最弱悪役令嬢に捧ぐ

クロタ

文字の大きさ
上 下
37 / 59

第37話 出立

しおりを挟む
「我はこれからグラキエスに戻り、予定通り準備が出来次第ネブラに侵攻する!」

 グラキエス王国第一王子メテオラは、作戦に必要となる食糧を飛行船一杯に詰め込んでから、俺たちに宣言した。
 メンブルム騎士団の広い訓練場に、王都騎士団やそちらで増員した兵を除いたメンバーが集結していた。
 もうすぐ一月の準備期間が終わり、『アンゴル大峡谷遠征』の開始日が刻々と迫っていた。

「通信魔法の使い手を置いていく故、ネブラ侵攻の際に知らせる。また、上手く通信が出来なかった場合は狼煙を使う。それで良いな?」
「承知しました。我らアルカ王国も殿下のご武運を祈っております」
 ノクスが恭しく頭を下げる。
 メテオラはじめグラキエス王国騎士団がいかに魔物たちを引きつけるかが、この作戦の成否にかかわる。

 一月の準備期間中、メテオラがここに立ち寄った際、訓練でディエスと剣を合わせることがあった。
 彼は魔具の剣に魔力を纏わせるタイプで、最終的にはディエスが勝ったが、なかなか拮抗した勝負をしていた。
 そのメテオラが率いる騎士団であれば、成果は期待できるだろう。

「フィリア、クレア」

 不意に呼ばれたと思ったら、答える前にメテオラに二人まとめて抱きしめられた。
「へっ!?」
「!!」

 シュッ!

 メテオラが抱擁を解く前に、クレアの拳が彼を退けた。
「ごめんなさい、殿下。つい防衛本能が働きまして」
 ニッコリ笑って謝罪してるけど、クレア——ササPのブレスレットは凶悪なナックルに変形している。
 メテオラが瞬時に避けたから良かったものの、隣国との火種は作ってくれるなよ、ササP……。

「ハハハハッ、我も急にすまなんだ。我の国には戦場に向かう前に、男が女性を抱擁すると必ず彼女の元へ帰って来られるという迷信があってな。要は験担ぎだ」
「ふふっ、それは素晴らしい風習ですね」
 目が笑ってないぞ、ササP。
 あと、ナックルはしまえ。隣国の王太子威嚇すんな。


 グラキエス王国の第一王子は、こうしてアルカ王国から出国していった。
 合図があった三日後に、我が国の騎士団もネブラ王国アンゴル大峡谷に向けて旅立つ。

「諸君、メテオラ王太子殿下が出立された。近くグラキエス王国騎士団がネブラ王国に侵攻し、我らはその三日後に彼らに続く。これより王都に戻り、メテオラ殿下の合図を待つ。用意はいいかね」

 ノクスの低い声が辺りに響いた。
 士気を鼓舞するでもないローテンションな声でも、団員たちには充分だったらしく、あちこちで雄叫びが上がる。

「私も頑張っちゃおうかなー、ねえ、フィリア様」
「クレアさんは主戦力なのだから、あなたが頑張らないでどうするんです………それから、何でさっきから私を抱きしめているんです?」
「えー、グラキエス王国の験担ぎ?」
 異文化取り入れるの早過ぎだろ。
 そもそも『ガワ』は女同士だし、『中身』はオッサン同士だ。
 効果があるかは甚だ疑問だ。

「まあクレアさん——ササPさんのご活躍は期待しておりますわ。私は留守番組ですから」
 やはりというか実力からいったら当然の結果だが、俺は先程ノクス先生から戦力外通知を受けた。
 射撃の腕はグランスの丁寧で根気強い指導のかいあって、三回に一回はど真ん中に命中するようになった。
 しかし魔物の大群に対して、それでは弱い。
 そして、ラティオはじめ有力な治癒魔法使いが遠征に同行することもあり、国内では一時的な治癒魔法使い不足となる。
 こんな弱小治癒魔法使いの俺でも、需要はあるわけだ。
 王都まではササPたちと一緒だが、それからは別行動だ。

 俺はずっと気になっていたことを、この際だから聞いてみる。
「今、私たちはトゥルーエンドに向かっているのですよね?」

 この世界がゲームと同じか、俺は知らない。
 ただ現実に時間は流れてるし、セーブポイントもないことは確かだ。
 選択肢を間違ってもやり直しは出来ない———

「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だって、B君! バッドエンドのフラグは私が折っといたから❤︎」
「本当ですわね!? 信じていいんですのね!?」
「何でそう疑り深いかなあ、プロデューサーの言うことだよ?」
「抱擁以上に身体を弄ってくる方に信用はおけません!!」

 真剣な質問に対しての答えは、非常に軽いものだった。
 俺は全クリしてないからトゥルーエンドもそれに対するバッドエンドも知らないけれど、バッドはおそらく魔物による味方の全滅と世界の破滅だろう。
 そこに向かってたら、流石のササPもこれだけお気楽ではいられないか。
 そうだ、いい方に考えよう!

「そうそう、信用していいよ。私が君を守るからね」
 悪い人ではないが、どこまでが本音か分からないササP——クレアが、見惚れるほど綺麗な笑顔を俺に寄越した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...