最弱悪役令嬢に捧ぐ

クロタ

文字の大きさ
上 下
11 / 59

第11話 ドキドキ! ラティオ先生

しおりを挟む
 しばらくは平穏な日々が続いた。
 平穏といっても、相変わらず他の令息令嬢からはヒソヒソされたり、コスタが教室内で魔力を暴走させてボヤを起こしたり、昼休みにササPにまたもやカロルの囮にさせられて(激オコで注意したので、ぶん投げられはしなかったが)屋根の上に取り残されたりはした。

 そんな日々が続いた後、
「今日は治癒魔法使いを講師に呼んである」
 と、唐突にノクス先生に告げられた。

「おー、いよいよフィリア様の治癒魔法の授業が始まるんですね!」
 何故か俺以上にコスタがワクワクしている。
「講師の方はどんな方ですの? ノクス先生」
「一言で言えば、アルカ王国随一の治癒魔法使いだ。死者以外は大抵治せる」
「それじゃあ、講師ってラティオ様ですか!? でも確か……騎士団の皆さんの魔物討伐に同行しているはずでは?」
「昨夜帰って来た。南で魔物の目撃情報が複数あったから、明日からまた行くそうだ。今日は休息日だが、都合をつけてもらった」
「そう、ですか……」
 今度はソワソワし出した。
 もしかして、ラティオって人はノクス先生より強面で厳しい人なんだろうか。
 うわー、始まる前から緊張してきた!

「こんにちは~、ノクス先生。どうしたのぉ? 怖い顔して、お腹痛い? ああ、いつもそんな顔だったか~。あら~? あらあら! あなたがフィリアちゃん? 初めまして、ラティオ?ロースです❤︎ 今日はよろしくねえ~」
 予想に反して、思いっきりゆるい感じのお姉さんが来た。

 薄紫のロングヘアに、ちょっとタレ目が綺麗な顔に愛嬌を添えている。
 服装は例えるなら『白いシスター』って感じなのに、胸元の谷間がガッツリ見えて、スカートの深いスリットから太腿がチラチラ覗くのが、禁欲的なのにエッチだ。

 目のやり場に困っていると、何故か向こうから顔を近付けてきた。
「あれ? あれあれ?」
「近い、顔が近いですわ! ラティオ先生!」

「あなた、どこか痛いところはない?」
 その声は、さっきのゆるいお姉さんと同一人物とは思えないほど真剣だった。

「いえ……どこも、痛くないですわ」
 ラティオは尚も俺の顔を凝視していたが、フッと肩の力を抜き、
「だよねえ~」と苦笑した。

「珍しい、君が誤診か?」
 ノクスが驚いたように、ラティオを見る。
「うん、ちょっと私も疲れてるのかなあ。一瞬、見えちゃったんだよ」
 照れ笑いと共に、彼女は一旦言葉を切った。

「この子が死んでいるように」

 ゾクっとした。
 ラティオには、俺の死が見えたって事なのか?
 いや、たとえ見えたとしても、今更どうしようもないんだろうけど……。

「じゃあ、授業始めようか~、フィリアちゃん」
「はい。よろしくお願いいたします」
「で、コレ教科書ど~ん!」
「!」
 人体解剖図を渡された。
 ここには写真が存在しないから細密画だけど。
「血管や筋肉を覚えてね~、魔力発動中に思い出すの。元通りに治るようにって」

 なるほど。
 この世界の魔法はその殆どが呪文ではなく、念じた魔力を放出する方法だ。
 魔力が強いほど、イメージが正確なほど、それは威力を高める。
 俺は魔力が弱いから、イメージを強化しろというわけか。
 そういえば自分の指を治した時は、傷の塞がった状態を頭に思い浮かべてた。

「フィリア嬢。君の魔力量から言って、骨折や内臓の損傷等の治癒は難しいと、ラティオ先生と事前に話した」
「そうですか……」
 俺に治癒魔法が使えると言っても、やはり上限はあるらしい。

「でもね、それは技術で補えると思うんだ~。とりあえず、太い血管も治せるようになって、出血多量で死ぬ人を減らそ~! オ~っ!」
「ノクス先生。そんなにこの国、死因が出血多量の人が多いんですの?」
「魔物討伐による死者は、だいたいそれだな」
 俺の目標が急に責任重大になった。

「それで今日の課題はコレね~」
 ラティオの鞄から机の上に糸、針、ハンカチ、丸い枠のような物が広げられる。
「……コレはいったい何ですの?」
「あら、フィリアちゃんはご存じない? 刺繍よ~❤︎」
「刺繍? それが治癒魔法の訓練になるのですか?」
「ん~ 直接はならないかなぁ~」
 ならないのかよ!

