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第48話 オッサンとご令嬢の溜息

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「……あれが『エルフの森の宝石』か……」
「確かにそう言われるだけはありますね」
「はー、見るだけで、寿命が延びるとかご利益がありそうです」

ムジカの提示した『裏ギルド壊滅作戦』について、大まかな合意を得た後の事。
緊張が解けたのか、ゼルドナ王国の3人の重臣達——近衛騎士団長、宰相、侍従長は、そんな軽口を言いながら部屋を出て行った。

「ぷぷっ、ムジカが『エルフの森の宝石』だって!」
「………そんな異名はじめて聞きました」
「良いな。俺も『エルフの森の疾風』とか、かっこいいヤツ欲しいな」
「ええー、私はやだ」
ミィナ達もワチャワチャと、気の抜けた会話を交わしている。

とにかくも、俺達は裏ギルドの件が解決するまで、王城に留まることになったのだ———



そして城に泊まって3日目の午後。

最初は気後れするほど豪華絢爛な建物も、数日泊まればさすがに目が慣れてくる。
ムジカは王子や臣下達とのやり取りで、今は俺に構っている暇は無く、ミィナとモルソも単独行動をしている。
護衛の兵士をつける事で、俺も城内での自由な行動を許されていた。
まあ、人様のお家に滞在している訳だし、自由と言っても城の中を散歩する程度だ。

その行動範囲の中に、庭園も含まれていた。
何となく足を踏み入れた時、俺は彼女とバッタリ出会ってしまった。

「あ」
「あなたは………ムジカ様のお付きの方でしたわね」

美しい花の咲き誇る庭園をバックに、メルクリオ王子の婚約者リーウス・ヴィーバル侯爵令嬢が、メイドさんを従え、俺の目の前に立っていた。
優雅に礼をする彼女に対し、そう言えばまだだったと「俺はユイと言います」と、最低限の自己紹介をする。

「ユイ様……ですか。失礼ですが、あなたはヒト族の方ですわよね?」
「ええ。エルフの森の入り口で行き倒れているところを、ムジカに救われました」

真実は言ってないが、嘘もついていない。
リーウスは何故か俺をじっと見つめると、不意に扇子を開き、口元を隠してメイドさんに何やら耳打ちしている。
え? 俺、お嬢様の気に触る事、何か言った?

リーウスは扇子を閉じると、
「ユイ様。これからお時間はございますか?」
と、唐突に聞いてきた。
「はあ……ムジカ達と違って、俺はやる事も無いですし」
「では決定ですね。ユイ様、私の午後のお茶に付き合って下さいませ」
「はい?」

展開が早過ぎて頭が追い付かない。
何故か俺は、王子様の婚約者とお茶会するハメになってしまった———


急遽決まった2人だけのお茶会は、庭園の東屋でひっそりと行われた。
テーブルの上には瀟洒なティーカップやティーポット。
3段のケーキスタンドには一口サイズのケーキが並んでいる。
自分より若い女の子と話すのは緊張するが、ケーキのような甘味は久し振りなので、こちらは有り難く頂戴した。

「あら、ユイ様は甘い物がお好きですの?」
「特別好きではなかったんですが、久し振りに食べると美味いですね」
「………ユイ様は、どこかの国のお貴族様でいらっしゃいますか?」
「へ!? い、いやあ、平民ですよ!? しかも底辺の方の……」
「そうですの……」

じとりと、胡乱な視線をお嬢様から頂いてしまった。
危ない危ない。
異世界ではこういったスウィーツも貴族しか口にしないかもしれない。
目立つ言動は避けなければ!

「あのー、それで、リーウスさん——じゃなかった、リーウス様は何か俺にご用ですか?」
「『リーウスさん』で結構ですわ。メルクリオ殿下が、エルフの族長であるムジカ様と同等の扱いをせよと仰せですもの。私相手にへりくだる必要はありません」
「さようですか」

うーん。あの王子、そんな事を周りのヒトに言ってたのか。
どおりで城内での俺に対する扱いは丁寧だけど、たまにチクチクする視線を感じるワケだ。
『虎の威を借る狐』とでも思われているんだろう。
初日以降すれ違うだけで接触は無い宰相と近衛騎士団長の視線は、特にそれが顕著だった。

「あ、リーウスさんはメルクリオ殿下の用事で、今日はこちらにいらっしゃるんですか?」
侯爵令嬢は俺の言葉に首を傾げる。
「いいえ。私は殿下の婚約者に決まってから、幼い頃よりこちらに部屋を頂いております。将来の王妃としての教育を受ける為ですわ」
「それは……大変そうですね」
親元を離れ、自分の将来の為に勉強するというのは、俺の元いた世界でもままある話だ。
しかし目標が『王妃』となると、その華奢な肩に大きな責任も背負わなくてはならない。

「最初の頃は確かに慣れなくて、心細い思いをしましたわね」
リーウスはカップに視線を落とし、呟いた。
「でもメルクリオ殿下とクヴェレ殿下が良くしてくださいましたし、侍従長であるニエンテ伯爵も、それこそ親のように私の事を気遣って下さいました……」
「ああ、あの侍従長さんは、気さくな良い人ですね」

