない。
だけど赤と青の双眸は曇りなく俺を見つめ、その声はどこまでも力強く俺の心に響いた。
今ならはっきりと分かる。
ディエスは俺を——フィリアを絶対に助けてくれる!
「気概だけで私に勝てると思うなよ!」
筒抜けの俺の気持ちが面白くなかったのか、魔王フィデスが攻勢に回った。
キンッッ! キンッッ!!
魔王が俺を打ち込むたび、ディエスの魔力の剣が折れる。
再度切り込まれる前に魔力で剣を再生させるが、魔力は無限じゃない。
疲労の蓄積や魔力の枯渇が始まれば、一気に劣勢になるのは目に見えている。
何か策があって仕掛けたわけじゃないのか。
「誰か、煙霧を頼む!」
俺の不安が再度首をもたげる前に、ディエスが叫んだ。
「はい! 自分がやります!」
地上から一人の騎士団員が応答する。
指輪タイプの魔具に彼が魔力を込めると、ぶわりと辺りにもやがかかり視界が霞んだ。
「鬱陶しい!」
魔王が苛立たしげに俺を振り回しもやを晴らそうとするが、切った先からまた広がり視界は悪いままだ。
ディエスには俺たちが見えているのか?
ノクス先生はやらなかったが、シルワ先生の授業では視界不良を想定した訓練も行われていた筈だ。
それが吉と出るか凶と出るか———
「魔王様! 右上です!」
何処からかコスタの声が飛んだ。『見え過ぎる』目で先を読んだか!
アイツの予告どおり、右上からもやを突っ切ってディエスが現れた。
「遅い!」
魔王の剣——俺がディエスに狙い定めて振り下ろされる。
ブンッッ!
「!?」
間一髪のところで屈んで避け、剣はディエスの頭を掠め虚空を切った。
「遅いのはお前の方だ」
「なっ!?」
懐に飛び込んだディエスの剣が、魔王フィデスの腕を両手首を切断する。
「アーッッ!!」
魔物と化しても痛覚は残っているのか、魔王の絶叫が大地を震わせた。
一方、切られた手首ごと俺の身体は宙を舞ったが、落下する前にディエスに受け止められた。
「遅くなって、すまない」
魔王の手首を地上に振り落とし、しっかりと正面から俺を見つめた後、ほんの僅かだがディエスは微笑みを浮かべた。
そうだ。
ディエスの狙いは魔王の首じゃなくて、最初から俺の奪還だったんだ。
「貴様ーッ!!」
手首を切り落とした程度で、魔王はやはり倒せなかったらしい。
怒り狂った魔王が猛然と、怨嗟の声を上げながらディエスに襲い掛かる。
両手の切断面から鮮血を流しつつも、早くも手首の再生が始まってしまっている。
ディエスは腰のベルトに俺を差し込んで固定させると、先程まで使っていた柄だけの剣に再び魔力を纏わせる。
———ん?
ちょっと待て。
何で俺を使わない。
「フィリアでもう殺生はしない」
いやいや! 伝説の魔剣だぞ!? おそらく剣として最強なんだぞ!! 使えよ、こういう場面で!!
「嫌なのだろう。殺したりするのは」
………………………………う。
卑怯だ。
俺の心が丸見えだからって、図星をつくのは………。
「すまない。でも安心していい。応援が来た」
『え?』と思う間も無く「魔王様! 下から攻撃が来ます!!」と、再びコスタの声が響く。
刹那、突風が吹き荒び視界が一気に晴れた。
魔王とディエスの間に何者かが飛び込んで来て、その勢いのまま魔王を——殴り飛ばしたぁっ!?
「グハッ!!」
体勢を崩した魔王は、壊れた結界の先、地上と魔界の境目にそのまま落ちて行った。
相手が深手を負っていたとは言え一撃で魔王を沈めた彼女は、魔力で空中に浮いたまま俺たちに振り返った。
「待たせたね、ディエス殿下。そしてフィリア様❤︎」
この場にいるはずのない、だけど今一番いて欲しい人物が、奇跡のように目の前に立っていた。
「ああ、よく来てくれた。クレア嬢!」
【残念】かつ【最強】ヒロインクレア——ササPが、ディエスの歓迎を受け、俺の目の前で不敵に笑ってみせた。
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