「でもでも! これで血管を縫う感じを想像してみて~。治癒魔法使いは実際に針は使わないけど、魔力で同じ事をするわけだから。具体的に思い浮かべられる方が、結果に繋がると思うの❤︎」
 これもイメージトレーニングの一環という訳か。
「分かりましたわ、ラティオ先生。よろしくご教授お願いします。でも私、刺繍をするのは初めてで……」
「うんうん! 私が手取り足取り教えてあげるね~❤︎」
 こうしてラティオ先生の刺繍教室が始まった———


「やってみると案外楽しいものですね、フィリア様」
 何故かコスタも加わって、俺たちはラティオの指導のもとチクチクと刺繍に勤しんでいた。
 図案からずれないよう、一針一針慎重に針を刺す行為は、少し慣れてしまえば楽しいというか、心地良い。
 小さい頃、近所の公園で無心に泥団子を丸めていた気持ちに、少し似ている。

「そういえば、ノクス先生。甥っ子殿下は元気してる~?」
 たわいもない世間話をするように、作業の合間にラティオがディエスの近況を聞いた。
「特に変わりはない……と思うが、私は座学の授業以外接点がないからな。どうだ? コスタ」
「へっ! ああ、殿下のことですね。お変わりなくお元気ですよ」
「ん~、元気? 元気ねえ~。あの子常態があんなふうだから、よく分からないのよね~。去年一緒に魔物討伐に行った時、平気な顔して腕一本折ってたし~」

 俺自身はまだ数える程度しかディエスと接触していないが、その様は容易に想像出来た。
 そもそもフィリアの記憶の中の彼だって、幼少期以外笑ったり怒ったりしたシーンが出てこない。
 俺はふと、ずっと感じていた疑問を口にした。

「ディエス殿下って、お友達いらっしゃるんでしょうか?」

 まさしく場の空気が凍った。
 え、コレって禁句だったのか?

 俺は言い訳するように言葉を繋ぐ。
「あー、あの、学園の中でお見かけしても、コスタと一緒の時以外は、いつもお一人でいらっしゃるものですから、つい……」
「うん、それ以上は聞いちゃダメ、フィリアちゃん」
 他の二人がラティオの言葉に全力で頷いた。
 そうか……ボッチだったか、王子。

 王子という地位ともろもろのポテンシャルがありながら、取り巻きの一人もいないので、もしやとは思っていたけど……。
 むしろディエスの場合、取り巻こうとしても、取り付く島がないというか、無表情だから余計に近寄り難いんだろうな。
 ちょっと憐れんだところで、ヤツと初めて会った時の事をハッと思い出した。

「ご心配には及びませんわ、ラティオ先生。殿下は他の御令嬢にはモテモテでいらっしゃいますから」
「え! 何ソレ、修羅場!? 聞かせて、聞かせて~❤︎」
 野次馬丸出しでラティオが食いついて来た。

 過ぎた事とは言え、あの光景を思い出したら、また少し腹が立って来た。
「私が初めて学園に来る前日のことですわ。殿下に呼び出されて王城に赴きましたのに、当の殿下は三人の御令嬢を侍らせて、それはもう楽しげに——いえ、無表情ではありましたが、婚約者である私の前でいささか配慮に欠けた振る舞いだと思いませんこと! ラティオ先生!」
 ちょっと言葉に熱が入り過ぎてしまったが、それは当時の状況から考えると、致し方ないことだろう。
「……発言をいいかね、フィリア嬢」
「はい、ノクス先生」
 立場が逆だが、何故かノクスが苦虫を噛み潰したような顔で挙手するので、思わず俺も許可してしまった。

「おそらく、その原因を作ったのは私だ。すまない、フィリア嬢」
「は?」
 何でノクス先生が謝る?

「あ~もしかして、アレ? 『国家転覆を狙う貴族がいる』って噂の真偽を確かめようとしたんだっけ?」
「そうだ。その貴族たちの令嬢が今年、ディエスと同期で学園に入学すると聞いたので、接触して探らせようとしていたのだが……」
 国家転覆ってことはクーデター!? 何だかきな臭い話になってきたぞ。
「噂は本当だったのですか?」
「彼らに罪はあった。しかしそれは国家転覆などではなく、『談合』だ」
「談合!?」

 ラティオが遠く、窓の外を指差す。
「この国を囲む壁があるでしょ~? アレの修繕とか工事で、領地ごとに領主が競争入札でまとめ役の業者を決めるんだけど、そこで不正があった訳なのよ~」
「国家転覆を疑ってディエスに接触させた結果、王子を不正に取り込もうと、令嬢たちが談合の実態を事細かに教えてくれたんだ」
 あー、それが俺がディエスと初めて会った日なのか。
 確かによく考えてみれば、あの無表情無感情な王子が、積極的に嬉々としてハーレムを形成する訳ないか。

「ディエスの婚約者である君に、要らぬ心配をかけたこと、改めてお詫びする」
「そういう事情でしたら、謝罪の必要はありませんわ。当日、殿下本人から贈り物を貰いましたし、それでちゃらですわ」
「贈り物? ディエスがか?」
 意外そうにノクスは言い、コスタの方を見る。
「ええ、当日フィリア様が髪型を変えられたので、以前お贈りした髪飾りが合わなくなっていて……それで殿下の指示で大至急職人を呼んで、今つけていらっしゃる物をお贈りしたのです」
「自発的にディエスが他人に贈り物を……」
「あの気が利かない殿下がねえ~、ふ~ん」
 一国の王子に酷い言われようである。

「フィリア嬢」
 居住まいを正し、やけに畏まった口調で名を呼ばれた。
「何でしょう、ノクス先生」
「これからもディエスのこと、よろしく頼む!」
 綺麗な直角でノクスが俺に頭を下げた。
「えっ!?」
「そうねえ~、今のところ、フィリアちゃんに殿下のこと頼むのが最適解かもね~❤︎」
「ええっ!!?」
 俺は寧ろディエスと距離を置きたいのに、頼まれても困るんだが……。
 結局俺が「はい」と言うまで、ノクス先生は頭を上げようとしなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

処理中です...