城の管理者たる侍従長には作戦会議の後、俺もアレコレお世話になっている。
メルクリオ王子に言いつかっているのか、城での生活で不便は無いかと、俺に対しても何かと気にしてくれる。

「ええ。人が良過ぎるのが、貴族として玉に瑕なくらいですわ。ニエンテ伯爵は昔、馬車の事故で奥様とご令息とご令嬢を亡くされて……それで同じ年頃の私達を、自分の子どものように可愛がって下さったのです。だから王妃教育と言っても、辛い事はちっともありませんでしたのよ」

それは本心からの言葉のようで、俺は初めて彼女の笑みを見た。

「じゃあ、殿下達は本当にリーウスさんとって、兄弟のような幼馴染みなんですね」
何気なく俺が相槌を打つと、ご令嬢の笑顔がスッと翳った。
「そうですわね……私達は、同じ時を過ごしてきた筈なのに…………」
「リーウスさん?」
次の瞬間、彼女の目が、俺を真っ直ぐ見た。

「ユイ様は、ムジカ様の恋人なのですか?」
「ぶっっ!!」

俺は口に含んでいたお茶を噴き出した。
ご令嬢の顔にぶち撒けるという大惨事は回避したが、そのせいで気管に入って酷く咳き込む羽目になった。

「ゴホッ、ゲホッ、な、何で、そうなるんです!?」
「あ、申し訳ありません。ここ数日、お二人の様子を遠くから拝見しておりましたら、そんな気がして———」
「誤解です!」

確かに俺もムジカも、互いに好意は持っている。
しかしムジカのそれは、放っておけない迷子の子どもに対する、庇護欲のようなものだろう。
時々距離感がバグっているとしか思えない時もあるが、それはアレだ。
きっとヒトとエルフのコミュニケーションや文化の違いなんだ。
多分、おそらく…………………………。

自分自身によく分からない言い訳をしている最中に、俺ははたと気づいた。

「もしかして、リーウスさんはメルクリオ殿下との関係で、何か悩んでるんですか?」
「っ!!」

今度は彼女がお茶を噴き出しそうになって、すんでのところで飲み込んだ。
さすがはご令嬢だ。
俺みたいに無様に咳き込む事もなく、「失礼」とハンカチで優雅に口許を拭っただけで済んだ。

「………ええと、すみません。俺が変な事言ったせいですね」
「いえ、元はと言えば私が———」

リーウスは言葉を切ると、今度は俺から視線を逸らした。

「そうですわね。私はきっと戸惑っているのです」
「リーウスさん?」
「ユイ様は、最初に私とメルクリオ殿下を見て、どう思われましたか?」
「どう……とは?」
「私が殿下の婚約者だとは、いいえ、それどころか私が殿下より歳下だとは思わなかったでしょう」

自嘲する彼女に、俺はかける言葉に詰まった。
確かに、今でこそメルクリオ王子の方が彼女より歳上だと知っているが、初めて彼らに会った時は、リーウスの言うとおりだと思ってしまったから……。

「これから先、その差が縮む事はありません。私はメルクリオ殿下の婚約者だと言うのに、不釣り合いなのです」
リーウスは視線を自分の手元に落とす。
「それは見かけだけの話ではありません。あの方は民が困っているとなれば、危険を顧みず飛び込んでいける。けれど私は———」

ああ、彼女はきっと自信が無いないだけなんだ。
エルフの血を引き、これからもゆっくり歳をとっていくメルクリオ王子に対して、普通のヒトであるリーウス侯爵令嬢。
生きる時間の違いだけでは無く、革新的な王子と保守的な侯爵令嬢。

だからリーウスは同じ立場に見える俺に、助言を求めたんだ。
俺はただの無責任なオッサンだから、気の利いたことは言えないけど…………。

「そんな事、気にする必要無いと思います」

俯いていた彼女の視線が、再び俺に向けられる。

「失礼ながらリーウスさんは武芸に秀でているわけでは無いでしょう? 俺だってそうです。って言うか先日の捕物で、出しゃばって危険な目に遭って、ムジカに怒られました」
「………それは駄目ですわね」
「そうです。駄目です。餅は餅屋に任せるべきなのです」

クスッと、リーウスの顔に笑みが戻った。
黙っていても綺麗な女性だが、彼女は笑った方がより魅力的だ。

「ユイ様のお陰で少し気が紛れましたわ、有意義な時間を有難うございました」
「いえいえ。俺なんかがお役に立てたら光栄です」

他人の俺に打ち明けて、少しスッキリしたのだろう。
心なしか、最初より明るくなった表情で、侯爵令嬢は東屋から去って行った。

リーウスとメルクリオ王子の間に、どんな時間が流れていたのか、余人には預かり知らぬ事だ。
今はぎこちない彼らの関係も、堆積した時間の表層に過ぎない。
だから変わろうと思えば変われる筈なんだ。
本人にその気さえあれば———
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